建前
俺が彼女が俺と同じだと思った理由はただ一つ、できるだけ人と交際することを避けようとしていたということだ。あの症状は誰にも理解されない騒音問題を抱えていることと同じことだ。できるだけ人の近くには寄りたくない。それだけではない。彼女が皆とうわべっつらの関係を続けようと思ったのは仲良くなればなるほど、その人の裏の顔を見ることによる失望や自身だけ相手の本心をわかっているという後ろめたさが生じるからだ。
「建前って何?これが心から私が思ってることだよ。私は君のことをただの間抜けとしか思ってないよ。」
「うん、でもそれは君の本心じゃない。君も内心は気づいているはずだ。俺は最初からそう思ってここに来たんだから。君は俺の心が読めるんだろ。なのに君はそのことに触れようとしない。それが何よりの証拠だよ。」
彼女の顔色が嘲笑から焦燥へと変わっていく。
「君は辛かったんだね、こころの声を聴くのが。それはよくわかるよ、俺だってそうだった。そして君は人の醜さに諦観したんだ。このままでは自身が壊れてしまう、それを避けるために本能が君の心を壊したんだ。そして君は心の声を聴くと反射的に人と接するようになった。つまり相手との摩擦をできるだけ避けつつも、あと一歩を絶対に踏み込ませないような交際をしたんだ。そう、もはや君は建前でしか話せなくなってしまったんだ。その原因もわかってるよ。君になくて僕にあるもの、声を聴くかどうかの調節機能の有無だね。」
俺も過去にこの症状に苦しんだ時期があった。人を信じられなくなり、他人にも自分にも嫌になっていた。だが、俺は幸いなことに耳を触れば、その症状を消せることに気づいた。そのおかげで、俺の自我は保ててきたのだ。しかし彼女は不幸なことにそのことにきづけなかったのだろう。
「そして今、君が僕に対していってることも建前だよね。君はこれ以上深くまで自分のことを知られた相手と関わりたくないんだ。だから敵意を向けることによって距離をつくろうとしているんだよね。」
俺の目の前にいるのは敵じゃない。ただのか弱い女の子だ。それも大きな傷を負ってしまっている。それでも必死にあがいて頑張ってる人を嫌いになんてなれないよ。これが僕の本心だよ、中井さん。
「君は憎い男だね、山倉君。目の前の敵が見えなくなちゃったじゃんか。」




