STORY20-6 『ありがとう』
マイクのスイッチを入れ『あ〜、あ〜』とマイクテストをした深夜はゆっくりと話し出した。
『俺は中学のころに荒れだした』
深夜の切り出した話に周りは何も言わないが困惑した雰囲気がかもしだされている。
それを感じた深夜はゆっくりと周りを見渡した。
『いきなり何の話だろうと思うかもしれないけど聞いてくれ。俺は中学の頃に幼馴染に裏切られた。それは誤解だったんだけど、それでも当時は裏切られたと思ってた。何でも相談できる奴だったし親友だと思ってたのに裏切られた。そう思った俺は誰もが信じれなくなった。それから俺は喧嘩を始めた。街を歩いては向かってくる奴と喧嘩をして、こっちからも喧嘩を売った。そうしていく中でさらに俺の周りにいた連中も俺のことを避け始めた。数人を除いて。その数人はそんな俺にめげずに話しかけてくれた。でも、俺は無視をしてしまった』
深夜は当時を思い出しながらゆっくりと話している。
遠いところでそれを聞いている柚子葉は服をギュッと握って深夜の話に耳を傾けている。
クラスメイトも深夜の昔を知らない連中ばかりなので皆息を飲んで見守る。
『避け始められた俺は別に構わなかった。それで良かったから、信じれないなら最初から誰も近づいて欲しくなかったから。結局中学を卒業する時に話せる奴はもう一人の幼馴染しかいなかった。高校をここに決めたのは特に理由はなかった。別に高校に行きたくもなかったし高校が楽しみって訳でもなかったから。それに入学時はまだ荒れてる最中だったから学校を無断で休んだりすることもあった。でも、ある出会いで俺は変わった』
深夜はそこで一息ついた。
一度息を吐いてまた話し出した。
『ある子供と会ったんだ。その子と遊んでいるうちに気がついたら本心で笑っていた。それが高一の頃。それから俺はこの高校に来ている同じ中学の奴のところに行って話しかけるようにした。最初はさすがに皆戸惑ってたけどそれでも何日かたつと中学のころのように話せるようになった。それでも他の連中に話しかけても怖がられると思って話せなかった。結局高一の頃はクラスメイトと話した機会って数回ぐらいだったと思う。二年に上がるとクラスメイトとも話す機会が増えた』
深夜は自分のクラスのほうを見た。
数秒見た後にまた話し出した。
『俺は今この高校に入ってよかったと心から思えるし学校に行くことが楽しい。クラスメイトとしょうもないことを話して笑ったり学校祭のようにクラスメイトと一緒に何かをやるってことが本当に嬉しいんだ。…だから、今回の学校祭を俺はこういう立場で関われて本当に良かったと思ってる。…倉田』
深夜はそう言うと倉田のほうを向いた。
倉田は数歩前に出て深夜のほうに向いている。
『ありがとう』
深夜は倉田に向けて頭を下げた。
数秒して深夜は頭を上げた。
『長くなったけど以上が俺のコメントだ』
深夜はマイクのスイッチを切って歩き出した。
歩き出すとどこかからか拍手が聞こえた。
そちらを見ると勇一が拍手をしていた。
次に、深夜のクラスからそして全体から拍手が起こった。
深夜は倉田に近づきマイクを渡した。
「倉田、本当に感謝してる」
「いいって」
倉田はそういうと中央に向かった。
大崎と金田は深夜の顔をちらちら見ている。
それに気づいた深夜はゆっくりと口を開いた。
「何ちらちら見てるんだ?」
「いや…」
「別に…」
「俺はお前らにそんな態度とって欲しくないんだけど」
「え?」
「だから、今までみたいに話して欲しいんだって。気の毒そうに見るんだったらそれは俺を侮辱してるのと同じように俺は感じるから」
「そっか。じゃあ、遠慮はしないからな」
大崎は笑って深夜に手を突き出した。
深夜も笑みを浮かべて手を出し大崎と手をぶつけた。
金田とも手をあわせてまた話し出した。
『それでは実行委員の皆さん、見回りをしてくださった皆さんありがとうございました。生徒の皆さんもう一度拍手をお願いします!』
倉田の言葉をきっかけに全校生徒から拍手が起こった。
拍手の中、深夜達は自分のクラスのところに戻った。
クラスに行くと何か異様な雰囲気がかもしだされていた。
深夜は何事もなかったかのように皆に話しかけた。
「何この空気?」
「お前が言うな、お前が」
深夜の言葉に翔が答えた。
翔の答えに深夜は笑みを浮かべ周りを見渡した。
だが、よく知ってる顔が見当たらない。
「あれ?井上、柚子は?」
「え?」
真希は目にハンカチを当てながら周りを見た。
だが、確かに柚子葉の姿は見当たらない。
「さっきまでいたのに…」
「俺探してくるわ」
深夜はそういって歩き出した。
翔はその後姿を見送ってクラスメイトに声をかけた。
「深夜のことなんだけど今までどおりに接してやってくれ。じゃないとまたあいつは独りになっちまう」
「俺らからも頼む」
翔の言葉に大崎と金田も賛同する。
「さっき山上は『気の毒そうに見られるときは俺は侮辱されてるように感じる』って。昔のあいつではなくて今のあいつを見てやってくれ。じゃないと前田が言ったとおり離れていく気がする」
大崎の言葉にクラスメイトは皆頷いた。
それを見て翔は笑みを浮かべた。
(深夜のことを分かってくれる奴がいるってだけで深夜は嬉しいんだろうなぁ)
そう思いながら深夜が歩いていった方向に顔を向けた。