新人冒険者の資金繰り
「……あと朝百合の花蜜に大ウサギの毛皮ねえ。それだと」
道具屋の男はカウンターの上に並べられている素材を一瞥した後、数字を告げる。
カウンターをはさんだ向かいの相手ーーキャスケット帽をかぶった冒険者は、金額を聞いたとたん男に抗議した。
「たったそれだけ?」
予想の半分もいかない見積もりに、少なすぎると言う冒険者。
「その毛皮なんて、うまく剥がせていると思うんだけど」
食い下がる冒険者に対して、男は苦言を呈する。
「これでも多少色を付けたつもりだぞ。あんた、武器を持ち始めて間もないんだろう?」
「うっ」
図星だった。
故郷の町を出てからこの「霧の街」に着くまで早一週間。魔物からは隠れ、食事は木の実、野盗からは逃げ切るという生活を続けてきた結果、この新人冒険者の戦闘技術が研かれることはなかったのだ。
「……そんなにわかりやすかった?」
「素材が採集中心なら誰だってそう思うさ」
「なるほどね、お見通しってわけか」
さて、と冒険者は思案する。値上げの交渉ができないと分かった今、男の提示した値段で妥協するか、このまま素材を持ち帰るか、二つに一つだ。
しかし残りの所持金だけでは宿屋どころか今日の食事すら怪しい。加えて、男の口ぶりからすると他の道具屋に持って行ったところで結果は同様ーー場合によってはここより安い値段で買い叩かれるのがオチだろう。
「まあ周辺の魔物の強さやこの街の領主様相手には分からなくもないがな。それより、アンタの武器もつけるってなら、もう少しサービスしてやるけどよ」
冒険者は思わず腰に下げているダガーに目を落とす。刃渡りが自分の前腕と同じくらいの長さのそれは、店内の灯りに照らされて鈍く光を反射していた。
「見たところなかなかの上物じゃねえか。ちょっと貸してみろ」
言われたとおり、ダガーをカウンターの上に置く。男は光にかざしたり、角度を変えたりしながらダガーの鑑定を始めた。
「銘は……。お、トム・フォスター製か」
俺この人の打った刃物好きなんだよなー、まだ無名だけどあと何年かしたら絶対評価変わるって、等とべた褒めした後に男は金額を口にする。
「は? あ、ちょ、ちょっと待っててよ」
冒険者は慌てて計算を始める。
それだけあれば、宿だけでも三食付きで二週間は泊まれるはずだ。新しい武器に買い換えるとしても、手頃なショートソードで宿泊二日ぶんーー採集しかしていない現状を考えて小型ナイフにすれば宿泊一日ぶん。二週間弱の宿代にできるという提案は、冒険者にとって、とても魅力的に思えた。
だが、このダガーは。
「……ごめんなさい。やっぱり、これは売れません」
視線を落として告げる冒険者に、男も何かを察したようだ。重苦しい表情で冒険者に問いかける。
「大事なものなのか?」
「そう、だね。これは、……これは、ボクが冒険者を目指すきっかけになったものだから」
そこで、冒険者は顔を上げて男の目を見据える。迷いのない、まっすぐな目だ。
「高く買ってくれるのはすごく嬉しいよ。でも、これを売ったら、もう冒険者でいられなくなる気がして」
男は黙って聞いていたが、冒険者が話し終えたのを見て、「そうか」と呟いた。
そして次の瞬間、険しかった男の表情が綻ぶ。
「そうか! いやあ、そんなに決意が固いなら、それは仕方ないな!」
カウンター越しに男が冒険者の肩をバシバシと叩く。
男なりの親愛の情が込められた行為なのだろうが、冒険者にしてみれば呆気にとられるしかない。
「新人が価値も知らずに持っているんだとばかり思っていたが、そこまで想われれば武器も幸せだろうよ!」
「いたい、痛いって!」
悲鳴が上がったことで、男は「おっとすまん」と謝る。
「どれ、サービスだ」
カウンターの上に小ビンが置かれる。ラベルには、整った文字で内容物の名前が書かれているようだった。
「これは?」
「傷薬だ。試供品だから遠慮なく受け取ってくれ」
「そういうことなら」冒険者はふっと微笑み、「こいつも併せて買取お願い」
「馬鹿やろう! 人の善意を換金しようとしやがって!」
男が怒った。それもそうだ、とは思っているが、冒険者にとっては今日の生活がかかっている。
「そもそも、試供品は買い取らないぞ」
「……あー」
返す言葉も無かった。
がっくりとうなだれながら、冒険者は持ってきた戦利品を道具屋の男に渡す。
「まあ気を落とすなよ。いい武器持っているんだし、町の外で怪物の一匹でも倒せば懐もすぐ温まるってもんだ」
「だからって、宿屋のあの値段はボッタクリだと思うんだけど」
街の入り口付近にあった宿屋の立て札を思い出し、冒険者は歎息する。
時には隠れ、時には逃げ出して戦闘を回避しつつたどり着いた末に見たものとしては、あまりに非情な現実だった。
「仕方ねえよ。強い敵が出る街の宿屋は高いって相場が決まっているんだ」