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第13話『秘め事』

 まどろみから覚醒する。体の疲れはとれているはずなのに、意識はガスがかかったようにうすらぼんやりとしている。

 なにか、夢を見た記憶はあるのだがどんな夢だったのかが思いだせない。夢とはそんなものかもしれないが、それでも何かが頭の片隅に引っかかっていた。

 瞼を開けると、薄明かりが目に入ってくる。見慣れた風景、見慣れた天井。

 俺は上体をゆっくりと起こして、軽く頭を振って頭の中のガスを振り払う。

 壁にかかった機関灯(エンジンライト)がうっすらと部屋を照らしている。

 派手ではないが高級感の溢れる天蓋付きのベッド、革張りの椅子、大きな化粧台。部屋の片隅に取り付けてある機関温風機(エンジンヒーター)がゴーゴーと音を立てている。

「ん……、ウィル?」

 隣でもぞもぞと動く気配がしてそちらに目をやると、アリスが布団から少しだけ顔を出して眠たそうな眼をこちらに向けてきていた。

「ごめん、起しちゃったかな?」

 目にかかった前髪をそっと指で払ってやる。まだ寝ぼけているのか、いつもの大人びた雰囲気はなく年相応の空気をまとっていた。

「おはよう、アリス」

 少しだけ揺れていた焦点が、やがて俺をとらえる。一度大きく見開かれて、軽くこちらを睨んだかと思うと少し気まずそうに視線をそらされた。

 彼女はするりとこちらの隣から起き出して、大きな化粧台へと歩いて行った。

「おはよう、ウィル。ずいぶんと早いのね」

 ちらりと壁にかかった時計を見ながら、アリスは化粧直しを始めた。

「君の寝ている顔が見たくなってね」

 寝相でくしゃくしゃになったシャツを、手で簡単に直していく。首を鳴らしてから肩を回して身体の凝りをゆっくりとほぐす。

 一通り身体をほぐしていると、後ろからそっとアリスに抱きしめられる。

「それで、寝ている時の私はどうだった?」

 耳元に息を吹きかけるように甘い声。背中から胸に回された細い腕、背中に押し付けられる小ぶりだが柔らかな胸、彼女から立ち上るあまい香り。それらが嫌が応にもにも彼女を女として意識させる。

「可愛かったよ、とても」

「そう、それはありがとう。でもねウィル、それならば手を出さないと言うのは女に対して失礼だとは思わなかったのかしら?」

 服の上から胸に爪を立てられる。俺はそれを振り払うこともせずに、肩をすくめて見せる。

「おいおい、勘弁してくれよアリス。俺がママにここをねぐらとして使わせてもらってるのは、手を出さないと信用してもらっているからなんだぜ?」

「馬鹿な男。お馬鹿なウィル。確かにそういうこともあるでしょうね、それでも私たちはお金をもらえるから一夜を共に出来るのよ? お金も払わない甲斐性無しで駄目なあなたと一夜を共にする理由なんて信頼と好意以外に何があると言うのかしら?」

 アリスはそう言うと、ため息をひとつ吐いて俺の背中からそっと離れた。

「ありがとう、アリス。とても、嬉しいよ」

 アリスのほうに振り返ると、彼女は金色の髪を軽く手でかきあげて、腕を組んでこちらを睨んでいた。

「ほんと、馬鹿な人。お馬鹿なダーリン。愛される資格がないとでも思っているのかしら?」

「いや、そんなことは……」

「だとしたら本当に愚かよ。ママの好意も、他の娘の好意も、全部気づいていて、それに気づかないふりをしている」

 アリスが一歩こちらに詰め寄ってくる。俺はたまらず一歩下がろうとするが、すぐにベッドの縁に足が当たってしまった。

 アリスが俺の胸にもたれかかって来て、俺たちは二人してベッドに倒れこんだ。

「好きよ、ウィル。今は返事をくれなくていいは。どうせまた、何か危ないことをしているんでしょ? ここに来る時はいつだってそう。だから、返事はまだ良い。無事にここに戻ってきてね」

 彼女は静かに身体を起こし、部屋を立ち去って行った。部屋に取り残された俺は、ベッドに横たわったまま、天井を仰ぎながら手で目を覆った。


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