赤金の瞳は恐ろしい
「陛下に献上したい品がありますのでお納め願うであります」
アヴェルス・サーベルをはじめとした品々を携えて、パルシオネは魔王城勤めの侍従に声をかける。
「ああ。パルシオネ男爵。献上とは、なにか見つけられたのですか?」
声を受けたぽっちゃりした女デーモンの侍従は、ふにゃりとした笑顔で応対してくれる。
「そうなのでありますよ。少し前に力ある魔剣を見つけたのでありますが、わたしでは持て余してしまうので……」
言いながらパルシオネは背負っていた袋をごとりと机の上に乗せる。
「これがその魔剣、ですか?」
剣だというそれを検めようと、女侍従は袋から出す。しかし出てきたものは、術式を焼き付けた護符の塊であった。
いやしかし、一見するとただ棒状に固めた護符の塊にしか見えないが、確かに芯となる反身の剣があって、護符はただそれをがんじがらめに封じているのだと分かる。
「あの……これはいったい?」
「鞘もあったのでありますが、それだけでは気配がこぼれるみたいなので補助として……あ、ここではがすのは止めといた方がいいであります。うちの屋敷の侍従たちは怖がってるでありますから」
「は、はい!」
パルシオネの警告に、ぽっちゃり侍従は慌てて護符を剥がしにかかっていた爪を引く。
「で、では献上品の目録に作りますので、確認ののちに紋章を焼き付けてください」
「承知したでありますよ」
そうして目録作りを始めたぽっちゃりちゃんの机から離れようとしたところで、ふとパルシオネは視界の隅をよぎったキラキラしたデーモンに目を止める。
「あの方……たしか一年近く前に大公に就任された……」
「えッ!? うそ、ホントにッ!? ヤダホントにッ!!」
何気なく問いかけたパルシオネが目を剥き、尻尾を逆立たせるほどに鋭い反応で、ぽっちゃり侍従は大公を目で追う。
「はぁあ……本当にお美しい方……」
「そう、でありますね。デーモンで一、二を争う美男であると言われるだけはあるであります」
「ええ、本当に素敵……」
自分のコメントにうっとりと夢心地なまま生返事をする女侍従に、パルシオネはやれやれでありますと鼻息をひとつ。
「しかし、お引止めしなくてもよかったので? 大公閣下といえど、陛下にお会いするにはそれなりに形式というか、手順というものがあるのでは?」
「え? 大丈夫ですよ。この一年度々訪れては気軽にお会いしていらっしゃるみたいですけど、特にとがめられた衛兵はいらっしゃいませんし。そういう気安い間柄なのでは?」
「えぇ……そう、なのでありますか?」
「そうなんですよぉ……ああ、でも今日はいい日です。だいたいは見かけないうちに陛下とお話ししてお帰りになられてるみたいなんですけど、今日はお姿を目に入れることができました。気が付いてくれたパルシオネ男爵さまさまですね」
「いやあ? それほどでも?」
ぽちゃぽちゃ侍従からの感謝の言葉に、パルシオネの鼻からどや息が溢れる。
「そう言えば噂によると、新しくデヴィル相手に同盟を組まれたらしいでありますね。今まで組んでいられたのが、デヴィル嫌いを公言されてるお方だけで、討ち取ったのも鼠大公でありましたから、デヴィルに厳しい方かと思っていたのですが、誤解だったようでありますね」
「はい! 領内で種族を理由に酷い仕打ちをなされたという話も聞きませんし、差別をしない公平なお考えみたいですね。しかもお美しい……」
「そうでありますね。あの方もそうでありますが、当代の陛下もまた勝るとも劣らぬ容貌。陛下の弟君に至ってはデーモン第一の美男で、デヴィル最高の美男美女とされる両名もまた大公様。そしてデーモン一の美女も。これほどまでに魔王様から七大大公まで美男美女で占められたことは過去に例を見ないほどでありますよ」
「ええ。陛下と弟様でも眼福でしたのに、赤金の薔薇の君まで加わっては、眼福を通り越して目の毒になるほどです。ああ! それにしてもお美しい」
「ええ、ええ。遠目にもはっきり分かるほどの美男子でありましたとも」
繰り返しうっとりとため息をつき、身もだえするぽちゃ侍従に、パルシオネは呆れ半分にうなづく。
しかし赤金の薔薇の君が見惚れるような美形であることに同意はするものの、パルシオネはどうにもかの新任大公が恐ろしかった。
それはあの鼠大公を葬った時の暴れぶりの噂話もあるが、それ以上にあのデーモン最高の美貌を持つ女大公と同じ瞳を持つということが、だ。
パルシオネは以前に一度だけ、女大公と偶然に、本当にたまたま目を合わせてしまったことがある。
それで実際に無体を強いられたわけではないし、明確に殺意を向けられてわけでもない。ただその他大勢のデヴィルへ向けるのと同じ、不快感を帯びたものとぶつかっただけだ。
だがその威圧感が、パルシオネの尻尾の付け根にこびりついていて、思い出すたびに背筋を冷やして駆け上がるのだ。
なぜみんなは容姿の美しさに目が行って、二方の瞳の恐ろしさに気づかないのか。
それがパルシオネには分からない。ただ使い手を試そうと圧力を放つ魔武具などよりもよほど恐ろしいものだろうに。
「……もしかしたら、わたしどこかおかしいんでありましょうか?」
自分が思ってる以上に自分は変わり種なのかもしれない。
そんな疑念に、パルシオネは不安げに首をひねりつつ尻尾をゆらゆらと。
それはさておき、新任大公を殺戮の権化などと恐れるのが誤解であったと理解した以上、白の女大公とは分けて見るべきだと、パルシオネは心を改める。もっとも、その力を心底から畏れ敬っているのは変わらないが。
「……あ、そうでした。紋章を焼き付けたら献上品はご自分で宝物庫へ運んでいただいてもよろしいでしょうか? たしか鑑定官として出入りが許可されていましたよね?」
「はい。その通りですし、自分で持っていくのは構いませんが?」
正気を取り戻し、目録作りを再開したぽちゃ侍従の要請に、パルシオネは了承しつつも首をひねる。
「いえ、その……運んでいる最中に万一護符がはがれてしまっては心配ですので……」
「そう言うことなら構わないでありますよ」
ぽっちゃり侍従が「恥ずかしながら」と添えて語った理由を、パルシオネは快く受け入れる。
そうしてパルシオネは献上品を背負って魔王城宝物庫へ。
※ ※ ※
「では、鑑定書は添えてありますので、分類はその通りに」
「承知いたしました、鑑定官殿」
「それで、この長袋の中身は力ある魔剣でありますので、新しい鞘を作るように手配しておいて欲しいであります。今は封印の護符で補強してある状態でありますから」
「そちらも承知しました。早急に手配しておきます」
「頼むでありますよ」
黒いドーベルマン顔の宝物庫番に献上品を預けたパルシオネは、自分の手を通さずに献上された面白いものは無いかと物色する。
「いやあなかなかにそそる品々が並んでいたであります! ありますがしかし、ショテラニーユ様の剣はやはり無かったでありますね」
納品と鑑定をすませて宝物庫を後にしたパルシオネは、落胆も露につぶやく。
そう都合よく見つかったりするはずもない。が、やはりいくらか期待はしてしまうものだ。
しかし、ここはやはり他者に頼らず、自分でガンナググルズを探すべきということなのだろう。
「やや! 見つけたぞパルシオネ男爵ッ!!」
「この声は……ッ!?」
そんなことを考えながら城の廊下を歩いていたパルシオネのタヌキの耳に、散々に聞かされた暑苦しい声が届く。
「ぬぅおぉおおおおッ!! 男爵! 俺だぁあ! バンダースだぁああッ!!」
振り返ったパルシオネが見たのは案の定、突進してくるシカの角を備えたイノシシデヴィルであった。
「廊下を走るんじゃ……」
「ま! 待った! それはダメだ今日はちが……」
姿を見るやいつものようにさばこうと、パルシオネが幻術を組み立てる。それを見てバンダースが慌てて止めるように懇願する。
「ないでありますよ」
だが遅い。ショテラニーユ関連の書物より術式の高速化を学び身に着けたパルシオネは皆まで言わせる間もなく幻の書を製して見せてしまう。
「むぐぉおおおおお……」
途端にバンダースは大いびきを立てて転び、角で床を削る勢いでパルシオネの足元にまでヘッドスライディングする。
「あー……なんか言いかけてたでありますね、これはしまったことをしてしまったでありますか……?」
まだ盛大にいびきを立てて、床をよだれで汚しているバンダースの頭を見下ろして、パルシオネは頬をかく。
起こせばいいだけなのだろうが、そうしたらそうしたで面倒なことになりそうな気がしてためらわれる。
「ああ、よかった。鼻を動かすやいきなり走り出したから見失いかけたが、ちゃんと見つけてくれたか」
「クズハ殿」
そうしてどうしたものかと唸っていると、バンダースの直接の上官であるクズハ男爵が現れる。
「まあ、こうなっているのは分かっていたことだけれども……」
クズハはよだれを垂らして寝こける従者と、パルシオネとを交互に見やり、予想通りとばかりにうなづく。
その反応にパルシオネはあいまいな笑いを浮かべるしかなかった。
「ええーとこれもたぶん予想済みのことでありますかね? バンダースをよこした御用事はなに? ってやつなので」
「まあ仕方ないよね。毎度お決まりの文句で勝負申し込むばっかだろうからね。普通に皆まで言わせずに勝負つけるよね」
「たはは……面目ないであります」
誤魔化し笑いをするパルシオネに、クズハは苦笑しつつ「分かってる」とばかりにうなづく。
「いやなに、大したことじゃあないよ。ウチの領地で、ちょいとめんどくさい短剣型の魔剣が見つかったってだけだから」
「なんでありますとよッ!?」
そうして告げられた用件は、パルシオネがかっつりと食いついても仕方のない内容であった。




