search 14.
少-し遅くなったことをお詫びします……
これから頑張りますので、責めないでください。
「実はね」
黒沼が困った顔になった。
「私の孫が誘拐されたんだよ」
…………。
なぜそんなに落ち着いていられる?
「はぁ……」
「誘拐した相手も分かってるんだ。だから、連れ戻してきてもらいたい」
「お孫さんをですか?」
黒沼はうなづく。
「……なんでお前は行かない?」
また肩が飛び跳ねる。キルは隣に座っているエヌを睨みつけた。
「……何だよ」
「何だよじゃねぇ!! 何で『お前』呼ばわりなんだよ!!!!!!」
もう頼むから。キルは目で訴える。頼むから、これ以上危険を増やさないでくれないか?
「いや、お前と呼ばれても仕方のないことだよ。無責任だと思われるかもしれんが、これにも深い訳があってね」
「警察にも頼めないような、か?」
「もうエヌ……」
それ以上タメ口で話すな。私にも害が及ぶ!!!
「そうなんだ。よく分かってくれるね」
「ちょ、分かりあうな!」
待って下さい、とキルは黒沼を止めた。
「どういう訳があるんです? 相手の要求とかあるんですか?」
「あぁ」
「どういう要求出されてるんですか? やっぱり身代金ですか?」
「いや」
黒沼は首を左右に振る。
「ある人を殺せ、と」
…………。
刺激が、強すぎる。
「いやいやいやいや……それは無理ですよ」
「当たり前だよ。君たちにやってもらうわけじゃないし、私たちもそんなことはしたくない。だが、孫は返してもらいたい。そこで、君たちに頼むというわけだ」
キルは気が遠のくような気がした。
無理です。そんな危険なとこに入ってくの無理です。ごめんなさい。
『要するにさー』
はっ! と我に返る。
『俺たちが孫さんを連れかえればいいわけでしょ? そこの奴らに見つからないように』
「黙れニカ!!!!!」
「その通り。物分かりがいいね」
「良すぎて逆にこえーよ! 勝手に話を進めようとすんな!」
キルが怒鳴ると、はいはーい、と反省していない声が返ってきた。
「……と、いうことだ」
「いや、まとめようとしてますけどまとまってませんから!」
キルは叫び声に近い声を上げた。
これまでも何度か、この手の案件にはかかわったことがある。
全てニカが受けてきて、反論も通らず行かされたものばかりだ。
何度も危ない目に合ってきたが、もうこりごりである。
「何で私たちなんすか⁉︎ こういうのなら警察に頼めばいいのに!」
「警察にのこのこ行けるような人に見えるかね? 少年」
「行って下さいよ! 私たち超危険じゃないすか!」
「君たちならやってくれると思ってるんだ。この通りだ」
黒沼が机に額が当たるくらいまで頭を下げた。
「ちょ、黒沼さん! 頭上げて下さい!」
『うわー、キル土下座させたー』
「ちょ待て、させてねぇし‼︎ ややこしくなるから黙ってろニカ!」
「冷静に振る舞ってはいる。だが心の中は穏やかじゃあない。分かるだろ?」
黒沼が言う。膝の上の手の平が、小刻みに震えている。
「こんな見た目とはいえ、孫が大事なのは当たり前だ。だから、頼む。君たちしかいないんだ。報酬は必ず高く出そう」
黒沼の声に、部屋全体がしん、と静まり返った。
「……本当に、俺たちでいいのか?」
沈黙を破ったのは、エヌ。
「俺たちは指名手配されてんだぞ。そんな奴らでもいいのか?」
「構わん。警察の敵なのはお互い様だ」
「敵になった覚えはないんですけど……」
またキルの目が遠くを見つめる。
「しかも私にはね、少年」
黒沼に突然言われ、キルは改めて黒沼の目を見返す。
「なんですか?」
「君たちが本気で悪い人には見えないんだよ」
ずき、と心が痛くなる。
「何をしたのかは知らんが、私には悪い奴らには見えん。本当に悪そうな奴なら、こんなお願いなどしない。そういうことだ」
ぎっ、とソファが鳴った。エヌが考え込むように腕を組んでいる。
「……よし、仕方ない」
エヌが、ぱしん、と膝を叩いた。軽い音が、重い空気を切り裂く。
「やるか」
チシャが薄く片目を開けた。
「……ここまで言われて断るような、悪い奴らじゃない。なぁ、キル」
え、とキルは目を泳がせる。
……ごめん、私今断る口実考えてました。
「そ、そうだな……」
「じゃあ……引き受けます……詳しいこと……教えて下さい……」
チシャが片目をこすりながら起きてきた。寝てるように見えてちゃんと聞いているので、つくづく恐ろしい奴である。
「すまない。恩に着る」
机に頭をぶつけるんじゃないかというくらいの勢いで頭を下げた黒沼の目は、微かに潤んでいる。キルはため息混じりに苦笑した。
「……で、どこに誘拐されたんですか?」
黒沼は頭を上げ、目をギラリと光らせた。ひっ、と声が出そうになる。
うわぁ……思いきり肉食獣の目だぞこれ。
「おんなじような奴らだ。いわゆるヤクザだよ」
マジですか。
「宏圀組、というんだがね」
言った途端、チシャの体がぴくんと動いた。
「……チシャ、どうかしたか?」
あの鈍感なエヌが変化に気付き、問う。
「……ん……大丈夫……ちょっと……寒かっただけ」
「そうか」
エヌが黒沼に向き直るのを確認して、キルは続きを促した。
「孫の名前は、優華というんだ。どうやら学校からの帰り道に連れ去られたらしい。最低の奴らだ」
黒沼は頭を左右に振る。
「宏圀組の組長は、昔の怪我で歩けない。どうやら、その怪我を負わせた奴を恨んでいるようなんだ。そいつを殺すのが、孫を返す条件だというんだ」
嫌でも背筋が伸びる。
……これは、私たちには刺激が強すぎます。
「君たちも、見つかった時点で失敗と思ってくれ。細心の注意を払って、行ってきてほしい」
見つかった時点で、失敗。
ドアの向こうでくすくす聞こえていた笑い声でさえ、凍りついた。
「……そうですね……向こうは……黒沼さんが……要求を飲むと思ってる……わけだから」
チシャの言葉は軽い。が、いつもの眠そうな目の奥深くには真剣な光が燃えている。
「本当にすまないと思っている。だがこれしか方法がないんだ。もし私たちの中の誰かが行って見つかったら、孫の命まで危ない。どうかお願いするよ。この通りだ」
「大丈夫ですよ! いいかげん顔上げて下さい黒沼さん」
「こんな仕事を頼むなんて……祖父失格だよ。本当に」
「失格なんかじゃねぇ」
エヌの低い声に、黒沼は顔を上げた。
「あんたはこうやって頼みに来てるだろ。来なけりゃ失格だろうが、立派にじいちゃんやってるじゃねぇか。命が惜しいのは誰だって同じだ、何もあんただけじゃねぇ」
キルは思わず拍手しそうになった。こいつは本当に根から優しいのだ。
「……んじゃ、ちゃんと連れてきてやっから、あんたも安心して帰れ」
言って、カッコよく立ち上がった。
……時だった。
がうん。
という鈍い音。
同時に涙目でソファに座りこむ大男。
……どうやら、彼らはカッコいいヒーローにはなれないらしい。
ありがとうございました!




