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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
23/76

包丁物語

 最初の持ち主は料理人。

 小さな小さなデーモン女の料理人。

 小さく細やかな指先と、小さく鋭い刃にて、多くの菓子を彩った。

 生まれた美味の数々は、魔王の舌を喜ばせた。

 次の持ち主も料理人。

 大きな大きな、デヴィル男の料理人。

 太くて長い指先と、その爪のような刃にて、独特な料理を生み出した。

 不味いと騒ぐ者共の、不憫な舌も切り落とした。

 次の持ち主は恋する乙女。

 恋に恋して焦がれた乙女。

 胸に溢れた恋心を、鋭利な刃で刻み付け、渾身の料理を作り上げた。

 拒まれ捨てられたその心、あの人の胸へ突き刺した。

 報いを得られぬ恋心。

 誰にも顧みられぬ恋心。

 行き場を無くして澱む心を、鋭利な刃に塗り付けて、胸へと直に突き入れた。

 破れ敗れた愛情は、心を欲してえぐり出す。

「……というのが、このショコララムスに刻まれた物語なのであります」

 日の落ちた夜の森。

 その中にある、大きく開けた空き地に熾した焚火を前に、パルシオネは包丁に秘められた呪わしく血なまぐさい物語を語り聞かせる。

「なんとも、主の巡り合わせが悪かったというべきか。質の良い包丁が残虐残忍な物語に彩られたものだね」

 横倒しの丸太を椅子にしてショコララムスに同情するクズハに、パルシオネは果物を切る手を止めることなくうなづく。

「で、ありますね。込められた魔力に、血をすすることで高まる魔性。本質からかけ離れた扱いへの不満と、浴びせられ続けた妄執と怨念とが重なって、報われぬ恋を惨劇へと導く呪いの刃となってしまったのだと思うであります」

「つまりはなにか? 握った俺がどうしようもなくパルシオネ男爵を求めて走り出してしまったのは、ナイフに惑わされて、ということか?」

 地べたに直接座ったバンダースの疑問に、パルシオネは首を傾げる。

「それはどうでありますかね? まあ、それでわたしの前にまで出てきたとして、殺意に突き動かされてたと思うでありますよ。永遠に俺のモノにー……という具合にでありますね」

「なんということだ。俺がパルシオネ男爵を……?」

「仮にそうなったとしても、しぶとさ頑丈さだけが取り柄のお前に、パルシオネ男爵をどうにかできたとは思わんがね」

 パルシオネの語る「もしも」におののき震えるバンダース。であるが、クズハ男爵はその恐れを思い上がりだと一蹴する。

「……それにしても包丁が呪いを含んで、酸鼻な事件を招くようになるとは、やはり主人に恵まれぬ不幸というのは、道具であれ何であれ変わらないのだね」

 クズハは腕組みをし、しみじみと改めてショコララムスへの同情を深める。

 それにバンダースは、何か物言いたげな視線を送る。だがそれも一瞬のことで、すぐに不安げな目をパルシオネの手に注ぐ。

「しかし、そんな呪いの刃物を持ってて、大丈夫なのか?」

 バンダースが心配そうに尋ねる通り、パルシオネが果物を皮むき刻むのに使っているのは、今まさに話題に上がっている怨念と呪詛に染まっていたペティナイフであるからだ。

「もう全然平気。大丈夫でありますよ」

 しかしパルシオネはそんな心配は無用とばかりに、よどみない手つきで果物をさばいている。

「しかし……」

「呪詛怨念の類いは祓ったでありますし、こうして料理だけに使っていればまた呪いに染まることもないはずでありますから」

 パルシオネの言葉を後押しするように、ペティナイフはただひたすらに触れている食材の形を整えていく。

 その動きを見れば確かに、持ち主に惨劇を起こさせるつもりはないように見える。

「それはそれで、逆に持ち主を菓子作り、料理狂いにさせそうな気はするけれども?」

「それはまあ、否定は出来ないでありますが。ともあれ、ご賞味あれ、であります。統一王御抱えの菓子職人、ショコラリース様が愛用した包丁が一振り、その本道に返った第一の仕事でありますよ」

 苦笑しながらもパルシオネは、切り分けた果物を二人へ差し出す。

 黄緑色の皮を剥き、一口大に切り分けられた白く瑞々しい果肉たち。

 皿に並ぶそれらの中心には、一頭の白竜がたたずんでいる。

 飾り切りで作られた竜の像は、今にも羽ばたき飛び立ちそうで、元が果物のとは思えないほどの出来栄えであった。

「ほう。これは見事な」

 焚き火の中に浮かぶその造形を称えながら、クズハは並べ置かれた果肉を口へ。

「さすがはパルシオネ男爵。色々と手広い技を見せてくれる」

 クズハに続いてバンダースもまた果物に手を出す。が、その手がむんずと掴んだのは、皿の中心にある竜の彫刻だ。

 そのままあっさりとイノシシの口に運ばれた白竜は、シャクシャクと音を立てて砕かれ、胃袋へと消える。

「うん、うまい! やはり恋しく思う方の手によるためか、味わいが違って……」

「うまい! ではないだろうお前というヤツは!」

「ふごほぉ!?」

 味わい満足げにうなづくバンダースの脳天に、クズハがチョップを叩き込む。

「どうして真っ先に一段と手のこんだ物に手を出すかな!? 他にも簡単に切ったものが並んでいるというのに、もったいない!?」

「む? もう見たのだから十分では? 手がかかっていようが果物であるし」

「この無粋者めが……」

 打たれたシカ角の間を撫でつつ、バンダースは心底不思議そうに問い返す。その様にはクズハも手の打ちようが無いのかと頭を抱える。

「すまないパルシオネ男爵。せっかく手をかけてくれたというのに、瞬く間に……」

 従者のあまりにも無関心な行いに、クズハは頭を下げる。

「まあ、こうなるかも、とは思っていたでありますから。気にしないで欲しいでありますよ」

 だがパルシオネは知ってた、とばかりにうなづく。

「だが、そうは言っても……」

「いいんでありますよ。そもそもがわたしの技じゃないでありますし」

 パルシオネは苦笑混じりにそう言って、もうひとつの果実にショコララムスを入れる。

 すると刃はたちまちに果実の周囲を走り、皮の下にある瑞々しい白をむき出しにする。

 そして立て続けに、その表面を一回りする形で、己が尾をくわえた竜の彫刻が刻まれる。

 瞬く間に仕上がった精緻な飾り切りに、クズハからは感嘆の声が漏れる。

 だがそれに、パルシオネは苦笑を浮かべる。

「これは全部、ショコララムスがやってることなのでありますよ」

「なんと!?」

「わたしは邪魔しないように支えてるだけなので、まるで手をかけた感覚はないのであります」

 自分だけでやろうとしたら、自分の紋章みたいなのができるだけ。そう苦笑を深めつつ添えて、パルシオネは彫刻したばかりの果実にかじりつく。

「なるほど、それがこの魔包丁の持つ力と言うわけか」

「ええ。姉妹たちと共にその刃に刻みつけた、最初の主の技を持ち主に貸し与えること。それが魔王の菓子職人の道具であったこの子本来の能力であります」

 もとから備えていた持ち主に干渉する力。それが怨念で歪んでしまったのが、愛憎の思いの暴走なのだろう。そうパルシオネは分析しつつ、ショコララムスを労うように拭き清める。

「姉妹たち? 他にもこんな包丁があるのか?」

「現存しているかは断言できないのでありますが。本来は刃の長さや薄さの違うものたちを合わせて、ショコララムスと呼ぶのであります。だからコレは一番。中には、しなる程に薄い刃のものもあるようでありますよ」

 包丁の手入れを進めながら、パルシオネはクズハの疑問に答える。

「なんとかまた、残っているのを集めて、一緒にしてやりたいものであります。すでに今の持ち主を定めているようなら、無理にとは言わないでありますが。バラバラでは、寂しいでありますからね」

 そう言いながら、キレイになった刃を眺めるパルシオネ。

 まるで刃の嘆きと頼みを聞き受けているかのようなその姿に、クズハは首を傾げる。

「こう聞くと、まるで道具に心があるかのようだね」

「あはは。物の歴史を書き記す、なんて特殊魔術の持ち主だからでありますかね。そのモノが持つ経歴やら知恵やらを読んでいますと、まるで思い出を、昔語りを聞いているようで。心ないモノとは思えないんでありますよ」

 変かな、とパルシオネが首を傾げるのに、バンダースもクズハも首を縦に振る。

「共感できる。とは言えないな」

「分からん。道具は道具だろう? 分からん」

「そう、でありますよね」

 真正直な二人の答えにパルシオネはうなづく。

 変わり者として、理解を得られないのはいつものこと。だがやはり直に突きつけられては、うなづくのも萎れるような力無いものになろうというものだ。

「……しかし、そういうパルシオネ男爵の感性は、嫌いでは無いよ」

 その言葉に顔を上げれば、スナギツネの目を軟らかく細めたクズハの顔があった。

「クズハ殿……ありがとうであります!」

「礼を言われるようなことではないよ」

 素直に感謝を告げるパルシオネに、クズハは照れくさそうに視線を外す。

「あ、なるほど! 俺も嫌いではない! 嫌いではないぞ! 男爵のカンセイ? というものはッ!」

「なにをいきなり慌てて言ってるのでありますか?」

「というか、絶対分かってないまんまで喋ってるだろ?」

「おごふ!?」

 露骨に話合わせにくるイノシシを、タヌキとキツネが揃って一蹴する。

「そう言えばショコララムス、すっかりわたしが手元にーみたいな流れになってるでありますけれど、良いのでありますか?」

「もちろんだよ。呪われてた包丁なんてウチの手には余るし、分かってるパルシオネ男爵が持ってるのが一番いいと思う」

「ありがとうであります! 大乱時代から統一王時代に活躍した料理人の包丁! 道具としての質はもちろんでありますが、その歴史的価値はわたしにとっては垂涎ものでありますから!」

 そのまま包丁を掲げて小躍りしそうな勢いのパルシオネに、クズハはまるではしゃぐ幼子を見るような目を向ける。

「さっきも言っていたけれど、統一王、というのは? 察するに歴代魔王様の御一人のようだけれど?」

「おお! 興味を持たれたでありますか!? 統一王というのは数千年前、大乱時代を平定した偉大な魔王様のことであります! で、大乱時代というのはですね、魔王様と七大公様全員がほぼまとめていなくなったことをきっかけに始まった、群雄割拠の時代のことでありまして……」

 しかしはしゃぎ始めたパルシオネが、その勢いのまま長語りに入ると、早くもクズハの顔には後悔の色が重なるのであった。

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