こっち向いてレディ!
俺はとにかく、あいつの事が好きだった。
「俺、お前のこと、好きだ」
幾度となく繰り返してきたこの言葉。
だが残念なことに本人に言っている訳ではなく、その相手は家で買っているでっぷりとした犬である。
勿論、俺が本気で犬の事が好きなんて訳ではない。
……これは、練習なのだ。(犬が退屈そうにため息をついた)
そう自分に言い聞かせていると、それを毎日のように見ている双子の弟、柊がまたかと言いたげに俺を見る。…かと思えばすぐに目をそらした。まるでいけないものでも見てしまったかのように。
…失礼な。いや、俺も犬に告ってる奴なんて見たら思いっきり引くけど。
「お前その目やめろ、心臓が痛い」
「…蓮斗が一番痛いと思う」
「玲奈を見てても心臓が痛いんだ…」
「聞けよ馬鹿兄貴」
さて、申し遅れたがここで自己紹介でもしよう。
俺の名前は神崎蓮斗、同級生の速水玲奈に密かに恋する極一般的な男子高校生である。
いや、一般的と言うと少し語弊があるかもしれない。俺と柊の神崎兄弟といえば、俺の通う学校では"イケメン双子"として割と有名だった。(自分で言うのもなんかアレだが)
「それにしても蓮斗も、毎晩よくやるよな」
「俺だって本人に言いてーよ、でも無理だろ!告白とか何なんだよ!助けて柊」
「気持ち悪いから服掴まないで蓮斗、なんか移りそう」
「なんかって何が」
「……馬鹿とか?」
そして弟は今日も変わらず辛辣である。
俺はとにかく、あいつの事が好きだった。(そして冒頭へ戻る)
俺が手を離したと同時にごろりとベッドに寝そべった柊は、いかにも退屈してますみたいな顔であくびをして見せた。おいキャシーと同じ事すんな。
「お前…実の兄がこんなに思い悩んでんのにつめてーな…」
「早く告白すりゃ良いじゃん」
「それ言うか!?…もっとだな、他にこう…慰めるとか、優しい言葉とかそういう…労り…みたいなのはねえの?何か他に、俺に言うこと。」
「……明日は軌道的に、地球が一番月に近付く日らしいよ」
「いや、ちげーよ!なんでもいい訳じゃねえ…し、何で月?」
「いや、チャンスかなって思って」
「月へ帰れってか」
返事は無かった。
小さくいびきが聞こえたため寝ている事はすぐに把握出来たのだが、このタイミングで寝るとか悪意があるとしか思えない。
これ以上コケにされるのは兄としてどうなんだろう。
明日こそ絶対言う、なんて頭の隅で宣誓しながら俺も目を閉じた。
次の朝。俺は最寄駅のホームで玲奈を見つけた。うん、あんな遠くにいるのに玲奈だってわかる俺が恐ろしい。
玲奈もふとこちらに気付いたのか、にっこりと微笑みながらこちらに走ってきた。何だこの子可愛い。
俺は心臓が飛び出さないように唾を飲み込むと、「…はよ」と小さく呟いた。(素っ気な!うわあ!俺のばかああああああ!!!)
「うん、おはよう蓮斗くん。1人なの?」
「…あ、柊は今日、日直だから。早く出てった」
「なるほど…、蓮斗くんと柊くんは二人で1つって感じだから、やっぱり寂しい?」
だろうなあ、とそう悲しげに微笑む玲奈に何だかきゅんとしてしまった。あと玲奈の友達って誰だ羨ましい。(野郎だったらぼこす)
「じゃあ、私友達待たせてるし…
そろそろ行かなきゃ。また学校でね、蓮斗くん」
「お、う」
あああ可愛い。本人を前にしてそんなだらしない事をずっと考えていた俺は、(暫く放心していてそんな微妙な返事しか出来なかったが)数秒経ってからようやく我に帰った。
(今のチャンスだったのに!馬鹿か俺!好きって言ってねええええぇえぇ!!!)
こっち向いてレディ!
(が、学校行ったら絶対言う、着いたら絶対言うから。俺本気出すから…!)