宿屋の善意
「なーに。かわいい冒険者さんは宿をお探しなの?」
そう言って何者かがカウンターに近付いてくる。
セイヨウサンザシの実にも似た赤色の髪を腰まで伸ばし、すらりとした体躯も相まって美女という表現がまず冒険者の頭に思い浮かんだ。
道具屋の男は彼女の顔を見て、ゆっくりと口を開く。
「リンドウか。久しぶりだな」
「ええ。ギムレットも変わりないようで」
「どうだい、久々に一杯、酌み交わそうじゃねえか」
「やあね、お酒が流通しないこの街じゃあ、ノンアルコールしか無いわよ?」
「ははっ。違いねえ!」
カウンター越しに、二人は慣れた調子で語り出す。
道具屋の男ーーギムレットと美女ーーリンドウ。お互いに名前で呼び合う程だ、多少なりとも親好のある間柄なのだろう。
「それで、今ちょうどその子から買い取っている最中、といったところかしら」
端正な顔立ちをカウンターに近づけ、髪と同じ色の大きな瞳で興味ありげに素材を眺めていた。
「ああ。だから、欲しい物が有るなら終わるまで待つなり勝手に探すなりしててくれ」
ギムレットの言葉に、リンドウはこくりと頷く。
「そうね。……ねえアナタ」
リンドウの顔が冒険者のほうを向く。花が咲いたような笑顔を浮かべてきた彼女に、突然話を振られた冒険者は動揺した。
「ぼ、ボク?」
「花蜜。ここで売る予定なら、私に譲ってくれないかしら。もちろん、相応のお礼はするつもりよ」
そう言ってリンドウはニコリと微笑む。透き通った赤色に見つめられ、冒険者の心臓がどくんと高鳴る。
「ここの買い取りと同額以上で出してくれるなら、ボクはどちらでも……」
「ありがとう。ギムレット、アナタもいいでしょう?」
問いかけられた道具屋の男は困ったように頬をポリポリと掻く。
「こちらとしちゃあ、店の在庫から売っちまいたいのが本音だが……いいぜ。そもそも、買い取りはそいつが店に売らなけりゃ成立しない話だからな」
「決まりね」
リンドウはポンと手を叩き、冒険者にある提案をした。
「私、宿屋を経営しているの。泊まるところがないなら、うちにいらっしゃい!」
「……はい?」
すっとんきょんな声しか出せない冒険者とは対照的に、リンドウはうきうきと「あと買い足りないものはー」と店内を見回している。
「待ってよ、そんな、いきなり言われても……!」
申し出はありがたい。ありがたすぎて、逆に何か裏があるのではないかと勘ぐってしまうほどだ。
「なあに、気にするなボウズ。リンドウの悪い癖が出ただけだ」
「悪い癖?」
意味が分からずギムレットの言葉を繰り返す冒険者。それを見て、彼は愉快そうに笑う。
「そう。子供が困っているのは放っておけないんだとよ」
あくまでも彼女の善意らしい、とは冒険者にも分かった。
ただし、ギムレットの言葉に、一ヶ所だけ納得できない部分がある。
「子供扱いしないでよ。ボク、もう15歳だよ?」
冒険者は口をとがらせて異議を唱えた。




