魔導士ユーナは止まらない9
ゲームと現実が混ざった世界「アース」でわたくしユーナは魔導士として活動している。
なぜそんな世界にいるかと言うと、三面六臂の阿修羅という神がオンラインゲーム「RINE-リンネ-」内にて開催されていた新イベント「六道輪廻」をクリアしたプレイヤー達を無理やり連れてきたのだ。
元の現実世界に戻るにはレアアイテムの宝玉天照を手に入れて使うこと。
しかしわたくしの目的は阿修羅を殴ること。そのために同じギルドで遊んでいたゲーム上で仲間だった人達を探している。
わたくしと同じイベントで遊んでいた仲間は五人。その五人は確実にこのゲームと現実が混ざった世界にいる。わたくしはギルドリーダーであるコージさんと共にその仲間を探していた。
そしてトーキョーアンダーシティという初心者用の街トーキョーの下にある場所で、アルトさんに出会う
。と言ってもトーキョーアンダーシティは普通の街と違ってPK、つまりプレイヤーキラーが許可されている領域。わたくしとコージさんはその場所に来てすぐにPKの乱闘に巻き込まれてはぐれてしまい、その後にわたくしとアルトさんは出会ったのだ。
はぐれたコージさんを探すためにアルトさんと一緒に歩いていたら、トーキョーアンダーシティを象徴する天空樹という地底世界を支える柱のように存在していた樹木の下、ギリシャの闘技場によく似た建物のコロシアムにコージさんが無理矢理連れていかれる所を見つけた。
わたくしとアルトさんはコージさん救出という目的のため、コロシアムへと向かう。
それにしてもどこぞのお姫様のようにさらわれたコージさんを救い出すって、些かテンションが上がらない状況である。
こういう時はわたくしのようにか弱い女性がさらわれるべきじゃないだろうか?もちろんわたくしはさらわれるなんて間抜けなことはしないが、やっぱり納得いかないという複雑な乙女心を誰かに理解してもらいたいものだ。
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コロシアム内部は外観が丸く、中央が大きな円状の闘技場である。なので入ってすぐに受付があり、そこから三方向に通路がある。目の前のまっすぐ進んだ階段の上にある通路は観客席へ、左右の曲線を描く通路は選手の控室も兼ねた闘技場へ出入りできる場所のため、武器を持って目を鈍く光らせる参加者達が座っていたり壁に寄りかかって精神統一などしている。
このトーキョーアンダーシティに来た時と同様にむせ返る臭いが充満している。室内のせいか、それとも闘技場があるせいかその臭いが濃密になっている。
最初はなんの臭いかわからなかったが、濃くなった臭いのおかげで少し判別ができた。鉄臭いのと汗や土の臭いである。鉄臭いのはどちらかと言うと血より錆びた武器の臭いに近かった。なんにせよ良い香りではない。
受付のNPC、ゲーム上の存在であるはずの彼女達は現実とゲームが混ざったこの世界では現実のように目の前ににこやかに対応をしている。最初は定型文しか話さなかった彼女達も、わたくし達アバターという存在が来たことにより進化しているらしく、今では本物の人間のように意思疎通できる対応をしてくる。
そして受付にいる彼女達は赤いバニー姿で笑顔でわたくし達を出迎えている。大きくはつらつとした声で参加者受付中と告げている。
わたくしはアルトさんと一緒に急いで受付しているバニーさんに問いかける。
「このコロシアムでコージさんという方が参加受付しませんでしたか?」
「はい、アバター様であるコージ様なら大人数乱闘形式のロワイヤルバトルに先程参加受付されました」
笑顔で和やかに告げるNPCのバニーさんからさらに詳しく話を聞き出す。
このコロシアムで多くのバトルが年中無休で繰り返されており、一対一の真剣バトルから団体戦、もしくは周りは全て敵のロワイヤルなど様々なバトルが行われているらしい。
コージさんはその他大勢のアバターと一緒に、つまりわたくしと同じようにこの世界に連れてこられたプレイヤー達と同時に周りが全て敵のロワイヤルに参加した。
ロワイヤルとはいえ現在そのバトルにおいてコージさんとその他大勢のアバター以外はまだ参加表明していないらしく、このまま受付時間が終了すれば受付したメンバーだけのバトルになるらしい。
つまりはコージさんはさらわれた挙句に一対多数のバトルに無理矢理参加させられたことになる。相手もおそらくそれを狙っていたのだろう。
わたくしはさらに詳しく聞けば、コロシアムではPKしても上にあるトーキョーの教会に送られるのではなく、コロシアムの医務室に送られるらしい。
代わりに負けた場合は相手に奪われるのは所持金額十分の一とアイテム一つだけらしい。まさに戦うために余力を残されるということだ。
阿修羅が望むような戦い続ける理想的な場所だ。その手の平でわたくし達は踊っているようで腹立つが、今はそれどころではない。
ロワイヤルのような多人数に負けた場合はどうなるか聞いたら、残った勝者一人が敗者一人を指名して所持金額の十分の一と所持アイテム一つを奪えるらしい。
ちなみに棄権することも可能で、その場合は所持金もアイテムも奪われないらしい。ただし棄権するには宣言してから五秒間、相手から攻撃を受けないことだそうだ。一発でも攻撃を受けたら棄権破棄と見なされ、もう一度棄権宣言して五秒間身を守らなくてはいけない。
ここでコージさんが置かれた状況を把握した。さらった相手は集団でコージさんを倒し、アイテムを奪うつもりなのだ。
しかもコロシアム内部の医務室に送られるということは医務室前にも味方を配置して、出てきた所を捕まえてまたバトルに参加させる、繰り返し行うせこいやり方である。
厄介な相手にさらわれてくれたものだ。こんな卑怯なやり方で蚊のように群がられると苛立ちがつのる。
「今ならまだロワイヤルバトル参加受付しておりますが…」
「しますわ。ついでに後ろにいるアルトさんも」
「俺様もかよ。まーいいけどな。たまには正義ごっこも悪くない」
相変わらずからかうように話すアルトさんだが、気分は良いらしく鼻唄を歌っているほどだ。元々ゲーム上でもPKしまくっていたので、あまり嫌悪感はないらしい。
好意を抱くのは難しいが、こういう厄介な時はとても心強い。別に気にする必要ない、というのは気楽なものだ。
受付のバニーさんに右の通路でお待ちくださいと言われ、わたくしとアルトさんは右の通路へ行く。
そこにはデバイスを操作する多くのアバター達と阿修羅という神に忠誠を誓うことでわたくし達と渡り合える力を手に入れたNPC達が思い思いに過ごしていた。
なんとなく見分けがつくのはNPC達は似たり寄ったりな格好というか、ほぼ同じ外見や衣装を着ている。盗賊なら盗賊らしい獣の皮に簡素な鎧で野性味のある体や顔立ちといった風体だ。
逆にアバターと言われる元はゲームのプレイヤー達だったわたくし達はその外見は様々で、同じというのはほぼ無い。容姿や身長を始めとした姿形全て違うのだ。一言でいえば個性があるということだ。
またNPC達は「キビシスデバイス」というゲームでのメニューの機能を持つタッチパネル式携帯電話を持っていない。そしてコロシアムの右通路にいるアバター達は全員デバイスを眺めて真剣な顔をしている。おそらくアイテムの管理や所持金の確認をしているのだろう。
その様子を見ていたアルトさんは小馬鹿にするように笑った。
「姫さん、俺様が手に入れたとっておき…知りたくない?」
「簡潔にさくっと言いなさい」
「そんじゃあさくっと。デバイスってのは別に持ち主を認識してるわけじゃない…操作する相手は誰でもいい。ということは俺様が姫さんを始めとした他のプレイヤーのデバイスを手に入れたら思う存分操作できるってこと」
わたくしは目を丸くする。デバイスはアバターそれぞれが持っていて、自分でしか扱う機会がなかった。だから他人のデバイスなど関心がなかった。
しかしどうやらアルトさんはそこに関心を持ったらしい。そしてその情報を手に入れたということは、誰かのデバイスを手に入れたということ。
わたくしが睨むように見上げればアルトさんは悪企みするような笑みを返してきた。コージさんの胸辺りがわたくしの身長で、アルトさんとは頭一つ分違う。アルトさんも高い方だが、身長はコージさんの方が高いらしい。
「姫さん、俺様の職業忘れてないよな?」
「…大泥棒」
「そう。盗む、忍び込む、欺く、騙す…あらゆる状況に対応したこの職業と俺様の優秀さにより、俺様はこう見えて知識豊富だぜ?姫さんを満足させるのもお手の物さ」
「言い方が下品ですわ」
どこか下世話な考えを抱かせる言い方にわたくしは嫌そうな顔をする。しかしアルトさんは確かに優秀なのだろう。
この世界に連れてこられたこともスリルとして楽しんで色々調べ上げたのかもしれない。
百害あるが千利ある男、それが大泥棒アルトという男である。
不本意だが信頼はしてないが頼りにはしている。しかし千利あっても百害あることを忘れてはならない。忘れてはいけないのである。
しかしデバイスが他人も扱えてしまうのは問題である。つまり奪われたら相手にアイテム欄や所持金額を始めとした個人情報全て奪われるのと同じだ。わたくしが思った以上にこのデバイスが重要性が高いことを知る。
必要以上にアルトさんがわたくしに顔を近づけて囁くように言う。小声なのでもしかして他人に聞かれたくない話なのだろうか。
「他にも色々知ってるぜ?例えばアバターには排卵機能がないから子供を孕ませることはできない。ただし射精機能は存在している。つまりは男のアバターはNPCの女を孕ませることができる。孕ませたくないならアバター、てな具合だ」
「…その下ネタをわたくしに告げる理由は?」
「面白そうだから。女ってのは男以上に下事情が大変だろう?俺様からの配慮、半分程な」
もう半分はおそらくからかっている。そしてわたくしが怒りだすのを待っているような気がするが、ここで思い通りになるのは腹が立つので思考を変えていく。
確かに年頃になれば女性は月に一度の生理現象に悩まされる。重軽度は個人差があれど、現代医学や商品の発達によりその悩みは大分改善されている。
考えてみればこのゲームと現実が混ざった世界で、アバターという肉体になって痛覚が鈍っているように生理現象も鈍ってるとはいえ、わたくしはそこまで考えが至っていなかった。
もしこれで月に一度の生理現象が起きたら女性としては大きな悩みの種になっただろう。それは解消されたことになる。
しかしなぜそれを男性であるはずのアルトさんが知っているのか。そこが問題である。
わたくしが疑うような眼差しをアルトさんに向ければ、アルトさんは笑いながら言う。
「俺様は子供を持ったNPCの母親に出産について聞いただけさ。好きなアバターの女の子がいるんだけどー、って純朴そうな子供大好きな青年の振りをして」
「実際は?」
「ガキは嫌いだね」
最低な男である。聞いていてここまで嫌悪を抱ける相手なんて逆に珍しいほどである。ある意味コージさんと真逆だ。コージさんは堅物だが誠意溢れて好感が抱ける。アルトさんは軽薄で嘘ばっかりだ。
だがそのおかげで新しい情報が次々と手に入る。特に下ネタ関係はコージさんは口に出そうとしただけで倒れそうなので、聞いている方もいい気持ちではないが役に立つ。メリットだけじゃないが確実に利益のある話をするのがアルトさんの人柄を表わしている気がする。
それにしても女性にする話ではない。それだけははっきりと言わせてほしい。
「他にも色々調べたぜ…例えば、ほら」
そう言ってアルトさんがわたくしの目の前に差し出してきたのは黒いデバイス。おそらくアルトさんのデバイスだろう。彼の腹の色と同じくらい光沢のない黒だ。
画面はフレンドリストが表示され、わたくしの名前は赤い、つまり出会ったことがあり連絡可能を示す。しかしそのすぐ下にあるコージさんの名前は薄い灰色、出会ったことがなく連絡不可能を表わしている。
確か先程アルトさんはさらわれているコージさんを確認しているし目視もしている。わたくしも傍にいたから知っている。しかしデバイスは出会ったと認識してない、ということはお互いが相手の存在に気付かなければフレンドリストは活用できないということだ。
わたくしはてっきりすれ違うだけでもフレンドリストの赤が増えると思っていたが違うようだ。どうりで誰とも会わないし、フレンドリストも灰色でほぼ埋め尽くされているわけだ。
「ちなみに俺様はこれを六日前に確認してるぜ、姫さんでな」
「…六日前?」
「ギルドルームの傍で待ち伏せして落ち込んでる姫さんを確認しつつな。いやー笑えたぜ、強がってる…ひ・め・さ・ん」
「あらそれはそれは…一発殴らせろや、ごらぁ」
いつもの口調も忘れてわたくしより背の高いアルトさんの胸ぐらを背伸びして掴む。相変わらず腹立つ笑顔でアルトさんはわたくしを見下ろしている。一触即発な空気のせいか右の通路で待機していたNPCやアバター達が身構え始める。
別にコロシアム内部は戦闘禁止ではない。バトル開始前でも戦闘禁止ではない。ただこれからバトルがあるのに無駄な体力や手の内を晒したくないため、暗黙の了解として誰も戦わないだけで、NPCで受付のバニーさんも注意はしてこない。
ちなみに六日前と言えばコージさんを元の世界に帰して一人で行動しなければと覚悟を決めていた時期で、実は他の仲間に会えるかどうかもわからない不安な時だ。
本当に誰もギルドルーム尋ねてこないからわたくし達はこんな緊急時に頼りにされない仲だったのかと若干落ち込んでいた。
そこをこの男は情報を得るための実験として眺めて放置していたのだ。
不安ながらも強がるか弱い乙女を見捨てて自由気ままに過ごしていたわけだ、この男は…だからアルトさんは信用できない。確かにフレンドリストに関する事柄が一つ解決したわけだが、それとこれとは別だ。
「あと重力のことや建物損害について、アバターメイクによる利点や教会送りにされた場合の衝撃その他諸々を俺様は情報として持っている」
「…」
「姫さんが馬鹿じゃないならわかるだろ?」
挑発するように胸ぐらを掴んでいる手を振り払わずにわたくしと顔を近づけてくる。その顔もやはり笑っている、企みや画策を多大に含んだ嫌な笑顔だ。
頼もしいけど信じられない、そしてアルトさん自身も本気でわたくし達を信用してない。
アルトさんはいつだって疑っている。コージさんとは真逆に疑って自分のことすら信じてない。優秀であることを自負して抜け目なく行動しているけど、それがいつ崩れるかわからないまま動いている。不安なんか見せず、むしろ相手の不安を見て安心している。
わたくしは掴んでいた手を緩めた。アルトさんは口笛を軽く吹く。
「さっすが姫さん、理解早…」
「貴方なんか殴る価値もありませんわ」
焚火で燃え上がっていた炎が白い煙で少しずつ消えていくような、穏やかではっきりとした声をわたくしは出した。
アルトさんは絶対にわたくしやコージさんを信用しない。忠誠を誓うとか言ってもそれすら疑わしいほどアルトさんは自分すらも欺く。そのことに本人が気付いていないのも厄介だ。頼りにできても信じられない。
アルトさんは目を丸くしてわたくしを見下ろしている。なんとなく、今更だけどアルトさんがPKをしていた意味がわかった気がする、とても遅くなったが。
アルトさんはきっと一人になると自分が信じられなくて崩壊しそうになる危うさを持っているのだ。その危険性から逃れるために他人に手を出して、構ってもらおうと足掻く子供なのだ。
わたくしをからかったり挑発するのもそうやって一人にならないための安全策なのだろう。ああとても簡単なことで、アルトさんは寂しがり屋なのだ。頼ってもらうことやPKする実力を見せるのも他人からの評価で自分を保つためなのだ。
ギルドルームの居場所を知っていながらわたくし達に接触しなかったのも、このゲームと現実が混ざった世界で必要となる情報を集めて、わたくし達に頼ってもらおうと考えていたのだろう。入念で幼稚な孤独にならないための策。
そんな子供に手を上げる大人げないことをわたくしはしたくないし、する価値もない。
「…なんだよ、それ」
「こっちの台詞ですわよ。どうして貴方はその軽口で本音を誤魔化すのかしら?」
「はぁ?訳分からないこと言ってんじゃ…」
「どうして一言、相手してくれって言いませんの、このスットコドッコイ!!!」
わたくしの暴言にアルトさんが言い返そうとする前にバトルするための闘技場出入り口を見張りしていたNPCの衛兵が声をかけてくる。
どうやらロワイヤルが次の順番になったため、準備するように伝えてきた。
わたくしとアルトさんはその言伝を受け取り、目線も合わさないまま無言で出入り口へと向かう。お互いの間に流れる空気は険悪で、どうしようもないほど最悪な状況だ。本音を軽口や嘘で隠すアルトさんはきっと恐れている。本音をぶつけ合うことを怖がっている。その本心すらも怒りという感情で隠してしまう、そして自分すらも騙す。
いつものゲーム上で行っていたボイスチャットでの喧嘩ではない。
これはお互いの顔を見て心を感じ取りながら声を出す、現実の喧嘩。今はコージさんがいないため誤魔化されることもない、本気の喧嘩だ。
出入り口に向かって歩き、扉の前で立ち止まる。重厚な錆びた鉄の扉は固く閉ざされているが、開くのに時間はかからないだろう。その開口を待つ間わたくし達二人は黙ってその扉を見つめていた。
もうこれ以上喧嘩しても意味はない。いつだってわたくしとアルトさんの喧嘩は平行線。誰かがいないと終わらない、いつもそうだった。ゲームと現実が混ざった世界でもどうやらわたくし達は変わらないらしい。
だからこの扉の向こうで再会する人物に賭けてみよう。毎度喧嘩するわたくし達を宥めてくれるギルド「流星の旗」のリーダーを。
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丸い形の闘技場は三六〇度が観客席と壁で囲まれていて、見物している者達の歓声が地面を震わす。席は全て埋まっており、立ち見する者も少なくない。
どうやらトーキョーアンダーシティでの最大娯楽施設という扱いなのだろう。見上げれば不安定な光源を放つ天空樹がすぐ傍にあり、光る葉や木の実が近くにあるせいか、街に比べて明るい印象を受ける。
だが明るい分壁につけられた生々しい傷や抉れた地面が丸見えで、日夜戦いが繰り広げられていることがすぐにわかる。興奮した観客の顔も良く見えて、異様な熱気が闘技場を包み込んでいる。
どうやら相手は先に入場していたらしく、十人ほどの男女とコージさんが向かい合っているのが目に見えた。コージさんはわたくし達に気付くと目を大きく見開いて慌てて駆け寄ってくる。
その手には体を隠せそうな大きな盾と大剣があるため、バトルするために建前上返してもらえたらしい。
「ゆ、ユーナくんなんで…というかその服装まさか君はアルト…」
「よう、男前久しぶり」
開口一番と同時にアルトさんは不機嫌そうな顔で駆け寄ってきたコージさんの体に装着されている銀の鎧を蹴り上げる。すると当然コージさんは突然の衝撃にバランスを崩して地面の上に転がる。
四つん這いになって立ち上がろうとしたところをアルトさんは追撃で背中の部分を踏んで妨げる。
ちなみにアルトさんはコージさんを男前と呼ぶ。ちなみに由来は男が前面に出過ぎて男くせぇ、からの男前である。
「そ、その声はやはりアルトか!というかなぜ私を踏みつけ…」
「コージさん、なに美女軍団にあっさり捕まっているんですの?助兵衛」
「ゆ、ユーナくんまさか見ていた…ちょ、まっ、ユーナくんも踏まないで、ぐごがぁっ!!」
わたくしもアルトさんよりは力を弱めつつもコージさんの背中部分を踏む。銀色の鎧でガードされている上にアバターの肉体によって痛覚が鈍っているため、現実より痛いことはないだろう。ただし動けないだけだ。
わたくしとアルトさんの不機嫌を感じ取り、さらにはお互いの間で流れている険悪な空気を感じ取ったのかコージさんは踏まれつつも明るい声で言ってきた。
「いや、しかしこうして三人揃ったのは嬉しいことだな。うん、アルト久しぶり…またユーナくんと喧嘩したのか?」
「…優秀な俺様がそんな平べったい胸の姫さんと喧嘩なんかしねぇよ」
「そうか。ではならば協力して戦ってくれるか?私は君の実力を信頼している。君なら確実に彼らをぎゃふんと言わせてくれるだろう?」
言いながらコージさんはさらった連中を睨みつける。
相手はこちらを見て最初は援軍が来たことにより虚を突かれて驚いていたが、たった二人だけなのを確認して嫌な笑いを浮かべている。明らかに余裕を見せてこちらを指差して声出しながら笑っている。
まるで猿山の猿がするような仕草にわたくし達は苛つきを覚える。
「…当たり前だろ、男前。俺様を誰だと思っている?」
「流星の旗一番の実力者、大泥棒アルトだ。実は私のデバイスを彼らに奪われてな…まだ操作はされてないが時間の問題だ…」
「全く…仕方ねぇなぁ、男前。いいぜ、俺様の華麗な戦いぶりを見せてやるよ」
気分を良くしたのかアルトさんは笑みを浮かべながらコージさんの体から足を退ける。わたくしも同じタイミングで後ろに下がり、コージさんが起き上がるのを待つ。コージさんは快活な笑みで頼りにしているぞと言い、体についた土を軽く払う。
コージさんは無意識だろうがアルトさんの扱いが上手い。もちろんコージさんが翻弄されることも多いが、コージさんはアルトさんを素直に頼るし、疑う前に信じることを優先している。
きっと誰かが見たら愚か者と言うかもしれないが、そんなコージさんのまっすぐで真面目なところをわたくしは気に入っている。
もちろんそのせいで問題もいくつか起きるが、それでもコージさんの長所はわたくしやアルトさんは持っていない。
「というわけで姫さん、俺様に似合う派手な魔法を頼むぜ」
「ええ、うっかり貴方も巻き込むかもしれないですけど…構いませんわよね?」
「そんな失敗を優秀で良い男な俺様がするはずねぇだろ?全力で頼むぜ姫さん」
言いながら一番前に出てどこから出したか見えなかったが、おそらくミリタリーなジャケットで隠れていた腰の部分から双剣を取り出した。
片方は刀より僅かに短いが長銃が付属したような形のホルスター付きの剣。もう片方はシンプルな苦無に似た小剣。
ゲーム上でもアルトさんが得意武器として扱っていた武器である。
大泥棒はゲーム上で多くの職業やスキルに必殺技や魔法を覚えて何度も転生システムを経た後に選択できる稀有な職業だ。今のところアルトさん以外がその職業に就いているのを見たことがない。
利点として武器や防具に制限がほぼ無いことが挙げられる。
例えばわたくしのような魔法使いから純粋に転生したような上級職だと防具では鎧、武器なら剣などは装備できない。もし装備するなら他の職業に一度転生してから必要項目を習得し、また転生で魔導士に戻らなければいけない。
一つの道を究めるということは他の職業では扱えない魔法が使える利点の代わりに制限という欠点を抱くことである。
逆にアルトさんのような多岐に渡って身に着けた項目から新職業に転生した場合、上級職のように究めるということはないがあらゆる場面や道具に対応できるのだ。
そしてアルトさんの場合、その範囲は普通よりも広く深いので並の上級職を遥かに凌ぐ。これがわたくしが頼りになると思える部分である。
双剣も本来は戦士系の上級職などで習得し、また銃などは狩人から発展した狙撃手という職業などに転生しなければ扱うことはできない。それだけで多くの時間や経験が必要になり、数え切れないほど転生しなければいけない。
この説明だけでいかにアルトさんが凄いかわかってもらえたら僥倖だ。
アルトさんはあの特徴的な双剣により最近接から中距離まで対応でき、時には簡単な魔法で長距離攻撃も可能としている。
さらに他にも「盗む」といったアイテム習得から「下調べ」という相手のステータス確認やMAP把握までこなしてしまう。正直、敵に回したくない相手第一位だ。
鼻唄を歌いそうな足取りで一番前に出たアルトさんの僅か後ろにコージさんが盾を構えて防御と同時に攻撃の姿勢を見せる。そしてさらに後ろでわたくしが魔法攻撃の準備として、アルトさんご要望の派手な魔法を思い出す。魔法名は「激流を呑む蛇」だ。
相手も陣形を整えて対峙してくる。三人ほどは回復系の職業である僧侶で一番後ろ。真ん中に盾を装備できる戦士系が四人。最前線には斧や両手剣を持った盗賊の男と女達が二人ずつ。
攻撃的でありながら保険のように回復も備えた相手だが、少々バランスが悪い。装備もあまり強そうには見えないので中級者が数を頼りに集まった印象だ。雑魚が群れていると思ってくれたらいい。
確かに数とは恐ろしい。物量作戦というのは古来の戦争でも有効的で王道手段として世界に広まっている。だが歴史上では必ずしも数が多い方が勝つわけではない。それを今からご覧入れよう。
バトル開始の空砲が闘技場中に鳴り響いた。
同時に敵の一番後ろにいた僧侶の一人が光の粒子となって消えた。
倒れる音と同時に消えたので真ん中で守備を構えていた戦士の男達四人が一斉に振り向く。
その間にもう一人の僧侶の女性が首を掻き切られて倒れると同時に光の粒子となって消える。コロシアムで死んだ場合は医務室に送られるため、今頃は何か起きたか把握もできないまま医務室で目覚めているだろう。
一番前にいた盗賊の男二人はコージさんに向かい、女二人は立ったまま不敵な笑みを浮かべて動かないアルトさんへと向かっていく。その女二人はコージさんに抱きついて動きを制限していたグラマラスな集団にも存在していた。
盗賊女性二人はその細い体に似合わない斧でアルトさんの体を頭の上から薪を割るように一刀両断する。笑みを浮かべているところを見ると、殺したと確信して光の粒子になるのを期待してるだろう。
しかし一刀両断されたアルトさんは白い煙が体から吹き出ると同時に姿を隠して、次の瞬間には真っ二つにされた丸太が現れた。
女盗賊二人は突飛な現象に目を丸くした。なにせ目の前で起きたのはまるで架空の忍者が行うような「変わり身」の術にそっくりだったからだ。
では本物のアルトさんは何処かというと、敵の最後尾である僧侶の一団のところで音もなく首を苦無に似た小剣で掻き切っていた。
実はアルトさんが鼻唄を歌いそうな足取りをしていたのは必殺技「変わり身」に必要な動作だったからだ。
足取りで簡易な召喚陣を描き、動かない人形を呼び出したのだ。人形が現れると同時にアルトさんはその姿を相手から見えないようになる。
しかし見えないだけで足音は聞こえてしまうのだが、なぜ最後尾まで移動したのが気付かれなかったかというと「暗躍」という必殺技も使っていたからだ。忍者が使う忍び足のような歩き方で足音を消せるのだ。歩き方さえ気を付ければ走っても足音が出ないらしいので便利らしい。
最後の僧侶を殺そうとしたところで事態に気付いた戦士四人が剣を振り上げてくる。
そこでアルトさんは素早く僧侶の後ろに回り、その肩を掴んで盾にする。僧侶は回復要員として重要な立場であり、まして味方であるため戦士四人の動きが一瞬止まる。
その一瞬でアルトさんはもう片方の長銃を付属したような剣を構えて、引き金を引いて戦士一人の眉間を撃ち抜く。撃たれた戦士は医務室には送られなかったが、倒れた衝撃と眉間を撃たれたショック、そして流れ出てくる血の量にパニックを起こす。死なないのが不思議で恐怖である金切り声を喉の奥から迸らせる。
その間にコージさんは向かってきた男二人に対し体を隠せそうな程大きな盾を構え前進する。
二人は迫って来た巨大な盾にぶつかり体を揺らして動きを止める。衝撃で動きを止めた相手にコージさんは大剣で容赦なく追撃する。必殺技「衝撃斬り」である。男二人は光の粒子となって消える。
しかし相手もそこで怯まずに、真っ二つにした丸太になんの仕掛けもないことがわかった女盗賊二人がコージさんへと攻撃をする。さすがにコージさんは女性に剣を向けることができずに盾だけを使った防戦に移行する。しかし防御だけではいずれ押し切られてしまう。
また二人倒したとはいえアルトさんも居場所がばれてしまい、一人負傷してるとはいえ五人に囲まれている。このままだったなら敗色が濃厚になっていただろう。
しかしそれを裏返すのが二人に守ってもらったわたくしの役目だ。上級職の魔導士であるわたくしは長い呪文の詠唱を止めない。
「ごくごくとごくり、滝を呑み込む蛇はその長い胴体を海まで伸ばす、虹色の鱗は水飛沫で輝く、美麗なるその体は激流となって我等を襲う!!罪すらも洗い流す罰を受けよ!!洗礼は彼の者が与える!!思い知りなさい!!」
言い終わると同時にわたくしの足元から渦巻く水流が発生し始める。渦は次第に大きくなっていき、まるで巨大な蛇がどくろを巻いて暴れ出しているかのように闘技場へと広がっていく。水流はあり得ないほど透明で澄んでいたが、天空樹の明かりで時に虹色の輝きを見せる。
渦はわたくしを中心に広がっていくためわたくしがいる一点以外に攻撃が向かう。特に闘技場という密室空間では逃げ場などない。
地面を湿らせ、壁も削っていく水流だが、その水は一切濁ることない。生命を許す慈悲も見えないほど無機質で美しい、色すらない透明。
最初は乱雑に動いていた水達が意思を持ったように統制と質量を備えた動きをしていく。時には溶けて時には絡まって、制限がない水の中で確かに魂を得たかのように自由に乱暴に荒々しくも縛られない動きが見える。
渦は次第に解けた縄のように一本の川のように形を変えて、その身をくねらせて天へと昇っていく。その長さはこの地底世界の地面から天井まで伸びる天空樹にも負けないほどの長さで、誰もがその水流を見上げて口を開く。
滝が反対に流れていくような清涼感と激しさとそして神々しさ。その水流の先端が上顎と下顎を動かすように僅かに二又に別れる。まるで生き物、特に爬虫類のような口だ。誰かが龍と呟いたのが聞こえた気がした。
その声すらもすぐに鎌首をもたげて蛇が獲物を狙って襲い掛かるような水流の落下音で聞こえなくなる。至近距離で滝の流れる音を聞くようなものだ、轟音が地面を震わせて立っていられないほどの音。
落下した水流は地面に叩きつけられると同時に弾けて鉄砲水のように闘技場を駆け巡る。
弾けた水飛沫が天空樹からの光を受けていくつも虹を作るが呑気に見ていられる余裕はない。重量と勢い、速さすらも併せ持った水流は敵だけを的確に呑み込んでいく。
コージさんの目前まで迫っていた女盗賊達も、アルトさんが対峙していた四人の戦士も盾にしていた僧侶も全て呑み込んでいく。
透明な水のせいで溺れながらも足掻いて手足を動かして逃れようとする姿が克明に見える。
だけど獲物を呑み込んだ蛇のようにその水流は敵を逃さない。水の流れを変えて地面や壁に敵の体を叩きつけて流れに翻弄させる。わたくしとコージさん、そしてアルトさんが立っている場所以外全てが水流によって満たされていた。
わたくしは今蛇の胴体に絡め取られている、というより守られているような状態で細い足場で立っている。それくらい周囲は水に囲まれていた。
…少々派手すぎただろうか。
一通り暴れた水流は突然その姿を消して、女盗賊二人と戦士三人、僧侶一人を光の粒子に変えてしまった。残ったのは少し性能が良さそうな鋼の装備を着ている戦士一人だけである。おそらく敵の中でも指令やリーダーの立場だったのだろう。
男は水を肺から吐き出して足を震わせながらも立ち上がる。そしてコージさんの顔を見て気持ち悪い笑みを浮かべる。
「へ…残念だったな…そいつを助けるつもりだったんだろうが、その男のデバイスは俺達が預かって…」
「これのことか?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべていた男は、アルトさんが右手に見せびらかすように持っている白いデバイスを見てその表情を固める。さらに左手には茶色と黄色が混じったあまり趣味が良いとは言えないデバイス。
男はその茶色と黄色が混じったデバイスを見て顔を青くして、自分のポケットなどに手を入れては信じられないといった驚愕の表情を浮かべている。
アルトさんはジャグリングするように何度も茶色と黄色が混じったデバイスを放り投げては左手でキャッチする。あまりにも高く空中に飛ばすので落として壊すのではないかと見ている方が不安になる投げ方だ。
「お、俺の…いつ、いつのま…ええ!?」
「盗賊いるくせに全く理解してないのかよ。ほら、男前パス」
「うむ。すまない」
背中の方を見ずに後ろに向かって白いデバイスを投げるアルトさん。しかしデバイスは綺麗に流線を描いてコージさんの手の中に納まる。
コージさんはすぐさまデバイスの中身を確認して特に異常がないことをアルトさんに伝える。
「盗む」という必殺技は初級職の盗賊も最初から覚えていられるほど初歩的な技である。もちろん大泥棒の職業であるアルトさんも覚えている。
しかし「盗む」をこのゲームと現実が混ざった世界で初めて見たが、全く気付かなかった。いつの間に盗んだのかすらわたくしもわからない。
ただアルトさんは確かに戦いで立ち回り、敵を倒しながらも重要な案件をこなしていたということだ。本当に、頼りになる。
残った男はは驚愕と混乱で頭が回らず、とりあえずこれから教会送り、つまり殺される立場に回ったことを理解しているのか、武器の苦無に似た小剣を向けているアルトさんに命乞いをし始める。
地面に頭をつけて脂汗まみれで薄汚れた顔で懇願し始める。人間必死になると形振り構ってられないというが、その男の形振りは本当に酷いものだ。
「あ、は、ひ…わ、悪かった…もう、もうしないから…」
「いや、別にしてもいいぜ。そーいうのは俺様達には関係ないし…ただ今回の件だけは駄目だ」
「い、いやだ…生き返るからなんだよぅ…俺は、俺は!!死にたくない!!嫌だぁあああああああああああああああ!!!」
「じゃあ殺さないでやるよ。棄権宣告すれば」
優しさや同情、憐みで言った台詞ではない。アルトさんの顔はもう面倒だから相手が辞退してくれたら一番楽だなという顔で、はっきり言えば放置全開な態度である。
しかしわたくしはその態度が少しひっかかった。アルトさんって、そんなに優しい人ではなかったはず。簡単に言えば襲い掛かって来た相手は面倒でも息の根が止まるのを確認するまで攻撃を止めない相手だった。
やはり相手が人間同士であることにより少しは容赦の心を憶えたのだろうか。相手の男は今にも泣きそう、赤くなった目玉が飛び出しそうなほど見開きつつ、何度も頭を下げて棄権宣告した。
これで五秒間わたくし達が手を出さなければ彼は何も失わず、このコロシアムでの試合は終わる。
穏やかな終りがくるはず、だった。
「やっぱやーめた」
言うと同時にあと三秒で終わると希望を抱いて笑顔を浮かべていた男の顔を鷲掴みにするアルトさん。指先に力を込めて男の顔を変形させている。
わたくしとコージさんが驚きつつ何をしているのかと問いただす前に、男の頭が火達磨になって燃えた。
肉が焦げるような嫌な臭いは一瞬で、頭が火達磨になった男は次の瞬間には光の粒子となって消えていた。
信じられないことに、アルトさんは相手の頭を鷲掴みしながらその手に魔法の炎を発生させた。初歩的な魔法で呪文はいらないが威力は弱い炎だ。
しかしわたくしの魔法で体力削っていたから一発で医務室送りにされたらしい。幸か不幸か、あのまま送られずに燃え続けて断末魔あげられる事態に移行しなくてよかった。
アルトさんは相手の頭を火達磨にした手と、茶色と黄色が混じったデバイスを持っていた手を見つめている。その両手にはなにもない。男が消えると同時に茶色と黄色が混じっていたデバイスも消えていた。
「なるほどなー。デバイスは他人が使用できるけど、本人が死ぬと一旦相手の手に戻るわけか…というわけで姫さん達、また新しい情報手に入れたぜ」
「…野蛮猿」
わたくしは吐き捨てるようにアルトさんを侮蔑する名前を口に出す。さすがにコージさんも今のはフォローできないのか苦渋の表情を浮かべている。もしこれでコージさんがアルトさんをフォローしていたら見損なうどころが人間性を疑っていたところだ。
それくらいアルトさんは残酷な方法で相手を殺した。しかも情報を得るという目的で命乞いをしていた相手を騙したのだ。
棄権宣告を促したところからあの男を騙すつもりだったのだ。そして見逃すという見えない嘘も同時についた。
一瞬鼻に届いた肉が焼ける、人間が焼ける嫌な臭いが忘れられない。ここはゲームと現実が混ざった世界、中途半端にゲームの常識がわたくし達を邪魔して現実の常識が奈落へと陥れる。
観客席はわたくしの魔法やコージさん達の戦いぶりを見て歓声を張り上げており、さらに勝利を告げる審判の声によって拍手や指笛で囃し立てられる。しかしその祭りのような音はわたくしの心にはちっとも響かなかった。
後味の悪い勝利だった。
★
試合が終わった後で扉を通って待合室にもなっている通路に退場したわたくし達の前に、すぐNPCの受付もしていたバニーのお姉さんが金貨袋とタッチパネル式のパソコンらしき道具を持って現れた。
最初の一言目は勝利おめでとう、二言目には賞金と相手から奪うアイテムの選択である。コロシアムでのPKで勝者は敗者の所持金額十分の一とアイテム一つを選択できる。今回は十一人倒したので十一個のアイテムが奪えるらしい。金貨袋は十一人分の所持金額十分の一らしい。
だが明らかに金貨袋が小さい。もしかして百枚も入ってない気がする。この世界での通貨は金貨一枚で一リンという単位に直される。
そして一リンが最低金額なわけであり、あんなにPKしていた集団なら万単位で手に入るかと思ったのに肩透かしである。
そしてアイテムを選ぶにはタッチパネル式のパソコン、これも「キビシスデバイス」の一種らしいが、この道具を使って画面に表示されたアイテムを選択するらしい。しかし画面に並ぶのは初心者用の武器ヒノキの棒十一本、以上である。
アルトさんが隠す気のない舌打ちをする。コージさんは画面を見て苦笑して、申し訳なさそうに目線を下げている。
PKを目的として行動する集団、ならば返り討ちとして逆にPKされる可能性が大きいというわけだ。すると下手に多くのアイテムや金額を持っていては失敗した時に損害が大きくなる。
それを防ぐため、今回の敵はギルドを作ったのだろう。そしてギルドルームに内蔵されている金庫を使ったのだろう。ギルドルームでは銀行のように所持金やアイテムを預けて個人保管できるのだ。
ちなみに相手の所属ギルド名を尋ねたら「牢獄破壊」という名前らしい。わたくしは現実で流行した映画の名前を思いだし、彼らはきっとそこから引用した名前にしたのだろうと結論付けた。安直すぎるネーミングセンスである。
とりあえずバニーのお姉さんには金貨だけを頂いて帰るという旨を伝えた。返事を笑顔で受容しながらお姉さんは続けてこう言ってきた。
「実は次の試合…連続六十八勝記録、無敗神話継続のアバター様が戦う予定でございます。良かったら観客席でご覧になってはいかがでしょう」
コロシアムでは詳しく試合内容を聞いた際に対人戦の試合と、コロシアムで育成されている特別な魔物との試合があるらしい。しかし一番の人気は対人戦らしく、NPCのお姉さんが勧めてきた試合は今一番の人気らしい。
しかしこのゲームと現実が混ざった世界「アース」にわたくし達が連れてこられたのは約九日前。たった九日間で六十八回も戦い、そして勝ち続けるプレイヤーはどんな人物なのか。好奇心が頭を覗かせてきた。
アルトさんも興味を示しており、コージさんは二人に任せると首を縦に動かしている。
わたくし達はバニーのお姉さんの案内に従い観客席へと向かう。するとわたくし達の試合よりも二倍以上の観客が集まっており、立ち見どころが肩車や翼を使って空中から眺めようと必死になっている者までいる。
わたくし達は人の波に揉まれつつ立ち見で最後列の場所から下を眺める。すると一人のプレイヤーが静かに姿を現した。
平凡的な髪型の黒髪に黒目の青年。詰襟の学生服も一緒になって黒く、服から僅かに覗く手や顔がいやに白く見えた。もし現実の世界で街中を歩いていたら十人中十人は振り返らないほど地味な姿だが、ファンタジーに重きを置いたゲームと現実が混ざったこの世界では浮いて見える。
光の宿らない目は虚ろというわけではなく、平常な心を映し出すように静かだ。その静かさと日常的な外見は闘技場という舞台には全く似合わない。電車で通学鞄を机に本を読んでいる姿の方が自然だ。
しかし両手には鞄も本もなく、腰から足首までの長さはある鉈が握られている。二刀流にしては歪で気味の悪い武器だ。その武器も模範的学生という姿には不似合いの物だ。
「…姫さん、あいつの姿が良く見えるとは思わないか?」
「へ?あ、そうですわね…こんなに離れてるのに目の色どころが輝きまで…」
わたくしはアルトさんに言われてやっと気づいた。目を細めて集中していたから見えたのだと錯覚していたが、今立っている場所はコロシアムの観客席最後列でしかも立ち見状態。もし現実の世界でギリシャの闘技場の最後列から舞台にいる人間が見えるかと言われたら答えは否だ。
おそらくこれもアバターという肉体の恩恵なのだろう。
わたくし達の体は現実の世界の肉体とは違う。普通の人間よりも優れた身体能力や死なない特性などが付属されている。遠くの物が普段より良く見えるのもアバターという肉体のおかげなのだろう。
「アバターという俺様達の体も今後は重要だと思うぜ。少しずつ情報を集めよう…にしても、あの男、なんか気味わりぃ」
「そう、だな…戦うことに慣れているような…というより仕組みを知っている雰囲気だ」
コージさんとアルトさんの言葉にわたくしも同意する。闘技場に立っている青年はあまりにも自然にこの世界に溶け込んでいる。服装や外見は浮きだっているのに内面は穏やかそうに見える。
わたくしはこの異質感を前もどこかで感じた気がする。あの時は一人で行動していて、でも確かコージさんが一時現実の世界に戻る前出会った誰かが同じ異質な雰囲気と言動をしていた。そうだ、あの阿修羅と知り合いで時の神と名乗った男…トキナガと同じだ。
「@バター、この野郎今日こそ死ねぇええええ!!」
「さっさとその宝玉天照を奪われちまえ、くそ野郎!!」
@バター…明らかにネットネームな響きである。どうやら青年の名前らしいが他にもうちょっといい名前はなかったのだろうか…と思う前にわたくしはレアアイテム宝玉天照という単語に驚いた。
宝玉天照は手のひらに収まる程度の大きさをした虹色に光る玉である。わたくし達現実のプレイヤーが元の世界に戻るために必要なアイテムで、常にこの世界で三つしか存在しないアイテムである。
どういうことかとわたくしが推理する前にアルトさんが近くにいた@バターに野次を投げる男に尋ねていた。
わたくしとコージさんも連れとしてその会話に耳を傾ける。野次を投げていた男は一度@バターに負けたことがあるらしく、今も怒りの形相で下の闘技場を睨んでいる。やせ細ったのが特徴的な魔術師の格好をした男は声を荒げながら言う。
「あいつは初日からこのコロシアムにいたんだ!!初日っていうのは俺達がこんな世界に来てしまった九日前だからな!!俺はこの世界に来てすぐにアンダーシティで情報を集めていたんだけどよ、あの男はその時から自分は宝玉天照持ってると宣言して挑戦者を集めてたんだ!!」
「まじかよ…で、無敗記録更新中らしいけど、強いか?」
「………あいつ、おかしいんだよ…俺達と条件が同じように見えない……この世界の仕組み全部わかってるみたいな動きをするんだ…」
声を荒げていたはずなのにいきなり落ち込み始めるやせ細った男。それを聞いてわたくしの疑念はさらに高まる。トキナガはこの世界に阿修羅以外の三神が集められて各自システムを動かしているらしい。だけどそんなシステムの一つを担当する時の神クロノスは、冒険者トキナガとしてわたくし達と同じようにアバターの肉体を持って行動していた。
しかしシステム一つ担当しており、この世界の仕組みをあらかじめ知っているトキナガは完全に遊び感覚で動いていた。もしかして@バターも集められた三神の一人で、冒険者として…遊んでいる?
そうやって話している間に@バター以外にも何人も、いや何十人も挑戦者のアバター達が入場する。
多勢に無勢を通り越して、子供に暴走族の前に置くような光景だった。明らかに力量の差どころが数量的にも圧倒的な光景だ。観客席からは@バターに対するブーイングがいくつも投げかけられ、挑戦者達に発破をかける。
今まで感じたことないような熱気を肌に感じながら、わたくしは目の前で始まる虐殺に目を奪われた。
20140828(改)