第18話『炎に映る忌まわしきもの』
月が沈みかけた夜空を音が引き裂いていく。手榴弾がさく裂する音に、銃弾の飛び交う音。正面入り口は、それなりの抵抗にあっているようだ。
教会周辺の公園を仕切る作を飛び越えて、一気に裏口へと駆け込む。少し先行するようにバイナムたちが木製のドアを蹴破り、建物へと突入した。
銃声と悲鳴。バラバラと機関銃が通路から出てきた人間を肉塊へと変えていく。
裏口から侵入し、通路を進んでいく。建物の中は予想していた以上に人の気配が少ない。違和感を多少なりとも覚えつつも、ドアというドアをぶち破りながら敵を駆逐していく。
通路の先に一際大きなドアが見える。礼拝堂、瞬間的にそこが目的の場所であることを悟った。
先頭の男が、バイナムの指示を受けて扉を蹴り開けて礼拝堂に流れ込む。瞬間、屈強な男たちがその身を強張らせた。
「おいおい、俺たちは夢でも見てるのかよ……」
参列者が座る椅子と椅子の間、真ん中の通路をずるずると蛇のような物体が這いずっている。蛇のような胴体に、奇妙に歪んだ頭。恐ろしいまでに強大な鉤爪上の尻尾に黒い翼。
蛇、否。あれは蛇のようではあるが、この世界にあれほどまでに巨大で、あれほどまでに醜悪な生物は存在しないだろうと直感的に分かった。
あれは、化物だ。
「愚かな者どもよ、時は来たれり。永遠なる時、完全なる知、此処に我らが神が降臨する!」
祭壇の上に法衣を纏った初老の男が立っていた。そして、何よりも目を引いたのは男の後ろにそびえるもの。
それは、一件にして巨大なパイプオルガンのように見えた。しかしそこからは、確かに本来聞こえるはずの無いものが聞こえる。
チクタク、チクタク。カチコチ、カチコチ。
「愚かで忌まわしき者どもに神々の裁きを!」
男は口角に泡を浮かべながら、口早に何かを唱える。すると床で蠢いていた異形の生物が低いうなりと共に、こちらを向く。
「撃て! 一か所に固まらず散りながら、撃って撃って撃ちまくれ!」
バイナムの声に、全員が一斉に銃を打ち始めた。
銃声が礼拝堂に響き渡る。俺も椅子を盾の代わりに迂回しながら懐から拳銃を抜き引き金を引く。
バラバラと機関銃の音、バンバンと拳銃の音、チクタクとゼンマイの音。
忌まわしき生物は銃撃など歯牙にもかけず、その大きな翼をはためかせて空を飛んだかと思うと、比較的近くにいた男をめがけて突進をした。
何の抵抗もなく蛇状の生物は男を通過し、後に残ったのは食いちぎられた男の下半身だけ。どさりと、上半身を失った下半身がその場に崩れた。
「くそっ、銃が利いてねぇ!」
「なんなんだよ、あの化け物は!」
「いいから黙って撃ち続けやがれ!」
悲鳴、怒声、銃撃音。チクタク、チクタク。
銃弾は確かに怪物に当たり、祭壇の男を貫いている。しかし、怪物はその鱗で銃弾をたたき落とし、男は血を流しながらも口元に狂気の笑みを受けても倒れはしない。
「死ね! 死ね! 血の代価を払い、私はすべてを手に入れる!」
一人また一人と怪物の餌食になっていく中、流れ弾の一発が松明の台へと当たり、落ちた松明から火が燃え広がっていく。
怪物が空からこちらを目掛けて滑空してくるのは、床を転がるようにして何とか回避する。怪物はそのまま急激に方向を変え、再び上空を旋回し始めた。
その瞬間、何かが引っ掛かった。これまでの攻撃とは明らかに違う挙動。
ごうごうと燃え広がる炎が設置してあった椅子や柱に燃え広がり、パチパチと音を立てている。炎から逃げるように椅子の隙間から飛び出した仲間に旋回していた奴が襲いかかり、上空へと連れ去ったかと思うと血の雨が降ってくる。
先ほどの動き、襲いかかるターゲット、暗闇を旋回する化物。
さっきの急激な方向転換は何かを嫌がったような動きだった。
嫌がったのはなんだ?
炎、いや違う。
では、熱か。それにも違和感がある。
チクタク、チクタク。カチコチ、カチコチ。
炎と化物から逃げまどいながら、頭を全力で働かせる。
化物に発砲する。銃弾は鱗にはじかれ傷ひとつ付かない。祭壇の男に発砲する。男は白の法衣を真っ赤に染めながら、それでも倒れない。
「チクタクチクタク、時は来たれり。カチコチカチコチ、時は満ちたり! 血の代価と引き換えに、私は全能の実を得る!」
男の狂気を聞きながらも、化物のから視線を外さない。
炎そのものでもなく、炎が生み出す熱でもない。だとすれば、残りで考えうるものは――。
化物が旋回しながら次の獲物を定めている。柱の陰から銃を撃っている仲間に狙いを定め急降下した。
俺は奴が急降下をするタイミングに合わせて、隠れていた柱から飛び出し礼拝堂の左奥に向かって走った。
化物はまた仲間を上空へと連れて行き、血の雨を降らせる。
確証はない。そもそもあんな化け物を見たことがないのだから。だから、後は直感に頼るだけだ。
燃え盛る椅子や柱をよけて、目的のものまであと10歩ほど。
後ろからバイナムの声が聞こえた気がして、とっさに左へと頭から飛び込んだ。先ほどまでいた場所を化け物が通過し、前に合った柱を砕きながら再び上空へと戻っていく。
俺は転がるように起き上がり、再び走った。
後3歩、2歩、1歩。
目的地にたどり着き、俺は壁に備え付けられたレバーを片っ端から上げていく。
運よく電気はショートせずにまだ通っているようだ。
天井に吊るされた巨大なシャンデリア、壁につけられた照明に明かりが灯る。
醜悪な姿が、シャンデリアの明かりの元はっきりと視認できる。
奇妙にゆがんだ頭に、巨大な鉤爪。巨大な翼の生えた蛇のようにもみえるが、その表面はゴム状の幕で覆われていた。
全身を痙攣させるようにのたうちまわらせながら、化物は壁という壁に身体をぶつけやがて地面へと激突したかと思うとそのまま動かなくなった。
その場にいた全員が、息をのみ化物の最後を見届ける。
周囲を見渡すと、命が無事だったのは5人だけ。俺たちはゆっくりと祭壇に立つ男を取り囲むように、銃を構えた。
男からは先ほどまでの狂気が消えうせており、静かに佇んでいた。
チクタクチクタク、ゼンマイの音が響く。カチコチカチコチ、歯車の噛みあう音が聞こえる。
「そうか、これが答えなのか。そうだったのか、これがあなた様の意志だったのか」
男はこちらをぐるりと見渡し、天を見上げた。
まるで、そこに誰かが居るかのように。まるで、そこに神様が居るかのように。
チクタクチクタク、カチコチカチコチ。カチリ。
それきり男は動きを止めた。ゼンマイが切れたように、歯車が止まったかのように。
いつのまにか、音が消えていた。あちこちから聞こえていた銃撃の音も、規則正しくなっていたゼンマイの音も。
俺たちは、警戒をしつつも包囲の輪を縮め男へと近づいていく。
「そこまでだ、マフィアの諸君」




