STORY25-3 『義理?』
深夜達は雫と途中で別れ二人で教室に戻った。
教室にはすでに戻っていた翔達が席に座って話をしていた。
深夜達に気づいた翔が深夜に顔を向けて話しかけた。
「よぉ、遅かったな」
「職員室に行った後、大竹のところにも顔を出したから」
「大竹先生の所にも?」
「あぁ。まぁ、流れ的にな」
それから五人で話してると勇一が教室に入ってきた。
勇一は教壇に立って教室にいる生徒に向かって声をかけた。
「それじゃあ、朝に続いて卒業式の練習を行う。お前らが早く終われば早く終わるから集中してやるように」
それだけ言って勇一は教室を出て行った。
生徒達も席を立って体育館に向かった。
深夜達は最後尾で話しながら体育館へ歩き出した。
体育館にはすでに椅子が並べられていて出席番号順に座った。
もちろん出席番号が前後の深夜と柚子葉は隣になった。
苗字が離れている真希・圭は前のほうに座っているが翔は深夜の目の前に座った。
なので、卒業式の練習中深夜は翔のほうに頭を寄せて何か雑談をしていた。
柚子葉も時々その雑談に加わった。
練習は卒業証書の授与に移った。
最初のクラスと最後のクラスがもらい方と歩き方の指導を受けている中深夜が柚子葉に聞いた。
「なぁ、普通卒業証書ってクラスごとにもらわないか?」
「そうだよ」
「は?でも、今練習してるのって最初と最後のクラスの奴だけじゃん」
「最初と最後は来賓にお辞儀とかするでしょ?だから、練習してるの。後のクラスは練習無しで本番の日にクラス代表が取りに行くことになってるから」
「ふぅ~ん。で、うちのクラス代表って誰?」
「植田先生は当日に言うって」
「当日に?」
「うん。そっちのほうが面白いだろって朝言ってた。それも当日の本番のときに初めて名前を呼ぶって」
「…面白いってそういう問題じゃないだろ。何考えてんだか。で、その代表ってどうやって決めるんだ?」
「他のクラスは知らないけど私達のクラスは投票したよ。深夜が来る前に」
「へぇ~。俺じゃないことを祈ってるよ」
深夜の言葉に柚子葉も苦笑いを浮かべた。
卒業証書を練習無しでもらうだけでも珍しい。
それに加えて本番の日に初めて自分がクラス代表だと聞かされる。
確かに自分ではないことを祈りたくなるのも分かる。
そのまま卒業式の練習は続けられた。
予定では30分だったが結局一時間に延長になった。
卒業式の練習が終わるとクラスに戻りHRがあった。
HRが終わると深夜はカバンを持って柚子葉に声をかけた。
「柚子、帰ろうぜ」
「うん」
深夜と柚子葉は連れ立って教室を出た。
帰り道を歩いてて深夜は柚子葉に話しかけた。
「柚子は免許取らないのか?」
「免許って車の?」
「あぁ。まだ車校に通ってないだろ?取らないのか?」
「…怖くて」
「怖い?」
「私のお父さん事故で死んだって言ったでしょ?あれ交通事故なの」
「そうだったのか…。だから、車が怖いのか?でも、姉貴の運転する車とか普通に乗ってただろ」
「乗るのは怖くないの。でも…運転するのが。私も『いつか誰かを』って思うと怖くて」
「そうか。それも一つのトラウマかもな」
「深夜はどうするの?もう受験も終わったから取るの?」
「あぁ。免許があったほうがいろいろ便利だし。遊びにいく範囲も広がるだろ。車は姉貴達のを借りればいいし」
「いつから行くの?」
「あ~、なるべく早めに通おうと思ってる。柚子も一緒に通うか?」
「だから…」
「柚子の言うことも分かる。だけど、後々取ろうと思っても取れる時間がないかもしれないだろ?だったら今のうちにとったほうがいいだろ。それに教習中は隣に指導員がいるから大丈夫だと思うし。まぁ、無理することはないけど」
「…うん。考えてみる」
「あぁ」
それから二人の間には会話はなかった。
二人が保育園に着くとまだ迎えには早かった。
とりあえず深夜達は園長室に向かった。
すでに保育園で勤めている保育士とは深夜だけでなく柚子葉も顔馴染みになっているので二人が園の中を歩いても何も思わない。
園長室に入ると書類に目を通していた忍が顔を上げた。
「あら、早かったわね」
「今日は卒業式の練習だったから。悪いけどここで時間潰させて」
「いいわよ。…そういえば深夜大学はどうだったの?」
「ん?おかげさまで無事合格」
「そう。良かったわね」
「あ、そうだった。姉貴、これ少ないかなぁ」
「何?」
忍は深夜が開けたカバンを覗き込みその中からあるものを一つ取り出した。
「これチョコじゃない。どうしたの?」
「今日学校でもらったんだ。だけど、俺あんまり食べないから園児達に配ったらどうかなと思って」
「あんた最低ね」
「うるさい。それよりどうなんだよ。やっぱり少ない?」
「そうねぇ…。やっぱり足らないわよ、これだけだと」
「だよなぁ。やっぱり家に持って帰るか」
深夜はそういってカバンのチャックを閉めた。
忍も椅子に座りなおして深夜に話しかけた。
「それにしてもあんた一体どうしたの?」
「何が?」
「そんなにチョコもらうなんて珍しいじゃない」
「俺も驚いてるよ。まぁ、ほとんどが義理だろって話をしてたんだ」
「義理?」
「あぁ。俺今年になってからクラスの奴らに勉強を教えてたからそのお礼じゃないかって」
「そういうことね」
「姉貴も勇兄にチョコあげるんだろ?」
「もちろん。まだあげるわよ。子供ができたらどうなるかわからないけどね」
「…かわいそうに。帰ったら胃薬用意しとかないと」
「それどういうことかしら?」
「そのままだけど?いつだったかなぁ、勇兄がバレンタインの次の日に腹壊したの」
「え?そんなことあったんですか?」
深夜と忍のやりとりを聞いていた柚子葉が話に割り込んできた。
深夜は柚子葉のほうに体を向けた。
「あったんだよ。マンガとかじゃなくて現実にな。あれはチョコって言えない」
「…どんなものだったの?」
「柚子なら分かるだろうけどチョコを溶かすのってどうする?」
「湯せんをするけど?」
「どこかの誰かさんはフライパンにチョコを入れたんだ」
「…え?」
「フライパンにチョコを入れたんだよ。もう溶かすっていうより炒めたっていうほうが正しいな」
「ま、まさかそれを?」
「当然。作った本人は味見してないからそのまま勇兄の口の中に。勇兄も律儀に食べなくてもいいのにな。あんなもん見ただけで毒って分かるだろうに」
「…仕方無いじゃない。作り方なんて知らなかったんだから」
「作るなら調べろよな」
忍の昔の話を聞いて柚子葉は苦笑いを浮かべるしかなかった。
それから少し話をしたあと、忍に了承を得て園児達のところに向かった。
深夜と柚子葉が顔を出すと園児達が駆け寄ってきた。
保育士も笑顔で二人を迎えてくれた。
柚子葉は女の子の園児を一人膝の上に乗せて本を読んでいたが気がついたら女の子は寝ていた。
そこに一人の保育士が近づいてきた。
「寝ちゃった?」
「そうみたいです」
柚子葉は女の子の頭を起こさないように優しく撫でた。
それを見ながら保育士は柚子葉に話しかけた。
「確か柚子葉ちゃんは保育士になりたいんだったよね?」
「はい。やっぱり秀太の影響ですかね」
「柚子葉ちゃんならいい保育士になるわよ。園児達もよく懐いてるし」
「そういってもらえると嬉しいです」
柚子葉と保育士が話してると寝ていた女の子がもぞもぞと動いた。
柚子葉が女の子の顔を覗き込むとゆっくりと目が開いた。
「あら、起きちゃったみたいね」
「ええ。まだ眠たい?」
「…うん」
「じゃあ、あっちで寝ようか」
柚子葉が優しく問うと女の子はコクッと頷いた。
というよりまた意識が夢の中に入っていったというほうが正しいかもしれない。
すでに女の子からは寝息が聞こえる。
柚子葉と保育士は顔を見合わせて笑みを浮かべた。
先に保育士が部屋の隅に布団を用意し、用意が終わった後柚子葉が女の子を布団に寝かせた。
そこに深夜が近づいてきた。
「寝たのか?」
「あ、うん。深夜、どうしたの?」
「もうそろそろ帰らないかって相談しに。どうする?」
柚子葉が時計に目を向けるとすでに4時を回っていた。
柚子葉は深夜の顔を見て頷いた。
「そうだね。もう4時過ぎたし帰ろうか」
「ん。じゃあ、園長室に戻ろう。荷物取ってこないと」
深夜と柚子葉は部屋にいる保育士に帰ることを伝え園長室に向かった。
忍はまだ書類に目を通していた。
「姉貴、俺達帰るから」
「え?あら、もうこの時間なの」
「なんか忙しそうですね」
「ううん、そうでもないわよ。じゃあ、また後でね」
深夜達は荷物を持って園長室を出た。
玄関にはすでに帰り支度をしている秀太が立っていた。
二人は秀太に近づいてそれぞれ手を握った。
三人が手を繋いで帰っていく姿を保育士は笑みを浮かべて見送った。