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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
28/76

顔は知りませんが友達がいないわけではない

「ねーねーパルちゃん何してるの?」

「んぅ? ああ、お手紙を書いてるんでありますよ」

 魔王城公文書館の、パルシオネが写本作業に使っているいつもの部屋。

 そこで書き物をしていたパルシオネは、フェブルウスからの呼びかけに顔を上げる。

「おてがみ? だれに?」

「色んな相手に、でありますよ。色んなお城の司書殿とか、本の好きな方とか……」

 読んでいた分厚い本から目を離して尋ねるフェブルウスに、パルシオネもまた手紙を書く手を休めて答える。

 ちなみにフェブルウスの読んでいた本であるが、パルシオネの著書である「絵で分かる基礎術式」という幼児向けの教本である。

 腰を落ち着けて文章を追うことのできない魔族、特に幼子が少しでも本に親しめるように、と考案したものである。だがしかし、生じる効果や実際の術式など、あらゆる部分を絵や図でまとめたために鈍器のような厚さになって、逆に敬遠されてしまっているものだ。

 近々「入門編」などに小分けすることを検討中である。

「へえー……パルちゃんに教えてって?」

 ともあれ、今はパルシオネの手紙の話である。

 師匠の知識を頼っての事だろうと想像するフェブルウスに、パルシオネは微笑み首を左右に振る。

「ええまあ、そういうわたしの知識を頼ったお手紙もあるでありますが、わたしがお知恵を貸してほしいとお願いすることも多いのでありますよ?」

「え!? パルちゃんがッ!?」

 まさか! とばかりに身を起こし、目をぱちくりとさせるフェブルウス。

 その驚きぶりを微笑ましく思いながら、パルシオネはうなづく。

「ええもちろん。わたしも本を読み、知識を蓄えることを好む者ではありますが、成人して百三十年程度の若輩者であります。まだまだ知らないことはたくさんあるのでありますよ」

「そうなんだ……パルちゃんでも教わったりするんだ……」

 寡聞の身の上であると主張するパルシオネに、フェブルウスはただ衝撃のままに繰り返しうなづく。

「そういうものでありますよ。学問の道に終わり無しであります。で、今書いてているお手紙は「凡俗の司書」殿へのお返事であります」

「ぼん、ぞく? へんな名前だね?」

「フフッ……名前じゃないんでありますよ。ペンネーム、手紙で名前を出したくない場合の仮の名前というものであります」

「どういう意味なの?」

「凡俗っていうのは、そこらにいくらでもいるようなの、って意味であります。この場合、自分はそんな特別な取り柄もない一司書ですよー……と、自分で言ってるわけでありますね」

「えー……へんなの……もっとカッコいいのにすればいいのに」

「ふふ……もしかしたら恥ずかしがり屋なのかも、でありますよ? 丁寧で回りくどい言い回しの多い文面はともかく」

 フェブルウスの子どもらしく遠慮の無い感想に、パルシオネは笑みを深める。

「ねえパルちゃん、そのぼんぞくさん? ってどんな人なの? やっぱり爵位が無い司書さんなのかな?」

 しかし文通相手の人物像を尋ねられては、パルシオネも困ってしまう。

 なぜならば――。

「うーん……そうかも、としか言えないでありますね。なにせわたし、「凡俗の司書」殿の顔どころか、何処にお住まいかも知らないので」

「え!? そうなのッ!?」

 所在も、外見も、年齢、種族さえも知らない。知らない尽くしの相手と文通している、できている。この話に、フェブルウスはふたたび驚き目を見開く。

「それでお手紙ってとどけられるの!? そんな、ペンネーム……っていうのだけで?」

「それが出来てるのでありますよ。向こうもわたしのペンネームしか知らないでありますし……たぶん、手紙を届けてるのが、特殊魔術持ちだったりするのでありますよ……こうなると、どういうからくりか気になるでありますね。また調べてみるであります」

 新たに湧いた知識欲に、パルシオネは鼻息を荒くする。

 それにフェブルウスは軽く首をかしげて口を開く。

「そういえば、パルちゃんはどんなペンネームなの?」

「わたしの、でありますか? ちょっと恥ずかしいでありますね」

「おしえてくれないの?」

「じ、冗談でありますよ! 教えるでありますから、そんな悲しがらないで欲しいであります!」

 恥ずかしさからちょっと渋るパルシオネだが、好いた弱味か、泣く子には勝てぬと言うことか。すぐさまに前言撤回する。

「わたしは「歴史ムジナ」って名前で、手紙のやり取りしてるんでありますよ」

「むじな?」

 顔に疑問符を浮かべるフェブルウスに、パルシオネは自分のタヌキ顔を爪で指す。

「わたしの顔のタヌキと、手足のアナグマをいっしょくたにした、ある地方での呼び方でありますよ」

「へえ……そうなんだ。似てるの?」

「いやいや、見た目にはそんなには。古い巣穴を使い回してたりとかはあるようでありますが」

 パルシオネの語る知識に、フェブルウスはうんうんとうなづきながら聞き入る。が、のみ込むと同時に浮かんだ思いつきに顔を上げる。

「じゃあしっぽは?」

「んう?」

「しまふさしっぽのアライグマは、むじな?」

「ああ、尻尾はムジナに入らないのでありますよ。でも、見た目はタヌキによく似ていて、ちゃんと知らないと混ざったりすることもあるのであります」

「あ、マスター・ラスカルだね!」

「……あれを、知ってるのでありますか?」

 フェブルウスの口から飛び出した名前に、パルシオネの顔が固まる。

 しかし対するフェブルウスは満面の笑顔でうなづく。

「うん! この前、お母さまにおまねきがあって、それで見たんだ! マスクまちがえたー! ってマスクこうかーんっていうのがあってね……」

 フェブルウスの語る劇の内容に、パルシオネの顔がわずかに緩む。

 デーモンにしてみたら本人(パルシオネ)との違いに感じるところは少ないだろう。だが、ややこしい見た目であるとはいえ、アライグマとヒトの二種混合でしかない、醜いデヴィルと表された自分を見てほしくはなかった。

「……うんうん。やっぱりただ改めるのでなくて、一幕付け加えたのは正解だったわね」

 そこで不意に上がった声に、パルシオネとフェブルウスは揃って目を向ける。

「い、いけない……今の私は調度品の一部、置物の演技の最中でした!」

 するとその先では慌てて口を抑えたデーモンの女性がいる。

 青黒い髪に紫の瞳が印象的な彼女は、マスター・ラスカルこと、リャナンシーとして舞台に立っていた女優である。

「ダフネ殿……役作りのため、気づかれないように静かに普段のわたしを観察したいとの話でありましたが、独り言が漏れるようなありさまで大丈夫なのでありますか?」

 パルシオネとフェブルウスが二人で怪しむような目を向ければ、ダフネは口を押えたまま繰り返しうなづく。

 これまで本人が宣言したとおりに、背景に溶け込んでいれたのは大したものだが、つい独り言が漏れてしまうようではやはり心配になる。

 しかしこれ以上つついても、お互いの邪魔になるだけかと、パルシオネはフェブルウスに視線を戻す。

 するとフェブルウスも、一度生じた違和感に少し落ち着かない様子ながらも、パルシオネとの話に意識を向け直す。

「ねえねえ、ぼくもパルちゃんにお手紙出してもいいかな?」

「それはもちろん。ちゃんとわたしからお返事も出すでありますよ」

「やったぁ!」

 パルシオネが胸をポンと叩いて快諾すれば、フェブルウスは跳ねるようにして喜ぶ。

「じゃあぼくはペンネームどんなのにしようかな!」

「ふふふ。わたしたちの間でなら、わざわざ隠すことないでありますよ?」

「あ、そっか!」

 てへへ。と、照れ笑いするフェブルウスを、パルシオネは柔らかな微笑みで眺める。

「じゃあどんなこと書こうかな……ねえ、ぼんぞくさんからはどんなお手紙もらったの?」

「以前は歴史に埋もれた魔術についてのお話しもあったでありますが、近頃は魔道具に関する話がほとんどでありますね。今回もわたしの探し物についての手掛かりでありますね。で、わたしからは向こうで必要な魔道具の知識を……という具合であります」

 インテリ魔族同士の文通の内容に、フェブルウスは荷が重すぎると感じたのか、難しい顔でうつむいてしまう。

「うーん……ぼく、そういうのは書けそうにないかも……」

「むふふ……なにも無理して同じようなお手紙書くことないでありますよ? その日にあった面白かったこととか、嬉しかったこととか、魔術で知りたいこととか……何でもいいんでありますよ?」

「いいの?」

「もちろんであります。フェブくんからのお手紙、楽しみにしてるでありますよ?」

「そう? そっかぁ……えへへ」

 そんなアドバイス一つで、フェブルウスの気持ちは急浮上。ころころと変わるその顔に、パルシオネは笑みを深める。

「さて、お返事の続きも書かなくては、でありますね。「凡俗の司書」殿のおかげで、探すべき魔道具についてはいくつか目星がついたでありますからね」

 少年との語らいを満喫したパルシオネは、中断していた返事の手紙へ改めて取り掛かる。

「ただやはり……本命の短剣と魔包丁の所在が一気に絞れるような話は、そうそう転がって無いでありますね……」

 ペンを紙面に走らせたところで、パルシオネの笑みに影が差す。

 さすがに知識豊かなインテリ魔族と、舌を巻くような有益な情報は頂戴できた。

 しかし、やはり資料が稀少なこともあって、一発で探し物たちの所在が分かるようなものは無かった。

 むしろ歴史的な分野では、パルシオネの方が向こうにアテにされている節があるのだから、無理もない話だ。

 頂いた手がかりから、さらに大きな手掛かりを自力で探り当てるしかないだろう。

 それも歴史研究の醍醐味ではあるし、従来の百年単位での研究であれば、じっくりと進めていく。だが成果を、と求められている現状ではそうもいかない。

 求められている喜びと引き換えの苦労と思えば、高くはない代償だろうか。

 そんなことを思いながら筆を進めるパルシオネの横から不意ににゅっと伸びた手がある。

 指先で机を小突くそれをたどれば、背後に設定たダフネと目が合う。

「ダフネ殿?」

「度々口をはさんで申し訳ありませんが、魔道具の包丁、というものにでしたら心当たりがあります」

「なんでありますと!?」

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