ダイニング(3)
「ずっとあなたを殺したかったーー」
「さけ、だと……? 血の、なかにも……?」
呂律の回らないしたで驚愕を露わにする領主。
血中アルコール濃度としては「酔いが回った」程度だったが、彼にとっては耐えられないものだったようだ。
床に座り込んだ領主へ、リンドウが覆い被さるようにして倒れ込む。
「追いつめた」
蒼白な顔で、息を荒げながらそう告げるリンドウ。
片や急性アルコール中毒、片や脳に血液が足りない状態と互いに満身創痍ではあるが、上をとっているリンドウのほうが僅かに有利と言える。
ゆらりとダガーを持つ手を振り上げる。彼はそのまま領主に突き刺そうとし。
「出来損ないの模造品のくせにィィ!」
領主が惨めにわめく。迫りくる刃を間一髪で避け、代わりに割れた酒瓶をリンドウのわき腹に突き立てる。瓶が刺さったままの傷口から染み出す血がリンドウの衣服を濡らす。先程の打撃よりも効いているのは明白だ。
「ぐ、うぅっ……」
歯を食いしばりながら痛みに耐えるリンドウを押しのけ、領主は立ち上がる。
「人間もどきの体は哀れだなあ」
形勢が逆転したのを感じ取ったのか、嘲るようにリンドウを見下ろして言う。
瞬間、領主の体は端からさらさらと解けていく。
ーー霧化。一般的に知られている吸血鬼の特長、体を霧にする事こそ領主の得意とするところ。
霧の出る日は領主が出歩く。否、領主が出歩く時の姿こそが霧なのだ。
「サヨナラだ。吸い殺してあげたかったが、不味い血を飲むほど酔狂ではないのでね。ここはおいとまさせてもらおうか」
「待……て……」
リンドウが、窓に近づく霧に向けて酒瓶を投げつける。
「フフ。今の私にそんなものが通じるかよ」
無駄なことだと領主は嘲笑う。その言葉通り、酒瓶は霧を貫通して天井に当たった。
瓶が割れて中の液体が領主に降り注ぐ。
「待ってた、よ。あなたが……霧になる、この時を」
降り注いだ酒は、霧と混ざり合う。
言葉にならないうめき声が部屋中に木霊する。
「どう……? 飲むのとは比べ物にならないくらい……酔いがよく回るんじゃないかな……?」
左手で傷口を押さえながら、リンドウは苦しげに口元を歪める。
そして、もう一方の手にダガーを構え直した。
「何をする気だ」
スパークリングワインみたいな声で領主が問う。
もはや霧と酒どちらが本体なのかもあいまいな領主に対して、リンドウはふわりと微笑む。
ーーそれは、領主に差し出した獲物を見る時と同じ目で。去りゆく人への悲しみを秘めた表情だった。
「今ばかりは、模造品であることに感謝するよ」
吸血されても動く躯と、領主譲りの怪力を胸に浮かべ。
右手のダガーを、床にたたきつけた。
火花が飛び散る。それが周囲の酒気に引火して。
燃える。部屋が燃える。燃え上がる。
領主はーー最初の一瞬で全焼したのだろう。
リンドウにはそんな気がした。
「終わっ……た……」
揺らぐ視界の中、リンドウは満足そうに呟きーーそのままそっと目を閉じた。
◇◆◇
「眷属なんかじゃなく、子どもとして見てほしかったのかもしれない」
愛してくれていたのなら。狩場での仕事だって、疑問を抱かないままだったかもしれない。……そんな、もしもの話。
やっとバトル終わりました。
「どっちが悪だよ」ってくらいにリンドウの方が追いつめています。一応、彼が事前に色々仕込んだおかげでこの結末なので、策もなしに突っ込んだらリンドウ瞬殺です。
とはいえ、もう少し領主の圧制やらを書いておくべきだったでしょうか。リンドウの逆境が足りない。
次回で最終回の予定です。