侯爵様と子役少年
「……こんな物まで見つけていたのね。素晴らしいわ」
そう言いながら握り手の長い小剣、ガンナググルズの模造品を眺めるのは、スカディ侯爵である。
今日は新たなパルシオネの著書を求めて、ではなく。パルシオネ自身を訪ねて公文書館へおとずれたのである。
「防護の魔術がかけられている以外は、何の変哲もない剣でありますが、どうも側近や希望者に持たせていたようであります。紋章を焼き付けた品に準ずる、一種の褒章品だったようでありますね」
「なるほどなるほど……大公軍内の褒章会の場面で使えそうな話ね」
パルシオネの解説に、スカディは手の中の剣を眺めながら笑みを深める。
それを見上げてパルシオネは、先触れを受けて発掘品と解説の内容を用意しておいて正解だったと胸を撫でおろす。
おそらくはその先ぶれも何かネタになる研究成果を期待してのものであっただろうから、それを裏切って不興を買わなかっただけでも、下位の魔族としては安心するというものだ。
「面白い話も聞けて良かったわ。ところでこの剣、しばらくお借りしてもよろしい? 知り合いの鍛冶師に小道具として打たせたいので」
「あ、はい。それは全然問題ないでありますよ。ただ、ショタ大公様役に持たせるとなると、拵えは一段上質なものに整えた方がよいと思うであります」
「ああ、なるほど。具体的には?」
「何度か世に現れた際につけられた記録からはこのように……」
「ふむ、ふむ……ありがとう、助かったわ」
そう言ってスカディはガンナググルズ・レプリカと、それにまつわる史料を丁寧に受けとる。
「いえいえ。わたしとしても、研究成果を求められて活用していただけて嬉しいであります!」
対するパルシオネは、抑えきれぬ喜びを顔に出して、素直な思いを語る。
好きでやっている歴史研究であるが、やはり成果を求め、喜ぶものがいてくれるのは嬉しいものである。
「よかったね、パルちゃん」
「ありがとうであります、フェブくん」
そんなパルシオネの喜びをフェブルウスは祝い、そのお返しにパルシオネは柔らかな肉球で彼の頭を撫でる。
「うふふ……尊い」
「あ、これはどうも目の前で……って、うぉう!?」
「た、たいへんだよ! はなぢ、ちが出てる!?」
高くからの声に顔を上げた二人の目に飛び込んで来たのは、鼻から血の筋を垂らしたスカディの微笑みであった。
「ふふ……驚かせてしまったかしら? 大丈夫よ。どうか気にしないでちょうだい……ふふふふふ」
しかし驚く二人に対して、当のスカディは幸せそうな笑顔を崩すことなく、鼻血を拭う。
「ほ、ほんとうにだいじょうぶなんですか、こうしゃくさま?」
「ええ。感動した心が鼻から溢れただけだから。優しいいい子ね。お菓子、食べる?」
心配するフェブルウスに、スカディは間に挟んだテーブルをひょいと越えて菓子の入った箱を出す。
「わぁ、ありがとうございます!」
「お前! ちょっとは遠慮しろよな!」
「うぇ?」
しかしフェブルウスが受け取ろうとするのを遮る声が響く。
それはスカディの隣に座るデーモンの少年であった。
歳はフェブルウスより何十年か年上であろう。若草色をした髪はサラサラで、幼くも整った顔は大人になれば女の方から寄ってきそうである。
「あぅ……」
そんな少年に睨まれて、フェブルウスは手を引っ込めるべきかどうすべきかと目を泳がせる。
「レオナール、お止めなさい。まだ見るからに幼い子への態度ではないわ」
オロオロとしたフェブルウスを見かねて、スカディは若草髪の少年レオナールを叱る。
「しかし侯爵様!?」
それに対する反発からレオナールはスカディを振り仰ぐ。が、同時にその表情が凍りつく。
椅子に腰かけてなお高くにあるスカディの顔から押しつぶすような眼光が降り注いでいたのだ。
「私はお止めなさいと言ったわよ、レオナール?」
圧力に負け、息さえできないレオナールに対して、スカディはさらに念押しの一言を下す。
三度目を言わせるな。
そう語る目には、これ以上の抗弁は間違いなく力づくで押しつぶし切り捨てる凄味がある。
「……も、申し訳ありません、侯爵様」
「よろしい。さあ、フェブルウスくん気にしないで?」
「は、はい……あ、ありがとう……ございます」
レオナールの詫びを受けて、スカディはそれまでの威圧感に満ちた顔からころりと表情を和らげて、菓子の箱を改めて差し出す。
そうして箱を突き付けられたフェブルウスは、萎縮したレオナールと微笑み見下ろすスカディとを見比べ、かすかに震えながらも受け取る。
スカディはそんなフェブルウスの様子を眺めて、笑みを深くする。
「ふふふ。素直で本当に可愛らしい子ね」
「ところで、あの、この彼はもしかして……」
「ええ。うちの劇団のメンバーで、大祭ではショテラニーユ様の役を任せようと思っている子よ。なかなかに華のある容貌をしているでしょう?」
「そうでありますね。舞台映えするよい顔立ちだと思うであります」
お気に入りなのだろう子役を自慢するスカディに、パルシオネは同意する。
だがしかし、その言葉を聞いてスカディの顔に渋いものが浮かぶ。
「……まさか、デヴィル基準で? デヴィルの目で見てレオナールに華があると?」
「いやいやそんな! わたしが研究してる人物が誰かお忘れでありますか? 確かにわたしはデヴィルでありますが、デーモンの美的感覚にも共感できるタイプでありますよ?」
さっきと同じく一気に重くなった空気に、パルシオネは慌てて首を振って、スカディの誤解を解こうとする。
混沌とした見た目や、ただれ朽ちた肌を好むデヴィルの美感は、デーモンのそれとは隔絶して相容れないものだ。
異種族の容姿を褒めたのを、罵倒と取られる場合があるほどに。
しかし稀にではあるが、デーモンデヴィル双方の美的感覚に通じる者もいる。
そうした者達が結ばれて、二種族のハーフが生まれる事例も少ないながら存在するのだ。
「わたしも元々か、デーモンに育てられたためか、どちらの良さも分かるのでありますよ」
自分もそうした者の一人であり、デヴィル感覚で言ったのでは無いと、パルシオネは重ねて主張する。
「育ての親がデーモン?」
そうして並べた言葉の一部に、スカディたちが食いつく。
「はい、そうなのでありますよ。産みの親はこの前亡くなったネズミ大公に殺されたらしくて。で、父母の友人だった義理の両親が引き取って育ててくれたのであります」
「らしい?」
「わたしが生まれて間もないころの話でありますから。義理の父母から聞いただけなので。こういう異種族に引き取られた親近感も、ショテラニーユ様に引き込まれた理由かもしれないでありますね」
「……そうだったのね。ごめんなさい」
「そんな。気にしないで欲しいであります。わたしよりも不憫な例はいくらでもあるでありますし」
残虐残忍は魔族の習い。ならばその犠牲もまたありふれたもの。
その数ある例の一つに過ぎないのに、ことさら腫れ物のように扱われるつもりはパルシオネにはない。
「それよりもレオナールくんは、スカディ様がショテラニーユ様役を、というだけあって、近い色の持ち主なのでありますね」
ともあれ、これで誤解は解けたと、パルシオネは話をレオナールへと戻す。
「ええ。魔術で色彩を変える事は出来るけれど、できるだけ元からイメージを近く揃えたいもの。私なりのこだわりよ」
「よいこだわりかと思うであります! して、そのような目をかけている役者をこちらへ連れてこられたのはどういうわけで? 普段から小姓のように従えてるわけでは無いでありますよね?」
「まさか。こうしてレオナールを連れて来たのは、あなたを頼りたいことがあるからなのよ。私が役者に求めるこだわりの点でね」
「はい。しかし、役作りでわたしがお役に立てることがあるのでありますか?」
本題に入るつもりでかけた問いは案の定のどんぴしゃり。そしてパルシオネは何を頼まれるのかと首を傾げて、その中身が明かされるのを待つ。
「そんなに身構えないでちょうだい。このレオナールにショテラニーユ様お得意の高速収束術式を仕込んでほしいだけだから」
そして明らかにされた依頼とは、演技指導と言う名目の魔術教室であった。




