STORY26-1 『とうとう卒業だな』
「行ってきま〜す」
柚子葉はドアから声をかけた。
恭子が笑顔で玄関に近づいてきた。
「行ってらっしゃい。とうとう卒業ね」
「…うん」
「じゃあ、式には行くからね」
柚子葉は恭子の言葉に頷いてドアを閉めた。
今日は高校の卒業式。
とうとうこの日がやってきたという感じだ。
マンションを出ると深夜が立っていた。
「おはよう。深夜、どうしたの?」
「おはよ。最後だし一緒に行こうかなと思って。いいだろ?」
深夜はそういって柚子葉に手を差し出してきた。
柚子葉も頷いて深夜の手を握った。
そして、手を握ったまま歩き出した。
「とうとう卒業だな」
「うん。まだ信じれない」
「何が?」
「もう卒業なんだなぁって。まだ高校に通いそうだもん」
「確かにな。俺もまだ実感わかねぇ。中学の時は卒業式出てないし」
「え!?出てないの?」
「中学は荒れてる時期真っ最中で特に出たいとも思わなかったし」
「そう…。今はどうなの?」
「ん?」
「今日の卒業式はどうなの?」
「…ちょっと出たくない気持ちもあるんだ」
「え?」
「別に一生会えなくなるわけでもないけどさ。やっぱり今まで一緒にいた奴らと離れるのはちょっと、な。まだ実感なくても今日卒業式出るとやっぱり実感するだろうし」
「…そうだね。やっぱり寂しいね」
「ま、すぐに会えるさ。二年後は成人式もあるしその間に同窓会とかクラス会も開けば会えるだろ」
深夜は柚子葉を励ますように声をかけた。
柚子葉も深夜の顔を見て頷いた。
そして、また深夜が口を開いた。
「そういえば今日おばさんは卒業式来るんだろ?」
「うん。来るって言ってた。そういう深夜は?おじさん達戻ってきたの?」
「さぁ?家には帰ってきてないから日本にはいないんじゃないかな。正月は帰ってくるって言ってたけど」
「忍さんは?」
「今日は平日だから姉貴は仕事。まぁ、保護者がいないといけないってわけじゃないから別にいいけどな」
二人が話しながら学校に向かった。
校門では一年と二年が数人立っていた。
深夜と柚子葉がそこに近づくと大村がいることに気づいた。
大村も二人に気づいたのか笑みを浮かべた。
「おはようございます。卒業おめでとうございます」
「おはよう」
「うっす。お前は何やってんだ?」
「卒業生にリボンをつける係りになっちゃって…。あ、お二人にもつけますね」
大村はそういってリボンを手に取った。
深夜に大村が、柚子葉に大村の近くにいた生徒がリボンをつけはじめた。
「もう卒業ですね」
「まぁな。お前だって来年じゃねぇか」
「まだ来年ですよ」
「甘いな。『まだ』じゃなくて『もう』なんだよ。高三の一年は早いぞ?」
「そんなもんですか?あ、つけおわりましたよ」
「サンキュ。そんなもんなんだよ。じゃ、俺ら教室行くから」
「はい。おめでとうございます」
深夜は柚子葉にリボンがついていることを確認して大村に声をかけた。
大村ももう一度祝福の声をかけて仕事に戻った。
深夜と柚子葉が教室に入るとまだ時間には早いがかなりの生徒が集まっていた。
翔・真希・圭もすでに教室に中にいていつも通り窓側の席で話をしていた。
「みんなおはよう」
「うっす」
「おっす」
「二人ともおはよう」
翔達に近づき声をかけると挨拶が返ってきた。
深夜と柚子葉はカバンを机に置き自分達の席についた。
「何の話してたの?」
「とうとう卒業だねっていう話」
「もう本当に卒業しちゃうんだよね…」
「いろいろあったなぁ」
「ねぇ〜」
「…しんみりしすぎ。まだ今日一日あるんだからもうちょい明るくしようぜ。なぁ、翔?」
「そうそう。しんみり過ごすより楽しく過ごそう。それに高校では最後かもしれないけどまた会えるんだし」
「そりゃそうだけどさぁ…」
「でもねぇ…」
「ったく。じゃあ、これやるよ」
そういって深夜はカバンから二つ包みを取り出して真希と圭に差し出した。
真希と圭はそれを受け取ったが何なのか分からずに首を傾げた。
「山上これなに?」
「開けてみれば分かると思うけど。ま、変なものじゃないから安心してくれ」
深夜がそういうので真希と圭はとりあえず包みを開けた。
包みを開けると真希は手を中に入れ一つ取り出した。
「クッキー?」
「そ。バレンタインのお返し。ホワイトデーは多分会わないだろうし今日渡すから。他の奴にもあるから俺一人じゃなくて柚子にも手伝ってもらったんだけどな」
「お返しとか別にいいのに」
「ま、一応の礼儀としてな。じゃ、俺他の奴にも持って行ってくるから」
深夜はそういって他のグループのところに近づいていった。
柚子葉は深夜が言わなかった本当の理由を知っていた。
昨日、深夜から手伝って欲しいというお願いを聞いた。
それから柚子葉は深夜の家に行きお菓子を作りながら深夜に話しかけた。
「ねぇ」
「ん?」
「どうしてお菓子を作ろうと思ったの」
「あぁ、ホワイトデーのお礼」
「え?」
「柚子は別だけどクラスの奴にホワイトデーに会うことはまず無いだろ?だから、かなり早いけどお礼。後は…」
「後は?」
「…俺さ、マジでクラスの奴らに感謝してるんだ。男子にも女子にも。だから、面と向かってお礼言うのが恥ずかしいから菓子でも作ろうかなと思って。男子には菓子が余ったからって言って渡せば大丈夫だろうし。ちゃんと説明できないんだけど…そういうことだから」
深夜は照れながら柚子葉に説明してくれた。
深夜自身も何と説明したらいいのか分からないようだが柚子葉は頷いた。
そして、卒業式の当日。
深夜はクッキーをクラスの連中に配っている。
最初は女子のグループに、そしてそれから男子のグループに。
女子からはお礼を言われ、男子からは何やらからかわれているようだ。
深夜は笑顔でクラスメイトと話している。
それを見て柚子葉は笑みを浮かべた。
翔は深夜を見ながら首を傾げて柚子葉に話しかけた。
「山下は深夜が何で配ってるか知ってる?」
「え?」
「何言ってるの、前田。さっき山上が言ってたじゃない、『ホワイトデーのお礼』だってさ」
翔の疑問に柚子葉じゃなく真希が答え、その横で圭も頷いている。
だが、翔は腕を組んで考え込んだ。
「あいつと小さい頃から一緒だけどあいつがすることって何か意味があることが多いんだよ。そりゃいつもってわけじゃないけどああやって何か物を上げるときは、な。だから、山下は何か知ってるんじゃないかって思って」
「買いかぶりすぎ」
翔が柚子葉に聞くと傍に戻ってきていた深夜が答えた。
深夜は一つを翔に放り投げたあと席に座った。
「それお前の分な。で、さっきお前が言ったのは買いかぶりだよ。俺はそんなに考えてないって」
「そうかぁ?」
「そうだよ」
それから五人で話しているとチャイムが鳴り勇一が教室に入ってきた。
席に座った教室を見渡して勇一は口を開いた。
「みんな、おはよう。とうとうこの日が来たな。いろいろあったなぁ…」
「なんかもう終わったみたいなセリフ止めてくださいよ」
勇一の言葉に男子が反応して返事をした。
その言葉にクラス中から笑い声が零れた。
「…だな。それじゃあ今日の予定を伝える。まず…」
勇一が今日一日の予定を伝え始めた。
「そのぐらいか…。何かみんなのほうからあるか?」
「うちの代表って結局誰になったんですか?」
「ん〜…意外な奴だ。かといって予想外っていうこともない」
「なんですか、その微妙な答えは」
「まぁ、本番のときにな。よし、じゃあ体育館に移動する。向こうでは並び替えれるスペースはあまりないからなるべく出席番号順に並んで移動するように」
勇一の言葉を聞いて生徒達は廊下に出た。
廊下で一列に並び体育館に移動を開始した。
体育館の前にクラス毎に整列した。
深夜と柚子葉は出席番号が前後なので立ったまま話をしている。
「卒業式って長いのがなぁ」
「仕方無いじゃない」
「卒業証書とか答辞・送辞は別にいいんだけどお偉いさんの話が長いんだよな」
深夜の愚痴を聞いて柚子葉は苦笑いを浮かべた。
すると体育館のほうから何か音が聞こえる。
そして、体育館の入り口が開き前のクラスから体育館に入場していく。
深夜達のクラスも体育館に入場し、決められた場所に来るとクラス揃って着席した。
「一同、起立!」
松田の言葉で卒業式が開始された。