もしかして配置換えなのでしょうか
「うぉおおーッ! パルシオネ男爵結婚してくれぇーいッ!」
「出直すなら、ちょっとは進歩してからにしてほしいであります」
「ぐぅう……」
平常通りの公文書館でのお勤め中。
そこを襲った、バンダースの体当たりの求婚をパルシオネは本の幻術であしらって、ため息をつく。
「もう、こっちは仕事中でありますよ?」
そうしてタヌキ顔をやれやれと振りながら、鼻ちょうちんを出す鹿角イノシシを引きずって、公文書館からつまみ出す。
「パルちゃんおつかれさま」
そうして作業に戻るパルシオネを、書物を抱えたフェブルウスが迎える。
「ありがとうであります、フェブくん」
パルシオネは男の子と目線を合わせて、預かってもらっていた本を受け取り、その頭を撫でる。
「えへへ。パルちゃんのおてつだいになった?」
「もちろんでありますよ」
そうして和やかに触れあって、二人は中断させられていた書物の整理に戻る。
「あ、お姉さまもねてる」
「今回は巻き込まなかったはずなのでありますが?」
そうして近くを通りかかったテーブルで、ミケーネが眠りこけているのを見つけて、フェブルウスが笑う。
「がんばって本を読もうとしてたみたいだね?」
「希少本でない……のは、まあいいのでありますが……本を枕にするのは勘弁してほしいでありますよ」
そう言ってパルシオネは抱えてた本を置くと、ミケーネの枕にしていた本と手ごろなクッションとを入れ替える。
しかしミケーネは枕をすり替えられても起きる様子もなく、むしろ柔らかくなったのをしっかとかかえて顔をうずめる。
睡眠が不可欠というわけではない魔族としては、ずいぶんとぐっすり眠っているモノである。
「……ページや表紙に汚れは無いようで良かったでありますが……」
本の無事を確かめたパルシオネは、そんなミケーネの様子に苦笑交じりにつぶやく。
「ぼくもじっと本をよむだけなのはヤだけど、こんなにぐっすりねたりしないよ?」
姉をつついて、その無反応ぶりにフェブルウスは首を傾げる。
「まあ、拒否感……ヤダって気持ちと、眠くなるっていう思い込み、というのが怪しいでありますね。あの幻術はそのあたりを狙って作った……まあ遊び半分の術式だったのでありますが」
「あれすっごいよね! イノシシのおじさんやお姉さまが一発でコロリなんだもん」
「さすがにここまで効く相手は、そうそういないと思うのでありますが……いないでありますよね? そのはずであります、よね?」
いくら脳筋ぞろいの魔族向けに作ったとはいえ、作り手の想像をはるかに超えた効果を発揮している現実に、パルシオネは自分の推測に不安を感じ始めていた。
「ねえパルちゃん、あれってぼくも使えるかな? ねえ、できるかな?」
そんなパルシオネの思いをよそに、フェブルウスはキラキラ目でパルシオネを見上げる。
「術式自体は難しくないから大丈夫でありますよ」
「じゃあ教えて! ぼくも使えるようになりたいな!」
男の子の期待に溢れた目に、パルシオネはうなづく。が、さらに輝きを増した目に、ためらいつつもある問題点を告げる。
「教えるのはもちろんいいでありますよ。ただ、幻の本の中身はわたしが繰り返し読んで、内容のだいたいを覚えてるもののでありますので……術式だけ覚えても、白紙の本の幻が出るだけかもしれないであります」
「じゃあ、ちゃんと本読まなきゃ使えないの?」
「わたしの作ったまんまだと、たぶんそうでありますね」
幻術に必要なひと手間を聞くや、あからさまにめんどくさそうにするフェブルウスに、パルシオネは笑みを浮かべる。
しかしその一方で、フェブルウスはハッとなって悲しげに目を伏せる。
「フェブくん? どうしたのでありますか?」
「あのね……パルちゃんは、本もちゃんと読めないのはキライかなって」
「どうしてでありますか?」
「だって、本を見るだけでねちゃうイノシシおじさんのこと、うるさそうにしてるから……」
「あー……そういうことでありますか」
フェブルウスがおずおずと語る不安を受けて、パルシオネはどうしたものかと頬をかく。
しかしこれからどうなるかは分からないが、今のフェブルウスの想いは間違いなく本物だ。
ならば真摯に向き合い、誤魔化さずに答えるべきだろう。
「いや、わたしは別に読書好きでなければお断りー……とか、そんなことはないでありますよ?」
「そうなの? でも……」
「ホントでありますよ。もちろん話が合うのが何よりなのでありますが、一番重要なのはそこじゃないのでありますよ」
ならばどこが?
そう尋ねるフェブルウスの目に、パルシオネはうなづき言葉を続ける。
「わたしにとって大事なのは、わたしの宝物を荒っぽく扱わないこと。これだけであります」
「え? そんなのあたりまえじゃないの?」
「それがそうでもないのでありますよ」
意味が分からないとキョトンとするフェブルウスに対して、パルシオネは苦笑交じりに頭を振る。
「たとえば古い時代の、壊れたお城の残骸。大物の魔族が使ってた魔武具魔道具。こういうのをありがたがる感覚って、他の方には通じないのでありますよ」
事実、バンダースはパルシオネが貴重な遺跡を巻き込みたくないと言うのに、まるで聞き入れようとはしなかった。
しかし魔族にとっては何もおかしいことではない。多くの魔族からすれば、遺跡というものはただの廃屋と変わりないものだからである。
巻き込んで更地にしても、かえって取り除く手間が省けた程度にしか思われない。
「で、ありますので、読書とか、歴史の面白さとか分からないなら分からないで、無理に合わせてくれないでもいいのでありますよ。むしろ住み分けしたいくらいでありますから」
自分の方が変わり種の少数派であることを自覚しているパルシオネとしては、この辺りが最適な落としどころだろうと考えている。
「じゃあ……イノシシのおじさんでも、パルちゃんが大事にしてるいせき? を壊さなければいいの?」
「んー……まあ、そう言うことでありますね。でも事故で……知らないで、失敗して壊してしまっても、それはしょうがないでありますよ。残念には思うでありますが」
フェブルウスの例えのあり得なさに苦笑しつつも、パルシオネはうなづく。
情熱的に好意をぶつけられること、それ自体にパルシオネは悪い気はしていない。その好意が、パルシオネの趣味や考えを体当たりで押し倒そうとしているからいけないのだ。
しかし、一番肝心要のその点が改まることは、あり得そうにない。
「……そっか」
だがフェブルウスはパルシオネの答えを受けて、難しい顔をして考え込む。
パルシオネはそんなフェブルウスに声をかけようとする。が、ふと被さってきた影に振り仰ぐ。
「うぇッ!?」
「わぁ……おっきい……」
そうして見た影の持ち主に、二人は揃って目を剥いた。
白い塔。
まず目にした印象はそれだ。
だが間違っても塔などではない。
白い服に身を包んだ、恐ろしいまでの長身の女性が二人を見下ろしているのだ。
その背丈は、およそ二メートルにも及ぶフェブルウスの父アダマスを、頭二つ近く超えるほどのもの。
長く真っ直ぐな黒髪に、黒い瞳の美女であるが、そんな高さから見下ろされては腰が抜けてもおかしくはない。
「失礼……ある本を探していますのですが、よろしい?」
「は、はい。ご案内します。何の本をお探しですか?」
はるか高くから落ちてくる声に、パルシオネは声を震わせながらも首を縦に振る。
「パルシオネ著の『ショテラニーユ伝承集』を探していますの」
「お?」
「パルちゃんの?」
高い女の求めている本と著者名に、またも二人はそろってキョトンとなる。
「あら? かわいい坊やね。パルシオネ男爵をご存知なのかしら?」
「パルちゃんだよ」
「はい。わたしが著者のパルシオネであります」
「まあ、あなたがパルシオネ男爵なの?」
フェブルウスが指さし、パルシオネがアナグマの手を上げて答えると、高い女は口元を抑えて目を瞬かせる。
だが驚き瞬いていたその目に、ふと鈍い光がよぎったのが見えて、パルシオネは寒気を覚える。
「ああ、パルちゃん大変よ!」
しかしそれを押し流す形で、慌てたクレタレアが割り込んでくる。
「ど、どうしたのでありますか、先輩? そんなに血相を変えて……」
「お城の宝物庫番さんが奪爵されて、後釜の候補にパルちゃんの名前が挙がってるの!」
「へえッ!?」
クレタレアが慌てて持ってきたこの報せには、パルシオネも思わず目を剥く。
たしかにパルシオネの特殊魔術は鑑定魔術の部類で、宝物庫の管理者は鑑定魔術の持ち主が望ましい。
そして魔王城の宝物庫は、先代も含めてしばらく鑑定魔術の持ち主が就かなかったために、未鑑定の品がいい加減溜まってきているともいう。
通常なら当人の意思を尊重されるところであるし、現陛下が無理強いをする可能性は低い。
だが、否とは言えない状況になるかもしれない。
「そんな! 歴史ある宝物に触れるのは良いのでありますが、文献調査と発掘がやりやすい司書役から離れるのは御免であります!」
「パルちゃんがここにいられなくなっちゃうの? そんなのぼくヤダよ」
「そうよね。でも他に適役が見つからないことには……」
「……それは、よろしく無いわね……」
パルシオネたちが頭を抱えるのをよそに、はるかに高い位置にある目が鋭く細められるのであった。




