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型破りな探偵達   作者: 黒猫レオ
3 振り向けば。
13/26

search 0.~ニカの場合~

ヤバイ、また真面目な話に…(泣)


もう少しだけ、お付き合い下さい…

「また来たのかよ、あいつ……」

「ほんとに懲りねぇよな……」

「もう来なくなりゃいいのによ……」


全部、聞こえる。



少年は、耳を塞いだ。

聞こえる。聞きたくなくても、聞こえる。

「女の顔しやがってな……」

「女装した方がいんじゃね?」

「あいつまだ自分のこと男って言い張ってるからな……」

少年の年齢は、17。

高校2年生の彼は、耳がとてつもなく良かった。

廊下を歩く先生の足音を聞きわけ、3メートル先の猫の鳴き声に気付いた。

--そして、小さい声で言われる、自分の悪口までも。


もともと、顔立ちは女らしかった。

もちろん、小・中・高といじめられる対象になる。

どこかでまた悪口を言われているのではないか。どこかでまた自分のノートが破られているのではないか。どこかでまた自分の机を落書きでいっぱいにされているのではないか。

そんなことを考えていると、嫌でも耳がそれを拾うようになった。


「おい、『変人』」

少年は顔を上げなかった。

怖い。何か言われるんだ。また。

「顔上げろよ。女のくせに」

かっ、と頭に血が昇った。顔を上げる。

途端、顔面に何かがぶちまけられた。

「…………っ」

「お前、チョー単純だよなー」

ひゃひゃひゃと、周りから品のない笑い声が聞こえる。

顔を伝って滴り落ちる、青い液。

さっき美術の時間に使った絵具の臭いが、鼻を突く。

「いいじゃん。女がよくやる『アイシャドウ』って奴だろ?」

いちいち『女』ってうるさいんだよ。

「洗ってやってもいいけど」

目の前に掲げられる、ペットボトルの水。

もう、ごめんだ。

机から立って、トイレに向かう。


もう何もしたくない。

髪の毛を乱暴に洗いながら、少年は思った。

このまま、俺なんかいなくなっちゃえばいい。

誰の役にもたたないで、みんなに嫌われて終わるなら。

「俺なんて……」

つい口に出した。

「消えちゃえばいいのに」


「俺なんて消えちゃえばいいのに、か……」

突然、声がした。

慌てて声の主を探す。

見つけた。

窓に腰かけた、ちょっと可愛らしい男。とろんとした目は、かなり眠そうだ。しゅっと伸びた長い足を、行き場がないかのように組んでいる。

「……え?」

少年は目を疑った。

ここは、男子トイレだ。しかも、4階の。

「……どこから来たの?」

ここの生徒でないことは確かだった。とすると、勝手に入ったことになる。

「……ん……普通に……入り口から……」

途切れ途切れなセリフが、余計に彼を眠そうに見せる。少年は首を傾げた。

「そーなんだ。で? 俺になんか用事?」

乱暴にタオルで顔をこすり、ぶっきらぼうに言い捨てる。

「……そう……君に用がある……んだ」

何回もずっこけそうになる。変なとこで区切るな。

「何の用? 俺、そろそろ授業あるから行かなきゃ」

「待って……すぐに……終わるから」

そんなスローリーな話し方じゃ、すぐに終わらないだろ! というか、もう結構経ってんだけど、時間。

「何?」

足を貧乏揺すりしそうになって、慌てて抑えた。

「君……探偵とか……興味ない?」

「ほぇ?」

……いきなり現れて何を言い出すんだ、この男は。怪しいにもほどがあるだろ。

少年は恐る恐る聞いた。

「……君、誰?」

「ん……俺……チシャ」

「チシャ? 日本人じゃないの?」

「いや……純日本人」

「訳わかんないよ」

少年は、思わずぶっと吹き出した。

「あ……」

チシャ、と名乗った男が、ふにゃっと顔をほころばせた。

「笑った……」

「え?」

「笑った……初めて見た……君そうやって笑うんだね」

あ、と、少年は口を押さえた。

この格好も女らしいと言われて避けて来たけど、この人の前なら何をしても良さそうだった。

「……へへ。あんまり笑ったりしないから、俺」

「ん……いいじゃん……笑った顔……可愛いし。俺なんか……崩れたみたいって……言われる」

「崩れた?」

少年はあっははと声を出して笑った。

「……また……笑った」

「……うん。君の前なら何でも出来そうだ。何でだろうな?」

「さぁ……不思議な力かもね……俺も……いろんな目に……合ってきたし」

少年は、バランスを取りながら細い窓枠に座る男を眺めた。


こんなことを言う人には、会ったことがなかった。

あんなに人を疑っていた自分が、どうしてこの人に心を開いたのかなんて分からない。

でも、感じた。

――この人は、強い。

弱そうに見えるけど。ふにゃふにゃしてるけど。

でも、奥深くにあるものは世界中の誰よりも強い気がした。


「探偵なの?」

「ん……まぁ……今人を集めてるんだ……途中」

「俺のこと、いつ見つけたの?」

「昨日……耳塞いで歩いてたでしょ……?」

え、と少年は口を開けた。

「……見てたの?」

「見てた……んじゃなくて……たまたま目に……入ってきたの。街を歩くのに……耳塞いで歩く人……なんていない……からね。そっから……後ろを追いかけてたら……家に帰っちゃって」

「変だったでしょ」

少年はうつむいた。

「俺、遠くの音とか話し声まで聞こえるんだ。今も、授業の声聞こえてるし」

いつの間にか始まった授業の音を、耳が拾っていた。あいつはどこへ行った、などと先生が話している。きっと自分のことなのだろう。だが、行く気にならなかった。

「……すごいな」

「すごくない」

少年はきっ、と男を睨んだ。

「ずっと怖いんだ。いつどこで、どんなふうに俺が言われてるのか。全部聞こえんだ。いいことなんて、聞いたことない。いつでも悪口だよ」

「俺の……言葉は?」

少年は顔を上げた。窓枠から男が飛び降りた。音一つ鳴らさず、忍者のように床に降りる。

「え?」

「俺……今いっぱい……褒めた。なのに聞いたことないの? 褒め言葉……」

ずん、と心臓が上下に跳ねた。

「それは……今までの話しをしてたから」

「そう……俺の言葉……届いてなかったかと……思った」

また顔が崩れた。

「……仲間、探してるんだよね?」

少年は手を握りしめた。

「うん……君も……来ない?」

「行きたい」

少年は言った。

「行くよ。俺のこの耳も、もしかしたら役にたてるかもしれない」


自分なんて消えればいいと思っていた。

こんな耳なんて、こんな顔なんて変わればいいと思っていた。


でももし、これも役にたつとしたら?


そんなこと考えなかった。

役にたてるなら。この人の役にたてるなら。


生きたい。




5年が過ぎた。少年は高校を中退し、親から離れてすぐにここへ来た。

今では少年は『女にしか見えない男』として、チシャの役にたっている。


ニカという名前を、自分につけて。




ありがとうございました!

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