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第2話『コーヒーブレイク』

 マンハッタンのメインストリートにある小さな喫茶店、そこに俺とママは向かい合うように座っていた。

 それぞれが軽く遅めの朝食を取り、コーヒーを飲んでいる。

「さて、それじゃぁママ。最近何か面白い話って聞こえてこないか?」

 事務所を出て、まず思い浮かべた顔は三つ。知り合いの警察官か、知り合いのマフィアか、そしてこの目の前に座る女性か。

「あら、もう営業時間は終わっているわ。クリス、今は名前でちゃんと呼んでちょうだい」

 肩に垂れていた髪をそっと耳にかけて、クリスは微笑んだ。彼女を知らない人間が見れば、一目で惚れてしまいそうだ。

 クリス・スカーレット。娼館「スウィート・ベッドウィーン」のオーナーを務める女性。

 そして、俺の数少ない古くからの友人の一人。

「それにしても、食事を終えて一息ついて。その第一声は、少し野暮じゃないかしら」

 彼女はじっとこちらの瞳を覗き込む。彼女の昔からの癖で、やましいことはないのにどうも目が泳いでしまう。

 いや、やましいことは色々あるか。

「そうさな、確かに野暮だったな。まぁ、なんだ。割と久しぶりだな」

「ほんとね、全然顔を出してくれないんだもの。いつ以来かしら、あなたとこうしてのんびりお話しするのは」

 コーヒーカップに手を伸ばし、ゆっくりと口をつける。ただただそれだけの動作が、ひどく優雅に見える。

 年齢的には俺とそんなに変わらないはずなのに、依然あったときからちっとも歳を取ったようには見えない。

「だいたい一年ぶりかな。そうか、一年ぶりだったか」

「相変わらず忙しそうね、目の下にクマが出来てるわよ?」

 心配されるこそばゆさを隠すように、コーヒーカップに手を伸ばす。

「そういえば、クリス。あなた、あの子と仲がよさそうね」

「あの子?」

「アンリエッタよ、さっき入口で話してたでしょ。いつの間に仲良くなったのかしら」

「あぁ。まぁ、それなりだな。会えば、簡単にあいさつする程度だよ」

「ふふ、簡単な挨拶がキスだなんて素敵だは」

 ぐっ、見られていた。

「どう、ウィル。あの子を買い取るつもりはないかしら?」

 彼女は口の前で指を組み、楽しそうに眉尻を下げてこちらを見つめてくる。

「彼女一人暮らしだし。料理に洗濯、掃除だって出来るわよ? それに、夜になればそれはもう」

「クリス、冗談は勘弁してくれ」

 あら、私は本気なのに。言葉にこそ出してはいないが、その表情が物語っていた。

「そろそろ結婚しても良い年齢だと思うけども、そういう相手はまだいないのでしょ?」

「だからって、17かそこらの小娘を差し出すんじゃねぇ。しかも、自分の店の小娘を。第一、あんな高級娼婦を買い取れるほど裕福じゃねぇよ」

 コーヒーを一口すすって、テーブルに戻す。

「あら、あなたになら信用して託せるもの。まぁ、後は本人の気持ちだけども」

 俺はクリスにわかるように溜息を吐いて、手を振って話題の打ち切りを宣言する。

「それこそ野暮な話題ってもんだぜ」

「それもそうね、ごめんなさい。それで、面白い話だったはよね?」

 ようやく本題に入れそうなので、俺は内心で一息をついて手帳とペンを素早く用意する。

「そうね、ここ最近お店の子から聞いた話だと例の変死事件について何やらマフィアが動いてるみたいなのよ」

 彼女は少しだけこちら意味を乗り出すと、周囲に気を配りながヒソヒソとこちらに耳打ちをしてきた。

「例の変死事件?」

 頭の中でここ最近起こった事件を洗い出す。

「例の首の無い死体か。しかし、マフィアにしては手口が妙すぎるな。被害者の身元も判明しているが、マフィアとの接点もほとんどなさそうだったし」

 ここ最近の新聞に載っていた記事や自分で聞いた話などを思い出す。最初の被害者は、今からおよそ半年前、セントラルパークで見つかった女性の死体。

 それ以降、およそ一ヶ月に一回のペースで犯行が行われていた。死体には奇妙な共通点があり

「えぇ、どうやら動いているのはマフィアの中でも本当に一握りだけみたいなの。どこかのファミリーがって感じじゃなくて、それよりももっと小さな規模で動いてる感じ」

 ポケットから煙草を取り出して、一本を口にくわえる。

「ふむ、マフィアか。それはあまり考えていなかったが、だとするとかなり厄介だな」

 警察の見立てでは、その猟奇性などもあってカルト集団の仕業と言うのが有力だった。

 マフィアが犯人なことが厄介なのではなく、マフィアとカルト教団が繋がっているとなると最悪だ。力を持っている狂信者ほど、たちの悪いものはない。

「ウィル、聞いてる?」

「ん、あぁ、すまない。ちょっと考え事をしてた」

「こんな話を教えて言う言葉じゃないのは分かっているけども、無理はしないでね?」

 そっと頬の撫でようと伸びてきた手を、ゆっくりとよける。

「それこそ、無理ってものさ。まぁ、出来るだけ無茶はしないさ」

 彼女は少しだけ目を閉じて、あきらめたように溜息を吐いた。

「まったく、男の人はこれだから。困ったことがあったら、頼ってきなさいな。それが最大限の譲歩よ?」

「頼りにしてるさ、いつもすまないな」

 俺は空になったカップを置いて、ウェイターを呼んだ。

「それじゃぁ、約束通りここは俺が奢らせてもらうよ。仕事がひと段落したら店に行くから、サービスしてくれよ?」

「えぇ、素敵な夜をプレゼントするは」

 彼女の表情から憂いは消え、笑顔で応じてくれた。

 その笑顔だけで、何度救われたことか。

「それじゃぁ、そろそろ行くとするか」

「えぇ、それじゃぁお仕事がんばって」

 彼女の手を取り、出口へと先導する。店を出て名残惜しいが彼女の手を離すと、彼女は一度微笑んでから街の雑踏へと紛れていった。

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