第15話『深夜の密談』
誰も居なくなった事務所でカタカタとタイピングに記録を打ち込む作業に没頭し、気がつけば陽が暮れていた。事務所には編集長はおろか、他の従業員も帰ってきていない。きっと誰もかれもが、飯のタネを探して今も街の中を歩き回っているんだろう。
窓のブラインドを下ろし、机の明かりを灯す。ドリップ型のコーヒーを作り、机に戻る。
熱いコーヒーを胃に入れると、朝から何もいれていなかった胃袋が音を立てて空腹を訴え始めた。
事務所の機関冷蔵庫からパンを取り出して、コーヒーと一緒に胃へと流しこむ。
俺は自分の席に再び戻り、今しがた纏め終えた今回の記録に目をやる。読み返してみると、我ながら何とも荒唐無稽なことか。マフィアに秘密結社、連邦警察に大英帝国。陳腐な三文ミステリーのようだなぁと、少しずつ温くなってきたコーヒーをすすりながら思う。
メモを読み返して気になる点はいくつかある。姿の見えない黒幕、連邦警察と大英帝国の思惑、不吉なと形容される男。
「それにしても、秘密結社とな。この機関時代に、神様ねぇ。むしろこんな時代だからのかねぇ」
エジソン協がもたらしたエンジン技術が世界に普及して人々の生活水準は大きく向上した。蒸気と数式が世界を変えてしまい、人々が生み出した排煙が世界を覆い尽くしてから長い時間がたった今でもまだ、人々は不確かな神に縋り祈る。
もちろん、すべての人間が機関の恩恵を十分に享受できているわけではない。そこら辺にな触れるストリートチルドレンやゴロツキがその良い例だ。
もし記事を書くことになるとしたら、この方向で書き進めてみるのも面白いかもしれないが、生憎とうちはゴシップ記事を生業としている以上書く機会はなさそうだ。
そんなことを考えていると、突如事務所の機関電話が鳴り響いた。
出るべきかどうかを考えて一瞬躊躇ってしまうが、息を一つ飲んで受話器を持ちあげた。
「もしもし、こちらベーカー新聞社です」
「やぁ、ウィル君。夜分遅くに申し訳ないね」
電話からはつい最近聞いた声。動揺を抑え込みながら電話の主に返事をする。
「クレメンザか。情報や自ら連絡をつけてくるなんてどういう風の吹きまわしだい?」
なぜ、俺がここの事務所に居るのが分かったのかなんて言うものを考えるだけ無駄だろう。相手は稀代の情報屋クレメンザ、その程度のことは知ろうと思えばどうにでもなることだ。問題は、何故電話をかけてきたのか。
「いやなに、こちらは君と友人のつもりなだけさ。そして友人に対して、ほんの少しばかり情報を提供してあげようというだけさ」
「悪いが信用できねぇな。そっちはプロの情報屋だ、対価を求めない以上それはプロの仕事じゃぁない。だから、それを信じることは出来ないな」
「ふふん、さすがだよ。いや、すまない少々見くびっていたと言うか、気を悪くしたのなら謝ろう。君の言うとおりだよウィル君、お互いプロ同士。当然こちらも損をせずに得を取りに行くつもりで、今回君に電話をさせてもらっていることははっきりさせておこう。言葉が足りなかったようで申し訳ないね」
電話の向こうからクレメンザの愉快そうな空気を感じる。
「そうだね、今回の依頼料について先に話しておいたほうが良いかな。こちらが君に求めるのは、今回の事件の詳細とそれをまとめた君のメモ書きといったところかな」
「あん?」
「今回の一連の事件について、こちらとしても興味があってね。そこで君がこの事件を追っていると言うならば、情報を提供して解決してくれればその情報をストックに入れておきたいと言うわけさ」
しばしの逡巡。これ以上首を突っ込めばおそらく、相当やばい橋を渡ることになる気がする。それに、俺の予想ではおそらくこの件に関しては――
「聡明な君のことだからある程度予想は出来ているだろうが、無事に今回の件を解決できたとしても君の会社が記事を発行することはおそらくないだろう。それは君の会社に限らず、ニューヨーク・タイムズを始めとした各出版社がそうなることだろう」
「連邦警察による情報統制か……」
「もしくは大英帝国による、ね」
その可能性は十分にありうるというか、既に取材をした記者が一人連れていかれていることもあれば間違いなく規制はかかるだろう。それでもなお、うちの編集長は飯のタネにするつもりではいたが。
「クレメンザ、その話を飲もう。今さっきひとまずこれまでの経過をまとめたところだが、途中経過でこいつをまずは渡しておく」
「そう言ってもらえるとありがたい。メモの受け渡しについては、後ほど詳細を連絡しよう。さて、それでは色々と遠回りになってしまったがこちらの情報だ」
そこでクレメンザは一度言葉を切った。電話の向こう側から愉快そうな空気がピタリと止まる。
「ベイヤード・ストリートで変死体が発見されたようだ」




