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奉仕活動みたいなものをしてみよう

戦況は最悪だった。

あの一撃で、『フェンリル』の半数以上の人間が死に追いやられた。

こんな能力聞いたことがない。

それは規格外すぎた。

『フェンリル』……新たな能力を持つものと、それを持たざるものとの圧倒的差を見せ絞めるために構成された組織。

人は俺たちを犯罪者だと言う。

しかし違う。俺たちは選ばれた人間なのだ。

俺たちは普通の人間とは違い、個性的な能力がそれぞれに備わっている。

それは数年前に地球に落ちた隕石が原因であるというが真相は定かではない。

ともかく、俺たちは選ばれたのだ。

人間以上に進化したのだ。

だから俺たちは人間ごときに制されてはならないのである。

実際『フェンリル』の活動はうまくいっていた。

警察はおろか、国であろうとも俺たちの動きを止めることが出来なかった。

正に世界は俺たちのものであるように思えた。

その矢先のことであった。

『フェンリル』に喧嘩を売る輩が現れたのは。

名を『正義』と言った。

古典的に果たし状を送りつけられ、そして正々堂々とそこで宣言されたのだ。

全ての『フェンリル』の構成員を打破すると。

俺たち『フェンリル』はその挑発に乗りかかった。

それは組織として若かったからかもしれない。構成員の数は数百を越えるが、組織が出来て一年と数ヶ月。

それにどんな輩が相手であれ、新たな能力を有する『フェンリル』には適うわけがない。

そう、それが同じ新たな能力を有するものでなければ。

そして『正義』との決戦の日が今日であった。

決戦の場所は俺たちが常日頃たむろしている廃ビル。

『フェンリル』はその構成員全てを呼び寄せた。挑発に乗った意味もある。自信があったのだ。自分たちはやられないという自信。そのため非戦闘員もこの場に呼び寄せていた。

対する『正義』が用意した人材はたったの一人。

しかもまだ中学生にも満たないような子供であった。

油断はあった。

たったの一人、しかも子供がこのような場に出てくるなどバカにしているにも程があると考えていた。

しかし、そいつのたった一度の攻撃で、全ての考えは変わった。

辺りにはバラバラになった仲間の死体。

俺はそいつから割と遠い位置にいたから助かった。

奴の近くにいた仲間は悲惨なものであった。原型も残っていないほどバラバラにされた。

その惨状を見て、俺は一目散に逃げ出した。

他の残った連中も同じであった。まるで蜘蛛の子を散らすように俺たちは逃げ出した。

できるだけ奴と距離をおきたかった。

階段を上り、適当に見つけた部屋に隠れこみ息を潜めた。

うまく息を潜められているかわからない。心臓は高鳴り、呼吸も乱れている気がする。

俺はそれを必死に抑えながら状況を整理した。

いったい何が起こったのか?

奴が攻撃を行ったのはわかる。だがその攻撃の方法がわからない。

何かを具現化したようには見えなかった。それに拳を当てたとか、そういうわけでもない。

ただ奴が手を振るっただけで、その周囲の人間がバラバラになった。触れてもいないのにバラバラになった。そういう印象を受けた。

真正面からやり合っても勝てる気がしない。

いや、もうあれは勝てるとかそういう話ではないような気がする。

一方的な、こちらの意思など全く構わない、蹂躙者。

俺も見つかったら、確実に殺される。

あれは人間じゃない。人の形をしていながら人ではない。

ガタガタと身体が震える。寒いからではなく、恐怖から。

見つかったら殺される。だからここから早く出なければならない。だが、ここを動くということはあれに見つかりやすくなることを意味する。

ここから出たいが、ここから出たくない。

矛盾した葛藤がいつまでも続いた。

しかし、永遠には続かなかった。

「最後の一人はここか」

あれはいとも簡単に俺を見つけた。

「何だ?あんたら本当に巷を騒がせている『フェンリル』か?はっきり言って弱すぎるんですけど。正直、『カラーズ』にいた奴らのほうが数倍上なんですけど。それでよく世界と渡り合おうとしたね」

その声は、年相応の少年の声。

しかし、それが俺にとってはなによりも恐ろしい。

逃げ出したい。

逃げ出したいが、逃げ出した瞬間にきっと殺される。

だが、逃げなかったところで殺される事実は変わらないだろう。

「さて他の奴らはもう逝ったけど、どうする?あんたが最後だし何か言い残したいこととかある?出来る限り要望には応えてみるけど」

「タ……」

「ん?」

「た、助けて」

「バカじゃねえの?出来るわけないじゃん、それ。あんたが死ぬことはもう確定しているの」

「そんな!俺は、俺は殺されるほどのことはしていない!」

俺は戦闘向きの能力じゃなかったから、それほど大きな罪をおかしていない。

窃盗とか万引き、資金調達が主に俺の役目だった。

だから殺されるほどのことは……

「あんたの罪の重さなんてこっちは知らないんだよ。また興味もないね。そのような言い訳は地獄の閻魔様にでもするんだな」

「そ、そんな」

「言いたいことは言い訳だけか?それならもう殺すけど」

「ま、待て!」

俺は、もう助からないと覚悟した。

覚悟して自分がやるべきことを考えた。

やるべきこと。それはこの目の前の怪物をどうにかして退治することだ。

俺には無理だ。俺はここで死ぬ。

だが、何かしらのメッセージが残せれば、こいつに関するメッセージを残せれば、誰かがこの怪物を倒してくれるかもしれない。

俺は自分のことを正義だとかそうは思わないが、しかしこの怪物だけは世に残してはならない。こいつは確実にこの世界に害をなす存在だ。

だから、俺は最期にこう聞いた。

「お前の、名前を教えて欲しい」

澄渡スミワタリ澄渡空ソラ。じゃあ、死ね」



それは数年前の話だ。

新たな能力が目覚めた人間によって形成された組織『フェンリル』。

新たな能力による犯罪に対抗するため組織された『正義ジャスティス』。

その時の『フェンリル』の構成員数百。

対する『正義』はたったの七人。

二つのこの組織はその性質上、対決を余儀なくされた。

『フェンリル』は持てる戦力全てを費やして『正義』に対抗しようとした。

しかし『正義』は違った。

『正義』がその戦争で投入した戦力はたった一人。

しかも年端のいかない子供であった。

戦争は一晩で決着を迎えた。

全ての『フェンリル』構成員が殺されるという結果をもって。

この時の『正義』の子供が、澄渡空であった。

澄渡空の名は歴史の表舞台に上がることはなかった。

だが、特定の、闇の住人たちにはその名が知れ渡ることにはなった。

数年後、橙灘ひまわりと入れ替わるように『正義』を辞め、後に『天断』と呼ばれる世界脅威となる澄渡空。

彼がどうして『正義』を辞め、そして今どこで何をしているのか?

それは誰も知らないことであった。



休日だった。

休日だったのに、珍しく僕ら三人は外にお出かけすることになった。

三人というのは、まあいつも通り、僕、紅糸さん、ひまわりの三人だ。

ひまわりが極度の人見知り&引きこもりなので僕らが休日に外に出るというのは非常に珍しいことであった。

もっとも紅糸さんもひまわりとインドアな遊びをすることが楽しいらしく、最近はめっきり外に出なかった。

で、僕もその二人に付き合って外に出なかったり。ダメダメな三人であった。

さて、僕らを初見するかたはいまいち僕らがどのような人間であるかわからないと思うので、一応紹介を行うとしよう。

まず、ひまわり。

本名、橙灘ひまわり。職業、元『正義』。で、現在僕のメイドというよくわからないことをやっているのが橙灘ひまわりだった。

僕のメイドと言っても、僕はひまわりにその賃金を払うだけの余裕がない。そもそもそれはひまわりが勝手にやりたいと言い出したことなのだ。だからひまわりにはメイドの賃金を払っていない。

というかあまりメイドの仕事しない。確かに賃金は払っていないのだけれど、僕の部屋に居候しているのだから、少しはやってもらいたいと思ってはいるのだが、強く言えない僕がいたり。

まあ、あまり寄生虫のようにいられるのも困るので、月々ほんのわずかばかりのお金を(食費など)入れるように話してある。まだ一度ももらっていないけど。そのためにひまわりは内職をやっているのだが、それがうまくいっているかは微妙なところだった。

ひまわりの性格は、まあ先にも少し出ていたが、人見知りで引きこもり。ついでにニートの気もあるのだから困ったものである。更には天然ボケで、空気が読めず、それに対して僕がどれだけ苦労しているか、ひまわりには察してもらいたいものだ。

また最近は少なくなってきたが、ネガティブな思考に陥ることあり、それに巻き込まれると非常に面倒なことになる。

外見は可愛らしく、また今着用しているメイド服も似合っているのだが、それは目立つので普段着とかを着てほしいというのが僕の現在の切なる願いであったりする。

あ、後ひまわりは強化系能力者で、白兵戦だったら誰も勝てないんじゃないかというぐらい強い。

僕は戦闘系の能力者ではないのでまともにやり合ったら紙くずのようになってしまうだろう。もっともどんなことがあってもやり合おうとは思わないが。

次に紅糸さん。

本名、紅糸紬。職業、僕と同じ学生。というかクラスメイト。

クラスメイトなのだが、ひまわり同様に僕と同じ部屋で一緒に暮らしている。その経緯は非常にめんどくさく、よくわからないのでここでは割愛させていただく。

紅糸さんには大いなる野望がある。その野望の達成を僕に手伝って欲しいということで僕と紅糸さんは接するようになった。

まあその野望というのが『世界征服』で、しかも最近はまったくその動きがないのが現状なのだが。

どうも紅糸さんは『世界征服』なんかよりも僕らとグダグダ遊んでいるほうが楽しいようだ。

いや、僕も『世界征服』なんかよりもグダグダ紅糸さんたちと遊んだほうが楽しいのだけれど。

しかし物語の流れ的にそのままでもいいのだろうか?良くない気がした。

性格は『世界征服』を目指すものにふさわしいのか暴君で、わがまま。しかもボケをかましてツッコミを僕に強要してくる困った人だ。また空気の読まなささは天下一品で、ひまわりとタッグを組むと僕は手に負えなくなるのが現状だ。

猫が大好きだとか、変なところに怖がるところがあり、その辺はちょっと可愛いと思ってしまう僕であった。

外見はひまわり同様に良く、学校では『孤高の美少女』なんて呼ばれ方をしていた。

孤高と名がついたのは、僕と接する前はいつも一人で行動していたからだ。何故彼女が一人で行動していたのか、とても疑問であるがしかしまあ聞いたところで答えてくれないような気がしたのでそのことに関しては何も触れていない。

ただ、最近は紅糸さんが親しみやすくなったというのがクラスメイトの評判であった。

それが僕によることだとクラスメイトは言うのだが、真相はどうなのか定かではない。

紅糸さんの能力は万能具現化能力。

赤い糸のようなものを紡いでどんなものでも具現化させてしまうという便利能力だった。

また戦闘能力も高く、それ専用の武器を具現化していればあのひまわりにだって圧倒するぐらいの力を有している。

これまたひまわり同様に、僕が紅糸さんとやり合ったら紙切れみたいにやられてしまうだろう。

あぁ、それと紅糸さんの説明として決して忘れてはならないものが一つある。

それは「うな」だ。

いや、初めて耳にする方はそれが何であるのか全くわからないと思うのだけど、紅糸さんの様子を見ていれば何れ、というか必然的にわかるものだから、やはりここではそのことについては敢えてそれ以上触れないことにする。

ともかく、「うな」だ。「うな」あっての紅糸さんなのだ。

さて、最後に僕、蒼巳観凪についてであるが、別段面白い紹介はないので簡単に。

蒼巳観凪。十六歳。性別雄。

性格は誰にでも優しくて、まあ八方美人。

新たな能力は、直す能力だと周囲には認識させている。

正確にはそれは正しくないのだが、しかし正しいものがいつでも求められるわけではないし、直すことが出来るから直す能力で良いじゃないかと開き直ってみる。

実は前回、僕の能力が直すことではないということが紅糸さんとひまわりに露呈して、現在そのせいで少しめんどうなことになっていたりする。

まあ、僕の説明はこれくらいでいいだろう。

さて、この三人で休日に久々にどこかに出掛けることになった。

本当に久しぶりである。

というか、思い返してみると初めてだった。

基本ひきこもりで外に出ないひまわりに付き合っているせいか、僕らは着々とインドア派になりつつあった。

インドア派というと聞こえは良いが、それはやっぱり引きこもりで合った。

そうひまわりと一緒に暮らすようになってはじめてわかったのだが、引きこもりというのは伝染するのであった。

ひまわりが外出しないんなら、僕たちもしない。という暗黙の了解がいつのまにか出来上がっていて、みんなで仲良く引きこもりになっていた。

確実にダメな三人組であった。

そんなダメな三人組の久々の外出である。

さて、それは誰の発案で、そしてその場所は何処であるのか。

それをただ語るのは簡単であるが、経緯を説明しないことには厄介なことになるだろうから、とりあえず僕らがどうして外出することになったのかの経緯をこれから語ることにしよう。

まあ、僕らの場合、大体のきっかけは紅糸さんが原因であるのだった。



「うな。わかっているが念のため訊ねておくぞ。お前たち、明日暇か?」

いつも通りのんびりとテレビを見ていた僕とひまわりに向かって、紅糸さんは答えがわかっている質問をあえて投げかけてきた。

「はい。暇ですよ」

正直に、紅糸さんの行動に何の疑念も抱くことなくそう答えるひまわり。

「うな。一名確保、と」

……確保とか言っているし。

果たして暇と答えたら明日は何をさせられるのだろうか?

「ミナギンはどうだ?暇か?」

「その前に質問。僕らが暇だと何なの?僕らに何かをさせたいの?」

話の流れからいくとそうなのだろう。

しかし、果たしてそれは安全なことなのだろうか?

紅糸さんのことだから、また軽くそれに答えてしまうと命を賭けなければならない事態に陥るのではないのだろうか?

命を賭ける事態というのはいささか言い過ぎだったかもしれないが、けれど事前に何をさせられるのかを確認することはやりすぎではないだろう。

紅糸さんに対しては石橋をいくら叩いて渡ったところでやりすぎではない。

石橋でなくレインボーブリッジであったとしても叩いて渡りたいくらいである。

僕の質問に、紅糸さんは顎に手を当てて「うーん」としばらくうなった後、

「うな。ミナギン確保」

僕の質問に答えず、勝手に答えを出していた。

「こらぁああ!」

その一連の動きで、もう確定した。

紅糸さんはまたおかしなことを計画している。

そしてそれは僕抜きではどうにもならなくて、更に言うならば僕にはあまり教えることが出来ない……つまり僕に都合が悪い……ことのようだ。

この間の、ひまわりと対峙した時のような目は本当にごめんであった。

災厄の芽は出来るだけ刈り取っておかなければならない。

「何で僕の質問に答えてくれないのさ!?また危険なこと!?また危険なことなんでしょ!?そういうのに僕を勝手に巻き込まないでよ!僕は紅糸さんみたいに強くないんだから!」

「うな?いや、別に明日の用事は危険なことなんて何一つないぞ」

「じゃあ、何で詳細を教えてくれないのさ」

「説明がめんどいんだ」

「超自分勝手ですね!」

大体、紅糸さんが危険じゃないと言うのは、果たしてどれほどの信用が置ける言葉なのだろうか?……全く信用が置けない言葉のように感じるのは僕だけだろうか?

「それにミナギンはどう転んだところで、明日の用事には出席してもらわないと困るんだ。だから別に説明要らないし、ミナギンの意思も確認とらなくても良いだろう?」

「それ、人に頼みごとをするときの態度じゃないよね?どうして頼みごとをするときも紅糸さんは上からの目線なのかな?」

よっぽどの上下関係がない限り、人に頼みごとをするときはへりくだって行わなければならない。さて、僕らに上下関係はあるのだろうか?

微妙なところだった。

「うな。どうしてと訊ねるか。ならば答えよう。それが私の個性だからだ。英語で言うとKOSEIだ」

「それ英語じゃないから。ローマ字だから」

パーソナリティが正解である。

イントネーションだけ英語っぽくしてもダメである。

「う、うな!あ、あれだ!ローマ語で言うとKOSEIだ!」

「ローマ字はローマの言葉じゃないから」

「なにぃ!そんな馬鹿な!」

今のやり取りなら、バカは完全に紅糸さんなのだけど、優しい僕はそれを指摘できなかった。

「それならば私たちは何の為にローマ字を習ってきたというのだ!」

「アルファベットに慣れるためじゃない?」

少なくともローマの言葉を知るために習うものではない。そんなことは子供でも理解可能である。

「うなぁ。で、でもおかしいだろ?ローマで使えないのにローマ字なんて本末転倒もいいところじゃないか!それならローマ字は何処なら使えるというんだ?」

「日本じゃないかな?」

「うな!バカな!海外では活用不能だと言うのか!?」

「言うのだと思うよ」

しかし、アメリカならSUSI、TENPURA、HARAKIRI、は使用できそうだから正確には日本以外でも使用できるところはあるだろう。

けど、KOSEIは何処に行っても使えないだろう。

日本だって微妙なところだと僕は思った。

「Una. Nihon desika tukaenaitoiunaraba sikataganai. Ima kokode omouzonbun siyousurukotonisiyou」

「大した内容じゃないのに読みにくくするのはやめてよ。皆がっかりするよ」

果たして、誰ががっかりするのだろうか?

「まあ、暴君なのが紅糸さんの個性だということはよくわかったよ」

「ほうな。ようやく理解したか」

実は前からそのことは理解していたりする。

「でもね、いつの時代も暴君は民に支持を得ないんだよね」

「うな?」

「だから、僕もそんな紅糸さんを支持しない」

「うな!」

「うん。明日は久しぶりに識桜とどこかにお出掛けすることにするよ」

「うなあああぁああああああ!」

識桜というのは、紅糸さんと同じく僕のクラスメイトである。家族がいない僕にとって、一番長い時間接してきた人物でもある。

女の子で長い間仲良くしているから、付き合っているんじゃないかっていう噂が流れそうなものだけど、僕と識桜の間にはそのようなことはない。

純粋に友達付き合いをさせてもらっているのだ。

そんな識桜とたまにはどこかに出掛けるのもいいかもしれない。

このダメ人間の巣に留まるよりは、ずっと有意義な時間を過ごせることは間違いないだろう。

「言う!明日、何をするか教えるから待って!ミナギン待って!」

必死に(若干涙目に)、訴えてくる紅糸さん。

……割と最近この流れが多いように感じた。

うん。どうやら僕も紅糸さんに慣れてきたようだ。



「これは数日前の話になるのだがな、近所のある公園の遊具がことごとく破壊されていたんだ」

「それは人為的に?」

「うな。人為的にだ」

「……紅糸さん、ダメじゃないか」

「うな!わ、私じゃない!どうして私がそんな非生産的なことをしなければならないんだ!」

毎日非生産的な生活をしていると思うのだが。

そこは突っ込まないでいこう。

「ごめん、ごめん。冗談だよ」

「まったく。そんな冗談をいうなんて酷いぞ、ミナギン」

「でも公園の遊具って大体は鉄で出来ているよね。それを壊すとなるととても大掛かりな道具が必要になると思うんだけど。いや、道具って言うか重機が必要だと思うよ」

「いや、重機など機械が使われた痕跡はなかったそうだ。おそらく何かしらの能力で行われたものだろう」

「……紅糸さん」

「うな!だから私じゃないって言っているだろ!」

少なくとも普通の人間ならば素手で遊具は壊せない。

しかし目の前のこの二人は例外である。目の前の二人は道具を用いずに公園の遊具を壊すことが出来るとんでも能力者であった。

だから人為的に破壊されたとあれば、容疑者は紅糸さんぐらいなものだと僕は思ったのである。

ちなみにひまわりは引きこもりで、前回屋上で話をした一件以降外出をしていないため容疑者から外れる。

というわけで消去法により、紅糸さんが犯人ということになったのだ。

……実際は犯人ではないらしいのだけれど。

まあ、確かにそんなことをする動機が紅糸さんにはないか。

「何だ、ミナギン。私のこと嫌いなのか?嫌いだからそんなことを言うのか?」

「嫌いじゃないよ。ただの日常的な冗談だよ」

「うな。ちょっと毒がある冗談はいやだぞ」

自分は暴君のくせに攻められるのは苦手な紅糸さんであった。

「でも、それじゃあ誰が犯人なんだろうね?」

「破壊のされ方はどのような感じだったんですか?」

ひまわりが紅糸さんに聞いた。

ひまわりは元『正義』なので、もしかしたら破壊のされ方で犯人を特定できるのかもしれない。

『正義』で働いていた期間は伊達ではないということだ。

「うな。知らない」

紅糸さんの素っ気ない一言で犯人探しはすぐさま暗礁に乗り上げた。

「そもそも犯人探しなんてどうでもいいんだ」

「あれ?犯人を探すことが今回の目的じゃないの?」

「誰がそんなこと言ったか!私はそんなこと一言も言ってないぞ!お前たちが勝手に勘違いしただけじゃないか!」

「あれ?そうだっけ?」

会話を思い返してみると、確かに紅糸さんは犯人については特に触れていない。

というか、発言からしてみると犯人を探したがっているのはこの僕であった。

何だろうか?僕に隠れた正義感みたいなものが、今回の事件を許せないと言っているのだろうか?

とにかく犯人は必ず見つけ出さなければならないような気がする。

「犯人探しは警察か『正義』に任せていればいいんだ。私たちは私たちにしか出来ないことをするぞ」

「……いや、僕はこの犯人を絶対に捕まえる」

「うな!?」

「それが僕の使命のような気がするんだ。それが僕にしか出来ないことのような気がするんだ」

「うな!?うな!?どうした、ミナギン?何か変な電波でも受信したのか?」

いつの間にか電波な人になってしまった。

「わ、私はどんな観凪さんでもメイドはやめませんからね」

若干ひまわりに引かれてしまった。

くそぅ。たまには僕だってボケてみたかったのにその反応はないじゃないか?

もっと寛大な心をもって受け入れてくれてもいいじゃないか?

何だ?やっぱりボケは紅糸さんとひまわりオンリーで、僕なんかはツッコミでもしてれば良いって、そういうことなのか?

しかしながら、ここで引いておかないと二人には引かれたままになってしまうので、仕方がなく僕はそれをやめた。

「すいません。そういう流れだとちょっと楽しいかなと思ったんです」

「うな。ミナギンはそういうキャラじゃないから、いきなりだとちょっと引くな」

やっぱり紅糸さんにも引かれていた。

「わ、私もちょっとだけ引いてしまいました」

ちょっとどころかあからさまに引いていたひまわりだったが、それを指摘できるほど今の僕は強くなかった。

「まあ、確かにただの高校生が犯人を探そうなんておこがましいにも程があるか」

高校生は高校生らしく勉学と青春に励んでいればいいのだ。

「うな。まあ楽しそうではあるな。犯人探し。でも明日の用事はそれじゃあないんだ」

「それで、明日の用事というのは?」

「事件後、ふらっとその公園に立ち寄ったらな、子供たちが何だか寂しそうにしてたから明日私の万能具現化能力で遊具を作ってやると宣言してしまったんだ」

「ふうん」

「うな?意外と淡白な反応だな」

「まあ、紅糸さんらしいというか、腐っても優しい世界を目指しているだけのことはあるというか」

「腐ってない!何だ?私は豆腐か!?」

「豆腐おいしいじゃない」

「味しないじゃないか!」

「納豆よりもマシでしょ?」

「うな。そうかもしれないが」

「というか、豆腐って別に豆を腐らして作るものじゃないような気がするけれど」

「うな?そうなのか?でも豆が腐るって書くぞ?」

「詳しくは知らないけれどね。と、豆について語っている時じゃなかったよ」

話はあまり脱線させるべきではない。

僕らは話を脱線させると取り返しのつかないことになるのだ。

「紅糸さんが子供たちの為に遊具を具現化しようっていうのは理解したよ。でも、僕らは必要ないんじゃないかな?」

「うな?」

ひまわりは身体強化系能力であるし、僕は傷を治す能力。

重要なのは紅糸さんぐらいで、僕らはまったく必要ないと思うのだけれど。

「バカだなぁ。私の遊具で怪我をしたらいったい誰がその傷を治すというんだ」

「ちょっと待って!どんな遊具を具現化させるつもり!?」

「ジェットコースターとか、垂直落下するやつとか」

「公園でそんなものを具現化するなぁ!」

「でも安全面のテストは充分じゃないんだ。だからミナギンが必要なんだ」

「僕だって痛いのは嫌なんだ!」

「うな?痛い?」

あ、そういえば紅糸さんには、というか他人には僕の能力には痛みが伴うということは伝えてなかったのだ。

余計な気を使わせるだけだと思ったから。

まあ、でも紅糸さんやひまわりなら別にいいか。もう僕らは気が許せる仲間であった。

「まだ言ってなかったね。僕の能力は治すときにその痛みが僕に襲い掛かるんだ」

「うなに!」

突っ込まないぞ。

その「うなに」という変化形には慣れたから突っ込まないぞ。

うな煮。何だろう?うなぎを煮たものだろうか?それともうな似なのか?うなぎに似たものなのだろうか?

気になる。とても気になるが突っ込んだらきりがなくなる。

「だから死体は勿論のこと、重症の患者も治せない。痛みで僕が気を失ってしまうからね」

一度、本当に一度、この治す能力を使って死体を元の状態に戻そうとしたことがあった。

だけど、それは失敗した。

死の痛みに僕は耐えることが出来なかったんだ。

「何だ。そんなデメリットがミナギンの能力にあったなんて」

「万能な能力なんてこの世にないよ。それともう一つ。一日以上前の状態にも戻せない」

「うなじゅう!」

「それはおかしいだろ!」

ついに僕のツッコミが解禁された。

いくらなんでもこれは突っ込まざるをえない。

「『うなに』は辛うじて理解できるよ!『うな』と『なに』を掛け合わせて出来た語だって。でも今のは何!?何と何を掛け合わせたのさ!というかただボケたかっただけでしょ!意味なんてないんでしょ!」

「うな。ピ○チュウぽく発音するのがミソだ」

「いや、確かにそんな発音だったけどさ。意味はなかったでしょ!驚くリアクションで『うなじゅう』ってなに!ありえないよ!あと今この時にピカ○ュウまったく関係ないでしょ!」

「ピカチ○ウが驚いた時のリアクションを真似てみたんだ」

「ピカチュ○を真似る意味がわからないよ!後、○カチュウは驚いた時はあんまり自分の名前を叫ばないよ!」

『ピカっ』が正しいように思う。

となると、紅糸さんverにするには『うなっ』か?しかしそれだといつもどおりで、味がないし……

「……って、しまった!また話が脱線した!」

「ふふふ、かかったな。ミナギン。今日はなかなか話が脱線しないから大変だったぞ」

「くっ。しかし早い段階で気づくことが出来た!これならばさほど時間を無駄にした感は少なくて済む」

よし話の本筋に戻るぞ!

えっと、何の話をしていたんだっけ?『うなじゅう』の前の話題は……あぁ、そうだ。僕の能力は一日以上前の状態に戻せないという話だ。

何で結構真面目な話をしている時に、ここまで話が変な方向に持っていかれるかな?真面目な話をしているときは真面目になることが出来ないのだろうか、僕たちは。

「それで話を戻すけど」

「あ、その前にいいですか」

ひまわりが挙手をして何かを発言しようとしている!

まずい!この流れはまずい!

僕の第六感がフルに告げている。

ここで発言を許すと取り返しのつかない事態に陥ると。

ここは毅然とした態度で、その発言を却下しなければならない。

「うな。何だ?ひまわり」

却下しなければならないのであるが、残念ながら僕は話している途中で、そこから別の言葉を発するには若干のタイムラグがあり、その隙に紅糸さんがひまわりの発言を促してしまった。

「『うなじゅう』を聞いて思ったんですけど、ピカチュウってピカジュウだったら全然可愛くないですよね」

「やっぱりどうでもいい発言でした!」

そしてその発言はやはり却下しなければならないものであった。

ひまわりに影響を受けてか今度は紅糸さんが発言した。

「はっ!私はひまわりの発言を聞いてキュピーンと来てしまったぞ!凄いことに気づいてしまったぞ」

「何ですか?それは?」

「ピカジュウの頭文字の『ピ』を省くとカジュウ(果汁)になる。」

「だからどうした!」

まったく意味のない会話が展開されていた。

しまった。もうこの場は僕には収拾をつけることが出来そうにない。

後は紅糸さんとひまわりが飽きるまで待つしかなさそうだった。

「あ、嫌なピカチュウの名前シリーズやりませんか?」

「うな。いいな、それ」

何それ、と無粋なことはもう言えなかった。

というか、僕を抜かして二人で楽しんでいた。

「シカチュウ。鹿みたいなピカチュウです」

「イカチュウ。イカみたいなピカチュウだな」

「リカチュウ。理科実験が大好きなピカチュウです。あ、あとリカちゃんのピカチュウでもいいかもしれません」

「チカチュウ。地下にいるピカチュウだな。地面タイプの攻撃にも強そうだ」

「それだったら最強ですね!向かうところ敵無しです!」

「うな。一匹欲しいところだな」

「では、これからはもっと嫌なピカチュウです。いきますよ」

「臨むところだ」

「アルチュウ」

「シャブチュウ」

「マチュピチュ」

「チュパカブラ」

どんどん得体の知れない単語が飛び出していった。

もう僕はついて行く気はなかった。


ほっといたら一時間ぐらい二人で楽しんでいた。

よくそれほどまでにネタがあるものだと、少しだけ二人に尊敬の念を抱いたり、するわけがなかった。

「うな!楽しかった!」

「それはよかったね」

おかげで僕もTV番組を満喫することが出来た。あとニャータとも仲良くすることが出来た。だから全然寂しくなんかなかった。本当だからね!

「それで何の話をしていたんだっけ?まあいいか」

「まあよくなっちゃったの!」

「まあよくなっちゃったということは、さほど大した話はしていなかったということだろう」

「いや、そういうわけではなかったと思うんだけど、まあいいならまあいいか」

「そういうわけだから、明日は頼むぞ」

「はぁ、わかったよ…………ってなるか!」

「うな!」

場の状況に流されそうになったが、ギリギリのところで僕はそれに気づいた。

「さっきも言ったけど、僕は大きな傷は治せないの!だから安全面に問題があるジェットコースターやフリーフォール(垂直落下するやつ)なんて具現化しちゃダメ!」

「でも骨折ぐらいなら治せるだろ?」

「我慢して治すことは出来るけど……いや、そうじゃなくてね。えっと子供たちにそんなに過激なアトラクションを用意するように言ったの?」

「別に言っていないが?」

「だったら普通の公園の遊具を具現化してよ」

「それじゃあつまらないじゃないか!私は子供たちを『わっ』と驚かしたいんだ!」

いや、それはいつも遊んでいる公園にジェットコースターやフリーフォールがあれば大いに驚くだろうけど。

「ミナギン、私はお前に言ったはずだぞ。私の目指す世界を」

紅糸さんが目指す世界。それは優しい世界。それを実現するために紅糸さんは世界征服を計画しているのだが、最近は飽きたのか全然行動していないのが現状であった。

「私の目指している世界。それは優しい世界だ。だから私は子供にも喜んでもらいたいと思うわけだ。だから刺激的な遊具を用意したいんだ。私の考えがわかったのなら賛同しろ、ミナギン」

「紅糸さんの目指している世界像はまあわかっていたけど、それをわかったうえでも賛同は出来ないよ」

「うな!」

今の「うな!」には「どうしてだ?」という意図が組み込まれていることが読み取れた。

少しだけれど、ツーカーで以心伝心が出来るようになってきた僕たちであった。

「だっていくら刺激的な遊具を用意したって、怪我をしたらそれで全てご破算になるよ」

「うなぁ……でもそのためにミナギンに来てもらうんだぞ」

「僕の能力だって万能じゃないって。死んじゃったら治せないんだし、それにたとえ少しの間だったとしても怪我をするということはいいことじゃないよ。紅糸さんは子供に楽しい思いをしてもらいたいんでしょ?」

「うな。そうだ」

「それなら、少しでも嫌なことをあった思い出は無いほうがいいでしょ?それが平凡なものでもマイナスファクターはないほうがいい」

大きな怪我は場を盛り下げるだけだ。

それは紅糸さんも望むところではないだろう。

「……うな。わかった。じゃあブランコとかすべり台とかにする」

「うん。わかってもらって嬉しいよ」

「そうだ!ブランコは一回転して、すべり台は十数メートルの上から垂直落下する仕様にしよう!」

「僕の話聞いてました!?」

結局、僕は紅糸さんを説得するのに更に時間を割くことになったとさ。



それは今から十数年前の話に遡ることになる。

信じられないことかもしれないけれど、地球に七つの隕石が降ってきた。

学者たちが言うにはそれらの質量が地球に衝突したならば僕ら人類は絶滅しているはずらしいのだが、なんだかよくわからない力が働き助かったのだとか。

だけど、それが落下してきて何も無かったかというとそうではなかった。

その落下してきた隕石はそれぞれ何だかよくわからない力を発して、この地球上の生物に新たなる力を与えたのだ。

その力に統一性は無く、戦闘向けの能力を開眼するものもいれば、日常生活に全く関係の無いものもある。また新たな能力に目覚めない人もいた。

統計をとってみると、どうやら隕石が落下した近くに住んでいる人たちは能力が目覚めやすく、そしてその力も強い傾向にあるという結果が出ているらしい。

そして実は僕らの住んでいる近くの裏山にも、七つの隕石のうちの一つが落下した。

そういうわけだから、僕の周りには意外にもその新しい力を使えるものが多かった。


だけどその力が人に幸せを与えたかというと、それは微妙なところであった。

普通に生きていれば、そう思わないこともない。

この力を持っていて、僕は幸せだろうか。

僕はきっとその問いに対して素直に首を縦に振ることが出来ないだろう。



と、割と無駄な回想が終わったところで本編に戻る。

まあそういう理由があって、僕らは休日だというのに子供たちのために公園にいるのだった。

そう、いつの間にか僕らは公園に着いてしまっていた。

昨日の回想を僕の頭の中で行っているうちに着いてしまったのであった。

公園に着くと、紅糸さんは早速遊具を具現化し始めた。

それはジェットコースターとかではなく、昨日僕に言われたとおりこの公園にふさわしいブランコなどの遊具であった。

うむ、僕の昨日の説得も無駄ではなかったというわけだ。

若干ここでも同じやり取りをする羽目になるのではないかとハラハラドキドキしていたのだけど、それは杞憂で終わったようだ。

「うな!まあこんなもんだな!」

先程まで平地でしかなかった公園が、元通り遊具で埋め尽くされた公園になった。

……埋め尽くされてる!

地面が見えないほど遊具で埋め尽くされてる!

「どう見てもやりすぎだよ!紅糸さん!」

「うな?そうか。でもいっぱいあったほうがいいだろ?これだけあれば取り合いになったりはしないぞ。私は常々思っていたんだ。公園の遊具を取り合って喧嘩をするのはいかがなものかと。子供のうちから手に入らないという敗北感を味わわせるのは情操教育に多大なる影響を与えるのではないかと」

「流暢に語ってもらっているところ悪いんだけど、こんなにキツキツじゃあ遊具を使えないよ!というか、もうこれ遊具が積みあがっているだけじゃないか!」

TVで見たごみの山に似ている。

しかし紅糸さんが具現化したものは全て真っ赤になるから、ある意味それ以上に気持ち悪い光景が広がっていた。

子供が見たらトラウマになるんじゃないか、これ?

「うえーん!うえーん!」

というか、なっていた。

早めに来ていた子供が、目の前に広がる地獄のような光景を見て涙していた。

「ほら!泣いちゃってるじゃないか!早く具現化解除して!」

「えー、いっぱいあったほうが絶対にいいと思うのに」

「いっぱいありすぎだよ!そして一面真っ赤なのは子供の情操教育に確実に悪い影響を与えるから!」

「うな!私の能力を否定する気か!」

「四の五の言わず直ぐに解除しなさい!」

「うな!ミナギンが何か怖い!」

これ以上トラウマになる子供が増えないために、久しぶりに強気の姿勢を見せた僕だった。

数分後、公園は元のすっきりとした公園に戻った。

遊具も、まあちらほらとちりばめられた感じで、数箇所設置された。

僕はこの公園の本来の姿を知らないけれど、少なくとも一番遊具が破壊される前の公園に近い形となったことだろう。

しばらくすると子供たちの数も増え、公園は元の賑わいを見せた。

子供たちは紅糸さんの遊具を見ると、一目散にそれらに向かっていった。

待ち焦がれていたぶん、それらで遊ぶことが出来るという喜びは人一倍だったようだ。

そんな中、紅糸さんだけがふて腐れていた。

「うーな、ミナギンのケチ。ふんだ。何ごとも多いに越したことはないっていうのにな」

「まあまあ。みんな楽しそうだからいいじゃないか」

事実、紅糸さんの具現化した遊具は子供たちに大人気であった。

ブランコは一回転しないし、すべり台も垂直落下はしないが、それでも子供たちはその遊具で楽しそうに遊んでいた。

「紅糸さんがいたから、みんなあんなに笑顔で遊んでいるんだよ」

「うな」

「これが紅糸さんの目指している『優しい世界』なんじゃないかな?」

「……うな?」

紅糸さんは目をパチクリと開けると、目の前の世界を凝視した。

誰もが笑顔で、誰もが悲しむことがない世界。

「うな!そうだな!これ、そうだな!どういうことだ!私はいつの間にか世界征服を終えていたのか!」

「いや、終えてないよ」

「うな!終えてないのに世界征服後の光景が目の前に広がっているぞ!どういうことだ!?」

「別に世界征服をすることだけが、紅糸さんの目的を達成させる術じゃないってことだよ」

こんな小さなことでも、それは達成できるんだ。

うん?

それならば、世界征服なんていう茨の道を進むことはないんじゃないか?

こういうことをしていけば、それで紅糸さんの目的は達成できるんじゃないか?

僕はそれを紅糸さんに進言しようと思ったけど、その前に紅糸さんは言った。

「うーな、成程な。でもこのような小さな範囲では私の目指しているものには程遠いな。私のビジョンではもっと世界規模で皆を笑顔にしないとな」

「う、うーん」

まあそうなんだけど、でもこれはこれでいいような。

というか、僕らに世界規模のものを動かすことが出来るのだろうか?

僕らにはこのような小さな規模の幸せを作り出すことで精一杯のような気がした。

「でも今は目の前の奴らを楽しませないとな!よし!私も混ざってくるぞ!」

そう言って紅糸さんは走り去っていった。

なんだかんだいって、紅糸さんも楽しんでいるようだった。

子供たちと精神的年齢が近いようだから、どうやら子供たちと波長があうようだ。

流石に僕はそれに混ざる気はしない。

ひまわりも同じようで隅っこのほうでじっとしていた。

いや、ひまわりは単に人見知りだから混ざっていけないだけかもしれないけれど。

僕はひまわりに近づいていった。

そろそろ頃合だろう。

「元気?ひまわり?」

「え?えっと、はい。普通です」

と、まあ、最近さっぱりよそよそしくなった二人であった。

それもこれもあの時以来であった。

僕はその原因をわかっている。

だからその原因をなんとかするために、今この場でこのよそよそしさをどうにかしようというわけだった。

「……ひまわり。僕に聞きたいことがあるんだろ?」

「!!」

「気にせず聞いていいよ」

「でも、でも、でも……」

聞きにくいことだから今まで聞けなかったのだろう。

でもこの状況が続くのは僕ららしくない。だからこの状況はこれまでだ。

「『眠り病』のことだろう?」

「!!」

「僕と世界脅威である『眠り病』とどのような関係があるのか、それが気になるんだろう?」



世界脅威……世界の全ての力を持ってしても対応できないと言われる人的災厄。

現時点で観測された世界脅威は八つ。

観測された順から、『星墜ホシオチ』、『世教ヨキョウ』、『世界の敵』、『蒐集家コレクター』、『観測者オブサーバー』、『眠り病』、『喰鬼ショクキ』、『天断アマタチ』の澄渡空。

それは組織名だったり、能力名だったり最後に関しては個人名だったりするのだけれど、とにかく驚異的な八つの勢力。

普通の人間はその存在を知らない。

世界が隠しているのだ。

世界が、たった一つの勢力、またはたった一人に対応できないなどとどう公言できようか?

故に普通の人間が世界脅威の存在を知ることはない。

知ることはないのだが、僕はその存在のいくつかを知っている。

そして一つは僕の能力名にもなっている。

それが『眠り病』であった。

元正義であるひまわりはその名を知っていて、前回僕がその能力名を語ってしまったからさあ大変。

……いや、実際にはまったく騒ぎになんてなっておらず、ただ僕ら二人に気まずい雰囲気が漂っているだけなのだが。

「あの、あの、あの……」

僕から世界脅威の名が出たのが意外なのか、ひまわりはかなり慌てふためいていた。

「あの、やっぱりそうなんですか!」

「主語とかいろいろ足りていないけど、言いたいことはわかったよ」

ひまわりはどうやら僕が世界脅威の『眠り病』かどうかを訊ねたいようだ。

「あの、あの、あの!私!たとえ観凪さんが世界脅威の『眠り病』でも変わりませんから!変わらずにメイドをしますから!私の仕える人は観凪さんしか考えられませんから!一生観凪さんのメイドですから!」

「物凄いことを告白されたけど、まあいいや。結論から述べるけど、僕は世界脅威の『眠り病』じゃない」

「そ、そうなんですか?それじゃあどうして『眠り病』なんて能力名を?それに世界脅威をどうして知っているんですか?」

「僕は世界脅威じゃないけど、知り合いに世界脅威がいなかったわけじゃない」

「知り合いに世界脅威の『眠り病』がいるんですか!?」

「うん、まあ」

正確には『いた』なんだけど、わざわざ進言することでもないだろう。

「世界脅威はただでさえ人に知られていないのに、その中でも『眠り病』はその存在すら正確には確認できてないのに、その方と知り合いなんですか!?」

「うん、まあ」

そうなんだよなぁ。

彼女は世界に多大なる影響を与えたのだが、その存在は世界に観測されなかった。彼女の能力だけが世界に観測されただけだった。

だからひまわりは僕を世界脅威だと勘違いしたのだろう。

「僕の『眠り病』は……彼女の能力に近かったからね。ネーミングをいただいたんだ」

「そうだったんですか」

うん、まあ、嘘も方便だよね。

僕が世界脅威の『眠り病』でないことは真実であるけれど、能力名の由来はまったくの嘘っぱちであった。

語るわけにはいかない。

あの時のことは全て胸のうちにしまっておかなければならない。

「でも、よかったです。観凪さんがあの『眠り病』ではなくて。あ、えっと、観凪さんがあの『眠り病』でも私の決意は変わりませんからね!」

「……」

別に彼女は世界の脅威になろうとは考えていなかった。

『世界の敵』とは違う。

彼女は世界の形を変えようと試みただけだった。結果それは成功しかけた。

だけど、最後までそれは行けなかった。

イレギュラーな存在により、それは途中で中断した。

僕は彼女の存在を悪だとは思わない。だから彼女のことを悪く言ってもらいたくなかった。

「世界脅威、か……」

「あ、それじゃあ観凪さん。もしかして他にも世界脅威のお知り合いの方はいらっしゃるんですか?」

「うん?いや、まあ、いるけど」

自然とお茶を濁す形になった。

世界脅威などという危険な存在、本当ならば関わりたくないというのが本音だからだ。

しかしどういうわけか僕はそれと接する機会が多いんだよなぁ。

謎だなぁ。

「それじゃあ知りませんか?」

「……何を?」

「第八世界脅威、澄渡空の行方です。私は彼を追っているんです」

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