STORY25-2 『そこまであいつ人気あるのか…』
机の上に置かれていったチョコを深夜はカバンに入れながら呟いた。
「なんで今年はこんなことになったんだろ…」
深夜の呟きに柚子葉達が答えた。
「だって、去年と違って深夜クラスに馴染んだからじゃない?」
「それだけでこんなにもらえるものなのか?他の連中には配ってないみたいだし」
「前田は元々モテルからねぇ。去年も結構もらってたよね?」
「まぁね。家に帰って食べるのが大変なんだよ。結局は親に食べてもらってるし」
「で、なんで今年は俺こんなにもらってるわけ?」
「山上は勉強を教えたからじゃない?多分その義理だよ」
「…俺こんなにいらないんだけど」
深夜は本当に嫌そうに呟いた。
真希と圭は言わなかったが本当の理由は分かっていた。
実は今クラスの中で深夜は人気が高い。
前までは『不良』や『怖い』というイメージがあったので誰も好んで声をかけようとは思わなかった。
だが、今年から深夜がそんな男子ではないということが発覚した。
話しかければもちろん話し返してくれるし、勉強も出来るしスポーツもできる。
そして面倒見もいい。クラスメイトが困っていれば何気なく助けたりもしている。
もちろん柚子葉という彼女がいるのは分かっているので誰も告白はしない。
だが恐らくあのチョコの中には本命に近いようなものがいくつか入っているのは間違いないだろう。
柚子葉も恐らく気づいているはずだが何も言わない。
だから、真希と圭も下手に何も言わなかった。
何も知らない深夜は翔と何か話しながら全てのチョコをカバンに入れ終わった。
真希は深夜に話しかけた。
「山上、そのチョコどうするの?」
「そうなんだよなぁ…。姉貴にあげようかな。いや、保育園で配るっていう手もあるな。でも少ないかな」
「うわぁ…、最低」
「あのなぁ…いくらなんでもこれを一人で処分しろっていうのが無理だって」
「食べれない数ではないでしょ?」
「俺甘いものってあんまり食わないんだよ。一気に食えっていうほうが無理。やっぱり姉貴にあげるか。そういやまだ欲しい人からはもらってないなぁ」
深夜はそういって柚子葉のほうに顔を向けた。
柚子葉は笑みを浮かべた。
「まだ家に置いてあるの。今冷やしてるから今日家で渡すね」
「あぁ。楽しみにしてるよ」
深夜は今度は嬉しそうに微笑んだ。
それを見て真希と圭は顔を見合わせて笑みを浮かべた。
『こんな顔をさせるのは柚子葉だけ』ということを改めて実感させられたからだ。
そして、昼休み。
深夜達は昼食を取るために食堂にいた。
深夜は口に料理を入れながら愚痴った。
「ったく。30分ぐらいなら朝に続けてすればいいのに」
「30分で終わらない可能性もあるから昼休み取ったんだろ」
深夜の愚痴に翔が答えた。
だが、翔の顔からも『面倒臭い』という感が感じ取れる。
食事を終えて教室に戻る途中で深夜が違う方向に歩き出したので柚子葉が話しかけた。
「深夜、どこ行くの?」
「職員室。まだ報告してなかったし」
「あ、私も行っていい?」
「あぁ」
深夜が頷いたので柚子葉も立ち上がった。
真希達は先に教室に戻るということなので深夜と柚子葉は二人で職員室に向かった。
職員室に入ると松田の姿が見えた深夜達はそちらに向かった。
近づいてくる深夜達に気づいた松田は笑みを浮かべて話しかけた。
「大学合格したんだって?」
「何だ、もう知ってたんすか。一応報告に来たんすけど」
「まぁな。これで後は卒業を待つだけか」
それから少し話をして深夜達は職員室を出た。
廊下を歩いていると前から知っている女生徒が歩いてきた。
「あ、久しぶり」
「よぉ。正月以来だな」
「雫ちゃん、久しぶり」
女生徒は雫だった。
雫が紙袋を持っていることに気づいた柚子葉が雫に話しかけた。
「雫ちゃん、それ何?」
「これ?チョコレートだよ。あ、山上君にもあげるね」
雫はそういって紙袋から一口サイズのチョコを取り出して深夜に差し出した。
深夜がそれを受け取るともう一つ取り出し今度は柚子葉に差し出した。
「これ柚子葉ちゃんにも」
「ありがとう」
柚子葉もそれを受け取り深夜達はその場で口に入れた。
「ん、サンキュ」
「ううん。じゃあ、私大竹先生の所に行くから」
「あ、丁度いいや。俺も行く」
「え?」
「大学合格したから一応大竹にも報告しておこうかなと思って。柚子も行くだろ?」
「うん」
「大学合格したんだ。おめでとう」
雫が言うと深夜は笑みを浮かべた。
それから三人で大竹がいるであろう準備室に向かった。
準備室に着くと深夜が先に中を覗いた。
準備室の中には予想通り大竹が一人で何か本を読んでいた。
深夜達が入ると音で気づいたのか大竹が本から顔を上げた。
「このスリーショットは珍しいな。何のようだ?」
「俺は大学合格の報告をしに。無事合格したから」
「そうか、良かったな。山下は?」
「私は深夜の付き添いです。暇だったから」
「じゃあ、伊集院は?」
大竹の質問に雫は答えずに紙袋からチョコを取り出して大竹に差し出した。
「今日バレンタインだからチョコを持ってきたんです。もらってくれますか?」
「もちろん。ありがたくもらうよ」
大竹はチョコを受け取って机の上に置いた。
それを見て深夜がからかうように大竹に声をかけた。
「いいのかな~、教師が生徒からチョコをもらって」
「いいんだよ。教師って言っても一人の人間だ。もらって何が悪い」
「べっつに~。教え子と結婚した教師に何を言っても無駄かなぁ」
「ゴホッゴホッ」
深夜の一言にコーヒーを口に含んでいた大竹は咽てしまった。
落ち着いた大竹が深夜に顔を向ける。
「な…」
「なんとか卒業式までは我慢したけど卒業式の日にその生徒の自宅までご訪問されたとか?」
「な、何でそこまで知って…」
「ノーコメント。なぁ、柚子?」
「え、そこで私に聞く?」
「や、山下も知ってるのか?」
「はい。聞きました」
「…聞いた?誰から」
「…お兄ちゃんが言いました」
大竹の疑問に雫が申し訳ないように答えた。
大竹は雫に顔を向け口を開いた。
「聖慈が?いや、でもどうして山上達と聖慈が知り合いになったんだ?」
「親同士が知り合いだったんですよ。で、正月の時に話してそのとき知りました」
「そ、そうか」
「でも、在学中は付き合ってないんでしょ?だったらいいんじゃないっすか?」
「…そういう問題でも無いんだよ。この学校でも知ってる人は少ないんだ。だから、他の生徒には言うなよ」
「分かってますって」
四人で話してるとそこへ足音が聞こえてきた。
四人がドアのほうに目を向けると書類を持って勇一が入ってきた。
「すみません、大竹先生…。山上達どうしたんだ?」
「俺と柚子は一応大学合格の報告をしに。松田にもさっきしてきた」
「そうか。なら、伊集院は?」
「私はチョコを持ってきました」
「今日はバレンタインだったな…」
「そういう植田先生こそどうしたんすか?」
「あ、そうだった。大竹先生、すいませんここなんですが」
「どうかしました?」
勇一が持ってきた書類に大竹が近寄った。
雫は二人の邪魔にならないように離れて深夜達に近寄った。
「ねぇ、山上君」
「ん?」
「学校では植田先生とのこと秘密にしてるの?」
「あ~、まぁな。さすがにバレたら不味いだろうし。『ひいきしてるんじゃないか』とか言われたら勇兄の立場が悪くなるだろ?だから、俺と勇兄のこと知ってるのは三人…かな」
「三人?私と柚子葉ちゃんともう一人は?」
「俺の幼馴染の翔」
「え?翔って前田君?」
「あぁ。知ってんの?」
「直接は話したことは無いけどクラスで人気あるから」
「あ~、そういえばあいつ結構人気あるもんな」
「私も一年の頃翔君と一緒の委員会だったんだけどいろんな人に言われたなぁ」
深夜と雫の会話を聞いていた柚子葉が会話に入ってきた。
深夜は柚子葉に顔を向けて声をかけた。
「言われた?何を?」
「えっと…妬みの言葉が多かったよ。一年の二学期には落ち着いたけど」
「そこまであいつ人気あるのか…」
三人で話してると話が終わったのか勇一が出口のほうに歩き出した。
それを見て雫が勇一に駆け寄る。
「あ、植田先生」
「ん?何だ、伊集院」
「これもらってください。せっかくなんで」
「いや、生徒からはもらわないことにしてるんだ。まぁ、教師からは付き合いでもらってるけど」
「いいじゃん、もらえば」
勇一が断ったのを見て深夜が勇一に話しかける。
勇一は教師の顔をしたまま深夜に顔を向けた。
「馬鹿言うな。一応俺は教師だぞ?むしろ注意する立場なんだ。まぁ、今日ばかりは見てみぬ振りはするけど」
「そこの先生はもらってたよ。だったら大竹もチョコをもらっちゃいけないんじゃないですかね」
勇一は深夜の言葉を聞いて大竹を振り返った。
大竹はバツが悪そうに頭を掻いて勇一に話しかけた。
「まぁまぁ。今日ぐらいはいいじゃないですか」
「大竹先生…。じゃあ、俺も共犯になりますか」
そういって勇一は雫からチョコを受け取って準備室を出ていこうとした。
出入り口の近くで深夜は勇一にしか聞こえない声で話しかけた。
「良かったじゃん。まともなチョコもらえて」
「…うるさい」
そういって勇一は準備室を出て行った。
勇一が出て行ったのを見て深夜は柚子葉に話しかけた。
「さて、俺らも教室に戻りますか」
「そうだね。雫ちゃんはどうするの?」
「じゃあ、私も戻ろうかな」
三人は揃って準備室を出て自分達の教室に戻っていった。