人間って思いがけないものを持ってる
「人間が魔族に出会った場合に取る行動というのは、ずいぶん限られているようであります」
「ふんふん」
タヌキ女のパルシオネが語るのを、隣に座る黒グリフォン、ラグがうなづきながら聞く。
「一つ目は敵対。襲われそうな不安だとか、土地や名誉が欲しいとか、そんなあたりの理由で攻撃してくるんでありましょうな。力量差から言えば、賢い選択とは言えないでありますね」
「へえー」
「で、二つ目は屈服。力量差を知っていて、無駄に逆らうことなく機嫌を取りに入ると言うわけでありますな。まあ相手次第では、どちらにせよ逆らったのとあまり変わらない結果になるのでありますが」
「ほうほう」
「……って、ちゃんと聞いてるでありますか?」
「半分くらいは聞いてますよ」
「ああそうでありますか」
生返事を聞きとがめても、まるで悪びれる様子のない従者に、パルシオネは肩を落としてため息をつく。
「まあ、人間の反応が大体二つに絞れるっぽいっていうのは分かりましたよ。で、これは?」
「……いやあ、これはわたしも初めて知るパターンでありますね」
そう言うパルシオネの周囲では、人間たちが忙しなく走り回っている。
しかしそれは混乱し、逃げ惑っている訳ではない。
「おい、そっちの傘はもうちょい傾けろよ。陽射しがかかるだろ!」
「これ以上は倒れるって!」
「運んできた花はこっちでいい?」
「待った、そいつはこっちにくれって!」
パルシオネとラグの座る周りを飾るものを、走り集めているのだ。
そんな飾り付け仕事をする彼らの表情は明るく、怯えによるぎこちなさはない。
「デヴィル様がた、食事はお口に合いましたか?」
「え、ええ。美味しく頂戴してるでありますよ」
「そいつは良かった。それじゃあ、そのままおくつろぎ下さいよ」
それどころか、料理皿を持ってきた恰幅の良い女に、朗らかに話しかけられるくらいであった。
だがパルシオネたちは、この村に歓迎を受けるために立ち寄ったわけではない。
もともとこの土地を訪ねたのは、日記の記述とその他文献から、ショコラリースたちの落ち延びた先の現在地だろうと睨んだからである。
その調査の途中、偶然出会った村人に招かれて、あれよあれよという間に歓迎の席を設けられてしまったのだ。
「いやまさかこんな、人間から渋々でなく歓迎されることがあるとは思っていなかったでありますよ」
パルシオネは自分なりに書に親しみ、ずいぶんと知識を蓄えたつもりであった。
だが夢にも思わなかったこの光景に、自分もまだまだ知らないことが山ほどあるものであります、と一人うなづく。
「ははは。驚かれましたかな?」
そうして出された大ぶりな焼き魚や果物の盛り合わせを楽しんでいると、穏やかな声がかけられる。
その声の主は頭に白いものの混じった、初老の男だ。
他の者たちから長老と呼ばれているこの人間集落の代表者であった。
「はい。ここまで初対面のデヴィル相手に親しげに手厚いもてなしをする人間がいるとは思っていなかったでありますから」
「我らの村は、外の者たちから見ればだいぶ風変わりなようですからな。異端者と追われることも数多くあったと聞いています」
「異端者、でありますか?」
首を傾げるパルシオネに、長老は笑みのままうなづくと、手のひらを相手に胸の前で手を交差させる。
「その敬礼!?」
「ようこそおいでくださいましたデヴィルの御方様。我らが守護神の弟君、アコマニ様に所縁のある方でございましょうか?」
恭しく魔族式の敬礼を取る長老の姿もそうだが、それよりもその口から出た名前にパルシオネは驚き目を剥く。
「アコマニッ!? ショテラニーユ様の義弟のッ!?」
「おお! 御名をご存知ということは、やはり!?」
「ああ、いや。その辺りは正直分からないであります。何千年も前のお方でありますし、魔族は家系図など作ったりしないでありますから」
魔族からすれば、親が大公様だろうと無爵だろうと、今の自分の力と地位がすべてである。
何の足しにもならない血統などを、わざわざ記録する酔狂者などいるはずがない。
「それよりもいま、ショテラニーユ様を守護神と? どういうことでありますか!?」
「その辺りは我々の一族の成り立ちからお話しなくてはなりませんが……」
「大丈夫であります! こうやって食いつくぐらいにわたしはこういう話が大好物でありますから!」
長老の話に、パルシオネはメモ用の紙束まで取り出して、続きを求める。
前のめりに「早く早く」と目を輝かせるパルシオネを見て、ラグは止めても無駄だとばかりにくちばしを挟まず、食事に集中しはじめる。
「承りました。それでは、お話させていただきます」
長老もパルシオネの食いつきぶりには戸惑いながらも、咳払いを一つ挟んで語りに入る。
「はるかな昔……我らの祖先は滅びに瀕しておりました。力ある部族の侵略により、多くの戦士たちが倒れ、女子供たちもまた奴らに食われました」
その長老の物語に、頷きながらパルシオネはメモのペンを走らせていく。
長老はその呼吸を読み取って続きを語る。
「祖先たちの命運はまさに風前の灯火でした。しかしその時、我らが守護神が降臨なされたのです!」
「おおお!? それがまさに!」
「はい。かの御方、ショテラニーユ様が輝く翠玉の髪をなびかせて、その灼熱の眼にて我らが敵をにらむと、草原を埋め尽くす者どもは尽くなぎ倒され、その躯は灰も残さずに焼き尽くされたといいます!」
「おおッ! まさか人間の争いに介入されていたとッ!?」
拳を握る長老につられるように、メモを取るパルシオネもまたさらに前のめりになる。
だがその一方で、語るたびに力を増していた長老が、萎むように勢いを失う。
「そう言い伝えられております。しかし、感謝を奉ずる我が祖に対し、ショテラニーユ様は気に入らぬ方を蹴散らしただけだと受け入れることはなさらなかった……とも」
「それは、そう言われるでありましょうな。よほど面白い者を見つけない限り、我々は人間に注意を払うことはないであります」
親魔族の人間相手なので多少言葉は選んだが、それが普通の事だとパルシオネはうなづく。
実際たいていの魔族は、人間を取るに足らぬ虫けら程度にしか考えていない。
ショテラニーユの行いも、言い伝えにある言葉通り、目障りな群れを払っただけに過ぎないのだろうとパルシオネは見ている。
「それで、滅亡の危機を防いだショテラニーユ様を、守護神と崇めているわけでありますか?」
「いえ。言い伝えには続きがありまして、生き残りの一人が力を求めたのなら、それを良しとして力を授けられた、と語られています。その者が初代の巫となり、守護神様の教えとお声を我らに伝えるようになったのです」
「なんと!? 求められるままに授けたのでありますか!? いや、人間で扱える程度の術式をいくつか教えたのであれば、ありえる話でありますか……」
「あなた様の仰る通り、初代はいくらかの魔術の手ほどきを受けて、それに加えて、共に授かった心構えを皆に伝えたようです。それは我ら一族を鍛え上げ、侵略や弾圧を押しのけ、今日まで永らえるほど強く育ててくれたのです」
「なるほど。それは確かに守護神でありますね」
一区切りまで語った長老は、ここにはいないショテラニーユへ向けて、改めて感謝の敬礼をささげる。
対するパルシオネもまた話を書き取る手を緩めぬままに首を縦に振る。
「それにしても、有意義な話を聞けたであります。まさか魔族崇拝の、それもショテラニーユ様を崇める人間たちがいるとは夢にも思っていなかったでありますよ」
「まあ、我々を異端者と呼んでいる、創造神の信徒が主流ですからね」
創造神というのはこの世のすべてを作ったとされる神のことだ。「神」と言えば普通はこの御柱を指すほど、世界にあまねく知られている存在である。
その姿かたちは、似姿とされているデーモン、そして人間に非常に似通っているとされている。
ではデヴィルはといえば、あらゆる生物を作る元となった混沌からそのまま作り出されたがために、数多の生物の混合となったのだと言われている。
「しかし、彼らからしても聖ポダリスなど、偉人を神に準じた扱いで崇めることもありますし、我らが大恩ある魔族様を守り神様と崇めたところで、何もおかしくはないと思うのですがね」
「いやはや、人間というものは思っていた以上に面白いものであります。わたし、目から鱗が落ちた気分でありますよ」
魔族崇拝者という存在そのものと、彼らから聞けた話に、パルシオネはもうほくほく顔だ。
「ところで、もし興味がありましたら我が村に伝わる教典などもお見せしますが?」
「是が非でも! お願いしたいであります! できれば写本もさせてほしいでありますッ!」
さらにうれしい提案に、声をかぶせる勢いで返事をする。
「……なんか、もう人間になじみすぎじゃないですかね?」
そんな主人の様子を横目で見ながら、ラグは苦笑気味にポツリとこぼす。
「それにしてもコレ美味いね。チョコレートミルク?」
「そいつは村の特産品でさあ。砕いたショコラ豆を温めたミルクに溶かしてってヤツでして」
「へえー、そうなの? おかわりはもらってもいい?」
「へい! 喜んで!」
そして長老との話に夢中なパルシオネをよそに、何やら重要な名前を冠した飲み物を味わうのであった。




