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由々敷日和の存在否定(2)

「うな!私の携帯を盗んだのは日和さんだって!?」

「十中八九間違いないと思うよ」

紅糸さんに無理矢理引きずられるという、思考するには劣悪な環境下のもと、僕はそう推測した。

「そうなバカな!クラスメイトが盗んだと考えるのが妥当ではないのか!?」

「いや、僕らのクラスメイトは全員教室の中にいたし……」

その時点で彼らの疑いは晴れるのだけれど、携帯電話が盗まれてよっぽど気が動転しているのか、紅糸さんの頭はそこにたどり着くことはなかったようだ。

「携帯電話を盗んで教室から……更には学校から出ていったとなるとクラスメイトじゃない。外部の犯行であることは間違いないんだ」

「しかし、それは外部の犯行と決まっただけで日和さん個人と断定するのはいささか早計ではあるまいか?」

「……日和さんには『透明化』の能力がある。先生の目を盗んで紅糸さんの携帯を袋から取り出すなんて造作もないことだよ」

加えて日和さんは紅糸さんの携帯電話を一度見ている。

紅糸さんが空に連絡をした際に日和さんもその場にいたので、日和さんは紅糸さんの携帯電話を断定できる。

『透明化』で自分を完全に視界から消し去り、盗んだ紅糸さんの携帯電話をも『透明化』させる。

これは僕らの知人では日和さんしか出来ない芸当である。

「うな。確かに日和さんは犯行が可能だが、動機はなんだ?何で私の携帯なんて盗むんだ?」

「紅糸さん……日和さんは見ていたよね?紅糸さんが空に電話をかけるところを見ていたよね」

「うな!」

「動機は復讐だよ。空との唯一の連絡手段である紅糸さんの携帯を盗んで空との決着をつける気なんだ」

おそらく、この推理で間違いないと思う。

いくつも出た推測の中で一番しっくりとくるものがこれだった。

ただ、それでも気になることが一つある。

「うな……復讐と言ったって、日和さんは空に勝てるのか?その進化した新たな能力が使えるようになったということなのか?」

「僕も疑問に思うのはそこなんだ」

「うな」

「僕は日和さんの能力の改変が終えるのはもっとずっと先だと思っていたんだ。それこそ一年、よくて数ヶ月はかかると踏んでいた。それが完成するまでは動かないと考えていた」

「数年って、まだ数日しか経ってないぞ!誤差どころの差じゃないだろ!ミナギンの観察眼が狂ったか!?」

「そうなんだ。いくら何でも早すぎる。向上心で何とかなるレベルじゃない」

喩え日和さんにたぐいまれなる才能があったとしても、早すぎる。

復讐心……想像もつかない感情の起伏。

それが能力の改変に爆発的に良い方こうに作用して、信じられないほどの期間の短縮に成功したのだろうか?

「うな……もしかすると、日和さん。能力の改変なんてどこ吹く風で何の策もなく空に挑みに行ったのではないか?」

「可能性はゼロじゃないけれどゼロに近いと思うよ」

「ほうな。どうしてそう思うのだ?」

「日和さんは感情的に行動するけれど、割と計画的に論理的に策は練ってくるよ」

そして巧みに嘘を吐く。

僕らはそれにまんまと騙されて、そして喫茶店で日和さんは空に襲いかかったのだ。

『天断』の能力によってその計画と行動は完全に打ち砕かれたのだけれど、それでも日和さんが曲者であることには変わりない。

愚直な行動を彼女はしない。

「とりあえずひまわりは呼んでおこう。世界脅威である澄渡空に対して用意する戦力は少しでも多い方がいい。だからこの縄を少し弛めてもらいたい」

携帯電話を盗られてしまった紅糸さんには連絡手段がないので、僕からひまわりに連絡するしか術はない。

そういうわけなので、紅糸さんに僕を縛っている縄の締め付けを弛めてくれるよう頼んだのだけれど、紅糸さんはちょっと疑問顔であった。

何故ここでそのような顔をする?僕を縛る縄を弛めるのがイヤなのだろうか?

とか考えてしまったが、違った。

「うな?澄渡空と敵対することになるのか?私たちは?」

「え?普通に考えてそうじゃないの?」

「だって日和さんは改変された能力で滅茶苦茶強くなるんだろ?だったら止めるべきは空よりも日和さんではないのか?」

日和さんの改変された能力について紅糸さんに詳しく語っていなかったので、どうやら勘違いされているようだ。

「いや、日和さんの改変された能力は滅茶苦茶強くなるわけじゃないよ」

「うな?滅茶苦茶強くならんのか?だってミナギン空を倒せるって言ったじゃないか?」

「空の絶対防御を破れるって言っただけだよ。『透明化』から派生した能力……『消失』の属性を持つ能力が日和さんの改変された能力だ」

「『消失』……だと。涼宮ハ」

「何でもゲームとアニメのネタに持っていくの、やめてもらえますか!」

そんな単語でボケられたら、『消失』どころか『憂鬱』や『憤慨』なども使えなくなってしまう。

「うな。ミナギンそれは違う。原作はラノベだ」

「ライトノベルだろうが何だろうがやめてください!もう少し真面目に生きてください!」

「真面目に生きるだと!?それは私のアイデンティティと相反する個性だな」

確かに世界征服をもくろんでいるわけだから、真面目に生きるというのは紅糸さんの個性からはかけ離れたものかもしれない。

だが毎回思うのが、それに付き合わされる僕の身にもなってもらいたいということである。

「んで、『消失』が何だったか?……確か日和さんの改変された能力が『消失』だとかいう話をしていたのだったな」

「おぉ、紅糸さんが自分から話を戻した」

これは珍しい。今まで決してそういうことがなかったわけではないのだが、しかし滅多にないことは確かである。

ボイスレコーダーを携帯していたら、今の台詞を録音しておきたいと思うほど珍しいのだ。

「『消失』の能力、か。確かにこれは恐ろしいな」

能力の説明は一切していないのだけれど、紅糸さんにはその能力がどんな能力であるか、第六感的な感覚で察知したようだ。

そう、日和さんの『消失』の能力は恐ろしい。

しかし、おそらくだが、『透明化』と同じ特性も有しているはずだから、必ずしも対応不可というわけでもないだろう。

二人を止めるにはひまわりは必須だ。

身体能力だけを抜き出せば、ひまわりを越える能力者はこの世にいないだろう。過言かもしれないが、僕はそう思う。

「『消失』ではメインヒロインが長門になってしまうからな。この物語のメインヒロインである私にとっては死活問題だな」

「ラノベから離れろ!」

日和さんの能力は当然劇場公開されたものとは別の能力である。

なので紅糸さんは安心してもらって構わない。そして少しはシリアスになってほしい。

今回は確実にそういう話なのだから。

「まぁラノベから離れたところで『消失』という能力名でも強そうな、そして厄介そうな能力だとうかがえるがな。そして日和さんは勝算があるのだから空に挑むのだろう?ならば止めるべきは日和さん、助けるべきは空、となるのは当然の流れではないのか?」

「日和さんに勝算ができるだけで、その確率は非常に低いよ。あくまでも勝利の目が見えるだけ。ただそこにたどり着くには相当な死地を潜らなければならない。いくら日和さんの新たな能力が空の命に届きうる能力だからって、それでも空の戦闘力の前では霞んでしまう。だから助けるべきは日和さん。止めるのは二人だ」

止めるべきは二人……この事実が非常に厄介だ。

挑むのは日和さん。ならば日和さんさえ止めればこの争いは止められるようにも思われるが、そうならないのが澄渡空である。

澄渡空は戦闘狂だ。

相手から挑まれ戦闘が始まれば、戦闘狂の空を止めるのは本当に至難の業だろう。

まず口での説得はかなり難しい。

強硬手段での腕力に訴えての説得だって世界脅威である空では、紅糸さんを持ってしてでも決してたやすいことではない。

故に橙灘ひまわり。肉弾戦では最強に位置するひまわりが必要なのだ。

僕の知っている限りでは絶対防御を持っている空に一撃を加えたのはひまわりだけなのだ。

絶対防御の……あれ?

何かおかしいような……ていうか絶対におかしいことがあるのだが。

しかし今は気にかけている場合ではない。

ひまわりを一刻も早く呼び、合流するのが何をおいても優先すべきことである。

「紅糸さん。僕はひまわりを呼びたい」

「うな、そうだな。空とやり合うのならばひまわりは絶対に必要だ」

「だからそろそろこの縄を解いてくれないか?これじゃあとても携帯電話を取り出せないよ」

そうして、ようやく僕は自由の身になった。


自由の身になった僕はこれから立ち向かわなければならない困難に耐えきれなくなって逃げ出した、ということはなく、先ほど言葉に出した通りに携帯電話でひまわりを呼び出し、そしてひまわりと合流した。

ひまわりは緊急であることを僕の声色から判断したのか、もの凄いスピードでやってきた。

今日は虎顔も兎顔もつけていない。勿論、龍の面だってつけていない。

見慣れた素顔だった。

それだけ急いでやってきたのだ。あのひまわりが。

しかしその急いだ代償は決して安いものではなく、人見知りのひまわりが果たして仮面を付けずに真っ昼間から一人で外を出歩けるのか?という疑問に対しては当然無理だったらしく、どうしたかというとこの間学校の屋上にひまわりを呼んだときと同様によそ様のお家の屋根を飛び移ってここまでやってきたらしい。

そして当然の如く、いくつもの屋根の屍を越えてここにたどり着いたという。急いでいたのでその被害は前回とは比にならないとのことだ。

……また僕が頭を下げて直しに行かないといけないのか。

橙灘ひまわり……メイド姿で可愛らしい容姿をしているからといって騙されてはいけない。

彼女は無意識にモノを壊しまくる破壊神であった。

無意識的に厄介な人物という面を取り出して考えれば、そこだけは紅糸さんを凌駕する。

まあグダグダとひまわりへの愚痴を綴るのはこれぐらいにして、とにかく三人揃った。

僕らが今立っている場所は、かつて僕らとひまわりが初めに対峙した山の麓だった。

紅糸さんが言うにはちょうど僕らが初めて対峙したところに携帯電話を盗んだ犯人がいるらしい。

そして僕の読みではその人物は日和さんで、最悪の場合空もいると考えていた。

「うな。ひまわりと合流も出来たことだし、急ぐか。日和さんがいつ私の携帯を盗んだのかは定かではないが、下手するともう空を呼んでいるかもしれないからな。事態は一刻を争うだろう」

「そうですね。それでは……」

ひょいっと僕の身体をまるで荷物のように抱えるひまわり。

「うん?あれ?これ、どういうこと」

「どういうこととは?」

「何で僕はひまわりに抱えられてるの?」

「理由ですか?だって観凪さん走るの早くないですよね?私と紅糸さんは縮地の如くスピードで地を駆けることができるので、急ぐのであればこうして観凪さんを抱えていくしかないんです」

抱えていくしかなかったらしい。

確かに、僕はひまわりの『雷華』を使えても身体がしっかりしていないので、反動で身体がボロボロになってしまう。故に『雷華』は使用できない能力なのだけれど、まぁ、何というか……毎回思うことだけれど、僕って男の子だよね?

どういうわけか女の子である紅糸さんとひまわりのほうが僕の十倍は男らしかった。

少しは僕も鍛えた方がいいのかしら。

と思考までどこか女の子らしくなってしまう僕であった。

「じゃあ、行くぞ!」

「あっ、ちょっと待って、みんな」

紅糸さんが音頭をとり、紅糸さんとひまわりの両名が膝を曲げまさに今走りださんとするその絶妙なタイミングで、僕はそれを止めてしまった。

勢いあまってバランスを崩し転けそうになる紅糸さん。

「何だ!ミナギン!時間がないんだから急ぐって今言ってたばっかだろ!」

「いや、まあ、そうなんだけれど……その前に大事な話がある」

「何だ!それ!今言わなきゃならないことか!」

「今、言わなければならないことだよ」

「……」

真剣な様子の僕の態度に、自然に紅糸さんは口を閉ざし静かに聞いてくれた。

「紅糸さん、ひまわり。今回空と日和さんを止めるために、僕らは僕らの持てる戦力をつぎ込んで彼らを止めなければならない」

口で言って済むのならばどんなに平和的な解決なのだろうか。

しかしそんなことは到底望むことなどできない。

僕らが止めるべき相手の片方は復讐に囚われているし、もう片方は戦闘狂だった。

相手は戦力での解決しか方法を知らない。

ならばこちらも戦力をもって応えるしかないのだ。

言葉が通じない相手を押さえ込む術はいつだって暴力だった。

不本意であるのだけれど、それしか術がないのであれば仕方がないのである。

けれど……

「けれど殺し合いはしないでくれ。僕は今回の戦闘で生じた傷はすべて治すつもりでいる」

それは敵味方問わず、である。

「でも僕は死人を治すことは出来ない。だからどんな状況に陥っても相手を殺さない。自分を死なせない。その二つは絶対に守ってほしい」

きっとこの願いは自分勝手な願いだとは重々に承知していた。紅糸さん、ひまわり、そして空。この三人は紛れもなく達人クラスの戦闘能力を有している。

そしてそれぞれが別ベクトルでの強さを持っている。

その三人が戦闘を初めて殺し合いにまで発展させないでくれというのは虫が良すぎるとわかっている。

だが、わかっていても僕はそれを望む。

敵だろうが味方だろうが、もう人の死を観るのは嫌なのだ。

それが親しい人ならば尚更だ。

僕の滅茶苦茶な願いに紅糸さんは……

「アホか。ミナギンは」

「……」

そう、一蹴した。

うん。まあ。その。無茶な要望をしていることは承知していていたのだが、ここまで明確に否定の意をとられるとは意外であった。

しかしここは譲れない。

無茶な要望だけれど、絶対に通させてもらう。

と考えていたが、続く紅糸さんの言葉は僕の考えていたものとは別のものであった。

「そんなの当たり前のことだろう」

「え?」

「誰が好き好んで殺し合いなんてするか。……あぁ、空のアホは別だったな。私は短気だがその結果相手を殺してしまうなんていう愚考は絶対にしない。人殺しは絶対の悪だ。たとえどんな理由があろうとな」

「紅糸さん」

「ミナギンに言われなくても私は相手を殺して止めるなんていうことはしない。まあ多少痛めつけるかもしれないが、絶対に殺しはしない。それはひまわりも同じだ。なぁ?ひまわり?」

「え?あ、はい」

突然話を振られた為かひまわりの受け答えはどこかたどたどしかった。たどたどしかったが、確かにひまわりも紅糸さんの意見を肯定した。

……そう、僕がいちいち頼まなくても彼女らは正しい行動が出来るのだ。

だから僕の願いなどきっと余計なことだった。

「そんなことよりも急ぐぞ。着いたらどちらかが死んでいたなどという話になっていたら洒落じゃすまん」

「そうだね。急ごう!」

と勇ましく音頭をとるも、僕は自分の足ではかけることは出来ず、ひまわりに抱えられ情けなく移動するしかないのだった。



紅糸さんの『隠糸透華カクシイトトウカ』の追跡の終わりには、やはりというか予想通りというか、日和さんと空の存在があった。

日和さんと空の二人は距離をとって向かい合っているものの、お互いの殺気は十二分であり、いつ戦闘が始まるかわからない緊迫感を持っていた。

「うな。ミナギンの読み通りだというわけか。ここまで読み切ると何か怖いものがあるな」

そんな紅糸さんの言葉は無視して僕は状況の整理を行った。

日和さんと空の状態を観測する。

長年行ってきた人物の観測。不本意でやらされていたことではあるが、それが要所要所で役に立っていることを鑑みると、成る程。彼らが掲げた理想もあながち間違いでもないないのかもしれない。

そこに人間らしい感情などなくても、である。

その結果二つの化け物が産み出されたとしても、である。

日和さん、空両名は殺気はお互いにぶつけ合っているものの、両方とも傷一つついていない綺麗な身体をしていた。

またどちらも焦燥感を感じておらず、どちらもどこか含みを持たせた態度をとっている。

どうやら日和さんは本当に『透明化』の先にある能力を開花させたようだ。

僕は『ログ・パズル』の型をTYPE-Bへ変更し、日和さんの『消失』系の能力の詳細を探ろうと考え、やめた。

ここからは一秒も惜しい戦いになる。

日和さんの能力を詳しく知ることは重要なことではあるが、即治癒に移れなくなるという状態は避けたい。

澄渡空、由々敷日和、紅糸紬、橙灘ひまわり……それぞれが絶対的な攻撃力を持ち、その総てがごちゃまぜで戦い合うような状態になることが予想される。

誰がどのような傷を負うかわからない。

だから僕が優先すべきは、真っ先に傷を癒すことが出来る状態でいること。それにつきるだろう。

「……何の用なん?紅糸さん」

空にぶつけていた殺気をそのままに、日和さんの鋭い眼光が僕らを射ぬいた。

殺気という名の悪意を数えるほどしかぶつけられなかった僕は、そこで思わずたじろいでしまった。

復讐という凄まじい憎悪の感情に完全に飲まれてしまった。

だがそれは僕に限った話で、他二名は違ったらしい。

「うな。何の用とはすっとぼけたことを言う。私にはわかっているのだぞ」

わざわざ日和さんらにこれから何をするのか尋ねるまでもない。

これだけあからさまに剣呑な場を作られては、それを止めるのが僕らの役目なのだ。

「日和さん……否!由々敷日和!」

紅糸さんが日和さんを指さし、そして堂々と言った。

「お前が私の携帯を盗んだことは私にはお見通しなのだ!」

「そっちかよ!」

こけながらツッコんでしまった。

「何だ、ミナギン?訳のわからんツッコミをする。私は携帯電話を取り返すためにここまで奔走したのだから、それを宣言するのは何らおかしいことはないだろう?」

「うん!まったくおかしいところはないんだけれど!流れ的にはそこの二人の戦いを止める宣言をすべきだよね!携帯電話云々は後にしてもよかったよね!」

「いいわけあるか!携帯電話とはただの電話にあらず!私にとっては身体の一部同然なのだ!それを盗られたならば何よりも優先して取り返すのが筋ってものだろう!」

「あぁ!わかったよ!僕のツッコミが悪かったよ!ごめんなさいでしたぁ!」

僕のツッコミは決して間違っていないと思うのだが、謝罪の言葉を述べて先に進むことにした。

「というわけで、返せ。私の携帯」

「意外に面白い方なんね。紅糸さんって。『孤高の美少女』とは言えんけど」

日和さんの言うとおりである。

紅糸さんのどこをどうみて、『孤高の美少女』と名付けたのだろうか?

しかし僕自身も一時期そう思っていた時期があるわけだから、一方的に文句は言えないのだが。

「そうねん。これから激しい戦闘が始まるわけだからん……」

日和さんはポケットから携帯電話らしきものを取り出した。

真っ赤に着色されたそれは、遠目からでも紅糸さんの携帯電話であることが認識できた。

「先に返しておくねん」

そしてそれを、まるで小さな子供が転がしてしまったボールを優しく返してあげるように、紅糸さんに放り投げた。

「うな!」

けれどそれはボールなどではなく、繊細な部分も少なくはない携帯電話なわけで、このように投げて渡すものでは断じてない。

故に紅糸さんは慌てふためいた声をあげながら携帯電話に飛びついた。

野球のファインプレーのように素晴らしいキャッチで携帯電話を捕球(?)する紅糸さん。流石に運動神経がいいだけはある。

慌てながらも難なくそれを捕ってみせた。

「うな!何するか!」

「何って?携帯を返しただけなんよ」

「精密機器を投げて返す奴がどこにいる!携帯電話を只の便利ツールだと思うな!人によってはそれが人生の一部と言っても過言ではないほどの重要なツールなんだぞ!」

さっきは身体の一部と宣言して、今度は人生の一部だと言っている紅糸さんだった。

そしてそれは流石に過言だった。

紅糸さんにとってはそう思えるほどの道具かもしれないが、しょせんは道具なのだ。

只の道具が人生の一部などになるわけがない。なってはならない。

「それは悪かったねん。私は携帯に固執しない人種だからねん。それが如何に重要かなんてわからんのよ」

「うな。今度時間が空いているときにたっぷりと調教してやる」

「不穏な言葉はとりあえず無視してん……さて、紅糸さん」

「うな?」

「携帯は返したんよ。用件が終わったならこの場から去ってくれないん?これから私は澄渡空を殺さなければならないんよ。この世界の害悪である澄渡空を私は殺さなければならないんよ。ナイフで心臓を一刺しして殺さなければならないんよ。包丁で目玉から脳味噌まで突き刺して殺さなければならないんよ。金槌で頭蓋骨を叩き割って殺さなければならないんよ。鋸で首を切断して殺さなければならないんよ……」

「……」

日和さんの明確な殺意が呪詛となり僕らに打ちつけられる。

復讐……圧倒的過ぎる、その負の感情に僕は完全に打ち負けた。

気持ちが悪い。吐き気を催すほど、気持ちが悪い。

僕は今まで復讐が悪いことだとは考えたことがなかった。

それは僕が『喰鬼』に対して復讐心を抱いているからという理由も勿論あるのだが、さらには復讐というものに正義を感じていたからだ。

あいつに大切な人を殺されたから殺す。

人が人を殺すことは悪であるが、復讐ならばいいのではないか。そう考えたこともあった。

しかしこの日和さんの絶対的な負の感情……これのどこに正義があるのだろうか?

わからない。

何が正しいか全くわからない。

恥を忍んで告白すると、僕は日和さんに完璧に呑まれていた。

僕には絶対に日和さんを止めることは出来ない。そう確信してしまうほど、日和さんには何ともいえない迫力があった。

「ふふふ」

それは突然だった。

突然紅糸さんがわらい始めた。

日和さんの狂気に当てられた直後のタイミング。

紅糸さんは狂ってしまったのだろうか?

……否!紅糸さんは僕とは違って強い人間だ。

これは狂ったわらいではない。

「ふふふ……ははは!面白いではないか、由々敷日和!久方ぶりに見るぞ!これほどまでに狂っている人間は!」

単純に楽しんでいるわらいだった。

「私は狂っていないんよ。何かが狂っているとしたらそれは世界の方」

「成る程、確かにお前の世界は狂っているかもしれないな。由々敷日和」

「……何が言いたいんよ?」

「うなに。私は世界というのは観測者によってその形を変えると考えているのだ。世界が素晴らしいと感じているのであればその人はきっと素晴らしい人間で、つまらないと感じているのであればその人はきっとつまらない人間なのだ。世界は自分が作り上げていくものだからな。世界を語るというのは一種の鏡だと私は思うのだよ。自分を写す鏡だとな」

「……」

「そう考えると、どうだ?由々敷日和。世界が狂っていると考えるお前は、やはり狂っているのではないか?」

「はん!そんなの戯れ言以外の何者でもないんよ!」

「うな。そうだな。こんなものは単なる戯れ言かもしれない。しかし人によっては真理かもしれない。果たしてお前はどうかな?由々敷日和」

「……」

「うな。うな。だが安心しろ。それに関しては安心しろ。由々敷日和……否!ここにいる全ての人間は心から安心していいぞ!そんなつまらなく、下らなく、そして狂っているお前等の世界を、私は一つも残さずに征服してやる!ミナギンとひまわりはもう征服されているも同然だからさし当たっては由々敷日和!澄渡空!お前等の世界を征服してやる!世界征服!それが私の野望なのだからな!」

「……くくく。あはは」

今度は反対に日和さんがわらい始めた。

「私を狂人だと言ってたんけど、紅糸さん。あなたも充分狂人なんね」

「狂人だと思うのならそう思っていればいい。私は暴君だ。そして暴君はいつの時代においても民の支持を得られないというのは理解している」

「それで?その暴君が私たちの世界を征服すると言うんけど、何をもって私たちの世界を征服をするのかしらん?」

「お前等の野望を蹂躙することで征服する」

「……」

「今回の件ならば、お前等が行おうとする闘争を徹底的に、かんぷなきまでに蹂躙し、二度と戦いたいなどと思えないようにしてやる。復讐なんて恐怖で忘れてしまうほどに、戦闘狂などと二度と宣言出来ないほどに打ち砕いてやる!」

紅糸さんのその台詞はどこをどう取っても悪役の台詞であるけれど、その悪役の台詞が今の僕にとってはとても頼りがいのあるものであった。

日和さんの狂気など忘却してしまうほど、僕は紅糸さんを信頼していた。

紅糸さんならきっとこの二人を止めることが出来る。

「はぁ、流石の私もここまではっきりと敵対すると言われるとは思っていなかったんよ」

日和さんはため息一つついてそう言った。

「いいよん。わかった。紅糸紬……あなたが私の前に立ち塞がるというのであれば、私は当然それを突破させていただくよん」

そうして、日和さんは臨戦態勢に入ったのだった。

「あれ?何か俺忘れられてね?」

ちょっと蚊帳の外に追い出された空はおいて、紅糸さんと日和さんの戦いが始まった。


臨戦態勢に入った日和さんは人目でわかるほどその容貌を変化させた。

先ほどまでは只の制服姿だったのだけれど、それは只の制服姿ではなかったことを知る。

制服にはありとあらゆる武器になりそうな道具が括りつけられていたのだ。

ナイフ、包丁、鋸、金槌に加え、彫刻刀、鋏、小刀、コンパス……etc。

ここまで過剰な武装をしていれば、移動するのにも一苦労だと思うのだが……

「うな。そうか、『透明化』の能力で武装を隠していたか」

「流石にこの格好で歩いていたらお巡りさんに捕まっちゃうんよ」

「ふん。だがそんな一般的武装で私を倒せると思ってるのか?」

「それはやってみなければわからないんよ」

そう言って、日和さんは数ある武装の中から鉈を選んでその手に取った。

そしてそれを大きく振りかぶると、野球選手のような投擲で紅糸さんにそれを投げつけた。

クルクルと縦に綺麗に回転をしながら、それは紅糸さんに迫った。

「うな!そんなもの!」

紅糸さんの身体能力ならばそれを避けるのはたやすいことだっただろう。

それなのに紅糸さんは避けるという選択肢を選ばなかった。

紅糸さんは自身の新たな能力『紬糸』で赤い網を具現化した。おそらくそれで投げつけられた鉈を絡みつけて無効化してしまう気なのだ。

日和さんの攻撃を避けずに無効化する選択をした紅糸さん。それは本来ならば正しい選択であろう。

避けるのではなく無効。何をしても自分には攻撃が届かないということを最初の一手で示そうとしたのだ。

日和さんの戦意を欠くには非常に有効な手段だ。おそらくこの後に何手か同じやり取りがなされるのだろうが、それも同じように紅糸さんが無効化し、そのうち完全に日和さんは戦意をなくす。

それが紅糸さんが画いたビジョンだった。

それは正しい。本来ならば、通常ならば、今回の不殺の誓いを結んだ戦闘において、これほど正しい行動はないのかもしれない。

しかしそれは通常ならば、の話である。

新たな能力……『消失』の能力を手にした日和さんに対しては、紅糸さんの行動は悪手以外の何物でもなかった。

紅糸さんが具現化した赤い網が回転する鉈を捉えた。鉈を捉えることを考えてのことだろうからその赤い網は鋼鉄のような強度を誇っているのだろ。

紅糸さんの表情には余裕ともとれる笑みが浮かんでいた。

だが、鉈の回転は止まることはなかった。

回転する鉈。それを包むように捉えた赤い網。

そこで鉈の動きは止まるはずだった。それこそが紅糸さんが思い画いた手である。が、実際には鉈は止まらず、まるでそこに網などないかのようにすり抜けていった。

否、存在しないのは鉈の方である。

『消失』……存在自体の消失。『透明化』が派生した日和さんの新たな能力。

どんな攻撃だろうが、どんな防御だろうが無効にする、『消失』の能力。

「うな!」

自分の策が外れたことで、紅糸さんは若干の混乱を見せた。

一瞬、なにが起きたかわからなかったのだろう。

今でもわかっていないかもしれない。

しかし、その後の紅糸さんの動きは素早かった。

鉈の攻撃の無効化が無理だと判断した紅糸さんは、攻撃を無効化するという目的を切り捨て、攻撃を避けることを選択したのだ。

紅糸さんの判断は素早い。

迫りくる鉈の動きからして、今から避けるのは造作もないことだっただろう。

造作もないことだったと思うのだが……

「紅糸さん!危ない!」

「うな!」

まさかの邪魔が入った。

橙灘ひまわりである。

紅糸さんの危険を察知したひまわりは、紅糸さんが回避の行動をとるよりも早く動いていた。

ピンチの仲間を助ける。それは大いに結構である。美しい描写であるとも思う。

けれど、その方法がまずかった。

ひまわりは『雷華』で極限まで強化した肉体を存分に使用し、全速力で紅糸さんに駆けていき、そして……

そして全力を以て紅糸さんを蹴りとばした!

「うな~~~~~~~~~~~!!」

結論を先に言うと、紅糸さんは鉈の攻撃を受けることはなかった。

鉈は目標を見失い、地面に叩きつけられ転がった。

日和さんの攻撃は受けることはなかった。

しかしだ。紅糸さんはこの場から退場した。

ひまわりの全力キックを受け、紅糸さんは星になったのだ。

そう。それは奇しくも紅糸さんがかつてひまわりを『でっかいパンチ』で遙か彼方(僕の住む部屋)まで飛ばした時に酷似していた。

つまり、日和さんの攻撃を受けなかったが僕らは戦力を一つ失ったのだった。

「ふぅ。危ないところでした。あと少しで紅糸さんが鉈の餌食になるところでした」

一仕事終えたかのように、爽やかな顔でそう言うひまわり。

対照的に僕らに敵対する日和さんと空はぽかーんとした顔をしていた。

僕も彼らに倣って、同じリアクションを返したいところではあったが、とても残念なことにここに残ったツッコミが僕一人しかいなかったのでそれに倣うわけにはいかなかった。

「何やってんだ!ひまわり!」

「何って……紅糸さんを助けるために動いただけですが」

「うん!そう聞くとひまわりは何も悪くないように感じるからとても不思議だよね!でも結果は全然ダメだからね!もうこれ以上ないってぐらいダメな行動したからね!ひまわりは!」

「えぇ?何がダメだったんですか?」

「紅糸さん!紅糸さんがいなくなってるでしょうが!」

「あれ?本当だ?紅糸さん、どうしたんでしょうね?」

「ひまわりが蹴り飛ばしたんだよ!」

あれだけの大事を起こしておいて、ひまわりは全く以て気づいていなかった。

空気が読めないスキルもここまでいくと恐怖を感じてしまう。

「またまた。私の『雷華』は主に速度が強化されますから。人を飛ばすなんてそんな紅糸さんの『でっかいパンチ』並の攻撃力、持っていませんよ」

確かにひまわりの『雷華』は攻撃力の面では紅糸さんの一歩後ろを歩いていた。

僕らとひまわりが初めて手を合わせたとき、ひまわりの攻撃はせいぜい防御態勢の紅糸さんをほんの数メートル後退させる程度のものだった。

今のように紅糸さんが星になることはなかった。

なかったのだが、現実問題、紅糸さんは星になった。

レベルアップしている。

ひまわりの戦闘力は確実にあの時よりも向上している。

念のため『ログ・パズル』をTYPE-Bに型変更し、ひまわりを観てみる。

やはり、ひまわりの能力は著しく向上していた。

「ひまわり。どうしてかはわからないけれど、『雷華』の能力と身体能力が前よりも上がっているよ」

「本当ですか?いつの間に」

「いや、それは僕も聞きたいところだ」

能力の向上。

それ自体は珍しい話ではない。

日和さんの『消失』だって『透明化』から向上した能力であるし、紅糸さんは能力の鍛錬を沢山してさいきょうだとか言っていた。

ただ、それらは能力の鍛錬を行っていることが前提である。

ひまわりと戦った後から、僕は毎日ひまわりと顔を合わせているのだから、断言できる。

ひまわりは何の鍛錬もしていない(キッパリ)。

紅糸さんの修行を手伝ったこともあるそうだけれど、あれはあくまでも紅糸さんの修行の手伝いであって、ひまわり自身はそこまで鍛錬していないはずだ。

つまり何もしていないのに、せいぜい家事手伝いを行っているだけで、ひまわりの戦闘能力は著しく向上してしまったのだ。

そんなことが起こり得るだろうか?僕は起こり得ないと思う。

まさか、ひまわりはいつか僕らを打倒するために、秘密に特訓しているということだろうか?

いや、無いな。

毎日ひまわりと紅糸さんのユルユルのやり取りを見ていればわかる。ひまわりは僕らに何ら敵意を持っていない。

ひまわりが僕らと楽しそうにするのは、演技でもなんでもないことはわかっている。

故に、僕らの打倒の為の秘密の特訓という線は消えてなくなったのだけれど、それならば何がひまわりのレベルアップに繋がったというのだろうか?

「あっ、ひょっとしてあれでしょうか?」

ひまわりに何か心当たりがあるようだ。

「あれってなに?」

「秘密の特訓です」

「秘密の特訓してた!」

ひまわりを信じきっていた僕はあっさりと騙されていた!

「いつ!いつ秘密の特訓なんてしていたの!?」

「いつと言われましても……ほぼ毎日ですけれど」

「ほぼ毎日秘密の特訓をしていた!?」

毎日顔を合わせているのに僕はそれに気づかなかったというのか!?

そんなことがあるだろうか?

「平日は観凪さんたちが学校に行っている間に日々黙々と特訓を重ね、紅糸さんが帰ってくればそれを試す毎日をおくっています」

「毎日黙々と……えっ?何だって?」

「毎日黙々と特訓を重ねています」

「いや、そこじゃなくて、その後」

「紅糸さんが帰ってくればそれを試す毎日をおくっています」

紅糸さんが帰ってくればそれを試す毎日?

毎日紅糸さんに特訓の成果を見せていたというのだろうか?そしてそれに僕が気づかなかった?

そんなことがあるだろうか?

無いように思えた。

「……ねえ、ひまわり。その秘密の特訓の内容っていったいどんなのなの?」

「どんなのと聞かれても、教えたら秘密じゃなくなってしまいます」

「そこをなんとか!」

「うぅ、観凪さんにそこまで頼まれれば秘密の特訓を明かさなければならないですね。秘密の特訓とはあれです。ゲームの腕をあげるための特訓です」

「只の遊びじゃねぇかよ!」

秘密の特訓でも何でもなく、只単にゲームで遊んでいるだけだった!

というか、そんなんで能力が向上するわけがないだろう!

ひまわりがピンっと閃いた意味がわからない。

「遊びとは失礼ですよ、観凪さん。私はゲームの特訓で、如何に自分の能力『雷華』をそれに有効に使えるか、いつも検討しているのです」

「それが遊び以外の何だって言うんだ!そしてそんなので能力が向上するか!」

「いや、わからないぜ」

今まで黙っていた空が割り込んできた!

いや、頼むから話をこれ以上ややこしくしないでくれ。

「ひまわりは『正義』にいた時はほとんど能力を使用していなかった。仕事の時に、敵と対峙した時にほんの少し使う程度だった。それが毎日、ゲームの為とはいえ能力を使用していたんだ。向上してもおかしくないだろう?」

「そうです。向上してもおかしくないです」

「いや、でも……」

そんな楽に能力が向上するのなんて、何というかずるいような気がする。

血の滲むような努力をしてこそ、それに伴って能力が向上するならわかる。納得できる。

しかしひまわりがやったことといえば、自分の趣味に全力を注いだだけだ。そこに血の滲むような努力など全くない。

「いえ、私だってコントローラーが血に染まるほど、ゲームの特訓をしましたよ」

「紅糸さんもそうだけれど、君たちは本当に当然の如く僕の心を読んでくるね。そしてもう一つつっこませてもらうと、ゲームセンター嵐か!」

「そんなことはどうでもいいんだよ!」

また空が割り込む。

あ、何か嫌な予感が。

「腕を上げたじゃねえかよ、ひまわり!とりあえず戦おうぜ!」

空の戦闘狂という特質が、ダメな方向へ作用した。いや、戦闘狂などという特質がいい方向に作用するはずがないか。

「いやですよ。空さんはゲームがうまくないじゃないですか」

「ゲームでじゃねえよ。実戦でやり合おうって言ってるんだよ!」

「余計いやです。空さんの能力面倒ですから」

「そこをなんとか!」

拝み倒してまでひまわりに頼む空。

戦闘狂……戦いこそが全てという狂った考え方。強い奴と戦うためなら、意地もプライドもないのだった。

その全てをなげうってまで目的に向かう姿勢は尊敬の意すら感じる……わけがなかった。

ひまわりに拝み倒すその姿勢は、正直情けない以外の何物でもない。

そんな情けない空の目の前にナイフが通り過ぎた。

「あまりこっちを無視するなんよ」

「……」

……しまった!すっかり日和さんの存在を忘れていた!

ひまわりが紅糸さんを退場させたことで気が動転していたらしい。敵意を向けられていた相手を忘れてしまうなんてどうかしている。

「こっちはそっちを殺すつもりでいるんよ。それなのに無視するなんて頭おかしいじゃないん」

いつの間にか、日和さんの中では僕らと空は一くくりになっていた。

こんな戦闘狂と一くくりにされてはたまったものではないが、しかし今回の事態に関しては好都合かもしれない。

かつて僕らが描いた勢力図では僕らVS空VS日和さんの三竦みの状態であった。

それが僕ら+空VS日和さんになったのだ。

戦力的には大いにUPしたに違いない(紅糸さんは戦力から外れてしまったが)。もっとも空という戦力がうまく機能してくれるとは限らないが……

「……今のナイフ、俺の『天断』の防御壁の中に入ってこなかったか?」

「入ってきたからなんなん?私の新たな能力『存在否定』はどんな防御も意味を持たないんよ」

『存在否定』?『消失』と僕は名付けたが、日和さんはそう名付けたか。

「絶対攻撃力か!面白え!想像以上に楽しめそうだ!いいぜ!ひまわりよりも先にお前とやってやるぜ!」

「空!殺し合いは……」

「観凪。手前はいつまで甘っちょろいことを言っているんだ。相手は殺意を以てこちらに挑んできているんだぜ。それなのにこっちは殺さないという誓いを以て相手と対するのは、それは相手に対する侮辱じゃねえのか?」

「……」

日和さんの目は本気だ。

本気でこちらを殺そうとする目だ。

それは空だけでなく、邪魔をするなら僕らを殺すのも厭わないという決意の目だ。

日和さんの決意は本物。

それに対して僕はどうだろうか?

彼女の本気を受け止められるだけの覚悟があるだろうか?

「来るぜ!観凪!」

僕の覚悟が決まらないうちに、日和さんは駆けだした。

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