彼の剣はどこへ
魔王城公文書館奥にある写本作業用の部屋。
そこで原本と写本で作られた双子の塔を傍らに、資料を読むパルシオネの姿がある。
その目は真剣そのもので、時折右手の傍に置いた紙に鉛筆を走らせるのと、資料をめくる以外の動きはない。
まさに脇目も振らぬ集中である。
「パルちゃん。そろそろ休憩にしない?」
そんなパルシオネに、菓子と茶の乗ったトレイを手にクレタレアが声をかける。
「あ、これは先輩! わざわざ申し訳ないであります!」
「いいのよ。私が楽しくてやってることだもの」
伯爵手ずから用意してのティータイムの誘い。それに対する今更な畏まりに、パルシオネとクレタレアは互いに笑みをこぼしあって、テーブルを整える。
「それで、鑑定官としての仕事も回されるようになってからどうかしら?」
「それは先輩様様で、大変に充実しているでありますよ!」
茶と菓子とで一服してからのクレタレアの問いに、パルシオネは満足げな鼻息とともに朗らかな声を返す。
「宝物庫の中には大乱時代に用いられたものもあって、その内に秘められた物語がまた興味深いのでありますよ!」
「そうなの。例えばどんな?」
「ある魔剣は、一大勢力をなした大物が佩剣として用いていたのでありますが、その勢力図を決定づけた戦いで、強敵を一騎打ちで下した様子を事細かに教えてくれているのでありますよ!」
「まあ。さすがに当事者ということ、なのかしら?」
「で、あります! いやあいくら古く歴史がある品といえど、そのモノに刻まれていない歴史は読み取りようが無いので、実際に使われたものが現存、所蔵されていたのは本当に素晴らしいことでありますよ!」
そのモノが持つ情報をなにかしらに転写するパルシオネの特殊魔術。
物の見え方がおかしくなるでもなく、読み取りと書記作業で心を病む危険性もない。その上書き出される情報に嘘偽りはゼロという大変に優れたものであるが、やはり限界はある。
当たり前であるが、その物に直接刻まれていない情報はまったく書き出されないのだ。
例えば同じ時代に作られた二振りの剣があったとして、一方は幾度か主を得て振るわれ、一方は倉庫の肥やしであり続けたとする。この場合、活躍の場を得た剣からはその内容が事細かに読み取れるが、死蔵され続けた方からは引っ越しと倉庫の持ち主の遍歴程度しか得られないのだ。
であるから、パルシオネが知りたい時期に使われて、折れたりせずに残っているものからでなければ、情報を引き出せないのだ。
「貴重な情報がいくつも手に入って、わたしはもうほっくほくでありますよ! ただ……」
「ただ?」
「大乱時代の大物方の自称してた称号のセンスが酷くて……大魔王ならまだしも、正統魔王とか圧倒魔王とか……」
「あらまあ、それは、ちょっと……」
パルシオネの挙げた例に、クレタレアはコメントに詰まる。
魔王と七大公が一辺にいなくなったことで始まった、王座を巡る群雄割拠の時代。
大乱時代と名付けられたその時期には、自分こそが魔王にふさわしいと、魔王を自称するものが何名も現れた。
そうして乱立した自称魔王たちは、他の連中に埋もれまいと、張り合い争う形で威圧的な異名を付け足していった。しかし、あんまりな乱立ぶりのために、中にはパルシオネが挙げたような、ちょっとどうかというようなものもどうしても混じってくるのだ。
「でもそういうのも時代ってものでありますしね。貴重な史料には違いないであります! 多少忙しくはなったでありますが、それ以上に研究が充実して、先輩とスカディ侯爵には感謝感謝でありますよ」
「そう。パルちゃんのためになったのなら良かったわ」
パルシオネからの感謝の思いに、クレタレアは微笑みを深めて茶に口をつける。
「ところで、スカディ侯爵から頼まれたことはどう? 何とかなりそうなのかしら?」
「うーん。そちらはなかなか。一朝一夕には難しいでありますね」
パルシオネを司書兼の鑑定官の役職に落ち着けるのに一役買ってくれた、スカディからの依頼。ショテラニーユ関連の、芝居のネタになりそうな史料の融通は、パルシオネにとってはライフワークの奨励であるため否やなどない。だがそれでも、今以上の情報をすぐにでも、というのはさすがに難しい。
スカディの読んだ「ショテラニーユ伝承集」こそ、パルシオネが百年以上の研究をまとめた最新の成果であるからだ。
「義理もありますし、なるべく急いでと思って探しているのではありますがなかなか……こうなるとやはりガンナググルズの本物が納められていなかったのが惜しまれるであります!」
ショテラニーユが相打ちに果てた最後の戦いにも佩いて伴ったであろう愛刀。それとそこから引き出せる史料を思い、パルシオネは悶える。
「ねえパルちゃん。素朴な疑問なんだけど、その魔剣、ガンナググルズ? って、今も残ってるのかしら?」
対してクレタレアは、小首をかしげて疑問を口にする。
そのクレタレアの疑問はもっともだ。
魔武具の類いは多くの魔族にとって、使い捨てられる実用品である。
いくら強固であるとはいえ、魔族同士の戦いに耐えきれずに壊れ、打ち捨てられる物は少なくない。
古い品であればあるほど、激しい戦いに出れば出るほど、その現存が疑われるのは当たり前のことなのだ。
ましてや、大公が相討ちになっただろう戦いに用いられたはずの魔剣である。消滅していたとしても何の不思議もない。
「先輩の心配はもっともであります。わたしが確認しているので、八百年ほど昔に一度記録に上がっているきりでありますから」
「あら、そうなの?」
意外にも近い昔に存在が確認されていたことに、クレタレアは素直な驚きを見せる。
「はい。さる大公様が副司令官である公爵様に下賜された、と」
「じゃあ、その公爵様の行方をたどればいいんじゃないかしら?」
しかし八百年前とはいえ、持ち主が分かっているならばそこを中心に探せばよい。
奪爵したにせよされたにせよ、持ち主の移り変わりははっきりしているのだから。
そう思ったクレタレアであったが、パルシオネは首を横に振る。
「残念ながら、その公爵様を打ち倒して城主を代わった方が宝物庫を改めた記録には、ガンナググルズの名前が載っていないのであります」
「じゃあその奪爵の時に壊れて?」
「いえ、それがどうも、奪爵された時にはさしていなかったようなのでありますよ。その後も、あるはずの品が無いことに腹を立てた新公爵様が何度か探させた、という話も手打ちにされた宝物庫番の日記に残っているのであります」
「ということは?」
「盗まれていたか、密かに隠していたか。どちらにせよ、残っているはずでも所在不明なのであります。流れ流れて、先代魔王様へ献上されている可能性も……とは考えていたのでありますが」
「残念ながら、当ては外れてしまった、というわけね?」
「であります」
パルシオネはそう言って、むふすん、と大きなため息を吐く。
しかし沈んだ顔もつかの間、すぐに曇りを払って明るい物に変える。
「まあ無い物ねだりしても仕方ないのであります! それよりも今見つかっている史料からの研究でありますよ!」
「そうね。でも根を詰めすぎても良くないわよ?」
「それはもちろん。ちゃんと食事と風呂休憩は欠かしてないでありますよ。フェブくんに臭いなんて言われたく無いでありますからね!」
「あらあら。成人までに心変わりしてもしょうがない、なんて言ってたのに、ふふふ……」
「いや。進んで嫌われるつもりはそもそも無いでありますよ? 結ばれるならやっぱり同族がいいな、ってなった時に昔の約束で縛るつもりは無いってだけでありますからね」
「ええ、ええ。分かってるわ。うふふ」
「あ、この様子はダメでありますね。通じてないであります」
分かってる分かってると笑みを深くするクレタレアに、パルシオネは訂正を諦めて、茶菓子のクッキーをかじるのであった。




