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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
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断る気はないけど断り様がないように根回し済みでした

「いやあ、さすがに魔王城の宝物庫であります。超! 楽しかったであります!」

 魔王城の廊下をタヌキ顔をホクホクさせて歩くパルシオネ。

 軽やかなステップに合わせて揺れるアライグマの尻尾に続く形で、クズハ男爵の姿もある。

「そんなにか? まあ、褒美として下賜されるなら是非に、という武器はあったが……」

「ああ、武具も良かったでありますね。でもそれ以外にも、歴史的な名品珍品の数々が並んでいて、見ていて飽きないでありますよ!」

 そう言う二人の本日の装いは、それぞれの勤めに沿ったものだ。

 パルシオネはいつもの司書仕事用のスーツであるし、クズハも魔王軍の軍服に、愛用の薙刀グレイブを始めとした私物の防具を身に着けている。

「それにしても、倉庫番になるのを渋ってた割には、随分と満喫してるじゃないか?」

「まあ、文献調査やら周りとの関係やらで司書の仕事を手放したくないだけでありますからね。古物、宝物の鑑定調査も書物に劣らず大好物なのでありますよ? 今日の鑑定仕事のおかげで、どっさりと資料が集まったでありますし……むふふ」

 パルシオネはニンマリと笑みを深くしながら、愛しげにパンパンになった鞄を撫でる。

 その中身は、パルシオネが自分用にもう一部ずつ作った、宝物庫に眠るものたちの来歴である。

 いわば古物宝物の秘めた歴史と物語で溢れかけているのだ。

 パルシオネにとっては、この鞄の中身こそが宝物そのものなのである。愛しく撫でもするというものだ。

「それはなによりだったね。しかしあなたの特殊魔術は初めて見たが、なかなかに凄まじいものだな。大量の宝物の鑑定書を、あんなにも早く仕上げてしまうとは」

「で、ありますよね? ありますよね!? わたしにかかれば、ざっとこんなモンであります!」

「ウチは欲しくないけれども」

「おぅふ……まあ、戦いの最中には活かしにくいでありますからね。わたしのようなインテリでなければ欲しいと思わないのも当たり前でありますか……」

 誉められて、鼻息どやあとなっていたところへの一言に、パルシオネは肩を落としながらも、仕方ないと苦笑まじりにうなづく。

「まあ、ウチには分からんところではあるのは確かだしね……だが、司書としての仕事はそのままに、宝物の鑑定と目録作りだけとはいえ、増えた仕事を大きな手間もなく捌き得る……二つの望みをかなえる力であるという意味でならば、その素晴らしさも分からないでもないが」

「そういう意味では、宝物庫番とは別に、鑑定官というお役目に任じてくださった陛下と、そうなるように上申してくださった方にこそ感謝するべきでありますね」

 そう。パルシオネは宝物庫の鑑定仕事こそ担うことにはなったが、普段の整理整頓や手入れを担当する倉庫番は別の者が配置されているのである。

 この状況が実現したのは、偏に保管用写本作成での希少本提供関連の功績を推したクレタレアの助けがあったからである。

「ああ、陛下が稀少な本を集めさせてるというのは聞いたことがあるが、なるほど、読書家には本の入手が滞るのは痛いか……」

「そういうことでありますかね」

 実際のところ、魔王陛下の手元に行った本を読んでいるのは別の魔族で、そちらへの贈り物なのであるが、パルシオネらが知る由もない。

 なんにせよ、パルシオネが司書を外れれば希少本の動きが鈍くなって、魔王陛下にとって痛いのは変わりないのである。

 しかしこの形に落ち着くのに、クレタレアが言うには、別方向からも後押しがあったとのことである。だがクレタレアが助けてくれたことに変わりはない。

「上申してくれた先輩たちには、ホントに頭が上がらないであります」

 司書仕事を手放さず、宝物庫にも堂々と入れるようにしてくれた者たちへの感謝に、パルシオネは虚空へ向けて頭を下げるのだった。

「しかし、少しばかり残念であったのは、魔王城の宝物庫にも、あの剣がなかったことでありますね」

「あの剣……とは?」

「それは、かつてショテラニーユ大公が用いていたという魔剣……」

「ガンナググルズ、よね?」

「そのとおり……であります、が」

 言葉を遮ってかかる影に、パルシオネとクズハは揃って振り仰ぎ、目を見張る。

「先日はどうも、パルシオネ男爵」

「こ、こんにちはであります」

 はるかな高みからパルシオネたちを見下ろしているのは、先日パルシオネの著書を求めていた黒髪白ドレスの超長身の女デーモンである。

 超人的な身長からあるいはデヴィルの仲間かとも思われかねないが、デーモンである。重要なのは混ざっているかいないか。デーモンかデヴィルかを決めるのに体格の大小は関係ないのである。

「パルシオネ男爵……こちらの方は……」

「は、はい。先日公文書館を訪ねてこられた……」

「ふふ。知られているようだけれど、ここはきちんと私自身に名乗らせてちょうだいな。侯爵のスカディよ」

 その誰もが見上げるほどの長身を伸ばして、スカディは二人へ堂々と名乗る。

「こ、これは侯爵様からご丁寧に……」

 高位の者からの堂々たる名乗りに、男爵たちは粛々と敬礼を返すばかりであった。

「今日はあの可愛らしい坊やは連れていないのね?」

「は、はい。あの時は軍団長から教導を頼まれていた日でありましたので……」

「そうなの。まあそういうものよね」

 フェブルウスの姿が無いことに、スカディの落胆がため息となって零れ落ちる。

「まあいいわ。そちらは本題ではないのだから……それで、アナタとは腰を落ち着けて話をしたいのだけれど、場所を移してもいいかしら?」

「あ、はい。もちろんであります」

「では、ウチはこれで……」

「あら、あなたも一緒で構わないのよ?」

 そうしてスカディはデヴィル二人を首根っこ掴んで引っ張るようにして、目的地へ向けて移動する。

「それで、わたしに話とはいったい何なのでありますか?」

 スカディに引っ張られ……いやむしろ抱えられるようにして連れてこられた庭の一角で、パルシオネは本題を切り出す。

「あら。ずいぶんと堂々と切り出すのね」

「それはもう。ここまで来ては真正面から受け止めるほかないでありますよ」

「そんなに構えないでも大丈夫な話のつもりよ? 楽にしてちょうだい」

 からからと半ばやけになった風に笑うパルシオネに、スカディは柔らかに微笑む。

 しかし表情こそ柔らかながら、高い位置から降らせてはどうしても圧力を帯びることになる。表情もまた高くから下るうちに重みを増すということだろうか。

 それを知ってか知らずか、スカディは咳ばらいを一つ挟んで改めて口を開く。

「公文書館勤めならご存知だと思うけれど、現陛下の在位三百年を祝う大祭が数年後に控えているわよね?」

「はい。あと二年と三月ほど先の予定でありますね」

 魔王陛下に何事もなければ、の話ではあるが、パルシオネにその点をわざわざ口にするつもりはない。

 祭りがどれだけ間近に迫っているのか。それを把握しているパルシオネに、スカディはさすがだと満足げにうなづく。

「それで、お祭りが近いことを気にされているということは、何か催しを考えているのでありますか?」

「ええ。ええ。そのとおり。やはり察しが良いのね。その催しのことであなたにお願いしたいことがあるのよ」

「ええ。ただ、できることとできないことはあるのでありますが……」

「大丈夫よ。そこはもちろん分かっているから。ただ芝居のタネをよこしてほしいというだけよ?」

「芝居の、でありますか?」

 スカディの口にした依頼の内容に、それまで動かずにいたクズハも身を乗り出す。

「そうなのよ。実は私、劇団を持っていて、大祭の折りには盛大にやりたいと思っているの」

「おお、それは楽しみですね」

「そうでしょう? それでお気に入りの子にもひとついい役を、と思っていいネタを探しているの」

「それで、ショテラニーユ様に行き当たったと言うわけでありますか」

「そのとおり! で、どうかしら? 伝承集を読んで、たくさんの芝居のネタはいただけたわ。けれど、舞台づくりの基礎になるものはもっともっと、いくらでも欲しいのよ! 美少年役の代名詞たるショテラニーユ、本人そのものの生涯を劇に仕立てるなんて、ステキだと思わない?」

「そ、そうでありますね。時に埋もれた偉業が舞台で語られる。素晴らしいことであります」

 のし掛からんばかりのスカディの勢いに、パルシオネはたじたじになりながらもうなづき返す。

 なんにせよ、パルシオネはやりたくて歴史研究をやっているのだ。その成果を優先して伝えるだけで、どれほどの手間になるというのか。

「では協力してくれるのね? 良かったわ。倉庫番に部下を推して、鑑定役を別に用意してはどうか、と陛下に意見具申した甲斐があったというものね」

「それは!? ということは……ッ!?」

 スカディの言うことが本当ならば、クレタレアと共にパルシオネのために動いてくれたということになる。

 驚き目を向くタヌキとキツネのデヴィルに、スカディは笑みを深くする。

「ええ。私自身のためにも、あなたの研究を滞らせるわけにはいかないもの。ひと働きさせてもらったわ」

 こうなっては、もうパルシオネにスカディへ研究成果を提供しないという選択肢は無いのであった。

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