STORY26-5 『感謝?』
深夜が頭を上げ自分の席に戻ろうとした。が、勇一に肩を掴まれた。
「…まだ何か?」
「さて、皆。準備はいいか?」
勇一は深夜の問いかけには答えず他の生徒に話しかけた。
すると、生徒達は柚子葉を除いて全員が立ち上がり机の移動を始めた。
教室内で状況がつかめていないのはどうやら深夜と柚子葉の二人だけのようだ。
柚子葉に真希と圭が笑顔で近寄る。
「柚子葉、机移動するから」
「何するの?」
「いいからいいから。ほら、立って」
真希と圭は柚子葉の手を取り強引に立たせて机を隅に移動させた。
机の移動を終えると教室の中央にスペースができた。
まだ状況が掴めない深夜は勇一に小声で話しかけた。
「…今度は何たくらんでんの?」
「さぁ、なんだろうな。よぉし!それじゃあ、始めるか!」
勇一は深夜に小声で答えるとまた他の生徒達に声をかけた。
すると、翔を先頭に体育会系の部活に所属しているクラスメイトが笑顔で近づいてきた。
少し嫌な気がした深夜は逃げようとしたが勇一にしっかりと肩を掴まれているので逃げ出せなかった。
生徒達が深夜を囲むと勇一は肩から手を離した。
「何だよ」
「まぁまぁまぁまぁ」
翔達は深夜を教室の中央に連れてきた。
そして、一人が深夜を後ろから羽交い絞めにして二人が深夜の足を持ち上げた。
すると、他の生徒も近寄ってきて深夜の体の下に手を入れた。
「は?おい、まさか…。冗談だろ?」
「い〜や、マジ」
深夜は顔を引きつらせ、翔達はニヤッと笑みを浮かべた。
そして、息をそろえて翔達は深夜を宙に投げた。
「せ〜の」
「「「ワッショイワッショイワッショイ」」」
深夜は教室の中央で高さこそ低いが三度宙に舞った。
胴上げを終えると翔達は深夜を地に降ろした。
「…なんで胴上げ?」
「先生、もういいですかね?」
「あぁ、いいんじゃないか。罰ゲームだよ」
「は?罰ゲームの意味がわからないんだけど」
「罰ゲームの対象はお前と山下二人。HRがはじまるときにいなかったから皆と相談して何かペナルティをつけようってなってな。で、何かスピーチをさせようという意見が出て胴上げをしようっていう意見の二つを採用した。ただ、山下は胴上げはさすがにかわいそうだという話になって山上だけ胴上げをすることにしたんだ」
「したんだって…。あ、じゃあ卒業証書をもらったときに一言ってあれ俺と柚子だけ?」
「じゃないとペナルティにならないだろ。ほら、皆も机を元に戻して席に着け」
勇一の言葉を聞いて生徒達は机を元に戻し始めた。
深夜もため息をついて自分の机のところに戻った。
席に座った深夜に翔が話しかける。
「どうだった?宙に舞った気分は」
「…状況把握で頭が一杯一杯だよ。一体何がどうなってんだ」
「ペナルティっていうのもあるし後は、皆からの感謝って言うのもあるんじゃないか」
「感謝?」
「何か目に見えることで返したかったいうのもあると思う。まぁ、ほとんどは面白いってことだろうけど」
「ほら!そこいつまで話してる!」
深夜と翔が話してると勇一が二人に注意の声をかける。
二人が静かになったのを見て勇一が教師内を見渡す。
「HRも…後10分くらいだな。俺が言いたいことは山上と被ったからなぁ。…ちょっと違うことを言うか。これから皆はいろんな道を進む。そして、二年後にはもう成人として社会からは大人と見られる。ただ、大人というものは勝手になってるんで自覚というものが無い。だが、社会はそんなのは関係なく成人になったらすぐに大人として扱われる。俺が考えるに大人になるって事は何をするにしても責任がついてくるってことだ。それを頭に入れてこれから自分の夢に向かって頑張ってくれ。ちょっと早いけどHRを終わろう。時間まで後は各自自由に時間を過ごしてくれ。卒業アルバムに何か書いてもらったり写真を取ったり自由だ。じゃあ、濱田。最後の号令頼む」
「はい。起立!礼!」
「「「ありがとうございました!」」」
濱田の号令に勇一と生徒達は頭を下げた。
そして、グループに集まって写真を撮り始めたり卒業アルバムに寄せ書きをしてもらったりと自由に過ごしはじめた。
深夜も柚子葉や翔達と話してたがポケットの中に入っている屋上の鍵の事を思い出して立ち上がった。
「どうした?」
「屋上の鍵を返してくる。翔のも返してくれ」
「おぉ。…ほらよ」
翔はカバンから鍵を取り出すと深夜に手渡した。
深夜はそれを受け取るとポケットに入れて勇一のところに歩いていった。
教卓に座っている勇一は近づいてくる深夜に話しかけた。
「何か用か?」
「屋上の鍵を返しに」
「あぁ、それなら今から松田先生のところに返してこい。すぐに戻ってこいよ」
「…了解」
深夜は勇一に従って教室を出て職員室に向かった。
職員室に入った深夜が松田のところに向かうと先ほど卒業式で着ていた上着を脱いでカッターシャツになっていた。
「先生」
「山上か。お前今HRだろ?何してるんだ」
「これ返しに」
「…どこの鍵だ、これ」
「屋上です。一年の頃に、三年の先輩と喧嘩して勝ったらそれをもらいました。何か学校で一番強い奴が持つしきたりとか言ってましたよ」
「まったく。いつからそんなしきたりができたんだか…」
「さぁ?それにしても来賓とかから何か言われませんでした?」
「何がだ?」
「俺がクラス代表で壇上に上がったとき、来賓のほうをチラって見たら何か嫌な顔してたから大丈夫かなって」
「お前は気にしなくていい。クラスが選んだ代表がお前なんだ。もっと胸を張れ」
「そんなに誇れるものかねぇ。だって、面白がって投票してる奴ばっかな気がするし」
「そんなことないだろ。それよりも、ほらさっさと教室もどれ。もうすぐ時間だ」
「へ〜い。じゃあ、先生。また遊びに来る…かもしれないから」
「楽しみにしてるよ、今度会うときを」
深夜と松田は笑みを浮かべ、深夜は職員室を後にした。