<奪爵>には自信ありなのであります!
魔王直轄領にある一軒の男爵屋敷。
かろうじてタヌキの顔に見えなくもないポンチ絵の旗を掲げたこの屋敷は、現在はパルシオネが住居として所有している物である。
この屋敷の一室である書斎に家主であるパルシオネの姿があった。
「ふむん……ひとまず陛下への献上待ちの品の鑑定はこれでよし、であります」
机の上に並んだ剣や槍、腕輪などを眺めて、パルシオネは鼻息をひとつ。
「柱っていうか、破城槌みたいな槍が屋敷前に持ってこられた時にはどうしたモンかと思ったでありますが」
パルシオネが肩をすくめて苦笑した大物については、真っ先に鑑定を済ませてすでに魔王城へ送っている。
遅れて終わった宝物たちも、鑑定書を付けて送るばかりだ。
「この機会に、わたしの手元にある研究済みでもて余してる魔剣やらも献上してもよいかもでありますね」
パルシオネはそう一人呟いて、名案だとうなづく。
パルシオネにとってみれば、掘り起こした魔武具の数々は莫大な価値を含んだ歴史的資料である。が、逆に宝物以上の扱いはできない。そして宝物扱いをするにしても、男爵邸に置くには重すぎるものもある。
ならばいっそのこと、資料を確保できたものは献上して、格に見合った場所に保管してもらうというのも正解だろう。
「なんでか怖がるのもいるでありますしね」
特にファイドラのアヴェルス・サーベルなどは時を置いて目覚めてきたとでもいうのか、回収の場に平気で居合わせたラグが嫌がるようになってしまっている。
だがパルシオネからするとそれが分からない。
確かに力というか、圧力のようなものは感じるし、気安く扱うつもりにもならない。
だがそれでも、今まで見た魔剣の数々を怖いと思ったことはないのだ。
「……もしかしてわたし、そう言う感覚が鈍いのでありますか?」
ここに至って思い当たった衝撃の事実に、パルシオネは愕然となる。
「いやでも! 前に魔王城でデーモン一の美女と謳われる大公閣下と目が合った時には心臓止まるかと思うほど怖かったでありますし! 具体的に言うと軽く漏らし……そうになるほどにッ!」
途中何故か言い淀みながらも、パルシオネは鼻息も荒く自分を疑う自分に言い聞かせる。
「まあそれはともかく。一緒に運んでもらうのも選ぶでありますか。アヴェルスは、わたしが自分で魔王城にまで持ってくしかないでありますね。どうか、あの大公様とは鉢合わせませんようにッ!」
「ご主人様、来客ですよ?」
「りょ、りょりょ、了解であります!」
自分に都合の良い巡り合わせを願い、口にしていたところへのノックに、パルシオネは跳ねるようにして背筋を伸ばす。
「大丈夫ですか、ご主人様?」
「いや平気でありますよ。ちょいとのめりこんでたところだったので、驚いただけでありますよ。あはは……」
部屋を出たところでラグに何事かと尋ねられたが、パルシオネは笑ってごまかす。
「さようで。まあ程々にお願いしますよ」
しかしいつものことであるので、ラグもそれ以上に踏み込みはせずに流す。
「ところで、お客様でありますか? いったいどちらが?」
「ああ、はい。クレタレア軍団長のところのご姉弟と、そのお友達です」
「うえ? フェブくんとミケーネ嬢が、でありますか?」
来客の名前を聞いたパルシオネはアライグマの尻尾にブラシをかけつつ、待たせるわけにはいくまいと玄関に向かう。
そうして玄関ホールに出ると、来客三人とその送迎役だろう伯爵城の侍従。そしてこの邸に勤めるデーモンの家令の姿が目に入る。
「やあ、いらっしゃいであります」
「あ、パルちゃーん!」
「はいフェブくん。今日も元気でありますね」
パルシオネが朗らかに迎えるや、フェブルウスが飛びついてくる。
パルシオネはそんな喜色満面な男の子を受け止めて、そのほっぺたを肉球でぷにぷにと挟む。
「うわーぷにむにー」
「ミケーネ嬢と、ああ! もう一人はやっぱりレオナールくんだったのでありますね、いらっしゃいであります」
「はい。どうも、急に押しかけてしまってすみません」
下唇を噛むミケーネに代わり頭を下げるのは、パルシオネがこの前から時々術式の指導をするようになったレオナールだ。
最初はフェブルウスへ嫉妬から強く当たっていたレオナールだったが、侯爵の自分への期待を知ってからはそれも収まり、同じくパルシオネに師事する者同士として付き合うようになった。
そしてそれからフェブルウスの世話にとくっついてくるミケーネとも親しくなり、近頃はこの三人でまとまるようになっていた。
「それで、今日はどうしたのでありますか? わざわざわたしの屋敷を訪ねてくるだなんて」
いい加減にしないとミケーネがいら立ってくるので、程々のところでフェブルウスをぷにるのを止めて、パルシオネは用件を聞く。
「ええ、はい。今日も三人で鍛練するなり遊ぶなりしていたんですが……」
「これ! これ教えてほしいんだ!」
ミケーネが頭を切り換えて説明するのを遮って、フェブルウスが黒塗りの木箱を差し出す。
蓋を開けて見せられた箱の中身は、七×八、五十六マスの盤と八種二十九個の駒である。
「ああ、<奪爵>でありますか」
それは魔族の間で行われているゲームの道具一式であった。
「やっぱり分かるんだね!?」
「そりゃあまあ。結構遊んだことはありますし、<詰奪爵>の問題集に新問をいくつか付け加えたこともあるでありますから!」
きらきらした目で見上げてくるフェブルウスに、パルシオネは鼻息をどやあっと吹き出す。
「<詰奪爵>?」
「遊び方のひとつでありますよ。コレ、基本は一対一の対戦型ゲームなのでありますが、練習も兼ねた一人用の遊びであります」
「へえー……」
パルシオネの説明に、フェブルウスばかりか、年長の二人も感心しきりといった様子でうなづいている。
「しかし、教えるのはもちろんよいでありますが、先輩方には?」
理由があるのだろうが、真っ先に尋ねられて、教えられるはずの持ち主を飛ばして来たのは何故かとパルシオネは確認をとる。
「あいにく二人とも留守にしていまして……」
「それじゃあ、きっとくわしいパルちゃんに聞きにいこうって!」
「そういうことでありますか。物知りだろうと頼られるのは嬉しいでありますね」
ミケーネとフェブルウスの説明を受けて、パルシオネは満足げに鼻息をひとつ。
「では駒の動かし方と、並べ方から教えていくでありますよ。で、一通り覚えたら対局、実際に遊んでみるあります」
「うん! でもすぐにおぼえられるかな?」
「大丈夫。わたしが見てるでありますから、間違ったり分からなくなったら、その都度教えるでありますよ。ユークバック、飲み物と軽く摘まめるものを手配するように。あとわたしの盤と駒一式も持ってきて欲しいであります」
「かしこまりました、ご主人様」
そんなパルシオネの、銀髪褐色肌の男デーモン家令に向けた指示を合図として、<奪爵>ゲームの説明と実践に入るのであった。
そうして遊び始めてからしばらく。
「はい<奪爵>! またぼくの勝ちだね!」
「さすがはフェブ。やるわね」
大公駒を逃げ場なく抑えられて決着を迎えた盤面を前に、ミケーネはボードゲームでとはいえ、自分を打ち負かして見せた弟を褒めたたえる。
「……しかし、弟相手に全敗だなんて、姉の威厳が……ッ!」
「いや、フェブルウスどころか、パルシオネ男爵がわざと勝たせてくれたの以外全敗だろ? 正直威厳もなにもあったもんじゃ……」
「あぐぅッ!?」
積み重ねた結果への口惜しさと情けなさに打ちひしがれていたところへのレオナールからのダメ押し。
それにミケーネは自分の腕で作った穴に顔を隠す。
そう。練習を含めて、それぞれ五回ほど相手を変えては対戦を繰り返してきたのだが、ミケーネは現状実質勝率ゼロというなんとも悲しい戦績に落ち着いてしまっていた。
ちなみにレオナールはミケーネ相手には五戦全勝。であるがフェブルウスには二勝三敗の負け越し。
つまり三人の中では、今のところフェブルウスが一番<奪爵>ゲームで強いということになる。
「パルちゃん、ねえねえ、今の勝負どうだった!?」
「うん。フェブくんは筋がいいでありますね。盤面が広く見えてるようで、色々な駒を活用できてるであります。対してミケーネ嬢は、強い駒を活用するのはいいのでありますが、それだけに頼りすぎでありますね」
フェブルウスに求められるままにパルシオネは先の一番の寸評を語る。
しかし、ミケーネの強い駒で押せ押せな指し方は魔族としてはごく普通の指し方であって、後は勝負勘の差で勝敗が分かれるのがほとんどだ。
だから別に特別おかしい指し方というわけではない。
「しかし、しかし男爵! 公爵で攻めずにどうやって勝てと!? 教えてください、実戦で!」
打ちひしがれていながらも、ミケーネはパルシオネの評価に噛みつくように対戦を申し込む。
「ふむ。分かったであります。ではわたしは公候落ちでやるでありますよ」
「え!?」
パルシオネの了解とそれに続く宣言に子どもたちが愕然とする中、パルシオネはフェブルウスに席を譲ってもらい駒を並べ始める。
当然宣言通り、並べた駒の中に公爵と侯爵の駒はない。
「いいの!? そんな強いの二つも無しで!?」
「有利不利を作るなら“魔王付き”とか“待ち”とかあるでありますけど、ミケーネ嬢は強い駒に頼らない指し方をご所望でありますから」
事も無げに言うパルシオネであるが、それがミケーネの癇に触った。
「後悔しても知りませんからね……!」
ミケーネは遅れて駒を並べながら、ざらついた目をパルシオネに向ける。が、パルシオネはまるで気にした様子も無く、むしろ逆に満足げにうなづく。
「うんうん。そういう負けん気の強さは良いものでありますよ」
その言葉に、ミケーネが荒っぽく大公駒を置いたことで、パルシオネ側二駒落ちのハンデ戦が始まった。
「はい、<奪爵>であります」
「ぐ……参りました……ッ!」
だが、もう終わった!
結果はやはり、パルシオネの完勝であった。
「すごい……ホントに公候抜きで勝っちゃったよ」
「パルちゃんつよーい!」
「いやあさすがに冷やっとしたでありますよ? 自分で言い出しておいて負けたら、カッコつかないでありますし」
パルシオネはそう言って汗を拭う真似をする。が、対局中には大公に届く道筋を開けて、あと一手にまで踏み込ませるあたり余裕を感じさせる。それが罠で、ミケーネが自分から飛び込んだのであるが。
「こ、今度はわたし側が魔王持ち? というのでお願いします!」
しかし大敗を喫したにも関わらず、ミケーネはめげずにもう一度と、勝負を申し込む。
「しかし、フェブくんやレオナールくんが……」
「いえ。それなら僕たちは僕たちで対戦してますから、気にしないでください」
「そうでありますか?」
こっちはいいからともうひとつの、パルシオネの<奪爵>盤に駒を並べるレオナール。
パルシオネはそれに申し訳なさそうに首を傾げながら、目の前の盤を初期配置に整え始める。
「あ! ねえねえパルちゃん! なにこれなにこれ!?」
そうしていざ対局を始めようというところで、ふとフェブルウスから質問が投げかけられる。
それは大公の駒であるが、その上部がデーモン族女性の胸像になっている物だ。
「ああそれは二千年くらい昔の、デーモンの女大公をモデルにした特別な大公駒でありますよ。確か当時の魔王様の在位三百年記念のでありますね。他の六名のと魔王様の胸像駒も一式揃ってるでありますよね?」
「あ、はい。なるほど……よくできてますね。特別な見た目の記念品、ですか」
「特別なのは見た目だけじゃないでありますよ」
残り七つのデーモンやデヴィルの姿をかたどった大公、魔王の駒を眺めるレオナールに、パルシオネは笑みを浮かべる。
「見た目だけじゃない、とは?」
「モデルに合わせた特別ルールがあるんでありますよ。例えばその女大公、アスト様は当時の魔王様の寵姫でありましたので、その駒を使うと魔王駒の出現条件を簡単にしてよくなるのであります。そんな具合に、ハンデ付けとご本人の境遇を絡めたお遊びルールがつけられてたのでありますよ」
「それは面白いですね。じゃあ今度の三百年大祭でも?」
「もちろん作られると思うでありますよ。まあ陛下は公平な方なので、魔王出現が緩くなるような特殊ルールはつかなそうでありますが」
実際に作られたとしたら、魔王の肩入れどころか、魔王同然に動ける大公がいるのであるが、その事実を知るのは一握りの者だけであるので、特殊ルールの実装がされそうにないのは変わりない。
「ふーん……それじゃあ」
そんな特殊ルールの話を聞いたフェブルウスは、思い付きのままハンカチを取り出して男爵駒の一つに結びつける。
「これはパルちゃんだから子爵の動きができるってことで!」
「おうっふぅッ!?」
「あ、ずるいぞ! フェブルウス!」
パルシオネの紋章付きハンカチを結びつけた、パルシオネ駒を作ったフェブルウスに、本人は吹き出し、レオナールは抗議の声を上げる。
「いやフェブくん、わたし男爵でありますから! ゲームの内でとはいえ子爵扱いは良くないでありますよ!」
「えー……だってパルちゃんホントは子爵様くらいには強いんでしょ? だったらいいでしょ?」
「そんなこと言ったらしばらく前に大公になった方の男爵時代でー……とか出来ちゃうでありますよ? キリがなくなるし勝負にならなくなるから動きを変えるのは止めにするでありますよ」
「うん。ずるっこになっちゃうのはダメだよね。わかったよ」
言葉を尽くしてのパルシオネの説得に、フェブルウスはそれもそうだと納得してくれる。
「分かってくれてうれしいであります」
「でも、パルちゃんのつもりでゲームに使うのくらいはいいよね?」
そうして安心したところへの一言に、パルシオネは「うーん」と苦笑交じりに頬をかく。
「それくらいなら、まあ。でもわたしのつもりの駒がやられても怒っちゃダメでありますよ?」
「わかったよ」
パルシオネの念押しに、フェブルウスは素直にうなづく。だが実際に駒を落とされたらば、どこまで冷静でいられるか分かったものではない。
「さあ男爵、貴女の番ですよ!」
内心そんな心配を抱えているところへ、ミケーネから声がかかる。
挑みかかるようなその声に盤面を見れば、なるほど魔王を筆頭に、強い駒がパルシオネ側の大公を叩き落とそうと迫っている。
パルシオネの誘った通りに。
「ええ。はい、大公で魔王を落として簒奪であります」
「うぇえッ!?」
こうして盤面での魔王位簒奪が起こり、この勝負もまたパルシオネに軍配が上がる結果になったのであった。
なおこの後、ミケーネはまた何度かパルシオネに勝たせてもらった対局でしか、白星を挙げられなかったことを追記しておく。




