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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
27/76

勝手に使われた! ことはまあともかくとして……

 魔王領にある侯爵城のひとつ。

 その広間に設けられた席で、パルシオネの向かいに腰掛けるのは、城主であるスカディ侯爵だ。

「ファイドラ様との娘、ショコラリースの話は多く集まったのね……」

「別の演目のネタ……とかにはならないであります、かね?」

 最近集まった史料を手にため息を吐く超長身の女侯爵に、パルシオネは固い笑顔で首を傾げる。

「もちろん演目に仕立てるのはできるわ。本人の話以外にも、魔包丁にまつわる無惨な恋物語も面白いと思うわ」

 スカディはそれに、史料をひらひらともてあそびながら、使えることは使えるだろうとうなづく。

「……でも、私がいま欲しい話は、ショテラニーユ様のお話なのよね」

 一度は安堵の息を溢したパルシオネであったが、続いたこの言葉にはたまらず顔が強ばってしまう。

 パルシオネとて同位か一つ上くらいの者相手なら、怪物クラスのにでも当たらない限りはそうそう負けないだけの魔力を蓄えていると自負している。

 しかし、やはり魔族としては「そこそこ強い」程度の爵位持ちでしかない。具体的に言えば、どこぞの大物から見れば百分の一にも届かない程度でしかないだろう。

 真正面からぶつかり合えば、まず叩き潰されるだけ。頭を使って引っかきまわして、どれだけ時間稼ぎができるか。それほどに実力差のある相手から、怒りを買ってしまったかと思って、逆にワクワクできるほど、肝の太い戦闘狂ではないのだ。

「……でも、およそ千年に渡る記録の断絶期があるのだから仕方がないものよね」

 だが、無理を言っても仕方が無いと、ため息交じりに理解を示してくれたことに、パルシオネは安堵の息をこぼす。

「そう言っていただけるとありがたいであります。わたしも文献やら何やらで色々と探ってはいるのでありますが、やはり大乱時代という大きな壁が厄介なのであります」

 再統一までに永き時を要した、群雄割拠の戦乱の時代。

 この時代の存在が、パルシオネの特殊魔術を以てしても破ることのできない強固な岩盤として、彼女の探究心に立ちはだかっている。

「やはり、劇的な進歩にはガンナググルズを求めるのが一番の近道なのよね」

「で、ありますね。手がかりを見落としてないか、およそ八百年前に世に出たところの記録を洗い直してはいるのでありますが……」

「ええ。伝を頼って、それらしい品が出てはいないか私の方でも調べてはいるのだけれど……芳しくはないわね」

 探索の成果が上がらず、遅々として進まぬ研究に、二人は揃ってため息を吐く。

「しかし考えてみれば、現段階でも大乱時代以前の記録としては、ずいぶんな量が集まっているのには違いないものね。また面白い話が見つかったら知らせてちょうだい」

「成果が上がらず申し訳ないであります。ショテラニーユ様に関して何か分かりましたら必ずお知らせするであります!」

 立ち上がり礼をするパルシオネに、スカディは苦笑しつつ座るようにうながす。

「研究は焦らないで続けてちょうだい。魔族多しと言えども、学問に通じるのはほんの一握り。その中でも歴史について頼れるのは貴女しか知らないのだから」

「ありがとうございます」

 自身の希少性をきちんと認めての評価に、パルシオネは感謝しつつ、うながされるままに腰を下ろす。

「成果欲しさに焦れて呼びつけたりして悪かったわね。お詫びと言ってはなんだけど、昼餐をいかが? 合わせて未公開の新作の一部も先立って披露したいのだけれど?」

「よろしいのでありますか? では是非、ご一緒させていただきたいであります」

 この誘いをパルシオネが快く受けると、スカディは手を鳴らして侍従たちに合図を送る。

 すると、みるみるうちに広間は食事と芝居が同時に楽しめるように整えられていく。

 この手際の良さは、まるであらかじめ打ち合わせて、準備を整えていたかのようだ。

 つまり、パルシオネが今回渡す史料がどうあれ、観劇付きの昼餐を予定していたということか。

「手慣れているでしょう? 私、客を招くときには必ず芝居か音楽を披露しているものだから」

 そんなパルシオネの疑問を読んでか、スカディの笑顔と答えが高くから降る。

「そういうわけで、でありますか。楽しみであります」

「ええ。期待してくれていいわ」

 微笑むスカディの声を合図にするように食卓と、即席の舞台が整った。

 二人の正面にある即席舞台の上では、一人のデーモン女性と、デーモン、デヴィルを問わぬ多くの少年少女たちが集まっている。

「さあ皆さん良いですか? 今日も術式の訓練ですよー!」

「はい! リャナンシー先生!」

 多くの子どもを引き受けている術式の教官という役柄なのだろう、リャナンシーというデーモンの女師匠の号令に従って、弟子役の子どもたちが五式あたりの可愛らしい術式をそれぞれに展開し始める。

 そんな子どもたちの様子を見て、リャナンシーはアドバイスをして回る。

 するとそれを受けて、一気に二段ほど上の術式に成功する子が現れる。

 しかしある子は、拍手される子に負けじと、手に余る術を使おうとして暴発。リャナンシー先生の世話になる。

「むふふ……こういう光景は良いでありますね。フェブくんとレオナールくんに教えてる時を思い出すであります」

 あたふたとフォローに回る先生や生徒たちの様子を、パルシオネは微笑み見守る。

「ええ……尊いわ」

 それに同意するスカディの声に、ポタポタという水音が添えてある気がする。だがパルシオネはそちらを見ていないので、聞き違いだろうと流す。

「……あら鼻血が、いけないいけない……」

 何か独り言もあったようだが、きっと空耳に違いない。そう考えて、パルシオネは芝居と食事に集中する。

「今度は失敗しないから、見ててね先生!」

「ああ、待って! もう一回術式の基本から見直してから……!」

 すると舞台では気合いを入れ直した少年が、先生の制止も聞かずに術式を展開してしまう。

「あ、わわ、わ!? 先生助けてッ!?」

 案の定、身の丈に合わぬ力を制御できない少年は、抱えた稲妻の玉に振り回されて、あっちへこっちへふらふらと。

「落ち着いて! いま助けるからね!」

 そうしてリャナンシーは、生徒を振り回す術式を安全に解除しようとする。

「リャナンシーせんせーい!」

 が、術式を抱えた少年は、振り回されるまま先生から離れていって、そこを通りがかったデーモンの男にぶつかる。

「アバッ! アバババッバッ! アバーッ!?」

 少年を振り回す雷球が直撃した男は、悲鳴を上げて痙攣する。

 そのオーバーなまでの痙攣に、男から少年が弾き飛ばされ、離れる。

 大の字に倒れ、しばらく目を回しているだろうかと思えたデーモン男であったが、すぐさま跳ね起きるや、ぶつかってきた少年へ駆け寄る。

「この小僧! 魔術の練習なら周りをよく見てやれッ!」

 そして胸ぐらを掴むや、軽々と宙吊りにして怒鳴りつける。

「ご、ごめん、なさい……」

「もっと大きな声でハキハキ言え! ちっとも気持ちが通じないぞ!?」

「すみません! もうそのあたりで勘弁して下さい! 罪はこの子ではなく、見ていた私にあります!」

 怒りをぶつけられる生徒を庇おうと、リャナンシーが男との間に割って入る。

「ああ!? ……んぉうッ!?」

 男は子どもを捕まえたまま、リャナンシーに向かって凄もうとする。が、ふたたび電撃でも受けたかのように体を震わせ、少年を取り落とす。

「先生!」

「大丈夫? 怖かったわね?」

 落とされた生徒を、リャナンシーが受け止め慰める。その様子を横で見ながら、男は心臓を刺されでもしたかのように胸を押さえよろめく。

 しばらく蕩然としていたデーモン男だったが、頭を振って気を取り直すや、大きな咳払いをして、リャナンシーたちの意識を向けさせる。

「罪は自分に、ということは、あなたが代わりに謝罪してくれるのだな?」

「え、ええ……」

 リャナンシーはうなづきながらも、しかし何を言われるのかと、恐る恐るに身構える。

 そんなリャナンシーを前に、男は暴れる心臓を取り押さえようとするかのように、分厚い胸に手をやり深呼吸する。

 そうして心を定め、要求を突きつけようと口を開く。

「……では、俺の妻になってもらおう!」

「え?」

 いきなりの求婚。

 脈絡のないプロポーズにリャナンシーも、生徒たちも呆然となる。

「うん? んん?」

 一方でこの流れを見守っていたパルシオネは、妙な既視感を覚えて首をひねる。

 よくよく見てみれば求婚しているデーモン男は、シカの角や猪の牙のアクセサリを身につけているようであるし、リャナンシーもアライグマの尻尾を繋いだベルトをしているのが目につく。

 そんな妙な感覚に、パルシオネが「まさか」と首をひねっているうちに、猪鹿アクセサリの男は、リャナンシーの腕を取る。

「分からないか? 俺の妻に、俺の物になれというのだ!」

「いや、それは分かる、分かりますけれど、どうして?」

「知れたこと、あなたを見た瞬間に、俺の胸には稲妻に打たれたかのような衝撃が生まれた! これが恋の衝撃でなくてなんだというのか!?」

「……単に雷の魔術の残りでは?」

 ぐいぐいと好意を伝える猪鹿アクセサリに、戸惑いながらも拒否する女師匠。

 このやり取りに、パルシオネは既視感が勘違いでないと確信を抱く。

「あの、これってやっぱり……」

 しかしスカディへ訪ねようとしたところで、舞台が動く。

「ダメだよ! 先生がむりやり結婚だなんて、そんなのダメだ!」

 男に雷撃をぶつけてしまった少年をはじめとして、弟子の子どもたちがリャナンシーを庇うように割って入る。

 だが……

「やかましいぞ! これは大人同士の話だ! 力ない小僧小娘は口を挟むなッ!!」

 猪鹿な男は、邪魔に入った子どもたちへ怒鳴りつけ、強く地を踏む。

「わぁ!?」

「ひゃあッ!?」

 その衝撃に子どもたちは転び、尻もちをついてしまう。

「まだ邪魔立てするのなら、容赦はせんぞ!」

 そしてさらに男は腕を振り上げ、子どもたちを威圧する。

 が、その腕をリャナンシーが掴んで止める。

「私の弟子たちに手を出すんじゃあないッ!!」

 そういうや、リャナンシーは首後ろにかけていたものをかぶる。

 それは顔全部を覆い隠すマスク。毛のふさふさな、妙にリアルなアライグマのマスクであった。

「えッ!?」

 唐突な獣の仮面に男が戸惑った隙に、アライグマ仮面は男のみぞおちに風の術式を叩き込む。

「ぐぅおぉおおおおおッ!?」

「このマスター・ラスカルの目が黒いうちは、弟子たちにこれ以上酷いことはさせないッ!!」

 そう叫ぶや、マスター・ラスカルと名乗ったリャナンシーは伸ばした教鞭を手に、吹き飛ばした男を追いかける。

 その動きと、その先で繰り広げられる打撃と派手な幻術の応酬を目で追いながら、パルシオネはおずおずと口を開く。

「あの、侯爵閣下……?」

「いいでしょう? マスター・ラスカル。これまでのお芝居って、刺激が強すぎるから……って子どもに見せるのをためらう声が無くはなかったから、じゃあ安心して見せれるようなの作ってしまえって。ちょうどいい感じのモデルとも知り合えた事だしね?」

 その返答を聞いて、パルシオネはタヌキ顔をアナグマの手で覆い隠す。

 どこからどうやって聞きつけたのかは知らないが、パルシオネの行動を調べて、勝手にこの新しい芝居に仕立てたと言うことらしい。

「恥ずかしがることは無いわ。本来芝居のモデル、ネタにされるというのは、偉業を重ねた大物か、浮き名を流した美男美女にしか訪れない、実に名誉なことなのよ?」

 言い聞かせるようなその言葉に、パルシオネは顔を覆ったまま首を横に振る。

 その反応にはスカディも困ったように眉を下げて首を傾げる。

「……そんなに恥ずかしいのかしら?」

「……いえ、そうではなくて、多少気恥ずかしくはあっても、誉れではあります」

「……じゃあなにが?」

「わたしをモデルにした格好でありますよぉ……わたし、アライグマだけじゃなくて、顔はタヌキでありますし、手足の先はアナグマでありますよぉ……」

 アレでは二種混合のアライグマ女で、デーモンの変装、変身とはいえ、デヴィルとしてあまりにも不細工だ。

 パルシオネはそう、自分をモデルに作られたという姿を嘆いているのだ。

「ああ、なるほど。それはよろしくないわね。ごめんなさい」

 そんなパルシオネの嘆きに、スカディは苦笑をしつつもうなづき詫びるのであった。

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