STORY23-1 『親が一番望むことって何だと思う?』
「おばさん、これどうしますか?」
12月30日。
深夜は柚子葉の家にいた。
柚子葉の家の大掃除を手伝うためだ。
現在三人で暮らしている柚子葉の家では力がある男手がいない。
そこで深夜が手伝いに来ているのだ。
「あ、深夜君。それいらないから捨てていいわ」
「分かりました」
深夜は持っていたゴミをゴミ袋に入れて袋の口を閉めた。
そこに柚子葉が近づいてきた。
「本当にごめんね、手伝ってもらって」
「いいって。こういうのは男手も必要だろ?俺のほうは終わってるし」
深夜はそういってゴミ袋を抱えて歩き出した。
その後姿を見た柚子葉も自分の持ち場に戻った。
掃除を続けている深夜に今度は恭子が近づいてきた。
「手伝ってくれてありがとう」
「いいえ。もう家のほうは片付いてるんで」
「そういえば深夜君のご両親は正月帰ってこないの?」
「まだ連絡無いんで多分帰ってこないんでしょ」
「そう…。忙しいのねぇ」
「正月はパーティが多いんで仕方無いです」
「え?パーティ?」
「あれ?柚子から俺の親父の仕事聞いてないんですか?」
深夜は掃除をしている手を止めて恭子に顔を向けた。
恭子が頷いたのを見て深夜は柚子葉が気を利かして教えてないんだろうと分かった。
「俺の親父は社長なんですよ」
「え!?」
「山上グループって知ってますよね?」
「ええ…。まさかとはおもうけど」
「そのまさかです。俺の親父は山上グループの本社の社長です」
深夜はご飯のメニューを教えるかのように喋った。
が、聞かされた恭子はそんな考えたことのないことを聞いて驚いている。
そこに柚子葉が顔を出した。
「どうしたの?」
「あぁ、俺の親父が社長だってことをおばさんに伝えたんだよ。お前気を利かしてくれたんだろ?」
「言っていいのか分からなかったから。言ってよかった?」
「まぁな。でも、他の人にホイホイ言われるのは困るけど」
深夜と柚子葉が話してると恭子が柚子葉に話しかけた。
「柚子葉はいつから知ってたの?」
「えっと、去年の春過ぎかなぁ。深夜と話すようになってすぐだったよ」
「あ、おばさん。ちなみにもう一つすっごい重い事実があるんですけど聞きます?」
「重いってどのぐらい?」
「う~ん、人によっては俺の見る目が変わるぐらい重いです」
「そんなに?…それ柚子葉は知ってる?」
恭子は柚子葉のほうに顔を向けた。
柚子葉が深夜のほうを向くと深夜が頷いたので何のことか分かった。
「うん。あのことなら聞いてるよ」
「それ聞いて柚子葉はどう思ったの?」
「最初はビックリしたけど特に何も思わなかったよ。だって、深夜は深夜だし」
「そう…。深夜君、聞かせてくれる?」
「いいですよ」
深夜はフゥーと息をついて口を開いた。
「俺、親父とお袋の本当の子供じゃないんです」
「…え?」
「俺拾われた子供なんですよ」
深夜はこれもさらっと口に出した。
恭子は口を開けたまま呆然としているが深夜は続ける。
「役所に出してる俺の誕生日は親父に拾われた日だしこの名前も深夜に拾われたから親父がつけた名前です。もしかしたら本当は柚子よりも年上かもしれないし逆に年下かもしれないんです」
「…それは重いわね」
恭子の零した言葉に深夜は苦笑いを浮かべた。
柚子葉も苦笑いを浮かべて恭子に話しかけた。
「やっぱり今聞いても重いね。でも、深夜の年の話は始めて聞いたけどそうなの?」
「あぁ。ま、もしかしたらっていうレベルの話だけど。手を止めてすいませんでした。掃除に戻りましょうか」
そういって深夜はまた手を動かし始めた。
続けて柚子葉も先ほどまで掃除をしていた場所に戻っていった。
恭子も深夜の近くで掃除をしていたがふと思いついて深夜に話しかけた。
「ねぇ、深夜君」
「なんですか?」
深夜は手を止めて恭子のほうに顔を向けた。
恭子は深夜が顔を向けたのを確認して続けた。
「どうして私に教えてくれたの?」
「え?」
「その…拾われたって話」
「どっちにしろいつかはおばさんにも話しておこうと思ってたんです。その…娘を持つ親の立場からしたら彼氏が俺みたいな奴ってどうなんだろうと思いまして」
「どういうこと?」
「やっぱり拾われた子っていうのは嫌なんじゃないかと…」
深夜は最後のほうは自信がなさそうに話した。
恭子はそんな深夜の姿に笑みを浮かべて深夜に話しかけた。
「深夜君」
「はい」
「親が一番望むことって何だと思う?」
「…」
「どんな親でも一番望むのは子供の幸せだと思う。今柚子葉が幸せなら私は何も言わない。将来のことなんて誰にも分からないでしょ?絶対に不幸せになるっていうなら反対するけど深夜君ならそんなことないと思う。もしそうなってもどうにか柚子葉を幸せにしてくれる気がするの」
「…すごいプレッシャーを感じるんですけど」
「そりゃあ娘の彼氏ですもの。少しはプレッシャーを感じさせないと」
恭子の言葉に深夜は困ったような笑みを浮かべた。
恭子も笑みを浮かべてまた掃除に戻った。
掃除に戻って数分してから深夜は手を止めて恭子に話しかけた。
「おばさん」
「どうしたの?」
「お願いがあるんですけど…」
「お願い?」
「もし、俺が大学に合格できたら…柚子と一緒に暮らしたいんです。今の俺の部屋で」
「え?」
「今もほとんど同じようなものなんですけど…。それでも一緒に暮らしたいんです。その先も考えて」
「その先っていうのは結婚ってこと?」
「はい」
恭子は深夜の言葉を聞いて考えた。
そして、答えが出たのか深夜に話しかけた。
「深夜君、柚子葉をお願いね」
「じゃ、じゃあ?」
「ええ、いいわよ。深夜君なら任せれるから」
「ありがとうございます!」
「ただし、深夜君が言ったとおり大学に合格したらね?」
「はい、それはもちろんです」
「いつ柚子葉に言うの?」
「えっと…いま考えてるのは卒業式の日に。まだ勇兄達にも相談してないですし。ただ卒業式の日ならもう大学の結果も出てますしいい機会だと思うんですけどどうですか?」
「ええ。それでいいわ。柚子葉には深夜君から言うんでしょ?」
「はい」
「そのためにも入試頑張ってね?」
「はい!」
深夜は嬉しそうに笑みを浮かべて掃除に戻った。
恭子も笑みを浮かべ掃除を続けた。
掃除を再開して数分後、恭子が食事の仕度をするということで部屋から出て行った。
変わりに柚子葉が深夜のいる部屋に来て二人で掃除をすることにした。
柚子葉が来てすぐに深夜はあるものを見つけた。
「柚子」
「どうしたの?」
「これ」
深夜に柚子葉に向けてあるものを差し出した。
柚子葉は深夜が差し出したものを手に取って見た。
それは恭子、柚子葉、それに男性が写った写真だった。
それを見た柚子葉は懐かしそうな笑みを浮かべた。
「懐かしい…」
「これおじさん?」
深夜は柚子葉が見ていた写真に写っている男性を指差した。
柚子葉が頷いたのを見て深夜は感想を述べた。
「初めてみた。…優しそうな人だな」
「うん。怒られた記憶は少ないなぁ」
「そっか」
そこに恭子が二人を呼びにきた。
恭子は二人が写真を持っているのに気づき近寄ってきた。
「あら、懐かしいわね」
「おばさんたちってどこで知り合ったんですか?」
深夜の質問に恭子は昔を思い出すように答えた。
「私が勤めていた病院で出会ったの。あの人は薬品会社に勤めてて、そこで会って話して付き合うことになったの」
「そうだったんですか」
「…さ、ご飯にしましょう」
恭子は写真をタンスに戻してまた部屋を出て行った。
深夜と柚子葉もリビングに出ると机の上で4人分の昼食が並んでいた。
食事をしてまた掃除を再開した。
掃除の間秀太は深夜の近くにいた。
それを見て深夜は秀太を呼んだ。
「秀太、これをママのところに持って行ってくれ」
「うん!」
「重いから気をつけろよ」
「だいじょうぶ!」
秀太はフラフラしながら深夜に渡されたものを恭子のほうに運んでいく。
柚子葉は秀太を手伝おうとしたが深夜に止められた。
理由を聞くと深夜は昔を思い出すように答えた。
「俺も小さい頃そうだったけどこういうときって何か仕事が欲しいんだよ。だから、ああやって秀太にも仕事を回して戻ってきたら褒める。で、また簡単な仕事を与える。こうやったほうが自分も役に立ってるって思えるだろ?」
深夜の答えに柚子葉は感心してしまった。
自分も小さい頃ってそうだったのかと掃除の合間に恭子に聞くと恭子は笑顔で頷いた。
「ええ。それに秀太が生まれたとき柚子葉覚えてるでしょ?」
「覚えてるけど?」
「オムツとか持ってきてもらったりしたでしょ?それもそうなのよ。柚子葉は大きかったけど子供が小さい時って自分にかまって欲しいでしょ?だから、オムツ持ってきてもらったりすると自分が世話してるって気分になるから弟や妹の面倒をよく見るようになるのよ」
恭子の言葉に柚子葉は思わず頷いた。
そういう風に思ったことは一度もなかったので感心してしまったのだ。
そんな柚子葉を見た恭子はゆっくりと微笑んだ。
「柚子葉も自分の子供を持ったら分かるわ」
「そうかなぁ」
「そうよ。最初はみんなわからないことだらけ。でも、育児って子供を育てることだけじゃなくて子供からも教わることがたくさんあるのよ。まぁ、柚子葉にはまだまだ先の話だろうけど」
恭子はそういって掃除を再開した。
柚子葉も恭子の隣で掃除を始めた。
一通り掃除もひと段落したときにはすでに日が暮れかけていた。
恭子は夜勤があるので仕事に出かける準備を終えた。
「それじゃ行ってきます」
「あ、はい。行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい」
恭子が仕事に出かける前に深夜と柚子葉に声をかけた。
二人とも秀太を連れて玄関まで出てきた。
恭子は二人を見て微笑んで仕事に出かけた。
歩きながら恭子は娘と娘の彼氏について考えた。
改めて二人を見ると本当にお似合いだなと恭子は思った。
柚子葉だけ、そして深夜だけを見るとなかなか付き合ってるとは思いにくい組合わせだとは思う。
だが、二人揃うとお似合いになる。二人でいるのが自然に思える。
そういう組合わせだと思う。
娘がそういう人に出会えて本当に良かったと思える。
恭子は自分が夫に出会ったときのことを思い出した。
周りからは最初反対されたが結婚するときには『お似合いだね』と言われた。
娘達もそうなって欲しいと思う。秀太も将来そういう人に出会って欲しいと恭子は願った。