第三話 山へ
「霧が濃い…」
山を登り始めてから三十分がたっているが、突然霧が出てきた、その霧から獣の唸り声が聞こえる。一応警戒して、銃を取り出しておく、周りに人はいない、パニックになることは無いはずだ。
引き返す事も考えたが、後数分すれば着くようだ、前進を選んだ。
地図をもう一回見て、道を確認した時だ。
突然、霧の中から狼の様な獣が飛び出す!
グルル…という唸り声を上げ、押し倒された。
必死にもがくが、力が強い。
首元を噛み切られそうになる前に、首元に一発、発砲した。
乾いた銃声が周囲に響く、血を飛び散らせ、顔にかかる。静かにそいつは力無く倒れた。死体を退かして周囲の音を聞く。
なぜか周りから声が聞こえない。
代わりにまた別の唸り声が聞こえてくる。
「こいつはまずいことになったぞ…」
こちらに向かってくる足音が複数、迎撃の体制をとる、一匹視界に飛び込んできたところへ2発外して1発命中。その左から一匹、1発外して1発命中、同時に左右から二匹、一匹づつ発砲、ここで弾切れのはず、とりあえずこの場所から逃げる事にした。
走りながらパーカーの下に引っ掛けておいたマガジンポーチから一つマガジンを取り出し、切れたマガジンをその取り出したポケットに戻し、新しいマガジンを銃に差し込む。
ARには後ろから三匹程の足音が近づいてきていると確認した瞬間、ARがオフラインになった。周囲の電波状況が悪い。
銃をズボンのポケットに入れて、ひたすら頂上に向かって走る。
突然、石の階段が見えたため、急いで階段を登る。
突然、鳥居が見えてきた、
どうする?入ればやり過ごせるかもしれないが、人がいれば巻き込んでしまうだろう。
しかし、こんな山奥だ、霧も濃いから人も少ないだろう。
階段を登り、鳥居をくぐったところには一人の巫女装束を着た女性が竹箒で掃除していた。
「早く逃げろ!化け物が襲ってくる!」
その巫女に声をかけると、竹箒を置いてこう言った。
「…やれやれ、またあいつらが来たわけね…」
そのままその場を動かなかった。
「おい!早く逃げろ!」
そう言っている間に奴らが来た。
とりあえず本殿、つまり巫女がいる方向へ走った。
奴らの頭が見えた、と思った瞬間、巫女が考えつかない行動をとった。
その少女は、裾からお札を取り出し、投げた。
「………えっ?!」
二度見をしたが、どう見てもただの紙だ、そんなもので奴らが倒せるのだろうか?いや、できない。
その投げられたお札が、奴の胴体に刺さった。
俺がポカンとしている間に次々とお札を投げ、ドンドン刺していく。
とりあえず、こちらも発砲して、一匹づつ倒していく。ふと横を見ると、今度は陰陽の模様が塗られているボールを投げ、奴らを吹き飛ばしていた。
しかし、横を見ると、タイミングを見計らっている奴らが見えた、その瞬間少女に飛びかかった!
少女のそばに急いで向かい、その飛びかかりを左腕でそいつの進路を塞ぐ。
当然噛み付いてきた。鋭い痛みが左手を襲った。中々離れない、牙に毒でもあるのだろうか、少し意識が朦朧としてきた。
右腕に持った銃で頭を撃ち、力が抜けているところを無理矢理引き剥がす。
「なかなかやるじゃない、こちらに来なさい、奴らが血の匂いを嗅ぎつけてやってくる」
「いや、結構です、私一人なら逃げられますので」
そう言って断ると。
「ふーん、でも気をつけることよ、今のあいつらは血に飢えている、普通の三倍くらいの速さでくるわよ?どうする?」
あの速さの三倍……引き離せてもしばらくすればこちらの限界がくる。逃げられないだろう。
「……なら、お邪魔させていただきます」
そうして彼女が先に本殿に入り、後ろを警戒しながら俺も本殿に入った。
しばらく獣の唸り声が閉じた障子から聞こえてきたが、すぐにどこかへ行ってしまったようだ。
「あんたはなぜこんなところへ来たのかしら?」
そう聞かれた、レポートの為と言ったら怪しまれるかもしれない、とりあえず
「ある人に登ってくれ、と頼まれたんです」
そう答えると、ふーん、あんたは運が無いわね、と言われてしまった。
「ところで、あんたがさっき噛まれたところは大丈夫なのかしら?」
と、言いよってきた。
「いや、大丈夫です、すぐ治ります」
「そう、ところで奴らの牙には確か毒があった筈だけど……?」
袖の上から傷口の毒抜きをする。
「あ、あんなところに奴が」
「どこだ!?」
彼女が指を指した方向を咄嗟に見てしまい、振り向いた瞬間にハッとした。
はめられた!
防ごうとするが、既に左袖は捲られ、腕に巻いた包帯が現れる。
その包帯を目にも止まらぬ速さで取り外してしまった。
「あら、こんな風になってたのね」
地肌には円や六芒星、四角といったものが複雑に組み合わさって、皮膚に描かれていた。それらは全て乾いた血のような色で塗られている。
「ふーん、スペックホルダー、ね」
……?なぜこの言葉を知っている?
スペックホルダー……所謂能力持ちは、体のどこかに何らかの紋章がある、この話はまた今度にするが。
このスペックホルダーという単語はあまり世間一般には広まっていない、
一部、同じ能力持ちか、オカルト関係に興味がある人は知っている。
そもそも能力持ちの人間が数少なく、出会っても、だからなに?という反応を示す上、マスコミには政府から能力持ちの起こした事件を取り上げないよう監視しているため、あまり知られていない。
そのことをなぜ知っている?
「何で?て顔してるわね、教えてあげるわ、巫女の勘よ」
勘だけで知らない単語が出てくるものか、ますます怪しむと、
「それよりもあんた、強くなりたいと思わない?」
…………はっ?彼女はそのまま言葉を続ける。
「あんたさっき数発外していたでしょう?私があんたを強くすれば百発百中よ、どうする?」
「え、ちょ、ちょっと待ってください」
制止を聞かずになにやら怪しげな呪文を唱えていた。
聞いても何を話しているかわからない。とりあえず八百万の神に何か頼み込んでいるような内容なのは確実。
彼女が全て言い切った後に、左腕に描かれていた紋章が突如輝き出した。
「な、何だ?!何が起きている?!」
「ふん、成功したみたいね」
成功した?どういうことだ?
その言葉を聞くが早いか、だんだん眠くなってきた。
「いいかしら、今後何があろうと、自分の意思で、自分の目的の為に考え、悩んで、動きなさい、そうすればきっと答えやヒントが手に入るはず」
すると、今度は別の声が聞こえてきた。
「だから、自分の力を信じなさい、
貴方が、世界を変えるのですから。
その腕に刻まれた紋章……それがきっと貴方の力や知恵になるでしょう。
これまでとは違い、もう一つ上の段階へ、
ランクS、下谷亮、これから頑張りなさい」
その言葉を最後に、意識が深い闇へと沈んでいった。
確かに俺は気絶する前はしっかりとした神社にいたはずだ。しかし、今は神社の廃墟にいた。
隣には包帯、それと陰陽玉のような玉がついたチェーン製のチョーカーと手紙が一枚。
この首飾りはきっと貴方の力になるでしょう。
手紙にはこう書いてあった。
名前は無い。
左腕に目を落とすと、先程見たときと紋章が変わっていた。
いままでの線だらけではなく、円や文字が増えている気がするが……気のせいか。
とりあえず、チョーカーを首にかけ、神社から出ることにした。
腕を見られた以上、家から送ってもらう必要がある物が増えた。
どこからかの視線を感じながら下山した