STORY10-2 『パパがいなくて寂しいか?』
秀太はさらに言葉を続けた。
「きょうおひるねのときともだちにからかわれたんだ。『おまえおとうさんいないだろ』って。だからくやしくて…」
「保育園を出たんだな?」
秀太は頷いた。
「ねぇ、どうして?どうしてみんなにはパパがいてぼくにはパパがいないの?」
柚子葉は秀太の質問に答えることができなかった。
職員室にいた教師もなんて声をかけてやればいいかわからなかった。
そんな中、深夜はため息をついて秀太の頭を撫でた。
「なぁ、秀太」
「何?」
「パパがいなくて寂しいか?」
「うん」
「そうだよな。パパがいないのは寂しいよな。でもな、お前にはパパはいないけどこんなにお前のことを大事に思ってくれるお姉ちゃんがいるだろ?お前が休みのときにいつも遊んでくれるのは誰だ?」
「…おねえちゃん」
「ママがいないときに秀太のご飯を作ったり一緒にお風呂入ったりするのは誰だ?」
「おねえちゃん」
「だろ?他の人にはパパがいる。でも他の人にはこんなにお前のことを大事に思ってくれてるお姉ちゃんはいないはずだ。ママも一緒。仕事をしながらお前のことを大事に思ってるはずだ。お前にはパパはいない。でも、まだお前のことを大事に思ってくれてるママとお姉ちゃんがいるじゃないか」
「…うん」
「今日お前は勝手に保育園を出た。それで事故にでもあったらママとお姉ちゃんがどれだけ悲しむか考えたか?」
「…」
「パパがいなくて寂しいのは分かる。でも、お前のことを大事に思ってくれている人に心配かけたら駄目だ。もし、寂しいなら俺も一緒に遊んでやる。だから、もうこんな危ないことをしたら駄目だ。分かったな?」
「…うん」
深夜は秀太の頭を撫でた。
「じゃあ、お姉ちゃんに何か言うことあるんじゃないか?」
秀太は柚子葉のほうを向いた。
「しんぱいかけてごめんなさい」
「ううん。今度から絶対にしちゃ駄目よ?」
「うん」
柚子葉は秀太を優しく抱きしめた。
深夜は勇一に声をかけた。
「先生。今日の残りの授業に秀太も教室に入れていいっすか?」
「何でだ?」
「今から保育園に返すよりも今日は秀太は柚子と少しでも一緒にいたほうがいいと思う。俺から保育園のほうに電話するから」
勇一は他の教師に聞いた。
「他の先生方はどう思いますか?」
その場には生徒指導の教師と大竹、他数人がいた。
まだ生徒指導の教師は事情がつかめていないようで呆然と立ち尽くしている。
大竹は少し考えて口を開いた。
「俺はいいと思いますよ。事情が事情ですし。山下と山上がちゃんと面倒をみるという条件で。松田先生はどうですか?」
生徒指導の教師は松田という名前らしい。
松田は大竹に話しかけられてやっと気づいたかのように声を出した。
「え?」
「ですから、松田先生はどうお考えですか?」
松田はその場を見渡した。
すると、深夜と目があった。
が秀太が足に抱きついてきたので深夜が視線をそらし秀太のほうを向いたときに松田は目を見開いた。
深夜の顔には優しさが拡がっていた。
秀太が何か話しかけている。深夜はその話を笑顔で聞いている。
秀太が深夜から離れ柚子葉のほうに行くと深夜はまた松田のほうを向いた。
その顔には先ほどの笑みはなかった。
松田は少し悩んだあと口を開いた。
「分かった。その子を教室に入れることを許可する。ただし、授業の邪魔をしないこと。いいな?」
「はい。ありがとうございます」
深夜はその言葉に頭を下げた。
松田は深夜の姿にも驚いた。
柚子葉も立ち上がり深夜と一緒に頭を下げた。
秀太も二人の真似をして頭を下げた。
深夜は頭を上げて勇一に声をかけた。
「電話借ります」
「あぁ」
深夜は慣れたように番号を押していく。
その間柚子葉は秀太を抱きかかえ深夜の隣に立っている。
「あ、姉貴?深夜だけど」
「深夜、見つかった?」
「あぁ、無事保護した」
「本当に?どこにいたの?」
「学校」
「学校?」
「そう、俺らの学校。とりあえず今日はこっちで保護するから。帰りにそっちに荷物取りにいくから準備はしておいてくれ。いいだろ?」
「先生達はなんていってるの?」
「先生達にも許可はもらってる。変わる?」
「あ、お願いできる?」
「ちょっと待って」
深夜は勇一達のほうに受話器を差し出した。
勇一は受話器をとって松田のほうに差し出した。
「松田先生お願いします」
「え?俺ですか?」
「ええ」
松田は少し戸惑った後受話器を手に取った。
「もしもし、お電話変わりました。生徒指導担当の松田です」
「あ、このたびは申し訳ありません」
「事情は山上に聞いたので分かりました。こちらで預かったほうがいいと判断しましたがよろしいでしょうか?」
「そちらがよければお願いできますか?」
「分かりました。…あの、失礼ですが山上のお姉さんですか?」
「あ、はい。深夜の姉の忍と申します」
「そうですか。…いい弟さんをお持ちですね。では、山上と変わります」
松田は受話器を深夜に差し出した。
深夜はまさか松田がそんなことを言うとは思っていなかったので驚いている。
松田は強引に深夜の受話器を持たせ自分の机のほうに向かって歩いて行く。
深夜は受話器を耳に当てた。
「もしもし。とりあえずそういうことだから」
「分かった。でも珍しい先生もいたものね。あんたのことをいい弟だってさ」
「あぁ、俺が一番驚いてるよ。じゃあ、帰りに寄るから」
深夜は電話を切った。
深夜は柚子葉と秀太を促して職員室の出口に歩き出した。
出口付近で深夜は勇一と大竹、そして松田のほうに一礼をして職員室を出た。
深夜達が職員室を出た後勇一は松田に近寄った。
「松田先生、ありがとうございます」
「いえ。…植田先生」
「何ですか?」
「私は山上を誤解してたようです」
「え?」
「去年のことも山上が不良だということで犯人だと決め付けてました。ですが、本当の山上は不良などではない。優しい普通の高校生だったんです。それを見抜けなかった自分が恥ずかしい」
松田のセリフを聞いた勇一は口に笑みを浮かべた。
そして松田に声をかける。
「松田先生。済んだことは仕方無いでしょう。これからをどうするかじゃないですか?これから山上みたいな生徒と接するときに気をつければきっと山上も分かってくれますよ」
「…そうですね」
松田の顔にも笑みが浮かんだ。
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