seauch 5.
夜。
キルはパソコンの前でうなっていた。
柴原の情報が、少なすぎる。
場所特定ソフトを立ち上げたものの、彼の特徴が少なすぎるのだ。
「……無理だな……」
キルは、椅子にもたれかかった。
静けさが周りを包んでいる。軽い寝息は、部屋の近いニカとミイのものだろう。エヌもとっくの前に眠ったはずだ。
「……私も寝るかな」
言った瞬間。
「……キル……」
「おわえっ⁉︎」
突然の声に、不覚にもおかしな声が出た。
「……悪い、おどかした」
「へ? ……んあ、何だチシャか……」
後ろにいたのは、瞼がとろんと垂れたチシャだった。瞬きが速い。まだ寝足りないのだろう。
「……早く寝ないと……体壊すぞ」
「おぉ。チシャが言うと説得力あるわ」
苦笑して、パソコンを閉じる。
「……発信機のことだけど……」
「うん。……って、あれ⁉︎ なんで知ってんのチシャ⁉︎」
「んー……丁度その下りで起きたから……」
「あぁ、そう」
キルは閉じたパソコンに、ホコリがかぶらないようにシートをかける。
「その発信機……花笠にもつけないかな……?」
チシャが、言った。
……今、何と?
「え?」
キルは思わず聞き返していた。
チシャは今、『花笠教授』とは言わず、『花笠』と呼び捨てにした。
それは、疑っている人にしか使ってはいけない言葉。
「チシャ……?」
「依頼人を……疑うのは良くないと……俺も思うよ。でもさ……万が一ってことがある……」
だんだんフェードアウトしていくチシャの声。
そうだ。誰より命を大切にしてるのは、チシャなのかもしれない。いくら無茶を言っても、ここのルールを決めたのは、他でもないチシャだ。
「……分かった」
キルは大きくうなづいた。
「明日、行ってくるわ」
「ん……よろしくー」
チシャが、ちょっと口角を上げた。
「突然申し訳ありません」
「いえいえ。何か御用ですかね?」
笑ってコーヒーを淹れる、男。花笠だ。
「もう一つ確認しておきたい点ができまして」
「ほう。何でしょう?」
花笠がソファに腰を落とすか落とさないかという瞬間だった。
「わーっ、カッコいー!」
突然、隣のニカが立ち上がった。机に滑り込むようにして取り上げたのは、
「ニカっ……このやろ……!」
携帯電話、だった。
「やっば、このスマホのカバーカッコいい! ね、キルもそう思うよね!?」
「バカ、お前何やってんだよ……っ!」
カバーを外そうとするニカから、急いで取り上げてつけ直す。
「すいません、このバカが」
「いえ。とんでもない。元気がよくていいですね」
にこりと笑う花笠。
「ぷー、キルのケチ」
「黙ってろ。……すいません」
いえいえ、と笑う。花笠に出されたコーヒーカップに手を伸ばし、一口飲んだ。
「あの……用というのは」
「あ、すいません。実は、ここの生徒たちの順位を知りたいのです」
「え……それは……できませんね。個人情報ですし」
「捜査に必要なんです。お願いできませんか。もしどうしてもというのであれば、全員に許可もとります」
花笠は少し考え込み、少しお待ちください、と言って、部屋を出て行った。
「……行った?」
「……オッケー。ナイス演技、ニカ」
「こんなの簡単だよー? 人を油断させるのは得意だからさー」
「うん。そんな可愛い顔でさらっと怖い事言うのやめような、ニカ」
キルも、ぺろりと唇をなめた。
ニカが携帯電話を奪い、それをキルが取り上げた時。
あらかじめ手に仕込んでおいた発信器を、即座にカバーと本体の間に滑り込ませたのだ。
「電源は自動で入るから、とりあえずは任務完了。さすがニカ」
「でしょー?」
言った途端、ニカがすぐに飛びのき、口を塞がれる。
「……っ何……」
「……足音がする。帰ってきた」
……耳の良さもピカイチだ。
「何だよー、キルのケチ!」
大声でニカが言ったと同時に、ドアが開いた。
「……すいません。お待たせして」
「全然。無理言ってすいません」
ニカが隣でぷっ、と膨れた。……さすが、プロのスパイだ。
「これが、全員分です。個人情報ですから、扱いは気をつけてくださいね?」
「はい、もちろんです」
茶封筒に入った資料をきちんと抱える。キルはニカを連れて部屋を出た。
腰についたスイッチを、同時に、入れる。
『……ん……終わった……?』
聞こえてきたのは、聞きなれた眠そうな声。
「ん。任務完了」
「完璧だよーん」
『お疲れ……んじゃ……ミイに車回してもらうから……180秒後に玄関……いい?』
「180秒後。了解」
「りょーかーい」
一秒の遅れは、何十億の損害になることがある。チシャに叩きこまれたことだ。
キルは腕時計をさりげなく確認し、ニカは壁掛け時計にきょろきょろと目をやり、少し足を速めた。
「お疲れ」
「はーい、ニカちゃんただいま帰還ー!」
「……エヌ、こいつを黙らせてくれ」
「元気がいいのはいいことだ」
「……私の味方が欲しい」
キルは部屋に入ると、ベッドに倒れこんだ。
「珍しいね、キルが昼間から寝るなんて」
「昨日……夜遅くまで……起きてたから……」
椅子に座りながら、チシャが答える。
「……おいチシャ」
エヌがゲームから顔を上げた。
「……ん」
「これからどうすんだ? 柴原探し」
「……それは……キルに任せる……」
「私たちは?」
「……キルに協力……して」
「リーダー、ほぼキルの仕事ばっか増えてますけど?」
「キルなら……大丈夫」
そして、かすかな吐息。
「……寝たよ、リーダー」
「すごいよねー、どこでも寝れるって特技だよ」
ニカが、ゲームをピコピコ鳴らしながら言う。
「ちょっと俺出かける」
「どこ行くの?」
「レール」
「ん、行ってらっしゃい」
レール。それは、エヌ行きつけの店。……バーなのだが、エヌの欲しいものを取り寄せていろいろと売ってくれるらしい。
「さて、私も鍵開けの練習でもするかな」
ぴこーん、と、1UPの音をさせるニカを放っておいて、ミイは自分の部屋に戻った。
さて。この時パソコンの花笠の星印がゆっくり動き始めたことなど、誰かが気付くはずもない。