呪われしペティナイフ
「掴み取ったのがいきなり暴れ出した……ので、ありますか?」
聞かされた信じ難い言葉に、パルシオネは手を滑らせてペンを取り落としそうになる。
ここは魔王領にあるクズハ男爵管轄の土地にある森の中。
近くまで竜の背に乗ってやってきたパルシオネとクズハ、そしてバンダースの三名は、厄介な短剣のあるという場所へ向かっての道すがら、どんなモノかということを話していたのだ。
「ああそうなんだ。ウチが預かってる砦の近くで殺し合いがあったって聞いて出向いたら、刺し殺されたデヴィルの男女の遺体と、喉に短剣を刺して死んでたデヴィル女の遺体が転がっててね」
「たぶん独占欲から殺して、自分も喉を突いて後追いしたんだろうと見立てて、持ち物やら凶器を検めることになったのだが……」
「最初に引き抜いたのはこのバンダースでね。いきなりあなたの名前を叫んで走り出そうとしたんだ」
「うえぇッ!?」
大きなフェネック耳を垂らし、呆れたように肩をすくめて説明するクズハ。それにパルシオネは顔をゆがめてバンダースから距離を取る。
「あ、いや! あの短剣を掴んだ瞬間に、パルシオネ男爵への恋心が暴れ出してだなッ!? こう、いてもたってもいられなくなって!」
「で、これはまずいと剣を落とさせたまではいいんだけど、それから出来たのは埋葬の手配だけで、剣についてはにっちもさっちもいかなくなってね。とりあえず近づかないように封印して……」
「詳しそう、というか何とかできそうなわたしを呼びに来たと」
「正解」
状況は飲み込めたとうなづくパルシオネだが、ある疑問に首をひねる。
「人間ならともかく、握った魔族に正気を失わせるほどの剣、でありますか?」
業物といわれるほどの魔剣が、その魔性から人間の持ち手を狂わせて悲劇的な事件を生み出し、人生を破綻させるという事例は多い。
だが魔族を、となると話は別である。
弱いと言われる無爵の魔族でさえ、人間数十人の部隊が連携してようやく追い詰めることのできる存在である。強さという点ならば相手にもならない。
いかに多くの狂戦士を生み出し、血なまぐさい逸話に彩られた魔剣とて、主を選ぶかのように抗ったとしても、相応しき主には従うものだ。
握った魔族を暴走させたなどという話は、パルシオネもこれが初耳であった。
「わたしもまだまだ寡聞であるということでありますね……って、何をしてるんであります?」
そうしてパルシオネは、しみじみと学問の道の果てしなさに思いを馳せていた。が、耳にさわる生温い風のうるささに、その出どころへ半目をやる。
するとそこには、音を立てて穴を広げるイノシシの鼻が間近にまで迫っていた。
「気に、しないで、いただきたい。ただこのチャンスに、パルシオネ、男爵の、匂いを、存分に! ああッ、いい匂いだぁああッ!」
「気にしないわけがないであります!」
言葉を区切る度にフゴフゴと鳴らして体臭を吸い込む大鼻から、パルシオネは飛び退き逃げる。
「ああ! まだ嗅ぎ足りないのに!」
強制終了に情けない声を出すバンダースに、パルシオネは歯を剥いて睨み威嚇する。
「あのまま好き放題嗅がすのがどこにいるでありますか!? 尻を触るだのとはまた違う意味で酷いセクハラでありますッ!!」
「え!? ならば直に触るのはアリなのかッ!?」
「んなワケがないであります! どこをどう勘違いしたらそんな発想が出るのでありますかッ!?」
鼻息荒く目を見開き両手を構えるバンダースに、パルシオネの威嚇は一段鋭さを増す。
「そんな! あのデーモンの小僧には好き放題させているのにッ!? ずるいッ!!」
「自分から子どもと同列になってどうするのであります! それにむやみやたらに触らないようにちゃんと注意してるであります!」
「やはり許してるではないか! 子どもだからってずるいッ!!」
「子どものやることでありますよッ!?」
ずるいずるいと騒ぐバンダースの言葉を、パルシオネは真っ向からはね除ける。
もうこれ以上セクハラを重ねようとするなら、死なない程度にぶちかます。
パルシオネは問答の間にそう胸に決めて、いつでも魔術を放てるように身構える。
「……いい加減にしておけ」
「ぐぅえ!?」
しかしパルシオネが術式を放つ必要は無かった。
クズハの手から伸びた注連縄が、バンダースのイノシシ頭をがんじがらめにしたからだ。
「パルシオネ男爵の慈悲に甘えていつまで戯れているつもりだ? 話が進まないだろうに」
「お、ぉごぉおお……、あ、頭が、頭蓋骨が割れるぅう……ッ!」
「一度割れるまで絞めてみれば、多少はその中身もマシになるのか?」
苦しみうめくバンダースに、クズハは魔術で具現化させた注連縄をさらにきつく、絞り絞める。
それにさらに勢い増して悶えるバンダースの姿に、パルシオネが縄を掴んで間に入る。
「助かったでありますよクズハ殿。ただ、もう大丈夫なのでソレくらいで……」
「……パルシオネ男爵は甘いな。コイツの頑丈さは筋金入りだというのに」
それ以上はいけないとのとりなしに、クズハはため息を吐きながら縄を緩める。が、すかさず手首を返すとイノシシ頭を縛っていた縄を胴体に巻き付ける。
「今からはちゃんと繋いでおくから、安心してほしい」
「ありがたいでありますよ」
潰れたカエルのような声を上げるバンダースを引き寄せるクズハに、パルシオネは胸に手をのせ頭を下げる。
そうしてバンダースを引きずるように森を行くことしばらく、一行は開けた場所に出る。
「ここ、でありますか?」
開けたと言っても池などがある訳ではない。
争いの痕跡なのだろう。木々が物凄い力でへし折られ、なぎ倒されて作られた森の間隙だ。
「そう、ここだよ。で、問題の短剣というのは……」
クズハがうなづき指さしたのは、折れた木々に縄の張られた一角だ。
みだりに立ち入るのを防ぐ結界なのだろうその中心には、確かに鋼の輝きがある。
「短剣……というか、ペティナイフでありますよね」
だが、折れた木に突き立てられたその刃は、短剣と呼べるような物ではない。果物を主に様々な食材の形を整える菓子包丁であった。
短剣と聞いて、よもやガンナググルズか、と期待していたパルシオネからすれば落胆するような現実である。
「む? しかし、アレが凶器だろうことは間違いないし、バンダースの暴走も……」
「バンダースの暴走……についてはいつものことでありますが、危ないっていうのは覚えてるであります。うん、分かってるでありますよ」
そういうパルシオネの目はもとより、耳も尻尾も緊張した様子でペティナイフへと向いている。
求めていた魔剣でなかったことにがっかりしていただけで、あの包丁をただの調理道具と侮ったわけではないのだ。
包丁が放つ、らしからぬ禍々しい妖気。
明らかに普通の魔道具のものでないそれに、パルシオネは腰のムンブルームに手をやる。
「これはちょっと……本気でたちの悪いヤツでありますよ」
警戒を露につぶやくパルシオネ。
「そう、なのか?」
だがしかし、そんなパルシオネの一方で、クズハとバンダースは揃って首を傾げる。
ワケが分からない、と言わんばかりの反応をするクズハたちに、身構えるパルシオネ。通常の業物と言われる魔剣を目にした時とは真逆の反応である。
それだけで、かの刃が溜め込んだ魔性の方向性が普通でないということが分かるというものだ。
「話を聞いて、薄々そんな気はしていたでありますが……わたしが来たのは正解だったのでありますね」
そう言ってパルシオネは一呼吸を置き、腰の杖を抜く。
そして本来の長さに伸ばしたそれを構えて一歩踏み出す。
「パルシオネ男爵ッ!? どうして暴走するかも分からないのに!」
クズハはその動きを迂闊だと咎めるように名前を呼ぶ。
「大丈夫でありますよ。取り組みようが見えないのに踏み込めるほど勇猛果敢な性質では無いでありますから」
しかし対するパルシオネの答えは落ち着いたもの。気負った様子もなく、しかし油断することなく魔杖を手に菓子包丁との間合いを詰めていく。
そう、パルシオネの警戒網に引っかかるような代物であるならばすでに対策ができているのだ。
「ムンブルームよ、呪詛を掃き祓え! その名の如くッ!」
そして気合一閃!
呪詛祓いの力に輝く羽飾りを刃へと叩き込む!
高い強度と伸縮のほかにムンブルームが秘めた力。それは生物や物体に込められた呪いを、汚れとして払い清めるものだ。
そして汚れ払いの箒杖の持ち手であるパルシオネは呪いを感じ取る皮膚感覚には鋭いものがある。
まさに持つべき者の手にふさわしき道具が納まったという形だろう。
この破呪の一撃により、呪われた調理ナイフは宙へと跳ね上がる。
クルクルと放物線を描いて落ちる刃。
落ちた呪詛の残滓か、黒い靄を散らしたそれは、パルシオネの頭上へ向かう。
最後の抵抗だとでもいうようなその動きに、しかしパルシオネは杖を構え直しはしない。
「パルシオネ男爵ッ!」
あまりに無防備なその様にバンダースの警告が飛ぶ。
しかしパルシオネはなに食わぬ顔でカバンから何かを取り出し、それで落ちてきたナイフを受け止める。
「ん? 何でありますか?」
「おぉう……」
危なげなく刃を手元に収めてみせたパルシオネに、前のめりになっていたバンダースは繋がれたままその場に膝をつく。
「さすがは、お見事。しかし、それは保存食か?」
「はい。ドライフルーツであります。非常用、というかおやつ代わりに普段からいくらか持ち歩いてるんでありますよ」
パルシオネはうなづきながら、ハンディサイズにまで縮めたムンブルームでもって、祓いたまえ清めたまえと、しつこく残った呪いを取り除く。
そうしてまがまがしい靄が立たなくなったのを見計らって、ようやく柄を掴む。
「さて、と……こんな呪詛をため込んでるなんて、いったいどんな包丁なんでありますかね……ショコララムスの一番……?」
続けて紙面へ自動書記した内容に、パルシオネは驚き目を見開いた。




