表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

倉梨ちゃんのお宅を訪問しよう

「『能力症』だよ……これは」

私の消えた両手を見ただけで、その箇所には一切合切触れていないというのに、蒼巳君は私の両手の症状をそう言い当てた。

「『能力症』?……それってあの『能力症』ですか?」

虎のマスクを被ったメイドの女の子(?)が蒼巳君に確認をとるようにそう訊いた。

蒼巳君の計らいで、この部屋には私を含め三人しか存在しなかった。

言わずもがな、私、蒼巳君、メイド虎顔さんの三名だ。

他の人たちは私の部屋から出てもらっている。

どうして出ていってもらったのか、その理由は蒼巳君から訊いておおよそ納得できたけれど、しかしこの虎顔さんを残した理由については説明を受けたけれど納得できなかった。

あの理由ならば紅糸さんの方が適任ではないのだろうか?

少なくとも私は紅糸さんのことを知っているのだから。

このメイド虎顔さんに至っては誰かもわからないし、それにマスクの造形がリアルに完成されていて若干高校生の私でも恐怖を覚えてしまうのだけれど。

「ひまわりはどうやら『能力症』について知識があるようだね。日和さんは『能力症』って訊いたことあるかな?」

「聞いたことないんよ」

そういう専門用語は聞いたことがない。

しかし言葉の響き、ニュアンスでそれが何を指しているか私は理解した。

それでもそこまで蒼巳君に見破られるのは、本当に恐ろしいことなので私はあえてとぼけてみせることにした。

「医学用語か何かなん?」

「いや。医学用語じゃないよ。あんまり知られていない専門用語なんだけれど、まあ一般人は知らなくて当然か……」

一般人なら知らなくて当然……それならばそれを知っている蒼巳君はいったい何者なのだろうか?

傷を治すことが出来る珍しい能力を持ったお人好しの高校生。

私が持っていた蒼巳君のイメージは上記のものだったけれど、それを改める必要があるかも知れない。

傷を治すだけの能力じゃない。

得体の知れない能力を、蒼巳君は有していると考えて間違いない。

「『能力症』……読んで字の如くだけど、その名の通り新たな能力によって引き起こされる症状だよ。呪いのような能力にかかった場合使われたりするんだ」

呪いのような能力……しかし私のこの両手の事象はそれではない。

それは私が、私自身がよく知っていた。

何故ならば、今私の両手が消えてしまっているのは、私が失敗したことが原因なのだから。

「突き詰めて言えば、僕の治療も『能力症』の一つと定義できなくはない。能力によって傷が治されるんだからね。見方によればそう捉えられなくはないのだけれど、プラスイメージが強いからそういう見方はされないんだけどね」

「それじゃあ、日和さんの両手は誰かが能力によって消し去った、というのが正しいんですか?」

虎顔さんが蒼巳君に訊いた。

その問いかけに蒼巳君は渋い顔で応える。

あぁ、やっぱり。

やっぱり蒼巳君は、理解しているのだ。

おそろしいぐらいに、下手すると私以上に異常にこの両手のことについて理解しているのだ。

「消し去った、というのは正しくないね。それにね、ひまわり。ひまわりは『能力症』という事象をどれぐらい見たことがある?」

「ほとんどないです。私自身見たこともないです」

「そう。他人に能力をかけ続けるっていうのは、実は結構難しいんだよ。否、珍しいといったほうがいいかな?新たな能力は発現した人の数だけその能力が存在する。まるで個性のようにね。でも他人に影響を与え続ける能力は非常に少ない。多種多様な能力を見てきた僕でも、呪いのような『能力症』は数える程度しか存在しなかった」

ここで、私はようやく蒼巳君が今話していることが前置きであることを理解した。

そうして続く言葉もおのずと導き出される。

よって私は思考しなければならない。

この程度のことで、私は追求をやめてはならない。

全ては一つ。

ただ一つの目的のため……その目的のため私は巧みに嘘をつかなければならなかった。

嘘は慣れている。

何故ならば、私にとって日常とは嘘を吐いて生きるのと同義であるから。

私は常に嘘を吐く。

他人に、友人に、家族に、…………そして自分に。

自分の心に正しく生きている時間など、刹那に等しい。

だからこそ、その正しい心を失わないために、

私はこの瞬間も嘘を吐く。

蒼巳君がこの現象を正しく言い当て、そして訊いた。

どうしてこのようなことが起きたのか。

私はそれに嘘で応えた。



世界はわからないことがあるから面白い、と僕はたまにそんなことを考えるのだけれど、しかしながらわからないことは面白いが不可解なことは全く面白くないのだから、これは不思議でしょうがない。

この世界はわからないことは勿論たくさんあり、そしてそれと同じぐらい不可解なものも存在した。

とりわけ、人の心というものは不可解なものである。

他人を理解するようのが異常に得意な僕でも、人の心というものを完璧には理解できない。

人の心は見えないから、人の心は聞こえないから、人の心は感じられないから、それを理解するのは到底不可能なのだ。

また人間とは嘘を吐く。

仮面を被るとも言う。

ペルソナ……人が被る心の仮面。

しかしここでペルソナなどと発言したものならば、真っ先に紅糸さんとひまわりはゲームの話に突入することは確定事項なので、言葉には絶対に出さない。

とにもかくにも、人の心というのはわからず、不可解なものである。

発端はひまわりである。

ひまわりのタイガーマスクはリアルだ。リアルなのだからその様はかなり怖い。

初対面の時紅糸さんが絶叫したぐらいおそろしい代物なのだ。

まあ実のところ、紅糸さんってかなり恐がりなのだけれど。

そんなタイガーマスクを被ったまま、いたいけな小学生女子と会うのは如何なものかと僕は思ったのだ。

故に、それを外すようにひまわりに言った。

言ったのだけれど、人見知りのひまわりはそれを外すことを断固拒否。

いや、ひまわりこの間公園に行ったとき、素顔で出ていったじゃん。

とか思ったので、そのまま思ったことをひまわりに伝えると、あの時は自分に注目はされていなかったからなんとかなったという。

……ひまわりの人に対しての苦手意識は何処まで行くのだろうか?

結局、僕とひまわりの意見は平行線になってしまい、そんなことを言い合っているうちに公園に着いてしまった。つまりひまわりのタイガーマスクを外すことなく公園に着いてしまった。

公園にはすでに待ち合わせをした小学生、由々敷倉梨ちゃんがちょこんと待っていた。

倉梨ちゃんは僕ら一団を見つけると花が咲いたように笑顔になりこちらに走り寄ってきた。

余程一人で待つことが心細かったのだろうか?

倉梨ちゃんは走ってきて、そして……ひまわりに抱きついた!

タイガーマスクのひまわりに抱きついた!

そして、

「しまじろうだぁ!」

ひまわりのタイガーマスクが受けていた。

いや、しまじろうそんなにリアルじゃないし、そもそも設定的に男の子のはずだし、メイド服着ていないし、といろいろ突っ込みを入れたかったけれど、この一言でまとめることにしよう。

いやはや、人の心……人の感性というものは不可解であると。


と、まあそんなこんなで倉梨ちゃんと合流を果たした僕らは、倉梨ちゃんの自宅まで案内された。

倉梨ちゃんの自宅はそこまで大きくなく、かと言って決して小さいわけではなく、一般的な一軒家であった。

丁度、夜仲さんの家と同じような、何処にでもある一軒家だ。

倉梨ちゃんが玄関の扉を開け、僕らを中に招き入れる。

紅糸さん、僕、ひまわりの順に倉梨ちゃんの後に続いたのだが、空だけついてこなかった。

「……空?」

「ちょっと待て。今確認作業中だから。……ふん。どうやらこの家に姉しかいないというのは本当のようだな。二階か」

「……空。何をしているのさ?」

「だから、確認作業だよ。俺への刺客がいないかどうか、能力を使って確認した」

「刺客って……」

空は誰かから追われていたりするのだろうか?

あ、世界脅威だから『正義』から追われているの確実か。とにかく一般人の家に訪れただけで能力を使って刺客がいるかどうか確認するなんて、空はいったい今までどんな生き方をしてきたのだろうか?

興味はあったが、それはパンドラの箱というか、とにかく聞けば引き返すことはできないもののような感じがしたので、僕はそれを聞くことはしなかった。好奇心は猫を殺すと。

けれども、まただ。

空は能力を使ったと言ったが、僕はそれをまた視認する事ができなかった。

大抵の能力はこの状態でも十二分に、その性質を判断できるのに、空の能力だけは未だにその姿が全く持ってわからない。

目に見えない能力なのは確かなようだけれど、使用用途が一つではないようだから、確信に至らないのである。

実際に現在までに見た空の能力は以下の通りである。

 ・紅糸さんの『でっかいパンチ』を喰らっても平気な能力(完全防御能力?)

 ・マンションの高層階に位置する僕の部屋のベランダにどうやってか、進入してきた能力(空を飛ぶ?空間移転能力?)

 ・この家の人間の数を把握する能力(察知系の能力?)

とまあ以上の通りなのだが、どれも能力が一致していないのだ。

これほど多彩な能力は…………まあ見たこと無いわけじゃないし、実際問題僕の方が多彩な能力を有しているけれど、とにかく空の能力は多彩なのだ。

type-Bの型ならば、空の能力の確信に至ることも容易なのだけど、もっと容易な手段は空に直接訊いてみることだ。

「空の能力っていったいどういう能力なの?」

「あ?何だ、藪から棒に」

「前から思ってたんだよ。空の能力は多彩だなぁって。紅糸さんの攻撃を喰らっても平気だし、僕のマンションの部屋には何食わぬ顔で入ってくるし、今だってこの家の人の数がわかったし……そういう能力なの?」

「まあ、そういう能力だな」

「……」

「……」

うん?あれ?若干のデジャブが……

これはあれだ。紅糸さんに『紬糸』の能力について尋ねた時と全く同じ展開である。

つまり僕は、多分能力のことを尋ねる時だけだと願いたいが、訊き下手だった。

また自己完結して、これ以上僕からは訊けない雰囲気になってしまった。酷く自己嫌悪を起こす僕。

「こいつの能力は『天断』というんだ」

紅糸さんが落ち込んでいる僕を見かねたのか、空の能力について解説を始めた。

僕はこの瞬間ほど紅糸さんに対して感謝の念を抱いたことはなかったかもしれない。

「『天断』はミナギンの言ったとおり絶対防御力、絶対攻撃力、空間把握力、地形適応能力等々の能力を持っているが、それらは全てあるものを操作できるが故の能力なんだ」

「あるもの?」

「『空気』だ。空気を固め、柔らかい壁を作ることで私の攻撃を無効化し、空気を噴出することでミナギンの部屋までひとっとびし、空気を流すことでその空間の構造などを把握する。割と応用が利いて便利な奴なんだが、いかんせん性格に難があるからな。あまり接したくないというのが澄渡空なのだ」

「お前も充分性格に難があると思うがな」

と、空が突っ込む。

成る程。空気を操る能力か。

道理で僕が視認できないはずである。元から目に見えないものを操る能力ならば、僕がそれを視認できるわけがなかったのである。

しかし、能力の型がわかったから後は視認するしないの問題ではなかった。

もう一度、空の能力の発動を見れば、僕は空の能力を完全に把握できるだろう。

もっとも把握出来たからといってどうこうする問題でもないのだけれど。

「えっと、お姉ちゃんに説明してくるのでちょっと待っててください」

いきなり僕らが訪問しては倉利ちゃんのお姉さんも驚いてしまうだろうということで、倉梨ちゃんが状況説明に向かった。

ふむ、両手が消えてしまう……か。

それがどういう状態か、その症状を見てみないことにはどうにも判断はつかないけれど、お姉さんの様子から判断するに外部的な力が加わってそうなった、というわけではなさそうだ。

怪我などでそうなってしまったならもっと騒ぐはずだし、否病院に行かなくては命に関わる。

両手がなくなったのは、怪我によるものではない。

おそらく能力によるものだ。

能力によるものだった場合、『時観』や『時戻』などよりもまずその能力についての把握を行うのが先決であろうと僕は考える。

つまり今の能力の型では対応が困難であるのだ。能力の型を変える必要がある。

でもなぁ、あまり紅糸さんやひまわりにこの能力を知られたくはないんだよなぁ(主に紅糸さん)。

絶対に言われる。

ある一言を絶対に言われる。

しかし四の五の言っていられる状況でないし、他人である倉利ちゃんに知られなかっただけマシと、ポジティブに考えるしかない。

「紅糸さん、ひまわり、空。実は僕は君たちに秘密にしておいたことがあるんだ」

「うな?いきなり何だミナギン?」

確かにいきなりではあるけれど、いきなり『ログ・パズル』を発動させるよりも、きちんと説明してから能力を変える方が混乱が少ないだろう。そういう理由から僕は自分の能力について、初めて紅糸さんたちに説明することにした。

「もしかしてロリコン宣言か?倉梨ちゃんがいなくなったからようやく宣言出来るという腹か?それで私たちに倉梨ちゃんにアタックするのに協力しろというわけか?」

「違う!」

どうして紅糸さんまでも僕をロリコンに仕立てあげようとするのだろうか?

陰謀か?国家的陰謀によって僕はロリコンに仕立てあげられてしまうのか?

「能力についての話だよ。僕の能力を直接的に説明したこと、なかったでしょ?」

「うな?聞いているぞ。ミナギンの能力は『時観』、『時戻』、それに『眠り病』だろう?」

「あぁ!?手前ぇ、世界脅威の『眠り病』だったのかよ!あの世界の終わりに最も近づいた『眠り病』かよ!」

しまった。

空にはまだ僕が世界脅威の『眠り病』じゃないことを説明していなかった。

「何だと!?ミナギンも世界が滅茶苦茶注目しているという世界脅威の一人だったのか!?」

紅糸さんにもまだ説明していなかった!

これは本当にしまった。まだ僕の能力を全くと言っていいほど説明していないというのに、場が混沌としてきた。

「違いますよ。観凪さんの『眠り病』は世界脅威の『眠り病』とは異なります」

おぉ、まさかのひまわりのフォロー。

そうだ。ひまわりだけには僕が世界脅威ではないことは伝えておいたのだ。

「観凪さんの知り合いのかたが『眠り病』だっただけの話だ」

そして余計なことまで暴露していた。

「何ぃ!世界脅威の『眠り病』と知り合いだと!あの存在すらも危ぶまれている『眠り病』と知り合いだと!」

「空……そのやり取り、もうひまわりとやったから」

「そいつ強いのか!?紹介してくれ!」

そのやり取りはひまわりとはやらなかったなぁ。

「僕も今じゃ、彼女に連絡取れないんだよ。そんなことよりも話を戻させてもらいたい」

「うな?何の話をしていたっけか?」

このメンバーの頭は鶏並なのだろうか?

ちょっと話がずれればもう忘れてしまうのだろうか?

「僕の能力の話だよ」

「うな。そういえばそんな話だったな。だが、ミナギン。もう一度言うが、私はミナギンの能力について説明を受けているぞ。『時観』、『時戻』はミナギンから聞いたわけではないが、しかし全ての能力について認識していることには間違いない」

「俺は観凪の能力についてほとんど知らんがな」

「うっさい。お前は黙れ。いちいちお前に説明している時間などない。フィーリングで何とかしろ」

紅糸さんの空に対する態度はとても棘があった。

しかし紅糸さんの言うとおり、空に一から説明している時間はない。

僕の能力は出来ればあまり多くの人に知られたくないのだ。

僕は傷を治すが、便利屋ではないのだから。

「とにかく、私はミナギンの能力を正しく全て認識している」

「その認識が間違っているんだよ」

「うな?」

「『時観』も『時戻』も、そして『眠り病』も僕がある能力を有しているから使用できる能力なんだ」

「うな?うな?」

「僕の能力は他人の能力を捉え、それを使えるようにする能力。要はコピー能力なんだ」


僕の両親は……両親と呼べる人間はこの世に二人いた。

蒼巳観弦アオミミツル蒼巳凪アオミナギ

僕に家族愛と無償の愛を教えてくれたのが、紛れもない、この蒼巳夫妻だった。

僕と蒼巳夫妻は血が繋がっていない。

だから他人から観れば、それは血の繋がらない他人が始めた家族ごっこなのかもしれない。

けれども、僕は、僕にとっては、蒼巳夫妻はかけがえのない両親だった。

血の繋がらない、しかし血縁以上に深く結びついた家族だった。

僕と蒼巳夫妻がどのように出会い、そしてどのように絆を深めたのか、それはいずれ語るときがくればいいのだが、とりあえず今はそれを語る時ではない。

蒼巳夫妻は二人とも『新たな能力』を使うことが出来た。

蒼巳観弦が『時観』、蒼巳凪が『時戻』の能力を有していた。

『時観』……過去の事象を読観解くことが出来る能力。

『時戻』……物体の時間を戻すことが出来る能力。

一つでも有用なその力だけれど、彼らは力を合わせることで更に人の役に立つ能力に仕立てた。

それが治癒の能力だった。

『時観』の力で傷がついてしまう前の状態を視認し、『時戻』の力でその状態まで戻す。

『時観』の力だけでは傷を治すことは出来なかったし、『時戻』の力だけではどの状態まで戻していいかわからなかった。

蒼巳観弦と蒼巳凪が力を合わせたからこそ生まれた能力。

だから僕はこの二つの能力を『二人の世界』と名付けた。

僕の両親の能力だから……

僕の両親の能力をコピーした能力だから、そう名付けたのだった。

まあ、しかしだ、実際名付けてみたところ、恥ずかしくてあまり公表出来ていなかったりする。

自分でもネーミングセンスがないことは自覚している。

だからこの二人の能力を『二人の世界』と名付けてみたものの、その能力名を知っているのは、この場にいる紅糸さんとひまわりだけだった。

さてここで話が戻る。

そう、僕の能力の話である。

僕の能力は『ログ・パズル』という。

僕が出会い、認識した能力をコピーし使用できる能力。

ある程度なら能力を改変して使うことが出来る能力。

正にアレである。自らは言うつもりはないが。

一時期はあまり考えず、能力を考えず記録してきたのだけれど、記録し続けたその先に、僕は自分の能力の限界を観た。

僕が記録できる能力は無限ではなかった。

否、言い方が悪かった。

一片に使用できる能力が無限ではなかったのである。

能力にはそれぞれ容量があった。

MBメガバイトGBギガバイトで表せるものではないけれど、コンピュータのHDハードディスクやファイルなどの関係を思い浮かべてもらえば、想像しやすいと思う。

僕の能力が許容できる容量をHDと捉え、コピーした能力をファイルと考えてもらいたい。

僕のHDはどういうわけか常人とは比にならないほどの容量を有していたのだけれど、それでもやはり限界というものが存在したのだった。

限界を観た僕は、記録した能力を整理することにした。

コンピュータに例えると、フォルダ分けして、圧縮したようなものだ。

普段使用しているフォルダは『TYPE-A』。

『TYPE-A』には『時観』『時戻』の『二人の世界』に、『眠り病』が格納されている。

『TYPE-A』の能力はどれも容量が大きい。そのため三つまでしか能力が組み込めなかったし、『眠り病』にいたっては能力の改変が必要だったほどである。

『TYPE-A』は僕が僕であるための能力である。

この能力によって、この能力を有しているからこそ、僕は僕という個を確立できているのだ。

だから、滅多なことがなければ他の型に変えることはしない。

今回は滅多なことなので、他の型に変えるのだ。

さて、僕の能力の話はこれぐらいにして、紅糸さんたちである。

紅糸さんは僕の能力がコピー能力だと聞き、しばらくは開いた口がふさがらない状態だったのだけれど、やがてその状態からニヤニヤとし始めた。

僕が能力を隠してきた理由は、大まかに一つである。

自己が確立され、自分と他人を比べ観た時、僕の能力はあまりにも……

「ち、チートだぁ!チートキャラ、キタぁー!」

あまりにも異常だったからである。


僕の能力がチート能力(コピー能力)だと知ると、紅糸さんとひまわりは手を取り合って、チークダンスならぬチートダンスなるものを始めた。ただ単に「チート、チート」と連呼しながらくるくる回っているだけなのだけれど、それを見ているとどういうわけか非常に腹が立った。

もういい。

紅糸さんたちは放っておいて、さっさと『ログ・パズル』の型を変えてしまおう。

「『ログ・パズル』」

能力名を発すると、コピーされた能力が可視化された。

一見するとほぼ立方体のルービックキューブのような、しかしところどころ出っ張ったり引っ込んだりしているが、ほぼ立方体の一辺約十五センチほどの物体がその場に現れる。

「うな?それがチート能力か?ミナギン」

「そうだよ!これが僕のチート能力だよ!」

開き直ってチート能力と認める。だって正にその通りだし。

紅糸さんが不用意に『ログ・パズル』に触れようとする。

が、その手は空を切った。

「うな?」

何度か紅糸さんは同じように、それに触れることを試みたが結果は同じだ。

「ミナギン!これ触れないぞ!」

「『ログ・パズル』は可視化出来るようにしているだけで、具現化しているわけじゃないんだ。だから触れないよ」

「うな!何だ、それ!つまらないじゃないか!触れるようにしろ!」

「具現化はエネルギーをかなり使うんだよ。可視化だけの時とはそれこそ雲泥の差でね」

紅糸さんの問いに答えながら、僕は右手を軽く振った。

これは『ログ・パズル』の型を変更するショートカットのようなものだ。

ショートカットを考えつく前は、いちいち『ログ・パズル』を組み直して型の変更をしていたのだけれど、ショートカットを取り入れたことにより、わざわざ能力を組み直す必要がなくなった。

ショートカットを行ったことにより、『ログ・パズル』はカチャカチャと、まるでパズルが行われているかのように、形が変化していく。

そして型が『TYPE-B』に変わる。

「うな?何をしたんだ、ミナギン?」

「能力の型を変えたんだ。今までは治療メインの『TYPE-A』だったんだけど、便利なたくさんの能力が入った『TYPE-B』に変更したんだ」

「うな?」

紅糸さんがよくわかっていなかったようなので、僕は紅糸さんに自分の能力について詳しく伝えた。

HDとかフォルダとかの説明を交えて、それなりにわかりやすく説明できたつもりだったけれど、紅糸さんはあまり理解してくれなかったようだ。

「よくわからんが、『TYPE-B』になったことでたくさんの能力を使用できるようになった、というのはわかった。しかし、それなら常時『TYPE-B』にしておけばいいのではないか?」

「『TYPE-B』は治療の能力が備わっていないんだ。だから治療を日課にしている僕には、今の僕にはあまり必要のない能力だったから、『TYPE-A』を常時使えるようにしたんだ」

『TYPE-B』は主に感知や探査、更にはジャミングなどに特化している。

ごちゃごちゃに能力を詰め込んだような『TYPE-B』なので、容量を食う治療の能力は『TYPE-B』に入る余地がないのだ。

「うな?ちょっと待て。おかしなことがあるぞ」

「うん?何がおかしいことなの?」

「これから私たちは、主にミナギンになるだろうが、倉梨ちゃんのお姉さんを治しに行くんだろう?両手が消えてしまったという倉梨ちゃんのお姉さんを治すのに治療の能力は必要じゃないのか?何故治療が使えない『TYPE-B』に変える必要がある」

そう、単純に治すだけなら『TYPE-A』でないと出来ない。

しかし今回の事件は単純な問題ではないのだ。

「紅糸さん……おかしいとは思わないか?倉梨ちゃんのお姉さんは両手が無くなってしまったというのに、まるで騒がずに冷静だったという。普通、両手が無くなったらパニックを起こすよ」

「それは起こすな。確かに起こす。聞いた話では痛みも訴えていない要だったしな。確かにおかしい」

「十中八九、両手の事象は新たな能力によるものだろう。それとかなりの高確率で倉梨ちゃんのお姉さんはその事象に心当たりがある」

「うな?何故そこまでわかる?」

「両手が切られれば痛みでパニックを起こす。でも能力で消されたとしてもパニックは起こすと思うよ。例え痛みがなくてもね。冷静でいられたのは、きっと両手が消えてしまったことに心当たりがあるからだ」

「『うな』るほどな。ということは倉梨ちゃんのお姉さんは犯人にも心当たりがあると言えるな」

「あるいは……いや、何でもないよ」

そのもう一つの可能性を示唆しようとしたが、直前で僕はそれを止めた。

推測とはいえ、そのもう一つの可能性は紅糸さんたちにマイナスイメージを植えかねない。

僕がたどり着いた可能性……それは真実とやらがわかるまで僕の胸にしまっておくことにしよう。

「能力によって引き起こされたことはほぼ確定している。だからミナギンは感知型の能力でその謎を解こうというわけだな?」

「別に謎を解くつもりはないよ」

ただ慎重になっただけだ。

不可解なものには慎重に対応するに限る。

「果たしてチートン教授はこの謎が解けるか?」

「チートン言うな!だから別に謎解明する気ないって言っているじゃないか!チートン教授って言いたいが為に謎って言う単語を出したでしょ!本当、そういうのやめて!」

「こら!チートン教授は英国紳士風なのだから、そんな声を荒げてはダメだぞ!」

「僕が何時英国紳士風になったか!?」

たったった。

紅糸さんとアホなやり取りをしていると、倉梨ちゃんが階段を降りてきた。

「お待たせしました。お姉ちゃんを説得するのに時間がかかってしまって」

「いや、いろいろあったからそんなに待ったっていうわけではないよ。ところで紅糸さん。チートン教授という単語は今後一切言葉に出さないでよね」

「うな。わかったぞ、チートン教授」

「全然わかってくれてないね!」

かなり騒がしく、僕らは倉梨ちゃんのお姉さんの部屋へと向かった。


「ぶはっ!」

僕らが部屋に入ると倉梨ちゃんのお姉さんらしき人は突然吹き出した。

「あ、蒼巳君に紅糸さんじゃないん!?ぬはっ!それにわけのわからないん人たちまでぞろぞろと!何なん!?この集団!?」

お姉さんらしき人は僕と紅糸さんのことを知っている?

しかし僕は彼女に見覚えはない。

紅糸さんも同じようで、自分の名を知っていたことに対して不思議に思っているような感じであった。

「観凪さん。知り合いだったんですか?」

「いや……ちょっと……」

ひまわりに尋ねられるも、全く覚えがないので必然的に歯切れは悪くなる。

相手は覚えているのにこっちは覚えていないなど、これ以上に失礼なことは他にはないように思えた。

「蒼巳君たちが私のことを知らないんのも無理はないんよ。蒼巳君と紅糸さんは学校で非常に有名だけんど、私は一般人だかんね」

どうやら倉梨ちゃんのお姉さんは僕らと同じ高校の生徒だったようだ。

僕はそれほど自分が有名だとは思わない。けれど紅糸さんは非常に有名で、『孤高の美少女』なんて呼ばれていて、最近そんな紅糸さんとセットにされていることも少なくはない僕も必然的に有名になってしまうのは仕方がないことかもしれないと、僕らの名がしれていることを紅糸さんのせいにしてみた。

「一応初対面だかんね。自己紹介させてもらうんよ。私は由々敷日和。どこにでもいる普通の女子高生なんよ」

日和さんが僕らに自己紹介した。

向こうが自己紹介したからこちらも自己紹介が必要だろうか?

……いや、必要ないだろう。

日和さんは僕と紅糸さんのことは知っているようなので、後紹介が必要なのはひまわりと空なのだけれど、ひまわりは極度の人見知りだし(タイガーマスクで何とか緩和しているが)、空はどこからどう見てもチンピラだ。

日和さんだって外見からあからさまにおかしいこの二人とは知り合いになりたいと思わないはずだ。

それに、TYPE-Bの主要能力『真眼』によって僕はおおよその事の顛末を理解した。

日和さんの、無くなってしまった両手は布団に隠れ、まだ観測していなかったが、理解できた。

いろいろパターンを予測していたけれど、おそらく現状は結構まずいパターンだ。

日和さんにいろいろ尋ねなければならないことができたのだが、その話を聞かれるメンバーは出来るだけ少ない方がいい。

一対一で対話するのが最も望ましいのだけれど、流石に女の子と部屋で二人っきりというのはダメだろう。

僕に下心はなかったとしても、いろいろ誤解が産まれそうだ。

僕の他にもう一人、この部屋に残す必要がある。

「ところでどうしたん?紅糸さん。制服ぼろぼろじゃないん?」

「うな!修行してたからな!」

「修行って……漫画の登場人物みたいなことするんね。それで何で修行を?」

「うな?何でだっけ?」

紅糸さんの記憶能力はいよいよもって大変なことになっていそうである。

全く、重要なことぐらいは記憶しておいてもらいたいものだ。

しかし、今回はその残念な記憶力のおかげで余計なことを口に出さずに済んだ。一般人である日和さんに世界脅威の話など無用なのである。

さて、考えを戻して残す人物を誰にするか、である。

……けれど考えるまでもなく消去法で誰を残すかは決めてあった。

「紅糸さん」

「うな?」

「空」

「あ?」

「倉梨ちゃん」

「はい」

順々に名を呼んでいくと、律儀にそれぞれが応えてくれた。

そして、僕が選んだ人物は……そう、消去法である。

「悪いけれど部屋から出ていってくれないか?」

「うな?」「あぁ?」「えっ?」

三者三様の声をあげるけれど、反応は同じであった。

全員が疑問符をつけているのだから、自ずと察しがつくだろう。

「日和さんとちょっと秘密の話があるから、今呼ばれた三人は部屋から出ていってもらいたい」

何となく学校の先生のような物言いで僕は言った。

そして、僕が部屋に残した人物は、橙灘ひまわりだった。

かくして、紅糸さんと空は日和さんの両手の事象を見ることもなく、この場から退散していったのであった。


ひまわりを選んだのは単純に他の二人との性格の違いであった。

紅糸さんは暴君で、空はチンピラ。

もし、僕が推測したものが真実だった場合、この二人はかなりの確率で問題を起こす。

短気の紅糸さんは激高するかもしれないし、『蒐集家』との戦闘を潰された空は暴れるかもしれない。

だから消去法である。

ひまわりはかなり強い力を持ってはいるが、性格は小動物系でおとなしい。それが初対面の人となれば尚更である。

正に借りてきた猫の状態である。

実際はタイガーマスクだが。

故にひまわりである。

真実を知ったところで、一番落ち着いた対応が出来ると思われた人物。それが、我らが橙灘ひまわりである。

しかし逆に言うと、僕を抜かしおとなしくいられるのがひまわりだけというのは少し問題のように思えた。

全く、紅糸さんや空にはほんのもう少しでもいいから落ち着いてもらいたいものである。

「蒼巳君……秘密の話って何なん?」

ひまわり以外の人物を部屋の外に出したことを不審に思ったのか、先ほどよりもトーンが落ちた声で日和さんが聞いた。

「本来の目的通りの話だよ。日和さんの、消えた両手についての話だ」

それ以外の話は、日和さんにはない。

初対面の人間とは、天気の話、趣味の話などをするのが無難だというを聞いたことがあるが、そんな無駄な話に時間を割いている暇はないのである。

「訳ありでしょ?その両手。だったら聞かれるのは少人数のほうがいいはずだ。本当なら一対一で話したいところだけれど、流石に初対面で異性と一対一は気まずいとおもうからひまわりを残した」

口には出さないけれど、あからさまに日和さんは、『だからといって何でこのタイガーマスクを残した』という表情を作った。

まぁ、確かに外見は一番アレなのだけれど、しかし内面に関しては一番適任だったので仕方がない。

紅糸さんの性格が穏やかであったならば、少しでも面識のある紅糸さんに残ってもらうのがよかったのだろうけれど、穏やかではない性格の紅糸さんにこの場に残ってもらうわけにはいかないのである。

「とりあえず、無くなったという両手を見せてもらってもいいかな?」

日和さんは疑いの眼差しを消さないまま、僕らにその両手を差し出した。

「ひっ」

「……」

悲鳴をあげたのはひまわりだ。ちなみに僕は沈黙。

ひまわりが悲鳴をあげてしまうのも無理もないことだった。

倉梨ちゃんから聞いたとおり、日和さんの両手は確かに見えなかった。

手首から先がまるまる無くなっているように見える。

そして無くなってしまった断面の部分が、はっきりと見えた。

筋繊維、血管、骨などがはっきりと見えたのだ。

そして、やはりというか、切断されているように見えるのに、血管などが見えるというのに、その断面から血は流れてはいなかった。

十中八九どころか十中の十の確率で、これは新たな能力によるものだった。

そして、それがどんな能力なのか、いったい誰の手によるものなのか……その回答まで僕は導き出した。

『真眼』によって、推測は確証に至った。

しかし、理由はいったい何だというのか?

それだけは『真眼』の能力をしようしてもわからない。人の心ほどわからないものはこの世にないのだから。

仕方がない。回りくどい方法だが、正攻法。

「『能力症』だよ……これは」

回りくどく会話をして、日和さん本人から聞き出すことにしよう。


『能力症』……能力によって引き起こされる病気、呪いのような症状。

正確に定義されている言葉ではなく、広義の意では僕の治す能力も能力症にならなくはない。

しかしながら、一般的には負のイメージの能力の症状に使われるので、やはり僕の治す能力は能力症には定義されないのかもしれない。

この世で最も有名な能力症は『眠り病』だけれど、『眠り病』について僕は積極的に説明する気は更々ないのである。

さて、僕はいろいろな能力症を見てきたのだけれど、けれど他人にかけられてしまったという事象は片手で数えられるほどしか知らなかった。

そう、能力症の多くは自分の新たな能力によって引き起こさたものであった。

新たな能力は、個性的な能力で人それぞれ多彩な能力が存在する。

しかし、他人に、長期的に能力の効果を発揮させ続けるものというのは実のところかなり少ない。

理由はまだはっきりと解明されてはいないが、僕はその理由が人はどこまで行っても一人だからと考える。

人は自分以外の人を理解できない。理解できないものに干渉し続けるのはきっと困難なのだ。

そしてそれは日和さんの両手の事象もまたしかり。

「日和さん……あなたの両手は自分の能力で消した。そうでしょ?」

能力を他人にかけ続けるのは困難との見識を示した後、僕は日和さんにそう問いただした。

「え?」

ひまわりが驚きの声をあげる。

虎顔なので表情までは伺えないが、きっと声と同じようにマスクの下の表情も驚いているのだろう。

「観凪さん。いくらなんでもそれはおかしいです。どうして日和さん自身が、自分の両手を消し去らなければならないんですか?」

「『消し去る』という表現は正しくないよ」

消し去られたわけではない。

消えている、否、見えなくなっているだけだ。

「『透明化』。それがあなたの能力だ。日和さん」

「『透明化』……え?それじゃあ、両手は……」

「見えなくなっているだけだから、無論そこにある。そうなんでしょ?日和さん」

しばらく黙っていた日和さんだったが、やがてため息一つついて応えた。

「まったく、脱帽だね。蒼巳君は普通ではないんと前々から思っていたんけど、ここまでとは思っていなかったんよ。まさか能力の特性まで当てられるんとはね。怪我を治すだけではなくて、そういうのがわかる能力も持ってるん?」

「まあね」

『真眼』は能力把握型+能力看過型の能力である。

能力といっても新たな能力に限ったところではない。身体能力の高さなどもこの能力から知ることが可能だ。

しかし、やはりというか、『真眼』は相手の新たな能力を知るときにその効力を最大限に発揮する。

紅糸さんやひまわりが珍しい方で、普通の人間は自分の新たな能力を秘密にする。

人によっては使用できない、そして人によって異なる新たな能力は、どんな人間にとっても切り札に他ならないのだ。

いざというとき、切れるときに切る。

そのため出来る限り自分の能力は人に話さない、人に知らせない。それが普通なのだが、僕の『真眼』はそれを把握する。

把握し、看過する。

これはかなりの脅威だ。戦闘能力が皆無の僕であるが、ある時期いろいろな組織から引っ張りだこだったのは、この能力を有しているからに他ならないだろう。

ちなみに、夜仲さんの『箱庭』に閉じこめられたときも、夜仲さんがいない時を見計らい、『真眼』で能力の把握を行った。

『真眼』で能力の把握を行い、『時観』と『時戻』でなんとかなると判断したのである。

さて、僕は『真眼』を使用し、日和さんの能力が『透明化』させること、そして両手はそれによって消されていることがわかった。

ひまわりには完全に消えて見える両手も、『真眼』ごしに見た僕の眼にはうっすらとその形が見えた。

「蒼巳君の言うとおり、この両手は消えてないんよ。実際にはここにある。何なら触ってみるん?」

「僕は遠慮しておくよ」

女の子の手を触るなんて、そんな恥ずかしい真似は出来ない。僕は結構純情なのだ。

「私もいいです」

そして当然かもしれないけれど、人見知りのひまわりもその申し出を遠慮した。

ひまわりが初対面の人間の手に触れるのは、かなりハードルの高いことだろう。

きっと握手もままならないのだろうな、と思った。

「ふうん。そっちがそれで良いんなら良いんけど、本当に私の能力に確証があるんね。まっ、そこまで判明させられて今更嘘ついても仕方ないんから蒼巳君達にはこっそり教えるけど、そう。私の能力は『透明化』なんよ。物体を一定時間透明化して見えなくさせるん。それが私の能力。みんなには黙ってくれると助かるんよ」

何だろうか?

能力の話になった途端、日和さんから妙なものを感じた。

剣呑なわけではないのだから、別に身構えなくてもいいものなのだけれど、どうしてか身構えずにはいられない。

何というか……日和さんがひどく不気味に思えた。

「……それで、どうして自分の手を透明にしてしまったのか、教えてもらえる?」

「理由も何も、単純に能力が暴走したからなんよ」

「能力が暴走?」

「そうなんよ。別に私は自分の両手を透明化するつもりはなかったんよ。見てわかるとおり、こんなんじゃ学校に行けんからねん。まあ包帯していけば何とかなるんけど、誤魔化すのは苦手だし、それに倉梨に見つかってしまったからねん。今日は倉梨に言われたとおり、大人しくしていることにしたんよ」

「……」

「まだ腑に落ちない顔をしているよん。蒼巳君」

「わかる?」

「わかるんさ。私も自分自身はぐらかした話し方をしていると実感しているんしね。蒼巳君……。蒼巳君はこの両手がこうなってしまった理由は納得した。でも」

「能力が暴走した理由がまだ話されていない」

「そう、だから腑に落ちない顔をしているんね、蒼巳君は。でもんね、こちらも大した理由があるんわけじゃないんよ」

「大した理由が無くたって、このまま教えてもらえないままじゃ腑に落ちないよ」

「まったく、蒼巳君は真実ってやつが知りたいんね。名探偵みたいだんね。じゃあ逆に訊くけど、蒼巳君は『透明化』の能力をもっていたら何をする?」

「……」

そんな質問、僕の回答は決まりきっている。

答えは何もしない。

数多くの能力を有しながら、有事の時以外僕はそれらの能力を使用しないことに決めている。

それはおそらく人間らしく生きるためだ。

チートな能力を持つが故、僕は普通に憧れを持っているのだった。

だから『透明化』の能力を把握した僕だが、おそらくその能力を使用することはないのであった。

しかしこの回答は日和さんが求めている回答とは正反対のもののようだから、僕はその問いに対して沈黙で答えることにした。

「自分や物を透明に出来たら……まぁ、男性なら覗き見かなん?合ってるん?蒼巳君?」

「僕に同意を求めないでもらいたい」

日和さんがそんなことを言うものだから、ひまわりの視線が痛いじゃないか。

僕は透明化の能力を使用しないって心の中では宣言しているというのに。

「私はねん、性別によって欲求の強さは違う思うんよ。男性は性欲、女性は物欲が強い傾向にないん?えっちぃビデオは男性用のものばかりだし、女性は何かしらの記念日に物をもらいたがるん。だから男性は性欲、女性は物欲。あくまでも私の考えだけんどね」

「あまりにも大ざっぱな極論すぎると思うけど」

「だから、あくまでも私の考え。んで、私は男性か女性かどちらかというと、見ればわかると思うけれど女性なんよ。女性は物欲……ここまで言えばわかるんじゃないかしらん?」

日和さんが言いたいことはわかる。

僕もそう思っていた。

そう思っていたから、紅糸さんと空、そして倉梨ちゃんまでも部屋を出ていってもらったのである。

しかしそう思っていたのに、おかしく感じる。

日和さんの態度がおかしく感じる。

「欲しい物があったからんね。『透明化』の能力を使って頂こうと思ったんけど、能力が暴走してしまってねん。両手がこの様ってわけさん。まあ、放っておいても一日ぐらいで元に戻るんだけんどね」

日和さんは私利私欲のために能力を使い、そして自滅してしまった。

これが事の真相。

それは僕が思い描いていたものと、ほぼ同じ内容であった。

だというのにだ、僕はまったく日和さんの説明に納得がいっていなかった。

おかしいのだ。

どう考えても、おかしいのだ。

しかし、それは日和さんに問いただせるほどの確証はなく、結局僕はこれ以上日和さんに質問することは出来なかった。

僕が日和さんに言えることは、もう何一つない。

「……日和さん。あなたが行おうとしたことは犯罪ですよ」

その正論は、僕ではなくひまわりの口から発せられた。

人見知りのひまわりには珍しく棘のある物言いだった。

「軽犯罪なので『正義』が動くことはありませんが、それでも度が過ぎればわかりませんよ」

そうだ。すっかり忘れてしまっていたが、ひまわりは元『正義』のメンバーだった。

万引き程度のことでも、悪事は許せないのだ。

だからといって、悪・即・斬というわけではないのだろうけど。

「……肝に銘じておくんよ」

?どういうわけか、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ日和さんの動きが止まった。

ずっと飄々としていた態度だったのに、ひまわりの忠告により一瞬だけ隙ができた。

何だろうか?本能的にひまわりが危険だと察知したのだろうか?

「まっ、今回は全面的に私が悪いんよ。倉梨に見つからなければここまで大事にならんかったんけど、姉思いの良い妹だからそこは許してもらいたいんよ。私の両手は放っておけば治るんで、もう帰ってもらえるん?」

「いや。倉梨ちゃんに言われたとおり、その事象は直していくよ」

僕は右手を軽く振り、TYPE-Aのショートカットを行った。

『ログ・パズル』が起動し、能力の型がTYPE-Aへと変更される。

「それが蒼巳君の治す能力なん?」

「いや……うん、まぁ、そんなところかな」

反射的に否定してしまったけれど、日和さんに自分の能力を詳しく語るつもりはなかったので、途中で肯定に変えた。

おかげでちょっと挙動不審だった。

「念の為に確認しておくけれど、能力を発動させて両手が消えてからまだ24時間経ってないよね」

「うーん、経ってないんよ。でも何でそんなこと訊くん?」

「僕の能力では人間の一部を治せるのは一日前までの傷や事象だけなんだ。それ以上前の一部を治そうとしてもソゴが出てうまくいかない」

「ソゴ?」

「部品が合わないってこと」

「?」

人間の身体は日々変化し成長、もしくは衰えていく。

昨日と今日とで同じ身体ではないのである。

そのため一日前までの状態に戻そうとすると、身体と治した部分が合わず治療にならない。最悪その部分がはがれ落ちるように朽ちてしまう。

だから僕の治せる傷は一日前のものまでとなっている。

それ以上は治せない。

また全身を治すのもダメだ。

僕の能力は治すように見せてはいるが、基本『戻す』ものなので、全身を戻すと記憶までも戻した時の状態になってしまうのである。

まぁ日和さんの両手が消えてしまったのは昨夜の十時頃だというのは『真眼』によって観測済みだ。

日和さんに確認を取ったのは、本当に念のためなのである。

……あれ?昨夜の十時頃?

「もう一つ確認していいかな?その両手が消えてしまったのは、能力が暴走したのは、昨夜の十時頃。それで間違いないかな?」

「……本当に凄い能力だねん。そんなことまでもわかるんだ。その通り、『透明化』の能力が暴走したのはそのぐらいの時間帯だったよん」

やはり、おかしいような気がする。

気がするのだけれど、果たして日和さんが素直にそれを応えてくれるか?

……やめとこう。

日和さんと関わるのはここまでにしておこう。

どうせ今日限りの仲である。

学校でたまにすれ違ったりするかもしれないけれど、その時は軽く挨拶する程度の仲でいい。

僕はこれ以上日和さんに深入りするのをやめた。

それは日和さんに危うさを感じたから。

これ以上の厄介ごとはごめんなのだ。

「それじゃあ治すよ」

僕は日和さんの両手を元に戻した。


「おかしいとは思わないか?ひまわり」

「何がですか?観凪さん」

日和さんの部屋を出て、日和さんから会話を拾われない位置まできたところで、僕はひまわりにそう問いかけた。

「日和さんのことだよ。彼女の今の態度、おかしいと思わないか?」

「確かに能力を悪用しようなど言語道断ですね」

「いや、そういうことじゃなくて、今の会話の日和さんの態度。そして受け答え。何か妙だとは感じなかった?」

「妙……ですか?」

どうやらひまわりは何も感じなかった。

ニブイというか、素直というか……仕方がない。ひまわりに説明しよう。

「僕が妙に思ったのは、能力が暴走した理由だ」

「暴走した理由は能力を盗みに利用して暴走。でしたよね?別に何らおかしいことはないですよ。悪いことは罰せられてしまうという良い教訓ですね」

「それだよ。それがおかしい」

「??だから、別に何らおかしいことはないですよ。観凪さんは何が気になっているんですか?」

「……理由を語ったときの日和さんが素直すぎる」

「素直すぎる?」

「ひまわり……わかっているとは思うけれど、人間というのは嘘がつける生き物だ。そして人が嘘をつくとき、それは自分にとって不都合な面を隠したいときにつかれることが多いと僕は考えるよ。意味がない嘘をつく人もそりゃいるだろうけれど、意味のある嘘をつくひとのほうが圧倒的に多いだろう。どうして日和さんは嘘をつかずに素直に自分の罪を白状したんだ?僕らが他人だからか?いや、他人にだって自分の罪を洗いざらい喋りたくはないはずだよ。」

「それは、そうですけれど」

「僕があの状況に立たされたらなら絶対に嘘をつく。嘘をついて誤魔化す。すぐに嘘を見破られるかもしれないけれど、一回は自分の罪を隠そうとする。それなのに日和さんにはそれがなかった。どうしてだろうか?」

「観凪さん、考えすぎではないでしょうか?単純に日和さんが素直だっただけじゃ」

ひまわりの言うとおり、単純に日和さんが素直だったなら、それでいい。

しかし、そうではないのではないだろうかと、僕の本能が告げるのだ。

「もう一つ。日和さんの能力が暴走したのは昨日の夜十時頃だ」

「そうですね。日和さん自身もそう言っていました」

そして僕の『真眼』でもそれは確認済みだ。

「夜の十時頃に日和さんはいったい何を盗もうとしたんだろうか?」

「あ」

「僕は当初、日和さんが盗もうとしたものは高価なものであると考えていた。高価なものだから、到底入手できないものだから能力を使用してそれを盗もうとしたのだと思った。もしくはおしゃれな小物とかそういうものかなと推測していたんだ。でも、日和さんが盗みを行おうとした時間は夜の十時。そんな時間にやっている店なんてあんまりないよ。コンビニとかが良いところだ。日和さんは夜の十時に、何処で何を盗もうとしたんだ?それが僕の二つ目の疑問」

この二つの疑問は、こじつけをすれば埋まるものかもしれない。

埋まるかもしれないが、あえて僕はこう考える。

「……ひまわり。これはあくまでも僕の考えなんだけれど、日和さんは僕らに嘘をついたんじゃないか?」

「……確かに、観凪さんの話を聞くと日和さんの態度はおかしいところがあったように思えます。けれど嘘をつく理由がわかりません。しかも自分のデメリットにしかならない嘘をつく理由なんてあるのでしょうか?」

「デメリットにしかならないと思っているのは僕らだけなんじゃないか?」

「と、言いますと?」

「能力が暴走した理由。それを僕らに知られたくなかった。だから煙を巻くようにあのような嘘をついたんじゃないか」

「でもわざわざ自分のデメリットになるような嘘じゃなくても良いと思いますが」

「そこだよ。わざわざ自分のデメリットにしかならない嘘をつく。つまり相手に嘘をつく理由などないと思いこませる。思いこませ、それを真実と刷り込む。もし、僕の考え通りならば日和さんは相当な嘘つきだということになる」

嘘に対して相手がどう考えるか、その先を見て嘘をつく。

しかもとっさに。

常人が出来ることではない。

そして常人が気付けるものでもない。

僕の一連の考えを聞き、ひまわりはしばらく黙って考えをまとめていたが、やがてその考えが纏まったようで、口を開いた。

「観凪さん……」

「うん」

「考えすぎではないでしょうか?」

「だよねぇ」

と違和感について突き詰めて考えてきたが、あくまでも推測の域である。

「観凪さんの話も一つの可能性としてあるかもしれませんが、日和さんの話が真実だったという可能性も捨てられませんよ」

「そうなんだよねぇ。日和さんの話が嘘という確証はまったくないんだよね。だから僕はあのとき日和さんに問いつめることが出来なかったんだ」

「気になるのであれば、もう一度日和さんに話を聞きに行きましょうか?でも私は人見知りなので、もうこれ以上は観凪さんの役に立てそうにありませんが」

ひまわりをよく観測してみると、手足が若干震えていた。

ひまわりこそ嘘偽りなく、本当に限界だったのだ。

人見知りのひまわりにこれ以上対人関係を望むのは酷なことであった。

「いや、いいよ。これからずっと付き合いのある人だったらまだしも、日和さんとの関係はこれっきりだから」

せいぜい学校であって挨拶するぐらいだ。

深く付き合うつもりはない。

深くこちらに踏み込ませるつもりはない。

僕らは階段を降りて、紅糸さん達と合流することにした。


「な、なんじゃそりゃぁあああ!」

「ふははは!弱い!弱いぞ!澄渡空!それでも世界が対応できないと言われる世界脅威か!澄渡空、恐れるに足らず!」

「くそっ!さっきから全然勝てる気がしねぇ。手前ぇ、このゲームやり込んでいるな!」

「答える必要はない」

……一階に降り、紅糸さん達を探していたら、リビングでゲームをやっていた。

僕らが二回で剣呑な空気を醸し出していたころ、どうやら紅糸さん達はのほほんとした空気を作り出していたようだ。

この図々しさがある意味うらやましい。しかし決してこのようにはなりたくはないが。

紅糸さん達がやっていたのは定番落ちものパズルゲームで、画面では紅糸さんのキャラが「ばよえーん」と意味不明な言葉を発していた。

「だぁー!だから、何だその連鎖は!ありえねえよ!」

「うな。空の鍛錬が足りんだけだな。あるいは頭が可哀想なだけか、まぁその二択だな」

「いや、紅糸が異常なだけだと思うぜ。かぁー!また、負けた!」

戦況は圧倒的だった。

空はせいぜい二連鎖が精一杯で、それに対しゲーマーの紅糸さんは余裕で七、八連鎖を組んでくるので、空はまったく歯が立たなかった。

「うな?ミナギンじゃないか。こんなところで何をやっているんだ?」

「その台詞をまったくそのまま紅糸さんに返すよ」

「私は見ての通りゲームだ。パズルゲームはそこまで得意じゃないんだが、まぁ空よりは得意だったようだな」

と、得意気に語る紅糸さん。

どうやらパズルゲームがそこまで得意じゃないというのは嘘のようだ。

自信満々らしい。もう、誰がかかってきても負けないぞって顔をしている。

日和さんもこれぐらいわかりやすかったら、あの場で問いつめられたのだけれどなぁ。

まぁ過ぎたことを嘆いても仕方がない。

「ところで紅糸さん。初対面の人の家で、突然ゲームを始めるというのは些か非常識じゃないかな?」

「何を言っているんだミナギンは」

「うなぁ」とため息をつくと紅糸さんは僕に対して憐憫の眼差しを向けて言った。

「倉梨ちゃんと私はもう列記とした友人だ。友人の家でゲームをしたって何らおかしいことはないだろう?」

「な」という紅糸さんの同意に対して、倉梨ちゃんは苦笑いで「はい」と答えた。

倉梨ちゃん……紅糸さんは年上だからって甘やかしちゃダメだぞ。

迷惑な時は迷惑ときっぱりと言える人間にならなければ、僕みたいな散々な人生が待っているのだ。

「んで?ミナギンはどうしてこんなところにいるんだ?日和さんとの秘密の話というのは終わったのか?」

「あぁ、終わったよ。治療も終わった」

日和さんの両手の事象は治療ではなかったけれど、倉梨ちゃんがいる手前、本当のことを話すわけにはいかなかった。

そういうわけで当然のように事実を誤魔化す。

「え?お姉ちゃんの両手、治ったんですか?」

「うん。元通りになったよ」

「ありがとうございます!」

礼儀正しく、お辞儀をして僕に感謝の気持ちを伝える倉梨ちゃん。うん、いい子、いい子。

「ミナギン。ミナギン。そんなことはどうでもいいから」

「当初の目的をどうでもいいと言い放ったよ。この人は」

「どうだ?一勝負」

「いや、もう帰るよ。用事は終わったんだから」

これ以上由々敷さんのお宅にお邪魔するのは失礼に値する。

用件は済んだのだから早いところ退散すべきだ。

「うなぁ!最近格闘ゲームばかりだったから(しかもひまわりに負け続けていて勝ち越しているのなんて珍しいから)、もっとパズルゲームをやるんだぁ!」

子供みたいな言い分だった。

紅糸さんの精神年齢は確実に倉梨ちゃん以下であった。

僕は何で紅糸さんを紅糸さんと敬称で呼んでいるのだろうか?

もう紅糸ちゃんでいいのではないだろうか?

「そんなわがまま言ってないで、帰るよ。紅糸ちゃん」

「うな!ここで自分の正義を証明したければ、このゲームで私を倒して証明することだな」

訳わからないことを言い出した紅糸ちゃん。

もう、本当に仕方がない子だ。

ゲームで勝つことが正義だというのであれば、それで僕の正義を証明してあげようではないか。

生憎、パズルのような能力を有している僕は、パズルゲームがとても得意なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ