第9話『情報屋クレメンザ』
スウィート・ベッドウィーンを後にした俺たちは、いったん表通りへ出て3番通り付近にある大衆酒場へと向かった。店に向かう途中でバイナムの旦那へ連絡を点けて、酒場で落ちあう算段を整える。
酒場には仕事帰りの労働者たちがひしめき合っており、喧騒と熱気に満ち溢れていた。俺とマーカスは出来るだけ壁に近いテーブルを陣取り、愛想の悪いウェイトレスにビールをそれぞれ頼んだ。
「おいウィル、こんなところに来て大丈夫なのか?」
「なにが?」
「クレメンザからの電話が来たとして、こんなに人の居るところで――」
マーカスがそう言ったときに、ウェイトレスがビールをジョッキで二つ持ってきた。ドンと俺とマーカスの目に無愛想にジョッキを置く。ウェイトレスはチップを渡してやると、そのまま人ゴミの向こうへと行ってしまった。
「逆だよ、マーカス。聞かれたくない話があるから、こういう店を選んだのさ」
「あん?」
「この雑沓なら電話の声が周囲に漏れる心配はないからな。ある程度周囲に気を払えば、こういう酒場は内緒話にはもってこいなのさ」
ジョッキを掲げて、マーカスと乾杯をする。ビールを一口呷って、口に着いた泡を袖で拭う。
「ったく、どこでそんなことを覚えたんだか」
「記者の仕事上な、マーカスも覚えておくと仕事の役には立つぜ。こういう酒場の壁際に座ってるやつは、もしかしたら何らかの犯罪の相談事をしているかもしれないってな」
マーカスも、ふんと一つ鼻で笑ってからビールをごくごくと呷り始めた。
「さて、まぁバイナムのやつが来るまでもう少しあるし電話も一向にならないときてる。というか、本当に電話来るんだろうなぁ?」
「来るさ、来るはずだ。そうじゃなきゃ、情報屋クレメンザの名前が泣くってものさ。俺も新聞記者で情報を扱う人間だけども、こっちの世界で何よりも大切なのは信用だよ」
そういって、もう一口ビールを呷ろうとしたところでテーブルに置いておいた小型電話が震えた。
ジョッキを片手に、携帯電を手に取る。周囲にさっと目を配ってみるが、周囲でこちらに注意を払ってるような奴はいないように見えた。マーカスに目配せをするが、マーカスも同様のようだ。
ダイヤルボタンを押して、小型電話を耳にあてる。
「もしもし」
「あぁ、ウィリアム・ハーヴィー君。ずいぶんと久しぶりだね、以前のようにウィル君と呼ばせてもらおうか」
電話の向こう側からは、何らかの機械で加工された声が聞こえてきた。
「ウィル君、私も同じ思いだとも。我々の業界で最も大切なものは信用だ、君はそのことをよく理解している」
ぎくりとして、再びそれとなく周囲に目をやる。しかし、それらしい人間は一人も見当たらない。
「久しぶりだね、クレメンザ。その節はお世話になったよ」
「いやいや、こちらも仕事でね。それに君のような礼節や、筋というものを理解している人は個人的にも好感が持てるのでね」
「そう言ってもらえて光栄だよ、それにしても周囲に盗み聞かれないように気を使ったつもりだったんだが流石というべきだ。周囲がうるさいがその辺は容赦して欲しい」
「ふふっ、かまわないよ。大衆酒場というのはヒソヒソ話をするにはもってこいだからね、良い判断だと思うよ」
少しだけ肩に入っていた力を抜いて、背もたれに身体を預ける。世間話はこの辺で、そろそろ本題に入らなければ。