世界脅威ってやつを見てみよう
「いや、第八世界脅威は知らないよ」
その名を聞いたことがないわけではなかった。
以前『正義』の風雲さんにその名を聞いた。
しかしその時は名前を聞いただけで、ではそれよりも前からその名を知っていたかというと、答えは『NO』であった。
だからひまわりへの質問には応えることが出来なかった。
「そうですか」
ひまわりは残念そうに肩を落とした。
「僕の知っている世界脅威は第七世界脅威までだね。確か第八世界脅威が観測されたのは割と最近じゃなかったっけ?最近のはわからないなぁ」
最近は割と普通に過ごしてきたから。
世界脅威の情報は全然入って来なかった。
「確か第八世界脅威は澄渡空、だっけ?」
「やっぱり知っているんですか?」
「名前だけだよ。この間風雲さんに聞いたんだ」
それにさっき名前だけならひまわりも言っていたし。
「風雲さんも知っているんですか!?」
「あ、うん。この間会った」
「会ったんですか!?いつですか!?」
あ、そういえば風雲さんに会ったことをひまわりや紅糸さんに言ってないな。まあいいか。大したことないだろう。
「いつって、いつだったっけ?うーんと、あぁ、確かあの格闘ゲームを購入したときだったよ」
「もう!風雲さんは勝手な行動をするんだから!」
勝手も何も、ひまわりはもう正義ではないのだから四の五の言う権限はないと思うのだけど。
「それで風雲さん、何の用件で観凪さんを訪ねたんですか?」
「何だっけ?あまり覚えてないけど」
というか、いじめられた記憶しかない。
初対面があれほど嫌だった人も珍しい。出来ればもう会いたくないものだ。
「覚えてないということは大した内容じゃなかったと思うよ」
「そうですか。私に『正義』に戻れとか、観凪さんに『正義』に入れとか、そういう話をしていたらどうしようかと思いましたよ」
「……」
あ、思い出した。
そういえばそんな話をしていた。
ひまわり的にはとてもNGな話題だったのか。黙っておこう。
「それで、その第八世界脅威の澄渡空に会ったらどうするんだ?」
「貸しがあるんです。それを返してもらいます」
「……」
白兵戦最強を語るひまわりと第八世界脅威澄渡空との間に行われた貸し借り。
穏やかじゃないなぁ。
これほどの二人がまさか金銭の貸し借りで追った追わないをするはずがない。
はぁ、それだけは絶対に巻き込まれたくないなぁ。
「うーな。二人で何を話しているんだ?」
僕とひまわりが仲良さそうに話していたのが気になったのか、紅糸さんが近づいてきた。
僕の記憶が正しければ、確か紅糸さんは世界脅威に対する知識はなかったはずだ。
世界征服を目指していること以外は普通の女の子なのだ。
僕のほうがよっぽど異常だった。
……というわけだから紅糸さんの前では世界脅威の話はよしておこう。
僕はそういう意を込めてひまわりを見つめた。
アイコンタクト。
僕らもそろそろそういう以心伝心が出来てもいいはずだ。
「世界脅威の話をしていたんです」
「うぉおおい!」
やっぱり全然通じていなかった。
所詮、そんな人間の能力を超えたことが出来るわけがなかった。新たな能力でもない限り。
「うな?世界脅威?」
そしてやっぱり紅糸さんは世界脅威を知らなかった。
前も少しだけ世界脅威の話しが出た時に何の反応もなかったからなぁ。普通の人間はこういう反応か。
「何だ、世界脅威って?うまいのか?」
「頭悪そうな発言だね」
「世界脅威はうまくないですよ」
「うまくないのか?それはおもしろくないな」
「いやいやいやいや。大体単語でわかるじゃないか!世界脅威ってどう聞いても食べ物じゃないよね?」
「うな?何を言っているんだ、ミナギンは?うまいっていうのは味のことではなく演技のことだぞ」
「そうですよ。紅糸さんはおもしろくないとも言っていたじゃないですか」
「いやいやいやいやいやいやいやいや。それでもおかしいでしょ!単語でわかるでしょ!演技でも充分おかしいことだってわかるでしょ!世界脅威ってどんな演技だよ!」
「んで。何だ?世界脅威って?」
僕のツッコミを充分堪能したのか、あっさりとボケを返上した紅糸さんだった。
さて、僕としてはこれ以上世界脅威に接したくないし、世界脅威の話もしたくなかった。
だから、ここは嘘を吐いてでも世界脅威から話を遠ざけることにしよう。
どうしようか?
『漫画の話だよ』とでもしておこうか。
うん、まあ、妥当なところかな?
「世界が対応できない人的災厄ですよ」
「だぁあああぁあまあぁあ!」
ひまわりがまた僕の意図を無視して勝手に語る。
ひまわりを操作することは僕には無理だった。
そしてまた奇声を発してしまう僕であった。
「ダーマー?……ダーマ神殿のことか?」
紅糸さんはどういう思考経路をしているのか、僕の奇声の方を気にしているようだった。
よくわからないけれど、これはチャンスだ!
ゲームの話大好きな紅糸さんなら、ここから話が広がって世界脅威の話どころではなくなるはず。
「そうそう!ダーマ神殿のことなんだ!ほらドラクエⅢとかⅥで出てきた!」
「ふーん、そうか」
「……」
「……」
「……」
「……」
あれ、全然話が弾まないぞ!?
どうしてだろう!?何がいけないんだ!?
「それで、世界が対応できない人的災厄っていったい何だ?」
うわぁい!
見事にスルーされたよ!僕の話題!
「何だと言われても、言葉の通りですけど」
「世界が対応できない人的災厄……うなぁ。何だそれ!?わけわかんないぞ!?」
紅糸さんには難しすぎる単語だったか。
しかし、ひまわりもそれ以上説明する舌も持ち合わせていないようだし。
仕方がないな。
まあ別に教えたところで、世界脅威と接することなんてないだろう。
「要するに、世界が注目する要注意人物だよ」
紅糸さんにもわかるようにやさしく翻訳する。
「うな!世界が注目するだと!私以上にか!?」
変な対抗心に火をつけてしまった!
「紬さん以上に注目されていると思いますよ」
火に油!その台詞、紅糸さんにとっては火に油だからね、ひまわり!
「何だ!それ!世界脅威!私よりも世界に注目されている!そんなことがあっていいのか!否!断じてよくない!誰だ!その世界脅威って!?」
「誰だと言われても、いろいろいるし」
「いろいろいるのか!?」
藪蛇だったか!
「現在で八つの世界脅威が確認されています」
「うな!八つ!誰だ!八人も私よりも注目されている人間がいるだなんて、そんなの許せるかぁ!誰だ!それ!誰なんだ!」
「いや、大体はほとんどの存在が知られていないのだけど」
名前が知られている世界脅威なんていないのではないのだろうか?
……あ、いやいた。
今までその話題を出していたじゃないか。
「名前が知れているのは、第八世界脅威の澄渡空だけですね」
ひまわりがその名を言った。
そう、現在までに観測された八つの脅威のうち、唯一名が知れている世界脅威。澄渡空だ。
僕はそれが運命の大きな歯車になるとはまったく考えていなかった。
どうしてそれが予想できようか?
紅糸さんは世界脅威を知らなかった。
それならば当然、澄渡空のことも何も知らないと思っていたのだった。
だから、次の、紅糸さんの、言葉は、僕にとって、意外な、言葉、と、なった。
「澄渡空ってあの澄渡空か?確か『天断』とかいう能力名だったか?あいつ最近帰国したとか言ってたっけ?」
クルクルクルと運命は回る。
物語を構成するのに必要な最後の欠片。最後の歯車。
それが揃い運命は回る。
クルクルと狂狂と。
何というか、事は悪いほうに悪いほうに傾いているような気がした。
世界脅威。
八番目の世界脅威、澄渡空。
僕はその人物がどのような人物であるかは知らないけれど、しかし世界脅威に限っては人並み以上に知っている。
世界が、その全てを持ってしてでも対応できないと言われる人的災厄。
その一つの世界脅威。
それが紅糸さんの計らいによって、これからここに来ることになったのであった。
いつから僕の日常はここまで非現実なモノになってしまったのだろうか?
いや、大分前にも同じような状況になったことはあったけれど、あれ以降、僕はうまく身を隠して生きてきたのだ。
事実、ついこの間まで普通の人間としてやってきた。
それが今になって雪崩式に非現実が降りかかってきたのだ。
何が原因なのだろうか?
頭を抱えながらしゃがみこみ、僕はそれを考えた。
「うなー!うなー!」
…………確実に目の前のうなうな少女が原因であった。
紅糸さんと接するようになってから、『正義』やら『世界脅威』やらと、一般人にはまず関わることのないものと関わる機会が増えてきている。
何故だろうか?
紅糸さんの野望はわかる。
世界征服だ。
しかしそれは必ずしも『正義』や『世界脅威』と関わらなければならない道ではない。
一見大きな野望を持っているから、大きな力と接するのは至極当然のように思うかもしれないが、それは間違いだ。
大きな野望だからこそ、大きな力と接するのは出来るだけ避けるべきなのだ。
大きな野望と大きな力。それがぶつかった時、確実にどちらか一方は破れるのだから。
紅糸さんの能力は、確かに便利で凄いものだと思う。
紅糸さん自身も大きな力を持っているといえるだろう。
だが、それを有しているからといって常勝できるとは限らない。
どうして紅糸さんは大きな力と関わりたがるのだろうか?
……と言っても、今回はそれと知らず、ただの知り合いだったわけだが。
結局はただの八つ当たりの愚痴であった。
そんな自分に嫌気が差して、ため息を一つついた。
紅糸さんは相変わらず楽しそうに子供たちと遊んでいた。
僕とひまわりだけが、世界から取り残されたようにぽつんと座っていた。
「……ひまわりは遊んでこないの?」
「いえ、私はそれどころじゃないので」
どうやら人見知りだから行かないわけではないようだ。
いや、本当はその理由もひとつ在るのだろうけれど、それよりもおそらくあの理由のほうが強いのだろう。
「澄渡空、か」
「はい。彼と対峙する前に、遊んでなどいられません」
ひまわりが緊張を持って臨まなければならない相手。
僕はそんな相手を見たことがなかった。……と言ってもひまわりとの付き合いはおそろしく短いし、基本対人恐怖症のひまわりが接してきた人物など数えられるぐらいの人数しかいないのだけど。
それでもひまわりはあの紅糸さんに対してだって緊張を持たずに立ち向かったのだ。
しかも塩を送りまくった。
まあその挙句の果てに星になるという結末を迎えたわけだが、ともかくひまわりの緊張感の無さは筋金入りだったのだ。
そのひまわりが気を張っているのだ。
これはもうシリアスになるしかなかった。
僕もそれに触発されるしかなかったのだ。
「僕は澄渡空という人物のことを何にも知らないんだけど、そいつはそんなに強いの?」
「強い、ですか?それは強いですけど、それ以上にしたたかで曲者です。正攻法ではとてもじゃないですが」
「そんなに厄介な相手なの?」
「とてもアッガイな相手なんです」
「水陸両用モビルスーツになったよ!」
「それほど厄介な相手なんです」
「僕の記憶が確かならば、アッガイはそれほど厄介な相手じゃなかったと思うけど」
シリアスモードはどうした?
紅糸さんがいないのに、これはいけない。
僕は「こほん」と咳払いをして、シリアスな雰囲気を戻した。
「勝算は、あるの?」
「五分五分、ですかね」
「それならやめておこうよ。無理に危ない橋を渡る必要は無いよ」
ひまわりと澄渡空との間に何があったのか。それは僕の知るところではない。
でも、僕はひまわりに傷ついてもらいたくなかった。
彼女は僕のメイドであるが、それ以上に僕の友達であった。
僕は傷を治すことが出来る能力がある。
だけどそれとは関係なく、僕はひまわりが傷つく姿を見たくはないのであった。
「危ない橋?よくわかりませんが、それでもやらないことには私は前には進めないんです」
「ひまわり」
「私と観凪さんが一緒にいるために、必要なことなんです」
「そんなの」
そんなの必要ないと、僕はひまわりに言おうと思ったけどやめた。
それが必要なことかどうか、決められるのは僕ではないからだ。
僕にひまわりを止めることは出来ない。
僕は、無力だ。
「大丈夫です、観凪さん。幽助だって無力だとあの弟さんに言われましたけど、最後には勝利したじゃないですか」
「あんな戦闘狂と一緒にしないで!……って今、僕声出してた?」
「読唇術です」
「唇だって動かしてないよ!」
「私の目の良さは幻海師範並に良いんです」
「いや、だから唇は動かしてないって!」
「じゃあ、蔵馬っち並に耳が良いんです」
「やけに馴れ馴れしい呼び名だね!ひまわりは蔵馬の何なんだよ!というか声に出してないでしょ、さっきの!」
「蔵馬っちとは前世からの仲なんです」
「嘘!じゃあひまわりの前世は妖怪ということになるの!」
「妖怪というより、妖怪人間ですね」
「現世で人間に生まれてこれて良かったね!」
何処にいった!シリアスモード!
僕のツッコミが面白いのか、ひまわりはクスクスと笑い始めた。
「やっぱり観凪さんのツッコミは天下一品ですね」
「その誉められ方はあまりうれしくない」
「観凪さんの唯一の取り柄ですからね」
「その言われ方は全然うれしくない。むしろ悲しい」
「冗談ですよ。観凪さんの取り柄はそれ以上に優しいことですから」
「は、恥ずかしいことをサラリと言うね。ひまわりは」
「観凪さんの半分は優しさで出来ています」
「バファリンとほぼ同じ成分で出来てるの!」
「もう半分はやらしさです」
「僕がいつやらしいことをしたか!」
誤解を招く発言はやめてもらいたい。
それで勘違いされたらどうする?
ただでさえ、女の子二人と暮らしているんだ。誤魔化しがきかないぞ。
「これもまた冗談ですよ」
「僕の威厳に関わる冗談は勘弁してよ」
「もう半分はツッコミです」
「やっぱりそれで出来ているんだね!僕は!」
「身体はツッコミで出来ている」
「それ以上は本当にダメだからね!」
オマージュにも程があるのだ。
これ以上許すと、良心の呵責で僕は死んでしまうかもしれない。
何で僕が良心の呵責を起こすのかわからないけど、何となく彼女たちが犯した罪は僕が償わなくてはならない気がするのだ。
「はぁ。僕がツッコミばかりするのはひまわりたちがボケまくるからだということをわかってもらいたいよ」
「観凪さん。ありがとうございます」
「いや、そこで感謝の言葉を述べられても」
そこまで僕のツッコミを必要とされると、僕は年がら年中ツッコミをしなければならないようじゃないか?
僕に休息はないのか?
「違いますよ。おかげで随分緊張もほぐれました」
「あの、僕全然そんな気はなかったんですけど」
「大丈夫ですよ。気を使ってもらわなくても。私はちゃんとわかっています。何といっても私は観凪さんのメイドですから」
だから!過大評価なんだって!
僕は本当にそんなことも何も考えずにただツッコミをしていただけなんだって!
もう過大評価はやめてくれ!
僕が期待に押しつぶされてしまうぞ!
「……観凪さん。もし、もし私が」
「もし、の話なんて聞かない」
「観凪さん」
「大丈夫。僕の知っているひまわりは負けはしないよ。人間不信でちょっとネガティブだけど、ひまわりは強い」
単身であれば僕らで最強は間違いなくひまわりである。
僕はひまわりが一対一で負けることところなんて想像が出来ない。
だから、
「ひまわりは勝つ。だから『もし』の時の話は聞かない」
「はい!」
ひまわりは笑顔でそう返事をした。
なんだかんだいっても、決めるところは決めておかないとね。
「おーい!ミナギーン!」
紅糸さんが僕を呼んでいる。
ついに、来たのか?
第八世界脅威である、澄渡空が。
世界脅威で唯一名が知られている、澄渡空。どのような人物でどのような能力を有しているのか?
それが今明らかになる。
紅糸さんが走ってこちらに向かってきた。
だが、紅糸さん以外そこに人はいなかった。
「大変だ!ミナギン!」
「どうしたの、紅糸さん?そんなに血相を変えて」
「そんな悠長に構えている場合か!怪我!怪我した!」
怪我をしたというので、僕は紅糸さんを一瞥するが目立った外傷は特に見られなかった。
「別に異常はないようだけど?」
「バカ!私じゃない!」
「まさか紅糸さん……」
「子供だ!遠藤君が怪我をしたんだ!」
「あれだけ危険な遊具を具現化しちゃいけないって言ったじゃないか!」
「し、してないぞ!私、そんな遊具具現化してない!」
「え?」
それじゃあ何で怪我をしたっていうのだろうか?
「転んで足から血が出てるんだ!早く来い!」
「え、えぇ」
その程度の怪我?
その程度の怪我で紅糸さんはこんなにも慌てふためいているのか?
「転んで怪我しただけなの?」
「だけとはなんだ!血が出ているんだぞ!」
「いや、まあ、治すけどさ、とりあえず落ち着こうよ」
「これが落ち着いてられるか!何でそんなに冷静でいられるんだ、ミナギンは!あれか!治せるものだからこそ持てるという余裕なのか!余裕の落ち着きなのか!」
「いや、子供の時にはよくあることだし」
「よくあってたまるか!ミナギンは子供の時によく血を流している子供だったのか!歯磨きして口から血を出すのと違うんだぞ!わかっているのか!」
「わかってるよ。それは歯槽膿漏でしょ?」
「そういう意味じゃない!」
そういう意味じゃなかった。
そして紅糸さんに突っ込まれた!
何たることだ!ボケとツッコミが逆転するなんて!
いや、僕ボケてないし。
しかしどうみても紅糸さんは動転しすぎだ。
子供たちも紅糸さんの様子が何ごとかと思ったのか、いや単に声が大きかっただけなのかもしれないが、ともかく僕らの周りに集まり始めた。
『なんだなんだ?』というやつである。
そのなかの一人が紅糸さんに声をかけた。
「お姉ちゃん。もういいよ。俺別にそんなに痛くないし」
どうやらその男の子が怪我をした遠藤君のようだ。
見ると確かに膝に擦りむいた痕がある。
「いいわけない!怪我していいわけないんだ!」
ああ、それは確かに真理だ。
「いや、だから。そんなに慌てなくても」
「何でお前そんなに冷静なんだ!怪我しているんだぞ!痛くないのか!」
「痛いけど。我慢できないほどでもないよ。それにこんなの放置してれば治るし」
と言う遠藤君。
うむ、典型的な体育系の元気系の男の子のようだ。
まあ、痛いのは嫌だけど僕はそのために連れてこられたのだから仕事はしなければならないな。
「でも直ぐに治ったほうがいいだろ?」
僕は遠藤君に歩み寄った。
「診せて」
遠藤君は不思議な顔をしながら、僕に擦りむいた膝を診せた。
『時観』で過去の患部の状態を見て、それと交換する。
瞬間、遠藤君が擦りむいた時の痛みが僕に襲い掛かったが、我慢した。
遠藤君が我慢したんだ。年上の僕だって我慢しなければ。
一瞬のうちに彼の足は元の傷つく前の状態にと戻った。
「うわ!治った!すげえ!どうやったの!」
「それは企業秘密だよ。まあ次は気をつけるように!」
「わかった!ありがとう!兄ちゃん!」
そう言って元気に去っていった遠藤君。
それを機に、集っていた子供たちもわらわらと散っていった。
「ふう」
まあ子供の笑顔を見れただけでも好とするか。
「何だ、ミナギン。治してくれるなら最初から治してくれてもいいじゃないか」
紅糸さんのその顔は、愚痴のような台詞は言っていても、笑顔だった。
「誰も治さないとは言っていないよ」
「乗り気じゃないようだったぞ」
「紅糸さんが血相変えて来たからびっくりしただけだよ」
紅糸さんのあの豹変振り。
あれはどういうことだろうか?
確かに怪我をしたり、それを見たりすれば正気じゃなくなるのはわかる。
だが、あれは度が過ぎているようにも思えた。
訊いてみるか?
紅糸さんが答えるかどうかはわからないけれど、しかし僕はそのことがどうしてか気になった。
僕は紅糸さんにそのことを訊ねようとした。
しかしそこで僕は初めて気がついた。
子供が僕らの周りから去って、僕ら三人だけになったと思っていた。
いつもの三人。僕、紅糸さん、ひまわりの三人。
けれどもいつの間にか、その空間にはもう一人、僕らのほかにもう一人存在した。
僕らと同じぐらいの年齢の男で、背丈も僕とたいして変わらなかった。
鷲の絵が入った蒼いスカジャンにジーンズ。
その色合いは身体で空を表現しているかのように見えた。
僕らぐらいの年齢でこんな場所に来る者なんて一人しかいなかった。
だから僕は一歩、彼から身を引いた。
そんな僕の態度なんかまったく気にも留めず、彼はニヤニヤとしながら話しかけてきた。
「今の……どうやったんだ?」
「え?」
「あのガキの足を治しただろう?能力でやったのか?まあ能力以外であんなことできるわけがないか。しかし治癒の能力とは珍しいな。新たな能力は利己的な能力を発言しやすい傾向があるらしいからな。治癒の能力者もいるとは聞いていたが、実際見るのは初めてだ」
「はぁ」
「見事に治すものだな。下手な医者より、いや高度な技術を持った医者よりも優れたものかもしれないな。医者要らずじゃねえか。金がかからなくていいな」
「いや、風邪とかは治せないし」
「そうなのか?」
「極論で言えば治せなくもないけど、リスクが高いんだ。だからそっちは医者に任せたほうがずっとうまくいくと思うよ」
「ふうん。さて、挨拶はこれぐらいにしておいて……」
彼が纏う空気が変わった。
「さあ、殺り合おうか」
「は?」
当然のことながら、その情けなく、状況理解に苦しんだ挙句に発せられた素っ頓狂な声は僕の声であった。
そして当然のことながら、僕は彼が何を伝えたいのか全くわからなかった。
わかりたくなかった。
「おいおい、どうした?構えないのか?」
そう言う彼も構えはしていなかった。
ポケットに手を突っ込んで、いかにも余裕といった状態であった。
「それともそれが臨戦態勢だってか?俺と同じでノーモーションから攻撃できるのか?まあそんなことどうでもいいか」
彼の話を聞く限り、彼はもう臨戦態勢に入っているようである。
ちょっと待て。一つだけ確認しなければならないことがある。
「一ついいかな?」
「あ?何だよ?」
「あの、君、澄渡空、だよね?」
こんな公園に訪れる若者なんて、紅糸さんに呼ばれたその人しかいない。
いないのだけど僕は確認のため、それを訊ねた。
もしかしたら違うんじゃないかっていう淡い期待を抱きつつ訊ねたのだった。
「あ?そうに決まってるだろ」
「やっぱりそうだった!」
期待するだけ、それが裏切られた時のショックは大きい。
もうやだ。
僕の運命ってこんなんばっかりなんだもん。
「おかしなやつだな。お前が俺を呼んだんだろ?」
「僕じゃないよ!」
「あ?お前以外に誰がいるんだよ?第八世界脅威のこの俺に喧嘩をふっかける奴なんて。周りを見ろ。お前以外は女子供だけだぜ」
周りを見回すこともなく、彼と僕以外の人間は女子供だけだった。
いやいやいやいや。
確かにその通りだけどそうじゃない。
おかしいだろ!この状況!何でこうなったかわからないけど、おかしいだろ!
そもそも澄渡空は何でこんなところにいるんだっけ?
どう見ても彼は公園に来るような人物じゃないだろ!
僕はあまりのことで気が動転して、その理由がすっかりと記憶から抜け落ちてしまっていた。
「うん?何か妙な状況だな?おい紅糸。これはどういう……」
「『でっかいパンチ』!」
澄渡空も状況がおかしいと気づいたのか、紅糸さんにそのことを尋ねようとした矢先、有無も言わさぬ紅糸さんの必殺技が炸裂した。
『でっかいパンチ』……万能具現化能力を持つ紅糸さん最強の必殺技である。攻撃力は物凄いのだが、攻撃面積が大きいため破壊よりも相手を退場させるのに役立つ。
というわけで、澄渡空は星になった。
「あ、紅糸さん!」
「ふっ。悪は去った」
「助かったけど、何だか物凄く悪役っぽいよ。紅糸さん」
「うな!バカな!ミナギンのピンチを救ったというのにそんなふうに捉えられるなんて!いったい何が原因だ?」
「いやぁ。不意打ちが原因だと思うよ」
「うな!折角助けてやったのに!ミナギンには感謝という気持ちがないのか!」
「その点に関しては感謝しているけど」
僕は澄渡空が星になった空を見上げた。
「大丈夫なの?彼は?」
以前あの技を喰らったひまわりは遙か数キロメートル先の僕のマンションまで吹っ飛ばされたのである。それでもひまわりが無事であったのは強化系能力者だったからで、果たして澄渡空がそうなのか、僕は全くもって知らないのであった。
「知らん!」
そして紅糸さんも知らなかった。
って、えぇー!
「知らないのに大技をかけたのか!」
「うな。冗談だ、ミナギン。あいつなら大丈夫だ。攻撃を受ける瞬間、きちんとガードしてたからな。ノーダメージだ」
「でもあの距離から落ちたら……」
「奴は落ちない」
「え?」
「奴は空から落ちない。それがあいつの能力なんだ。だから澄渡空っていう名前なんだ」
「?」
そういう能力だからそういう名前?
普通名前が先じゃないのか?
いや、しかし僕の今の名前も割とつい最近に両親から名付けられたことだし、そういう事情があるのだろうか?
まあその辺はどうでもいいか。
「それにしても、彼はいったいなんだったんだ?」
「なんだったんだって、澄渡空だが?」
「いや、それはわかっているんだよ。そうじゃなくてさ、何でいきなり戦闘態勢に入るわけ?」
「その問いに関しては単純明快な答えが用意されているな」
「そうなんだ。それでその答えは?」
「バカだから」
「……」
一直線でとてもわかりやすい答えだった。
わかりやすすぎて逆に難解な答えであった。
「あいつの性格を一言で表すと、戦闘狂だ。何かのために戦うのではなく、戦うために戦う。生きるために戦うのではなく、戦うために生きている。だからあいつを一般人と同じように接してもうまくいかない。案外先程私の『でっかいパンチ』を喰らって喜んでいたのかもしれないぞ」
「それは激しくMだね」
しかし戦闘狂。
僕の人生の中でもそんな人間は数人しかいなかった。
……やっぱり変な人生を送っているのか?僕って。
んで、数分もすると澄渡空は何事もなかったかのようにケロッとした顔で戻ってきた。しかも笑顔だった。
んでもって、開口一番に言った言葉が、
「うーん、紅糸。いい技を編み出したなぁ。グッジョブ!」
であった。激しくMであった。
「一撃必殺じゃないのが玉に瑕だが、まあそれも紅糸っぽいっちゃ紅糸っぽいか」
一撃必殺だったら死んでるんじゃないんですか、あなた。
「そんなことはどうでもいい。何いきなりミナギンに喧嘩を売っているか!」
「だってあいつが俺に喧嘩を売りつけた張本人だろ?」
いつそんな話に!?
「いつそんな話をしたか!!」
紅糸さんも同じツッコミをした。
ここに来て紅糸さんが思っていたよりも常識人ということが判明したのだった。
「私は、お前に用がある奴がいると言っただけだぞ!」
「だから、そいつが、俺に、喧嘩を、売ったんだろ?」
指差しして一つずつ確認する澄渡空。
しかしながらその確認ははじめの『そいつが……』の確認から間違っていた。
「違う!ミナギンは非戦闘要員だから手を出すな!」
「なに!こいつ戦闘が出来ないというのか!」
そこ、そんなに驚くところか?
「おかしいだろ、それ!治す能力っていうことは、突き詰めればその逆も出来るはずだぜ!」
「そんな突き詰め方は嫌だ!」
と、ついに僕は澄渡空にツッコミを入れたのだった。
「ミナギンは優しいからそんなことはしないんだ」
「ふーん。ん?」
突然ジーっと僕の顔を凝視し始めた澄渡空。
さっきから行動が一つ一つ恐ろしいよ。
「こいつ、どっかで見たことあるような……紅糸、お前知らないか?」
「私のクラスメイトだが」
「んなこと聞いてねえよ。つーか今の質問わかってるよな?俺とお前の共通の知り合いでいなかったっけという意味だぜ?ああ、わかってねえか。お前バカだもんな」
「うなぎゅう!」
奇声を発しながら、紅糸さんの攻撃!
「何の!」
紅糸さんの攻撃を今度は華麗なステップでかわす澄渡空。
「うなー!避けるな!」
「はハHA!まだまだ甘いな、紅糸。腰の捻りがいまひとつだ」
「うっさい、バカ!バカっていう奴がバカなんだ!」
自爆した!
流石紅糸さんの天然は凄い!
そしておそらくは今の自爆に気づいていないのだろう。
「しっかし、ほんとどっかで見たことある顔なんだよなぁ。ん。そういえばまだお前の名前聞いてないな。名前は何だ?聞けば思い出すかも」
「……蒼巳観凪だけど」
「あぁ?知らね。誰それって感じだな。まぁ、いいか。お前戦闘出来ないっていうし、全くもって俺の興味から逸れた。じゃあ用件は無いようだし、もう帰ってもいい?」
「ダメに決まっているだろうが!」
……この人、本当に戦い以外に興味がないようだ。
僕が戦闘要員でないことを知るや否や、もう帰ることを考えている。おそらく、澄渡空にとって、僕はもう何も興味が引かない人間へとなってしまったようだ。
まあ、僕にとってはそれは非常に喜ばしいことなのだけど……
実のところ、僕も澄渡空が言うように、彼をどこかで見たことがあるような気がしていた。
否、見たことあるというレベルではなく、会ったことがあるような……でも聞いたこと無かったしな、澄渡空なんていう名前。
僕は彼に若干の興味を持ったのだけれど、これ以上もつとまた『戦闘をしよう』的な流れに入ると非常に困るのであえて何も言わずに、観測者として場を見守ることにした。
「このダメ人間が!もっと戦いのこと以外にも興味を持て!」
「無理無理。戦い以上に面白いことなんてこの世にねえよ。そうだ。紅糸、お前腕上げたようだし、どうだ?俺といっちょ戦ってみないか?」
「戦うか!大体、私とお前が戦うなら私が一方的にお前に攻撃をしないとつまらん。サンドバックになってくれるというのなら喜んでやってやるが、どうだ?」
「俺、そこまでMじゃねえよ!」
よかった。ここで澄渡空が喜んでその身を差し出したら、僕は更に彼とは距離を取らなければならないと思ったのだ。
だって、それで喜んだら真性のMだろう?
そんな人間と知り合いになりたくない。
「しかし戦いじゃねえんだったら何の用だよ。こっちだって暇じゃないんだぜ」
「お前に用があるのは私でもミナギンでもない」
「じゃあ誰が用があるんだよ」
「あいつだ」
と、紅糸さんがひまわりを指差した。
そこでようやく澄渡空の注意がひまわりに向いた。
ひまわりと澄渡空の視線が重なる。
気のせいだろうか?否、気のせいではない。ひまわりが澄渡空を見る目は、僕が今までに見たこともないぐらい険しい目をしていた。
空気が張り詰めているのがわかる。
そう、彼ら二人が目を合わせただけで、この公園の空気は剣呑なものへと変わった。
「お久しぶりです。澄渡さん」
「……今度の奴は見覚えがあるな。そうか、橙灘か。久しぶりだな」
元『正義』のひまわり。
その『正義』が追っているという存在。『世界脅威』の澄渡空。
ひまわりと澄渡空の二人の間で何があったのか、僕は知らない。
知らないが、先程とのひまわりとの会話から察するに、おそらくこの二人は手合わせしたことがあるのだ。
手合わせして二人とも五体満足で生きているということは、勝負はつかなかったということだ。
おそらく、これはおそらくだけど、僕の推測でしかないのだけど、ひまわりは決着がつけたかったのだろう。
だから澄渡空の行方を追っていた。
少しでも可能性があった、『眠り病』という能力を有する僕に訊ねたりもした。
そうまでして澄渡空の行方を追った。
ひまわりはきっと思っているのだ。
澄渡空を打破しない限り、自分は先へと進めないと。
そんなことをしなくても、先に進めると僕は思う。他人はそう思う。
でもそう思うのはひまわりではない。あくまでも他人である僕らなのだ。
ひまわりの思いはひまわりにしかわからない。
だから、僕らにひまわりを止めることなどできない。
僕らに出来ることは、ひまわりの無事を祈ることだけなのだ。
「何のようだ?……と聞くのは無粋だな」
「流石澄渡さんですね。もう既にわかっていらっしゃるようで」
軽口を叩いているように見える二人だが、空気は更に重く、そして限界まで張り詰めていた。
いつ戦闘が起こってもおかしくない雰囲気。
ゴクリと生唾を飲む音が聞こえた。
それは誰の音だっただろうか?紅糸さんだろうか。それとも僕自身だったのだろうか。一つ確かなことは、ひまわりと澄渡空の二人ではないということだった。
二人は構えず自然体でいたが、それでもわかる。
それは下手な構えよりも柔軟に、どんな状況が訪れても対応できる姿勢だった。
ひまわりの攻撃は正に電光石火。一瞬でも気を抜けばそれが命取りになりかねないことを澄渡空はわかっているのだ。わかっているから下手に動けない
そしてそれはひまわりも同じだった。
同じだから、二人とも動くことが出来ないのだ。
そう、場の状況は拮抗していた。
どちらも一歩も動かない。
否、僕には呼吸さえも止めているように見えた。
とにかく動かない。
攻撃に移らなければ相手は倒せない。しかし攻撃に移る動きを見せれば相手にやられる。
二人はそんなジレンマを抱えているのだ。
先に動いたほうが……
そう僕が考えた時、場が動いた。
場を動かしたのは…………ひまわりだった!
ひまわりは一歩、ほんの一歩澄渡空に近づいて、そして右手を前に出した。
そして澄渡空にこう言った。
「お金返してください」
勿論僕は壮大にこけた。
そう、場が張り詰めているだとか、自然体での姿勢が云々とかは全て僕が勝手に勘違いしただけだった。
滅茶苦茶恥ずかしかったが、心の声は他人に聞こえないのがせめてもの救いだった。
澄渡空はひまわりと同じく元『正義』であったらしい。
どういう理由があり彼が正義を辞めたのか、それはひまわりも知らなかったが、しかしひまわりとまるで入れ替わるように、ひまわりが『正義』に入りそして澄渡空は『正義』を辞めた。
というものの、二人が全く仕事を共にしなかったわけではなかった。
二、三度ばかり仕事を一緒に遂行したそうだ。
その際に澄渡空はひまわりにお金を借りた。
『正義』の中では澄渡空はひまわりの先輩にあたるわけで、その先輩が後輩からお金を借りるのはどうかと思うのだけど、まあ世界脅威になるほどの人物である。
とてもじゃないけれど、人格者であることを期待するだけ無駄というものだ。
で、ひまわりは澄渡空にお金を貸したわけだけど、そのまま澄渡空は失踪した。
それはひまわりにお金を返せないからでは決してないだろうけれど、逃げられたひまわりにしてみればお金を持ち逃げされたようなものであった。
だからひまわりは澄渡空を追っていたのであった…………というわけではなかった。
少なくとも僕と会う前までは、ひまわりは特に澄渡空のことは気にしていなかったらしい。
お金を貸したまま失踪されたのはそれは少しはショックだったらしいが、しかしこれといってお金のかかる趣味を有していなかったひまわりはお金に困ったことはなかった。
お金がなくなっても『正義』の事務所に行くとご飯が出るのだという。
だから『正義』に所属している間は、お金がなくなっても困らなかったのだ。
『正義』に所属しているうちは、である。
そう僕のところでメイドとして働くことになって、ひまわりはお金がいるようになったのだ。そう、僕が言ったのだ。僕の家に留まるのならば最低限食費を入れてもらいたいと。
結果ひまわりは内職を始めたのだけど、それがあまり芳しくなかったようでひまわりは頭を痛めた。
困っていたところ、澄渡空にお金を貸していたことを思い出し彼を探すことにしたというのが今回の経緯。
いやさ、紅糸さんと澄渡空が知り合いだからよかったものの、そうでなかったらどう考えても働くよりも苦労な道になったことは間違いない。何でわざわざ茨の道をあるこうとするのだろうか?というか、そこまで働きたくないか、ひまわり?
流石、引きこもり&ニートである。
その行動原理は僕には到底理解が出来ない。理解したいとも思わないけれど。
まあつまるところ、世界脅威である澄渡空と接することになってしまった原因というのは、突き詰めれば僕が原因であった。
自分でまいた種であった。
だから澄渡空に喧嘩を売られたことも全て僕のせいということだ。
自業自得。この世の全ては自業自得。
だから僕はひまわりを怒りはしなかった。
あまりの想像していた場の落差にこけたことについても自業自得だし、それに澄渡空にお金を返してもらって、トコトコと僕のところに歩み寄ってきたひまわりはもう滅茶苦茶可愛かったから怒りなどという感情はどうでもいいのだ。
あぁ!もう!本当にひまわりは保護欲を刺激してくるなぁ!
ひまわりのほうが僕なんかよりも段違いに強いのだけど、護ってあげたくなる。
しかもそれだけならまだしも、僕にお金を渡した後に更に追い討ち。
「これで観凪さんと一緒にいられますね」
そして必殺のひまわりスマイル!!
あぁ!もう!あぁ!もう!あぁ!もう!
可愛いなぁ!もう!
これ!もう、これなんていう生物!?家に持って帰って飼っても大丈夫かしら?
…………ダメに決まってるだろ。
落ち着けよ、僕。
深呼吸、深呼吸。
ひまわりスマイルの破壊力はとてつもないから、しばらくの間他のことに目を向けていよう。
周囲を見ると、紅糸さんと澄渡空が会話をしていた。
よし。彼らの会話でも聞いて気を紛らわすことにしよう。
「う~なぁ。う~なぁ。う~な!」
「何唸っているんだよ、紅糸?腹でも痛いのか?バファリン飲むか?バファリン。まあ俺は持ってねえけど」
「持ってないなら言うな!それよりあいつら見ろ!何かいい雰囲気じゃないか!どうなってんだ!」
「どうなってるって、付き合ってるんじゃないか?あの二人?」
「そんなわけあるか!バカ!」
再び『でっかいパンチ』を澄渡空に繰り出す紅糸さん。
そして先程あれだけ避けていた攻撃をあっさり喰らうドMさん。
「あいつら言ってたもん!そういうことはないって言ってたもん!あいつらが付き合ってたら、私だけ仲間はずれになるじゃないか!私だけ仲間はずれだなんて嘘だぁあ!嫌だぁ!うなぁ!」
澄渡空が星に帰った方向に叫び続ける紅糸さんだけど、あれだけ飛んだのだから確実にその声は届いていないだろう。
さぁて、今度は何分で返ってくるかなぁ?
前よりも飛んでいったように見えたから、数分じゃなく数十分かかるだろうか?
「尺の関係上早く帰ってきました」
60秒もしないうちに帰ってきた。
尺が読めるとは、澄渡空は紅糸さんやひまわりよりも空気が読める能力に長けているようだ。
……今この場における尺って何?
帰ってきた澄渡空は相も変わらずピンピンしていた。
紅糸さんの必殺技を喰らったのに?
ひまわりですら気絶する必殺技を喰らったのに?
一度目の時紅糸さんは澄渡空がガードしたと言っていたが、あの時もそして今も、彼がガードしたようには僕は見えなかった。
澄渡空の能力を一度として視認出来ない。
能力名は確か『天断』と言っていたはずだ。『天断』、アマタチ、あまたち……わかんね。
考えてもどんな能力かわかんね。
まあいいか。
澄渡空の興味はもう僕に向いていないので、彼と敵対することはおそらくないだろう。
敵対することがないだろうから、別に澄渡空の能力がわからなくても何ら問題ない。
「うな!もっと飛んでいけばいいのにぃ!」
「紅糸のその気の短さは長所でもあり短所でもあるな。敵よりも早く攻めに入ることが出来そうだが、しかし冷静な判断がダメそうだ。ところであのでかい赤い腕だが、普通に気持ち悪いな。センスを疑うぜ」
「うっさいわ!お前にセンスを語られたくない!」
「この公園の色合いもセンスないよな?……って、おかしいな?確かこの公園、この間俺が戦闘で全ての遊具をぶっ壊したはずだが」
「お前か!」
そうして、澄渡空は三度目の星になった。
澄渡空……彼と出会ったことで、出会ったからからこそ、僕らの運命は加速することになった。
動くのを嫌うひまわり。
基本思いつきでしか行動しない紅糸さん。
そして流されるだけの僕。
僕ら三人だけでは到底動かない。
澄渡空の存在が僕らの行動の起爆剤になった。
……のだろうか?




