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いにしえの時代の魔族大公  作者: 尉ヶ峰タスク
歴女デヴィルの研究レポート
14/76

彼女らの殴り合いはこれからだ!

「本当に失礼をした」

 そう言ってパルシオネに頭を下げるのは、背負われて運ばれたミケーネ……ではない。

 寝こけたバンダースを縛った注連縄の端を握る女デヴィルだ。

 まず目を引くのは、大きな大きなフェネックギツネの耳。

 しかしそれに挟まれたのは、キツネのようだがそのものではなく、目だけがスナギツネになった金髪の人間の顔だ。

 すらりとした人の体を包むのは赤く華やかな着物で、尻尾はまたキツネのものが、茶灰の二色三本。

 キツネの類四種と人間を合わせた美女である。

「従者にと連れてきたのが、男爵を相手にこのような騒ぎを仕掛けるとは……なんとお詫びしたら良いか……」

「いや、そんなにかしこまらないでほしいであります。第一、わたしと貴女は同じ男爵位ではありませんか、クズハ男爵。せっかく観劇に来ているわけでありますし、ここはもっと気楽にいこうであります」

「まことに……ありがたく」

 楽にしようというパルシオネの言葉に、クズハは細い目をさらに柔らかく細めて頭を下げる。

「パルちゃん知ってる人なの?」

「ああ。わたしの所属する第二十一軍……クレタレア軍団ではありませんが、魔王様直属軍の一員なのでありますよ」

「お初にお目にかかる。第二十三軍団所属、クズハ男爵である」

「はじめまして、フェブルウスです」

「その姉のミケーネです。以後お見知りおきを」

 パルシオネの紹介を受けて、クズハと姉弟は互いに挨拶をかわす。

「ふむ……礼儀正しい御子たちではないか。さすがはクレタレア伯爵とアダマス子爵お二人の子、ということか」

 それを受けてクズハはふさふさの尻尾三本を揺らしつつ満足げに微笑む。

「ところで、あの……その方、大丈夫なんでしょうか?」

 その一方でミケーネはチラリと床に目を落とす。

 そこにいるのは当然縛られ寝こけているバンダースだ。

 いや、寝こけているというのは正確ではない。その頭、シカ角の間には獣毛でも隠れないほどの大きなたんこぶが出来ており、目はぐるりと白目をむいているからだ。

「ははは。ミケーネ嬢は優しいのだな。こやつのことなら心配いらんぞ。頑丈さだけが取り柄であるからな」

 クズハはそうミケーネの心配を笑い飛ばしつつ、バンダースの頭に蹴りをゴスンと。

 これが同じ幻術で同時に眠ったミケーネが起きていて、バンダースが意識を取り戻さない理由である。

 重ねての蹴りに、バンダースがさらに深い眠りに落ちたのを見て、ミケーネはそれ以上何も言えずうなづくしかなかった。

「しかしクズハ殿が観劇とは、少々意外でありますね」

「以前からの趣味なのだが、おかしいかな?」

「魔王城の衛兵で、以前の演習では、グレイブ二本でわたしの上の子爵様を追いつめてみせた武闘派でありますでしょう? ここでお会いするとは思わなかったでありますよ」

「その演習で、ウチを抑えて見せたあなたが言うことかね?」

「いやいや、わたしはあの手この手で引っ掻き回して、時間を稼いでただけでありますから」

「ククク……それは謙遜が過ぎないかい?」

「とんでもない。正直なところでありますよ? むふふ……」

 むふふ、クククと、緑ドレスのタヌキと赤い着物のキツネは互いに低く抑えた笑みをこぼして向かい合う。

「お姉さま……」

「あ、あの、お二人とも……この場では……」

 今にも演習の続きを始めかねない雰囲気に、ミケーネとフェブルウスの姉弟は後退りする。

「さて、ウチの従者が迷惑をかけておいてすまないが、そろそろ失礼させてもらおう」

「そうでありますね。こちらこそ楽しみに水をさしてしまって申し訳ないであります」

「うん。コレについては、今日のところは責任をもって静かにさせておくから、安心してほしい」

「はい。それではであります」

 バンダースにまた蹴りを入れて立ち去るクズハを、パルシオネは肉球を見せて見送る。

 一触即発から一転して、こんな和やかに別れる二人に、姉弟は肩透かしを食らう。

「フェブくんもミケーネ嬢も、どうしたのでありますか?」

「だって、まさかあんな……」

「今にも一戦交えそうな雰囲気でしたのに、なにもなしだったので」

「いやいや、クズハ殿と戦うとか、マジ勘弁でありますよ。地味デヴィル仲間でありますし」

 こけかけた体のバランスを取り戻しながらの姉弟の言葉を、パルシオネは軽く笑い飛ばす。

「地味デヴィル?」

「混ざり具合が近い系統でまとまってるののことでありますよ。パッと見、二種混合くらいにしか見えないような、紛らわしいののことであります」

「パルシオネ男爵みたいな、タヌキ女にしか見えないタイプということですね。でもそれって、デヴィルからすると容姿的には結構マイナスなんじゃ……?」

「そこまででもないでありますよ。デヴィル同士なら、ちゃんとどれだけ混ざってるか分かるであります。結局のところ単に好みの問題だというだけであります。が……まあ美男美女第一位の大公様がたを見れば、分かりやすいのと分かりにくいの、どっちが人気かは明らかでありますが」

 しかし逆に目立たなくていい、とパルシオネはあっけらかんと笑い飛ばす。

「まあそんなワケで、親しみを感じてもいますし、わたしからすれば戦わない理由ばかりなのでありますよ。倒しても爵位が上がるわけではありませんし」

「うん? 爵位といえばさっきのクズハ男爵は子爵様を追い詰めて……で、そのクズハ男爵をパルシオネ男爵は演習で抑え込んで……」

「さあ、そろそろ外へ行くでありますよ。次の場面は外の荒野で演じられるでありますから」

「はぁーい」

「あ、ちょっと、男爵!?」

 ミケーネの気づきを肉球をポンと合わせて遮って、パルシオネはフェブルウスを連れて次の舞台へ向かう。

「あ、そうだパルちゃん」

「なんでありますか?」

 アライグマの尻尾をにぎにぎとしながら呼び止めるフェブルウスに、パルシオネは歩くスピードを緩めて振り返る。

「じみとかなんとかの話だけど、ぼくはパルちゃんがカワイイと思うよ」

「フェブッ!?」

 フェブルウスが恥ずかしげに視線をさまよわせながらも、はっきりと告げた言葉に、ミケーネは顎を落とさんばかりに開く。

「むふふ、ありがとうであります」

 そんなミケーネは置いておいて、男の子の心意気に答えるべく、パルシオネは赤茶の髪を肉球で撫でる。

 するとフェブルウスは、むふー、と満足げな息を吹きつつ、パルシオネの肉球を受け続ける。

「ああ、ここにいたのね。ごめんなさいね、パルちゃん。子どもたちを任せてしまって」

 するとそこへ、揃って別室に消えていたクレタレアとアダマスの夫妻が合流する。

「そんな、いいんでありますよ先輩。任されたって言っても、そんな大したことはないでありますから」

「……っと、どうしたんだいミケーネ!?」

「ミケーネ嬢……ぅおぅッ!?」

 パルシオネがアダマスの声につられて見れば、下唇を血が滴るほどに噛みしめたミケーネと目が合う。

「……いいえ、なんでもありません……!」

 パルシオネを涙目で睨んでおきながらしかし、ミケーネはその内心を言葉にはしない。

 だが語らずとも何が言いたいのかを察したパルシオネは、慌てずにそっとフェブルウスの頭から手を放す。

「もう、この子ったら……自分の血で紅を差すだなんて趣味の悪いのを教えた覚えはないわよ?」

 そこでクレタレアが間に入り、娘の切れた唇を拭う。

「ほら、あとはこれで隠して……っと」

 そして持っていたスカーフを即席のマスクとして隠させる。

 周りには乱闘して流血している者もいるが、だからといってほったらかしに見せびらかすものでもない。

「それでパルちゃん、これからどうするの?」

「ああ、はい! 次の荒野の舞台での決戦の場面を見に動いてたところなのであります!」

 ミケーネの形相に驚き、呆けていたところに声をかけられて、パルシオネは慌てつつもはっきりとクレタレアに答える。

「そうなの。じゃあ行きましょうか? 急いだほうがいいのかしら?」

「それは大丈夫であります。過激な場面を避けておやつ休憩としたでありますから、まだ余裕があるでありますよ」

 そうして劇場の建物を出たクレタレア一家とパルシオネは、次の舞台予定地へ。

「あ、取り合いされて楽しんでるひとだ」

「どれどれ? ホントでありますね」

 先回りした形で一行が待っていたところへ、大小の道具係や役者たちも続々とやってくる。

 フェブルウスが目で追う優男のデーモン役者は、呼ばれ方を知ってか知らずか、視線に対してにこやかに手を振って応じてくれる。

「あはははは、べちょべちょー」

 全身が唾液やら何やらでぐしょぐしょになっていなければ、それも様になっただろうに。

 あまり格好つけても道化になるばかり。

 寄せる笑い声の波の中、べちょべちょの優男は荒れ地にポツリと生えた木に吊り下げられに行く。

 そして舞台が整ったところで、コウモリ顔の侯爵役とゴリラの頭をしたその夫人の役と、それらに相対する形でデーモンの女たちが現れる。

「おのれ! やはり侯爵貴殿らの仕業か!」

「その彼は私たちの間で取り合っていたもの! 大人しくこちらへお返し願うッ!」

 流れ出した音楽に合わせて、デーモンの女たちはデヴィルの侯爵夫妻へ向けて堂々と返却を迫る。

「ほぉう。これはおかしなことを言う」

「お前たち二人は、この者を取り合っていた真っ最中だったという」

「つまり、どちらのモノにもなっていないところをワシらが頂いたのだ……なぁ?」

「ひぃい……! その通りですぅう!」

 対するコウモリ侯爵も譲ることなく言葉を返し、ワニの手で優男の頬を撫でる。

「だ、そうだぞ? もうこの男はワシらのモノ。貴様らのモノではない」

 そして愉悦に歪んだ笑みを女たちに向ける。

「ならば魔族らしく!」

「貴殿らの爵位もろともに!」

「いただいていくッ!」

 だが女たちは退くどころか逆に前進。片割れが、手にしていた円形の盾を投げつける。

「面白い! それでこそぉお!」

 コウモリ侯爵もまた好戦的な笑みで叫び返し、風切り迫る盾を避けて前に出る。

「うひゃおッ!?」

 空を切った盾は吊るされた優男をかすめる形でUターン。

 持ち主の女は戻ってくる先へ跳んでキャッチ。コウモリ侯爵の放った炎の術にむけてかざす。

 しかし侯爵の放つ術式である。盾ごときで防げるちゃちな術ではない。

 だが盾は渦巻く風をまとい、炎を受け流して見せた!

「なんと!?」

 予想外の結果に驚き目を剥くコウモリ侯爵。

 その隙にシールドの女は旋風まとう盾で、鱗と毛皮の境目をぶん殴る!

「おお。ストームクロークでありますね」

「あのタテのこと?」

「で、あります。嵐をまとうものと呼ばれる強力な盾の魔武具であります」

 その間にも盾の女はコウモリ侯爵の爪を受け流し、その勢いに乗せて風をまとう盾をもう一発。さらに横薙ぎの蛇の尾には盾を打ち下ろしつつ、転がり乗り越え、すかさず炎の術式を至近距離から叩き込む。

「おお! 素晴らしい体術体捌き……ッ!」

 そう感嘆の声を上げるミケーネの視線の先にあるのは、盾の女ばかりではない。もう一方の二刀流の女にもだ。

 二刀流とはいっても左手に握るのは剣ではなくメイスである。

 文字通りのゴリラ夫人の重い攻撃を、舞うような華麗なステップで潜り、くるりくるりと回りながら斬、打、術の連撃を返す。

 その動きを浅くなぞるようにミケーネは腕を振り、体を揺らしている。

 しかしミケーネが夢中で眺める戦いの余波は優男のところにまで流れ、そのすれすれのところを通り過ぎているのだが。

 しかし舞台の上にも観客の中にもそれに気づくものはほとんどいない。

 わずかにパルシオネのように気づくものがいたとしても、逃げ場のない状態で危険にさらされての醜態をあざ笑うばかりであるが。

 涙と鼻水とその他もろもろで濡れた体をさらに濡らし、身をよじり逃げ回るその必死さは、確かにある種の笑いを誘うものである。

「……いや、ホントに見事な演技であります。半分以上は本気でおびえてるのかもでありますが」

 その凄まじくも必死におびえ生き延びようとする演技を、パルシオネはただ感心しきりといった様子で見守る。

 そうして魔術、武術の応酬を観客が見守るなか、やがて決着が訪れる。

「お、のぉれぇえがぁ……ッ!」

 どう、と地響きと砂煙を広げて倒れ伏したのはコウモリ顔の侯爵と、そのゴリラ夫人であった。

 いや、もはや彼らはその位にはない。

 ぼろぼろになった衣装から長い脚を露にした、魔盾の女と、その二刀流の相棒とに爵位も奪い取られているのだ。

「私たちの……」

「勝利よッ!!」

「ウオオオオオオッ!!」

 そして二人が勝鬨を歌い上げると、観衆は手を叩き、地面を踏み鳴らして勝者を称える。

 しかし喝采が響く中、勝者である二人は互いに武器を落とす。

 何事かと、歓声と拍手が潮が引くように静まりゆく一方で、無手になった二人は優男の吊るされた木の根本へ。

「さあ残るは……」

「私たちの間での決着をッ!!」

 そして拳を構えるや、また同時にお互いの顔面へ叩き込む。

 結果は再度のダブルノックアウト。

 一人の男を巡って争い、肩を並べて奪還した二人は、また仲良く揃って膝を着き、その場に倒れる。

「だれかー……たっけてー」

 そんな二人の上で、吊るされたままの優男の助けを求める歌が、切ない旋律にのって響くのだった。

「かくして、彼はまた二人の女デーモンの間で取り合いをされる毎日に戻るのでありました。めでたしめでたし」

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