第5話『イン・ザ・ダーク』
店を出て、マンハッタンのメインストリートをバイナムの旦那と二人で並んで歩く。
メインストリートと言っても、例の事件の犯人が一向に捕まらないせいでこの時間に外を出歩いている人影はない。
「ウィル、さっきの話だが情報源はどこだ?」
「クリスが店の娘から聞いたらしい。まぁ、面白おかしく客が話しただけかもしれないけども、一応あんたに聞いてみようと思ってな」
「さっきも言ったが、不穏な動きはある。しかし、それが直ちに繋がると言うわけではないぞ?」
「わかっているさ」
冷たい風がストリートを抜けていく。旦那がすっとタバコを差し出してきたので、ありがたく一本を受け取った。
「クリスは元気そうだったか?」
「あぁ、相変わらずさ。あいつを見ていると、自分だけが年を取った気分になっちまうよ」
肩をすくませながら、紫煙を一息吐きだした。煙は風に乗って後ろへと流れていく。
「ふん。ところで、いつまで文屋なんぞ続けるつもりだ。堅気に戻って何をするのかと思えば」
「まぁ、編集長には拾ってもらった恩もあるしな。もちろん、旦那や親父にも恩は感じているさ。それでも、割と性に合っていると思ってるしさ」
「けっ、嫌われ者の文屋が性に合っているか。親父がお前のことを心配していたぞ、恩を感じていると言うならたまには顔を出してやれ」
そう言われて、嬉しいような恥ずかしいようなくすぐったさを感じた。わがままを言って親父のもとを離れたと言うのに、未だに気をかけてもらっていたのか。
「それにしても、犯人は首を切り落としてなんに使うつもりなのかね。切り裂きジャックの模倣のつもりか?」
「はっ、それならイギリス繋がりでぜひともホームズに駆けつけて欲しいものだね。聞き込みや新聞を読む限りじゃ、何かの儀式か性的指向って話だけどな」
「どちらにしろ、マフィアが絡んでいるってんならお前はあまり首を突っ込むなよ」
「そうも言ってられないさ、記事にしないことには飯にありつけないからな。頼むよ、旦那」
旦那は小さく一つ舌打ちをして、根元まで吸ったタバコを靴ですり潰した。
「ウィル、お前さん携帯電話はもってるか?」
「んな高価なものは持ってねーっす」
タバコを靴でもみ消して、息を吐く。灰に残っていた紫煙の残滓が空へと消える。
「なんだ、仕方ねぇな。自宅の番号は?」
「そっちのほうは以前のまんまです」
「一応こっちも当たってみてやる、あまり無茶はするなよ」
クリスと同じことを言われて、思わず苦笑が漏れた。
「なんだ、何がおかしい」
「いや、クリスにも同じことを言われたもんで」
旦那の顔が、くしゃりと渋いものに変わる。それが面白くて、思わずククっと笑い声が漏れる。
「そんなに無茶するように思われてるんですかね」
「思われてるから言われてんだろうが、バカたれが。まぁ、いい。俺は行くぞ」
交差点に差し掛かったところで、バイナムの旦那とそうして別れた。少し歩いたところで、蒸気式自動車を拾うことが出来たのは幸いだった。
自宅に着くころには東の空が白み始めており、酒が入っていたこともあり俺は着の身着のままベッドへと倒れて深い眠りに付いた。
そして翌朝、バイナムの旦那から新しい死体が見つかったとの電話で目を覚ますことになった。