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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
31/76

拷問用魔術のちょっとした応用

 たき火が赤々と燃え盛る森の広場。

 炎に照らされた巨大なまな板の上には、血抜きをされた黒くゴムゴムした皮のオオトカゲ、ラバドラゴが横たわっている。

「さあ、料理を始めようか……!」

 そんな血抜きを済ませたトカゲを前に、手をワキワキとさせていたテッサリオは、もう我慢できないとばかりに大包丁片手に捌きにかかる。

「いやあ、喜んでもらえたようで、捕獲から手伝った甲斐があったであります」

 そうして調理に入ったテッサリオを眺めて、パルシオネはにっこりとうなづく。

「うむ! おかげであっさりと捕獲できたことには感謝の言葉もありませんな!」

 対するテッサリオは包丁とまな板を鳴らしながら、上機嫌に応じる。

「しかしまさか、あんな方法があるとは思いもせなんだですな!」

「なんのなんの本に書いてあった狩猟の手口を真似て見ただけでありますよ」

 テッサリオが手放しに称えるパルシオネの猟法というのは、なんのことはない、追い込みと追い出しだ。

 ラバドラゴは夜行性で光を嫌う。

 なのでテッサリオは獲物の活動を妨げぬように、真っ暗にして罠にかかるのを待っていた。

 だがパルシオネは逆に、術式で昼間のような明かりを作り、罠へと追い立てることを思いついたのだ。

 その結果は今まな板に上がっているとおり。

 むしろ、逃げ込んだ巣穴らしき場所に閃光魔術を叩き込んで襲いかかってきたのを仕留められたので、最初の計画よりも手早く済んだくらいだ。

「そもそもが子どもでもあるまいに、たかが地竜もどきなど逆に襲わせてしまえばいい。これは盲点でしたな!」

 トカゲを捌く手を弛めぬまま、テッサリオは回りくどい手を使っていたものだと笑い飛ばす。

 ラバドラゴは確かにただの化けトカゲではない。

 だが、牙と吐息の麻痺毒など、人間ならともかく魔族には通じない。

 食いつこうとしてきたところで、ただ狩りがシンプルになるだけ。

 まさに魔族の力と気質にかなった猟法であった。

「……そう、でありますね」

 しかし画期的な手法であると称えられるパルシオネの笑みは、晴れやかなものではない。

 むしろパルシオネとしては、効率的に罠に追い立てる知的な作戦のつもりだった。

 それがどういうわけか、強引に食うか食われるかに持ち込む脳筋スタイルに上書きされてしまった。

 魔族の肉体特性から言えば、たしかに罠を活かすよりも効果的なのかもしれない。

 しかしこんな力業で力業に持ち込むようなやり方が自分のアイデアから生まれたと思うと、恥ずかしくて仕方がなかった。

「ところでこの狩り方、これからパルシオネ猟法と呼びたいと思いますがかまいませんな!?」

「それはやめて! それだけはやめて欲しいであります!」

 ましてやこんな脳筋猟法に自分の名前が付けられたりなどしたら、耐えられるものではない。

「……ではどう呼べばよいので?」

「光追い込み猟とか、目眩まし式とか、もっとやり方そのものそのままのが、分かりやすくていいでありますよ! ね!?」

 こんなひねりも何もない名前も大概だが、それでも自分の名前を持ってこられるよりは、はるかにマシであった。

「まあ、たしかに……男爵がそうおっしゃるのでしたら……」

 渋々といった様子ながら、テッサリオが納得して料理に戻ったのに、パルシオネはホッと息を吐く。

 そうしてパルシオネは、テッサリオが今回試そうという試作レシピに目をやろうとする。が、隣のダフネが膝に額を押しつけて震えているのに気づく。

「……ダフネ殿?」

「私は、食べませんからね! 父が失敗したって言ったら、絶対に!」

 顔、というか、口を保護しているのだろうか。丸まったことで籠った声での宣言に、パルシオネは苦笑する。

「失敗したって分かった上でも、味見させられてるのでありますか?」

「……はい、コレ以前のでも、失敗した失敗したって言いながら、お前も試せって無理やりに……や、やめて、失敗作だって分かって……どうして……!」

 ダフネはそうして丸まったまま、ブツブツと呟き震え始める。

 味覚への蹂躙に怯え震えるダフネが哀れになって、パルシオネは肉球で彼女の背をプニってやる。

「ありがとうございます……でもパルシオネ男爵、どうして父の手伝いを……? 私から父の魔道具をお見せすると約束しましたのに」

 落ち着いたダフネは、膝抱きに丸まった姿勢から目だけを見せて尋ねてる。

「お礼のつもりもあるでありますが、第一には興味があったからでありますよ。煮ても焼いても食べられないとされているモノをどう料理するつもりなのか」

 結局のところは知識欲。それに素直に従っただけなのだとパルシオネは正直に告げる。

「……後悔すると思いますよ。特に今回のは……」

「それはそれで、どれくらいまずいものかと怖いもの見たさがあるでありますね」

 そう言ってパルシオネは、改めてレシピノートに目をやる。

「んん?」

 しかしざっくりと内容に一巡りさせたところで、パルシオネは首をひねる。

「あの、テッサリオ殿? コレ以前の、失敗したレシピというのは残っていないのでありますか?」

 そう尋ねてパルシオネが爪で指すノートには今回のレシピの他、数点のレシピが書き込まれているが、その合間合間にあるのは破り取った後が残っているだけ。

 これでは試作の蓄積が、失敗作からドコをどう変えてきたのかがまるで読み取ることができない。

「ん? 試作29番以前のですか? 処分してしまいましたな。なに、今度こそ上手くいきます。心配無用です!」

 あかん。

 テッサリオの返事を聞いて、パルシオネの脳裏に浮かんだのはこの一言であった。

 実験、実践に失敗、間違いはつきものである。

 だがそれをただの不正解だと切り捨てるというのは、成功への道筋を自ら閉ざしているも同じことだ。

「だ、ダフネ殿……これが、前回とどう変わっているか分かるでありますか?」

 不安に襲われたパルシオネは、小さな声で書いた本人の次に詳しいだろうダフネに問いかける。

「……また、ステーキなんですか……」

 だがレシピを見たダフネは泣きそうな顔になって首を横に振る。

 調味料に細かい調整がなされているだけで、料理の根本は何も変わっていない。

 ダフネの反応から、今回のにも大きな改善が無いことを察したパルシオネは強まる嫌な予感にぞわりと身を震わせる。

「こ、これは……どうするであります? どうするべきでありますか?」

 新しい料理どころか、ほぼ間違いなく資料通りのゴムみたいな肉の塊を突きつけられるだろう状態に、パルシオネは慌てて頭を巡らせ始める。

 実はパルシオネには、もしかしたら多少マシになるんじゃないかと思える改善案はある。

 数読んだレシピ本から得たアイデアで、確実に食べれるものになるか、確信はない。

 だがゴム臭さを和らげるために、ソースやハーブを工夫したステーキよりは良くなると思えるものだ。

 しかし頑固な料理人であるテッサリオにやり方を変えてもらうこと。重ねて、彼の本職としてのプライドを出来る限り傷つけぬこと。

 この二つを同時に成り立たせる方法が見えず、パルシオネは焦り、目を泳がせる。

「さて……いよいよここからだ……!」

 そうしている内にテッサリオはラバドラゴの解体を終えて、分厚い肉三枚を前に手を擦り合わせる。

「ち、ちょっと良いでありますか!?」

「……なんですかな、パルシオネ男爵?」

 いよいよ、というところでの水を注しに、テッサリオは不満げに振り返る。

「ああっと……そう、でありますね……」

 しかしとっさに待ったをかけたは良いものの、まだパルシオネはどう説得したものか固められていない。

「わ、わたしにも一片ひときれ、分けてもらえないでありますか?」

「ふむ?」

 焦りつつも出した提案に、テッサリオは訝しげに首を傾げる。

「いや実は、わたしの持つ魔包丁が疼いているのでありますよ。菓子が主であったとはいえ、かつては魔王様の料理人の道具。未知なる食材を前に力を振るいたいようなのでありますよ」

 嘘である。

 鞄の中で疼いているのは確かであるが、それはむしろテッサリオのやり方に反発しての物だ。

 二番目にショコララムスを手にした、ひどい創作料理好きと重ねてのことかもしれない。

 そんな道具の疼きから、どうにか調理に割り込もうと並べ立てたでたらめであった。

「ほほう……魔王様の料理人、その包丁が……」

 しかしテッサリオの興味を引くことはできたようだ。

 ゴム肉にかかろうとしていた手を止めて、ギラリとした目をパルシオネへ向けている。

「……では、一片どうぞ。こちらもそれほどのお方の技には興味がありますので、是非ご一緒に」

 技を覚え、盗み取ってやろう。と、目をぎらつかせてではある。だがテッサリオは快くパルシオネに切り分けた肉と、大まな板のスペースを譲ってくれる。

「感謝するでありますよ」

 パルシオネはお礼の言葉と共に、ショコララムスを抜きつつ、テッサリオが作ってくれたスペースに入る。

 そうして渡されたゴム肉を前に息を整える。

「……いざ!」

 意を決して包丁を一閃。そこからショコララムスそのものの動きに逆らわずに活かしたその動きは、瞬く間に分厚いステーキ肉を何枚もの薄切りに変える。

 その動きはまさに、いにしえの料理人の霊魂をその身に宿したがごとし。

「なんとッ!? そんな薄切りにしては食べ応えが!?」

「まだまだでありますよ!」

 透けて見えるほどの薄さになった肉にテッサリオが目をむく。が、パルシオネの手は止まらない。

 薄切りにした肉の一枚一枚に、さらに賽の目を描くように切れ込みを入れていく。

「調合したスパイスも分けてもらって良いでありますか?」

「あ、はい」

 そうして切れ込みの入った肉に、テッサリオから分けてもらったスパイスを少しずつ振り分け、重ねていく。

「後は火を通すのでありますが……」

 おおよそ元の厚さにまでなった肉のミルフィーユ。

 パルシオネはそれを前にショコララムスを握り、目を瞑る。

 包丁と対話し、知恵を授かる素振りを置いて、次の作業に移る。

 ミルフィーユ状の肉を大きな木の葉に包み、崩れぬように固定。そしてその葉っぱ包みにアナグマの手を添えて――。

「蒸すであります!」

 術式による高温の蒸気を浴びせる。

 もちろんただ蒸気をかけるだけではない。筒型に固定した空間に効果をギュッと圧縮。強い圧力を以って特定の空間に熱と水蒸気を閉じ込め、巡らせているのだ。

「ま、魔術で!?」

「まさかこんな使い方が!?」

「むふふ……本来の形はもっと大がかりなのでありますが、コンパクトに収まるようにして応用であります!」

 加熱調理に術式を用いる、この手法に父娘が驚くのに、パルシオネは広がった鼻からどやあっと息を吹く。

「応用というと……これ、元になった術式なんてあるんですか?」

「元にしたのは、ある書に載っていた拷問用のものであります。相手をじっくりと蒸し焼きにして苦しめるという……」

「ほほう……」

 パルシオネの語る残忍な拷問法に、ダフネもテッサリオも興味深げに笑みを浮かべる。

 しかし元ネタはどうあれ、いまは肉を蒸し焼きにするための術だ。

 そうして魔術の上記に晒されることしばらく。蒸しあったものが、パルシオネの前に現れる。

 しっかりと火が通った肉からは、香しい湯気が立ち上がっている。

 この仕上がりを見る限り、見た目にはなかなか美味しそうではある。

 しかし、味の評判を知る者としては、別な意味で唾を呑んでしまう。

「……では、まずわたしが責任をもって味見させていただくであります」

 そんな肉を前にして、パルシオネは作り手としての責任から一番槍に手を付ける。

 切り分けようと食事用ナイフを入れてみれば、実にすんなりと受け入れて分かれる。

 ここまでは目論見通り。問題は味である。

 持ち上げた肉片を鼻先に、パルシオネは深く息を一つ。覚悟を決めて口へ含む。

 噛むや否や、切れ込みにそってぶちぶちと音を立てて肉がほころぶ。

「おぉ……これは、なかなか」

 その歯ごたえ、食感を面白がりながら、パルシオネは顎を動かし続ける。

 そしてじっくりと噛みしめた後で喉を鳴らして呑みこむ。

「えぇ!? 呑みこめ、呑みこめました!?」

「おおッ!? それで、どんな仕上がりでッ!?」

 ダフネの口から驚きのあまりずいぶんと失礼な言葉が飛び出しているが、テッサリオはまるで気にした様子もなく、前のめりに出来具合を問う。

「においは悪くないでありますが、スパイスの使い過ぎたか、ちょいと辛すぎたであります。あと、やっぱりいくら噛んでも肉の味より弾力を感じるばかりでありますね……正直あんまり美味いものではないであります」

 食べれる仕上がりではあるが、それでも手間に見合うかといえば疑問。それがパルシオネの現段階でのラバドラゴ肉料理への評価であった。

「ありがとうございます!」

「うぇえッ!?」

 しかしテッサリオからの反応は、勢い良く頭を下げての感謝であった。

「い、いやその……どうしてであります!? 正直出しゃばった割にはそんな大したものでもないかと思うのでありますが!?」

 自己評価からは思いもよらぬその反応に、パルシオネは戸惑い目を白黒させる。

 だがテッサリオは深く頭を下げたまま首を横に振る。

「何をおっしゃいます! 男爵は独学で行き詰っていた俺に、思いもよらぬ手法を見せてくださった! この出会いはこの身にとって、まさに革新です! どうか今後も助言をお願いしたい!」

「え、えぇえッ!?」

 こうしてパルシオネが気まぐれに出した手は、思いもよらぬ結果に落ち着いたのであった。

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