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魔導士ユーナは止まらない8

 わたくしがゲームと現実が混ざった世界「アース」にやって来て一週間と二日ほど経過。オンラインゲーム「RINE―リンネ―」内のイベント「六道輪廻リクドウリンネ」をしていたプレイヤー約二十万人以上がこの世界に閉じ込められた。元の世界に戻るにはレアアイテムの宝玉天照ホウギョクアマテラスを一つ手に入れて使うこと。


 わたくしこと魔導士ユーナは、所属しているギルド「流星の旗」のギルドリーダーであるコージさんと行動を共にしている。コージさんは生真面目で優しくて堅物で融通の利かない、という長所と短所が同じ場所にあるような人である。ちなみにわたくしと同い年で高校一年生であることがつい最近判明した。


 コージさんは一回レアアイテムの宝玉天照を偶然手に入れて、元の世界に戻ったというのに、好きな人がゲーム上にいたらしくもう一度戻って来た隅に置けない人でもある。

 そのおかげでこの世界と元の世界の時間の違いや何人この世界にやって来たか判明したのである意味お手柄である。


 わたくし達二人、これからの目標はギルドメンバーの捜索及び新しい街への移動である。そのためにゲーム上で動いていた、今ではこの世界の住人として動いているNPC、道具屋のリリアンというお姉さんのところを訪ねて情報収集である。


 …本当にゲームの流れみたいだ。少しずつわたくしもこの世界に馴染んでいるが…良いのか悪いのか。溜息が止まらない。



 ★


 道具屋のリリアンは黒いパーマのかかった髪をポニーテールにしている、スレンダーで美人の快活なお姉さんである。わたくしがこの世界で一番仲良くなったNPCで、毎日ここでサンドイッチなどの朝食を買いつつ会話して情報を得ている。


 最初はNPCも定型文しか話さない存在だったが、わたくし達人間、この世界でいうアバターが来たことにより進化したおかげで、今では意思疎通のできる会話が可能である。


 アバターとはわたくし達の肉体でもあり、存在のことも同時に指す。だからリリアンも最初はわたくしのことをアバター様と呼んだ。

 アバターという存在はNPC=普通の人間より高位な存在としてこの世界では通っている。重力をほぼ感じさせない身体機能や魔物と渡り合える戦闘技術やその他諸々が可能となった存在らしく、NPCはそんなわたくし達を頼って依頼、ゲーム風に言えばクエストを頼んでくる。もちろん報酬付きで。


 そして今日、リリアンはわたくしにクエストを頼んできた。クエストはNPCが書類にして渡してきてくれるらしく、リリアンは丸めた羊皮紙を手渡してきた。


「実は猛獣の皮が不足していてねぇ…でもアンダーシティで買えると思うからお願いしたいの!お願い、ユーナ!」

「アンダーシティ?」


「正式名称はトーキョーアンダーシティ。ほら、街の真ん中にあるトーキョータワーから許可された者だけがいける闇市場で、なんでも揃ってるの。名物は天空樹スカイツリー


「ああ…東京の下町のことか」


 コージさんが納得したように呟いた。わたくし達がいる街は初心者用の街としてゲーム上でも存在した街トーキョー。中央にある赤い塔を目印とした白い建物が立ち並ぶ街で、中世技術で東京の街を再現したような雰囲気だ。


 オンラインゲーム「RINE-リンネ-」は元からちゃんぽんな世界観として有名だったが、今でもそのちゃんぽん状態は続いているらしく初めて聞く場所名だったが、相変わらず現実とゲームを混ぜた世界だ。

 しかしやはりこの世界「アース」は進化しているらしい。ゲームにはなかった場所が早速出てきた。だがこの世界を作った阿修羅よ…もう少し頭捻って新地名を作ってもいいのではないだろうか。あの三面六臂もしかして面倒臭がりか。


 わたくしは新しい場所も気になるし、なによりリリアンの頼みだ。快く引き受けたと返事する。

 すると手の中にあった羊皮紙が消えたと思ったら、胸ポケットに入れていた紫色のデバイスからお金が鳴るような、ゲームではクエスト受諾の短い音楽が流れた。


 デバイスとは正式名称「キビシスデバイス」といって、ゲーム上でのメニューやステータス画面の代わりになる。ちなみに外見はタッチパネル式の携帯電話で、電源ボタンを押せばアイコンが並んだ画面が表示される。


 そしてその画面に新しくクエストアイコンが追加されていた。どうやらクエストを受けると自動的に追加される仕組みらしい。コージさんも自分の白いデバイスを見て追加されていることを確認した。


「どうやら一緒に行動しているだけでチームと認識して、チーム単位での受諾と受け取って貰えるようだ」

「中々優秀ですわね。ゲームだといちいちメニュー開いて相手にチーム参加を送らなければいけませんでしたもの」


 ゲームでの豆知識というより面倒だった手間の省略がこの世界では再現されて万々歳である。これならゲームと現実が混ざるのも少しは悪くないと思いつつ、やはり今のところ混ざった弊害の方が多いので早く阿修羅を殴りたいものである。

 クエストアイコンをタッチして中身を確認すればクエスト内容について詳しく書いてあった。


 依頼:猛獣の皮買ってきて

 依頼主:トーキョー道具店のリリアン

 内容:トーキョーアンダーシティの闇市場にある店「ビーストブースト」にて猛獣の皮五つ買ってくる。

 クリア条件:リリアンに猛獣の皮五つ渡す

 失敗条件:なし

 報酬:一万リンと闘獣の瞳


 そしてクエスト破棄するか否かのボタンがあるだけ。どうやらクエストは無制限に受けれるらしいが、失敗条件もあるらしい。今回はおつかいみたいなのであまり心配することはないだろう。

 しかし闘獣の瞳と言えば、獣の瞳ではなくて確か宝石アイテムで素材系として優秀なものだったはず。しかもついでに一万リンも金貨が貰える。もしかしてこれは意外とお得なのでは。


「闇市場は危険な場所だしアタシみたいな一般人は出入り禁止されてるけど、アバター様達はそんな制限ないし、ユーナはいつも買い物してくれるから安心できるわ。あ、先に猛獣の皮の代金早速渡すわね!これで五つは買えるはずだけど、もし店主がこれ以上値上げしてくるようなら断ってもいいからね!」


「わかりましたわ!むしろ値切って余った分はお返ししますわね!!」

「いいって!余ったらお駄賃だと思って受け取ってよ!じゃ、よろしくー!!」


 そしておよそ二千リンほどデバイスの所持金額の数字が増えた。どうやら自動的にデバイスに振り込める仕組みらしい。これもまた便利である。そして猛獣の皮はおよそ四百リンほど…外のジユウガ丘でも魔物から採取できるアイテムだから、やり方によってタダでこの二千リンを貰える仕組みだ。


 なにせクリア条件がリリアンに猛獣の皮五つを渡すなのである。例え内容が買い物でもクリア条件さえ満たせば買い物しなくてもいいのだ。実はこういった裏道的なことはオンラインゲームでは多々ある。


 実際オンラインゲーム「RINE-リンネ-」で遊んでいた時もわたくしは魔物を倒して採取して、おつかい用の金貨+報酬と合わせて手に入れていた。ゲームではしていたが…実際に知り合いから頼まれてしまう現実が混ざったこの状況では…する気が起きない。


 特にリリアンを騙すようで後味悪いし、アンダーシティも興味があった。ここは素直に清く正しく「ビーストブースト」という店に行くしかないだろう。

 わたくしはコージさんと一緒にリリアンに行ってきますと言って、街の中央にある赤い塔のトーキョータワーに向かった。




 ゲームではトーキョー塔には課金用のアイテムを売買する商人NPCが存在するだけの塔だった。正直ほとんどのプレイヤーは待ち合わせ場所として使うくらいの寂しい場所である。確か内装も吹き抜けのようになっていて、だからといって階段は存在しない一階だけの塔。空洞だけの塔と記憶している。


 しかし今は緑色に光る丸い台座、瞬間移動装置と取り囲むように立つ衛兵のNPCが四人いる。吹き抜けで空洞なところは変わらないが商人がいない。

 わたくしとコージさんが台座に近づくと、衛兵が確認をすると言って近づいてきた。


「アバター様!アンダーシティはいわゆる闇市場、無法地帯であります!そのため一般人は基本禁止、アバター様の出入りは制限しておりません!しかしながらアンダーシティではPK可能区域でして戦闘も許可されております!コロシアムがあるため、腕利きの者もいるので御自分の身は御自分でお守りください!!よろしいですか?」


「腕利きの者…ってアバターのことですの?」


「いいえ、我等NPCの身でありながらアバター様と戦えるほどの力を身につけたものでございます!しかし彼らも魔物と同じようなものですので襲ってきたら容赦なく返り討ちにしてください!」


「ゲーム上でいう魔物分類の盗賊や野党の類じゃないか…?しかしNPCは確か蘇らないはず…」


「その通りでございますアバター様。しかし奴らはその身体能力を得るために阿修羅神に頭を垂れた者達!死んだとしても悔いはありませぬ!もし阿修羅神に慈悲あれば蘇える可能性もあるのです!!」


 今、この衛兵は阿修羅神と言わなかったか。つまり阿修羅はこの世界で神様として君臨している。

 しかもNPCを魔物と同じように戦わせることができる仕組みを作ったということだろうか。しかしNPCはこの世界でいう普通の人間だ。

 それを倒すということは人殺しをしなくてはいけないということ。わたくしはあからさまに嫌そうな顔をする。嫌そうな顔をしつつも胸ポケットからデバイスを取り出してフレンドリストに登録した、この世界を作った神の名前を選ぶ。


 時の神クロノス、今はわたくし達と同じようにこの世界で遊ぶと宣言した冒険者トキナガ。わたくしは偶然にも彼に出会い、フレンド登録をしたのだ。もちろん情報を得るためである。

 トキナガの名前をタッチして、メールと通話機能の選択肢二つの内、通話機能を選ぶ。


 数コール音後、デバイスからゆったりとした声が聞こえてきた。


『やあ、ユーナちゃん。この世界楽しんでる?』

「ある程度は。それは置いといて、トキナガは阿修羅神やNPCが襲い掛かってくる仕組みについてご存知ですか?」


『うん知ってるよ。例えば僕が時間経過管理のシステムを担当しているように、この世界にいる僕を含めた四神はそれぞれのゲームシステムを担当しているんだ。阿修羅はその中でアイテムドロップ率やバトルとかの戦闘面担当』


 この世界は現実とゲームが混ざっている。そのため朝と夜が交互に来てくれる。さらにはトキナガという時の神クロノスによって何度もわたくし達は教会で蘇える仕組みを得たし、元の世界に戻る時は来た時と同じ時間に戻れる。


 しかし確かに四神がいるとは聞いてたが、そんな風に組み分けしているとは思っていなかった。意外とまめである…もしかして多神教による影響で一人では世界形成できないのかもしれない。キリスト教のように唯一神の場合は神は万能だが、日本やギリシャにある神が多く登場する神話では万能な神はおらず、それぞれ得意分野に振り分けられていた。


 つまり阿修羅は万能ではないということか、これはついでに良いことを知った。


「…阿修羅はわたくし達に人殺しをさせるつもりなのですか?」


『いや。君達みたいなアバターに倒されたNPCは蘇生されるはず。彼もこの世界の発展のため君達が必要だし、同時にNPCも必要。だから自分自身を宗教の神として崇めることによって力を得てアバターと戦えることをNPCに広め、ついでに蘇生できるようにした』


「…崇めてない人がアバターに殺されたら?」


『死ぬねぇ…でも力のないNPCは街から出ないし、街ではPK禁止。NPCも一応プレイヤーの一人だから該当するし、一撃では殺されないように確か阿修羅がバランス調整してたよ。だから安心してユーナちゃんもこの世界を楽しむといいよ』


「ありがとうございます。トキナガもお気をつけて」

『ユーナちゃんは優しいねぇ!じゃ、まったね~』


 そして通話終了。わたくしはトキナガから得た情報をコージさんに伝える。するとコージさんは安心したのか肩から力が抜けるのが見えた。魔物は動物だし襲ってくるから仕方ない、わたくし達と同じアバターという何度も蘇る肉体を持ったプレイヤー達は死ぬことがないため遠慮する必要はない。

 だからNPCが襲ってくる、はある意味この世界では一番の難点だったが、トキナガのおかげですぐ解決した。フレンド登録しておいて正解だったようだ、さすがわたくし、抜け目ない性格が幸いとなったようだ。


 そして衛兵の説明も終わったようで、彼は元の位置に戻っている。わたくしとコージさんは早速緑色に光る台座に向かう。

 二人して並んで立ち、目の前が白くなるほどの光が溢れる。思わず瞼を閉じて光を避ける。



 次に瞼を開けた時にはまさに混沌とした地下世界が広がっていた。まずはむせ返るような酷い臭いの混合が鼻につく。光の粒子となって消えていくアバターと映像の砂嵐のように体をぶれさせる死んでしまったNPC。思わず呆気に取られたらわたくしとコージさんの間を引き裂くように魔物の死体が飛んできた。


 慌てて避けた先では幾つものナイフを指の間に挟んだ曲芸師のような姿の男がわたくしを睨んでいる。避けた反動で急には止まれないから走ったままわたくしは呪文を唱え始める。蝶の髪飾りから黄金の光が文字となって溢れてわたくしを取り囲む。


「悠久を約束する誓いの炎!!」


 わたくしを守る壁のように出現した炎は曲芸師が投げたナイフを弾く。その炎は一瞬で消えてしまうが、その間にわたくしは曲芸師とさらに距離を詰めて、軽く地面を蹴り出して二の足は曲芸師の顔を踏んづけて無重力空間に放り投げられるように高い所まで跳ぶ。


 アバターの肉体を得たわたくし達プレイヤーは重力をほぼ感じないのか、それとも世界自体の重力が小さいかどうかまではまだ判別していないが、簡単な跳躍だけで飛ぶようにジャンプできて、そしてゆっくり落ちていく。だから落ちていく間にこのトーキョーアンダーシティの様子を見る。


 巨大な鍾乳洞にいくつもトンネルの穴をあけたような壁は遠く、地下空間というよりは地底世界といった方が正しいような広さ。その世界を支えるように中央で地底世界の地面から天井まで育った太い樹木。おそらくあれが天空樹スカイツリーだろう。

 天空樹を取り囲むように教科書で見たことあるようなギリシャの闘技場に似た丸い建物。あれがコロシアムなのだろう。遠すぎて闘っている様子は見れないが歓声が空気を震わせて昂揚感を伝えてくる。


 天空樹自体、というより生い茂っている葉っぱや木の実が光りを放ち、トーキョーアンダーシティを照らしている。だが不規則で光に偏りがあるせいでまるで路地裏の薄暗さを思わせる街並み、四角い石の建物が碁盤のように規則的に並んでいるが倒壊している建物が多い。


 そして遠くに見える多数の壁の穴からは線路が波打つように飛び出ていて、トロッコがいくつも出て行ったり、逆に戻ってきている。壁際に駅に似た建造物が見えた。もしかしてこれは…地下鉄?相変わらず現実とゲームがちゃんぽん状態である。


 もう少し様子見しようとしたが、突如耳に鳥の羽ばたきが聞こえて振り向けば、翼が背中に生えた人間…というかアバターがこちらに猛スピードで迫っている。その手には飛ぶために体を軽くした者には最適な軽量の弓。もう弦は引き絞られている。


「最奥の…」

「遅い!!」


 相手が言う通りわたくしの呪文は間に合わない。ゆっくりと自由落下しているため避けることは難しい上に、コージさんとは離ればなれな上に今は空中。助けを求めることはできない。一本なら痛いで済むだろうか、それとも強力な必殺技で一発で教会送りにされないだろうか。

 思考だけがぐるぐると頭の中で渦巻いているのに、視線は向けられた矢じりから目が離せないまま体が硬直する。情けないことだが臆してしまった。



 そんな私を嘲笑うような、懐かしい声が聞こえた。




「女に矢向けていい気になってんじゃねぇぞ鳥野郎」


 腹立たしいほどよく通る美声はボイスチャットでわたくしやコージさんに変なあだ名をつけた、ギルド「流星の旗」内でも有名な頼りになる一番の問題児。多彩なスキルや必殺技に魔法などを覚えていたゲームプレイヤー。

 そしてオンラインゲーム「RINE-リンネ-」がまだゲームであった頃、初心者のわたくしとコージさんにPKを仕掛けた嫌な奴としてもわたくしの記憶にこびりつく百害あるが千利ある男。その男とそっくりな声。


 声がした方を振り向く前にわたくしの顔横を掠めて飛んでいく火の玉。初歩的魔法で魔法使い系職業もすぐに覚えられる魔法、ついでに言えば詠唱も必要ない、だけど速度のある火の玉がわたくしに矢を向けていた鳥人間に当たった。相手は衝撃で狙いがずれたらしく、舌打ちしてもう一度わたくしに矢を向けようとする。


 その前にわたくしは途中まで呟いていた呪文の詠唱を終わらせる。


「…洞窟で眠る蛇は焼かれ死ぬ!!」


 わたくしの目の前に燃える縄のような長い胴体を持った赤い蛇が現れる。その蛇は迷わず鳥人間に向かいその体に体を張り巡らせて動きを封じる。翼も腕も足も雁字搦めにして一気に燃え上がる。鳥人間は体勢どころが空中で飛べなくなったことにより少しずつ、わたくしより早く落下していく。


 先程わたくしの顔横を掠めた炎の玉のせいか頬がひりひりする感覚。もしあの男がわたくしを助けたというなら確実にわざと頬を掠めるように攻撃したのだろう。

 わたくしは振り向く。向かう地面の上に呑気に手の平を振る男がいた。その顔は見たことないが服装には憶えがある。わたくしの判断は決まった。


「天駆ける使徒はその翼を神によって焼かれる!やっぱり貴方だったんですね、この野蛮猿ぅううううううううううう!!!」

「ちょ、姫さ、俺様助けてやっだっばぁああああ!!!?」


 落雷のような炎がわたくしを始点に発生して男へ一直線に向かう。へらへら笑っていた男は感動の対面までとはいかなくても出迎えられるだろうと予想していたのか、顔色を変えて慌てて向かってくる雷に似た炎から逃げ始める。そして一発外してしまうが、この炎は弾幕のように多数発生して男に向かっていく。


 そのせいで男が逃げた先の建物やプレイヤー達は巻き添えを喰らい、わたくしが地面に降り立つ頃には辺り一帯焦げ跡が目立つ惨状になっていた。あの男が素直に攻撃を受ければいいものを、余計な被害を出してしまったが気にしない。

 前からあの男に関しては、実際に出会うことがあったら一発殴りたいと思うほどの関係を築き上げていたのだから、問題はおそらくない。


 それにわたくしの魔法を見て女だと思って攻撃しようと目を光らせていた者達への牽制も同時に行えた。コージさんとはぐれてしまった今ではわたくし一人で多人数相手をするのは正直に言えば大いに不利だからだ。

 男は攻撃が終わったのを感じ取って建物の陰からひょっこりと顔を出して、荒れ果てた惨状を見て苦笑いしている。


「やっぱ姫さんだな…そのだっさいコスチュームと似合わない髪飾り…ゲームで見た時と同じだもんな」

「…へぇ…だっさい、と?」

「だってどう見てもコスプレじゃんかよ。しかしゲームの時はロングサラサラヘアーで無駄に巨乳にしていたけど…ぶっは!」


 男はわたくしのショートヘアともいえる短い髪とコンプレックスである小さな胸を順番に眺めて吹き出した。肩が震えて笑いを堪え切れない様子で涙目である。


 今のわたくしはゲームで使っていたアバターと現実の姿が混じった容姿である。ゲームでは憧れのロングヘアーと見栄を張った大きな胸としてアバターメイクをしたのだ。

 髪や目の色はアバターの時に使用していた紫色で服装や装飾品もゲームで使っていた物だが、それ以外はほぼ現実の姿を再現している。そしてわたくしはコスプレと馬鹿にされたこの魔法学校を意識したような可愛い制服のミニスカート姿を気に入っている。


 だから笑われたらそれはもう腹が立つということで、しかしここで怒っては話が進まないと思い我慢しようとした。

 したのだが、この目の前にいる男は憎らしいほど的確にわたくしの堪忍袋の緒を切る。


「それにしても姫さん、白パンツ丸見えで視覚の暴力だと思ったんで慰謝料請求…」

「知ったことかぁああああああああああ!!!!」


 怒声を上げて呪文詠唱無しで出せる初歩魔法の炎の玉を幾つも生み出して、男に向かって野球でデッドボールする勢いで投げる動作をして炎の玉を移動させていく。

 しかし男も予想していたのかひょいひょいと避けつつ、さり気なく通行人や傍観しながらPKの隙を狙っていたプレイヤー達を盾にして攻撃を防いでいく。



 そんな逃亡と攻防が約五分経ってから、わたくしは離ればなれになったコージさんのことを思い出すことになるのであった。



 ★



 わたくしを散々馬鹿にした男はアルトさんという。ゲーム上では大泥棒という珍しい職業で、アバターメイクは茶髪と碧眼の二十代後半優男風味な男だった。気に入った相手をおちょくることやあだ名をつけるのが趣味で、とっつきやすいと言えばとっつきやすいし遠慮する必要のない相手ではある。


 豊富な必殺技や初歩から中級までの魔法、また生産や鍛冶に関連するスキルも持っていたこともあり、ギルド「流星の旗」の古株として初心者への対応や指導も任せることができた優秀な男ではある。


 しかし性格に難がありすぎて、いつもボイスチャットではわたくしと大喧嘩。わたくしはアルトさんを野蛮猿と呼び、またアルトさんも蛙の姫様から流用した姫さんというあだ名でわたくしを呼ぶ。お互いいつも一歩も譲らずに口論し、最終的にコージさんが話を切り替えたり、なあなあでまとめるのが日常茶飯事だった。


 アルトさんは意外と美声で、わたくしは少し年上の二十代と思っていたが目の前にいるのはどう見ても同い年の少年。適当に後ろに流した茶髪は乱れたオールバックと言えばわかりやすいか、とりあえず胡散臭い。


 しかし若いせいかオールバックというのにモデルのようだ。安いメンズファッションの雑誌に載っているような、というのが前につくが。

 愉快そうに細めている目もアバターの時と同じ碧眼、ゲームの顔の方が優しそうに見えたが、今は愉快犯や裏がありそうな顔にしか見えない。にやけ顔をイケメンがしていると思ってくれたらいい、美形だが信じるに値しない顔だ。


 そう、問題があるとすればアルトさんはイケメンなのだ。高校の学年に一人いるかもしれないような、ちょっと危険な香りがして触れたら火傷するぜ、みたいな思春期女子の心を鷲掴むような、いわゆる不良系。



 ちなみにわたくしからすれば顔は良いけどちょっと好みじゃないからアウト、という判断である。




 服装はミリタリーな革ジャケットに黒革ブーツといった、これまた安いメンズファッションモデルが着そうな服に、その、大変言いにくいのだが忍者服を想像してほしい。黒の布に帷子かたびらつけた誰もが簡単にイメージできる典型的忍者を。


 大泥棒という職業だったからか、それとも個人的趣味なのか…ミリタリーな革ジャケットに黒革ブーツ以外のズボンやシャツはその典型的忍者衣装を現代風に改造してベルトやシルバーアクセサリーをつけたような、日本人から見たら似非えせ忍者の格好である。


 もしこれを太った少々顔面偏差値低い方が着ていたらコスプレだが、残念ながらアルトさんはイケメンで、さらに言えばその胡散臭さも合わさったせいでよく似合っていた。

 しかし一言でいえば趣味が悪かった。


 趣味も悪いから性格も悪いのか、それとも性格が悪いから趣味も悪いのか、どっちから始まっても同じことだがアルトさんは性格が悪い。

 わたくしがオンラインゲーム初心者、つまりオンラインゲーム「RINE-リンネ-」初心者で画面に映し出されていたジユウガ丘を走り回っていた時にアルトさんと出会った。


 出会ったというのは語弊がある。倒されたというのが正しい。PKである。


 日本ユーザーは国民性からPKを厭う性格で滅多には起こらないことなのだが、決して完全に無いわけではない。初心者狩りという、まるで新人いじめを楽しむような輩もいる。アルトさんはその一人だった。


 コージさんと知り合ったばかりでまだギルド「流星の旗」ができてない頃の話だ。初心者用のチュートリアル、つまりゲームの流れを実体験で掴む段階の、本当に右も左もわからない頃にアルトさんにわたくしはPKされた。

 気付いたら教会の中に送られ、その次にコージさんも送られてきた。初心者用のチュートリアルで手に入れた希少アイテムもごっそり奪われて、所持金額も半分という最低で最悪な状況に落とし込まれた。


 だからギルド「流星の旗」を作った。ギルドを作ればギルドルームが使える。ギルドルームが使えれば倉庫や金庫システムが使えるため、PKされても保険がきくからだ。


 ギルド「流星の旗」はそんなPKから始まる事件から作られた、身を守るためのわたくしとコージさんの城のようなものだった。


 ではなぜアルトさんが所属するようになったかと言われたら、実はこれもまた同じ理由である。


 アルトさんはPKをし過ぎた。初心者だけでなく上級者もPKしていたが、とにかく恨みを多く買っていた。買いすぎて破滅しそうになった。PKを潰すPKK、つまりプレイヤーキラーキラーというPKよりも少ないが実力のあるプレイヤー達に狙われることになった。


 ゲーム上でもとくに有名だったPKKギルド「正統なる守護」という、少数ながら実力のある集団がいた。確かにそのギルドはPKから多くのプレイヤーを守ってくれていたが、悪しきは滅するという信条の元に過激なPKKを繰り返す危険な集団でもあった。


 例えば相手が殴り掛かってきたから防衛として殴り返すのではなく、誰かを殴った相手を正義の名を借りて殺す、という過剰な正義が暴走しているような集団で、アルトさんは街から一歩出ればすぐにPK可能領域で殺されて送り返される羽目になった。


 わたくしも最初は自業自得だと思い、それを眺めていた。大体のPKはギルド「正統なる守護」に狙われて多少反抗してもすぐに街から出られないことを悟ってゲームを辞める者が多かった。

 アルトさんもすぐに飽きて辞めると思っていた。だってゲームは強制ではなく娯楽でやる物だ。楽しくない、一方的な攻撃や悪意に晒され続けたら誰だって嫌になる。


 しかしアルトさんは辞めなかった。

 何度も街から出ようとして周囲を取り囲まれてもなお攻撃をして、抗って死んでは教会送りにされた。本当に何度も何度も、わたくしは十回を超えたあたりで数えるのを止めたが、その倍はアルトさんは抗い続けた。


 諦めが悪いと言えばそれで終わりだが、わたくしはその諦めない姿が勇ましく見えた。

 するとギルド「正統なる守護」の行動が陰湿に見えてきたのだ。いじめっ子を仕返しでクラス中でいじめ返すような、確かにアルトさんは悪かったがそこまでしなくてもいいのでは、と思い始めたのだ。


 だから本当は嫌だったが、アルトさんをコージさんの許可の元でギルド「流星の旗」に誘った。同情からではなくて、嫌いだし恨みもあるけど諦めない姿に敬意を抱いたからだ。PKKギルド「正統なる守護」とはギルドリーダーであるコージさんが話をつけてくれた。

 コージさんは生真面目で堅物だが、その分誠意溢れる真面目な人物として交渉できた。そこで「正統なる守護」からも条件付きでアルトさんのギルドに入る許可と狙うのを止めてもらうことに成功した。


 アルトさんはギルドに誘ったわたくしやコージさんに対してボイスチャットでこう言った。



「アンタ達馬鹿じゃねぇの?俺様は何度もアンタ達をPKしたし、他の奴らも大量に殺した。だからあのギルドの行動も正しい。正直に言えばアンタ達の行動の方が正気の沙汰じゃねぇ。考え直すなら今の内だぜ?なぁ、俺様を仲間にしてもいいのか?俺様は百害あるような男だぜ?」



 早口で言い切るような声はからかっているようで、どこかこちらを品定めするような、言い方を変えれば本当に信じてもいいのかと疑うような声で告げた。

 この期に及んでまだそんな軽口叩けるのかと思い、わたくしは文字チャットでこう返した。当時のわたくしにボイスチャットできるマイクがなかったのでキーボードで長文を返した。


「ガタガタうっさい男ですわね。いいから黙って仲間になりなさいな。あと百害あっても千利ある男なら十分おつりがきますけど…まさか貴方はおつりも返せないような小さい男ですの?」


 長い沈黙があった。本当に長かったので誰もがログアウトしないまま席から離れてどこかに行ったのではないかと疑うほど長い沈黙がチャットに広がった。その沈黙のせいでチャットには多くの者が参加して答えを待つ事態になった。


 いい加減わたくしがあの男逃げたかと疑い始めた頃に返事はかえって来た。まずは押し殺すような笑いと、続く大笑い。わたくしだけでなく多くの人が訳わからないといった様子の間抜けな声を上げた。


 笑いがおさまった後にようやくアルトさんは返事らしき言葉を出した。その声はどこか晴々していたのは気のせいだったかもしれない。


「いいぜ、気に入った。俺様は優秀で良い男だから、千利くらいのおつりは返してやるよ。最初のおつりとして俺様アルトはギルド「流星の旗」に忠誠を誓う。絶対に損はさせない、それを証明してやるよ」


 喧嘩を売るような誓いだったが、それでも確かにそう宣言した。音声記録もギルド「正統なる守護」が保存して、いざ問題が起きたらそれを元に制裁をすると注意もされた。


 これがアルトさんがわたくし達と出会って、様々な問題を起こし、最終的にギルド「流星の旗」に所属することになった顛末である。


 その際に実は四人目のギルドメンバー、PKKギルド「正統なる守護」のエースとも言える人物がギルド「流星の旗」に監視役として入ってきたのだが、それはまた別の話である。


 ちなみに零れ話としてその後、ボイスチャット用のマイクを手に入れたわたくしが初めてのボイスチャットで変な声を出したせいで、アルトさんに蛙みたいな声と揶揄され、蛙の姫様からの姫さんというあだ名がつけられたことは、今更言うことではないかもしれない。



 ★



 話は戻ってそんなギルド「流星の旗」で一番の問題児アルトさんとわたくしはコージさんを探すため、一緒にトーキョーアンダーシティを歩いている。先程のわたくしとアルトさんによる大喧嘩、というか一方的なわたくしの魔法攻撃を見て堂々と狙ってくる者は今のところいない。ただ隙を見て攻撃しようとこちらを見ている者は何人もいる。

 アルトさんは口笛でも吹きそうな様子で笑いながらわたくしを見る。


「それにしても姫さん大人気じゃん。こんなに狙われるなんてモテモテだな」

「ちっとも嬉しくありませんわよ。どうせモテるなら金髪碧眼王子様系美青年に白馬で迎えに来てほしいですわ」

「…本当に来たらどうすんだよ?」

「ありえない話だからこそ憧れる乙女心がわかってませんわね、この野蛮猿」


 夢見る乙女という単語が昔からあるように少女とは妄想する生き物である。実際そんな人物が現れたら気持ち悪いやありえないと拒否する現実性を持ちつつも、脳内では花が咲き乱れるような空想を描いて幸せに浸るのである。

 男性的に言えば巨乳のお姉さまに出会ってちょっと子供には見せられないことをしたいと思い描くのと同じことだと思ってくれたらいい。男女の違いとはその空想に現実的に叶えられるか否かくらいの違いである。

 女子の場合は叶えられないからこそ夢見るのである。夢の中なら自由だからだ。そんな可愛い乙女心を理解できないとは情けない。


「今俺の目の前には乙女と言えるような人物いないけどなー」

「…つまり?」

「出会い頭に知り合いに魔法をぶっ放すのは乙女じゃないっつー話」


 否定できない。確かに一般的な乙女像と言えば控えめで大人しい少女のことであり、魔法で攻撃するような少女はあまり当てはまらない。しかしあの魔法攻撃に関してはアルトさんに非があるため謝る気はないし、謝ったところでアルトさんはここぞとばかりに馬鹿にしてくるだろう。


 だからこれ以上話すと喧嘩に発展してしまうと考えたわたくしは黙ってコージさんを探すことに集中する。

 コージさんは一人になってしまったといえ、聖騎士という防御力の強い職業である。近接系としても人気のある職業で防御力だけでなく攻撃力も強い。また男性であるためわたくしより狙われる可能性は低いと信じたいのだが、実は「キビシスデバイス」で連絡を取ろうとしても繋がらないのである。

 電話のように連絡音は聞こえるのだが、いつまでも出てくれないのでこちらが切ってしまう状態だ。もしかしてデバイスが取れない状況にあるのかもしれない。わたくしは小さく肩を落としつつ、辺りを見回しながら歩く。


 どこまで行っても路地裏のような薄暗い印象を受ける地下にある街トーキョーアンダーシティ。天空樹スカイツリーのおかげである程度は目視できるが、どうにも不安になるような光源である。

 わたくしはアルトさんよりも先に歩きながら探していると、アルトさんが後ろから声をかけてきた。


「…姫さん、コージっていうか男前どんな奴?」

「見ませんでしたの!?」

「俺は空中に跳んでパンツが見える女がいると聞いて見上げただけで、男前は見てない…で、もしかして精悍そうというか男臭いような風紀委員を絵にかいたような奴だったりする?」

「パン…そ、それは置いといて確かにその通りですけどやっぱり見たんじゃありませんの?」

「姫さん見つけた時は見なかったけど、今見てるからな。捕まってるところを」


 …今見ている捕まってるところを、と言ったアルトさんを急いで振り返り、その視線が向かう先を追いかけていけば確かにいた。

 銀色の鎧を着ているが大剣も大きな盾も奪われた状態で数名のグラマラスな女性に抱きつかれて硬直しているコージさんを。

 そのグラマラスな女性達に指示して逃がさないようにしている五人以上の男達も見えた。コージさんは真っ赤を通り越して真っ青な顔で自分では動けず、グラマラスな女性達に従うまま移動させられている。


 そして天空樹のすぐ下にあるコロシアムへと連れていかれた。何をやっているのだコージさんは。


「……さらば、コージよ。君のことは忘れない。完」

「なに漫画風に終わらせようとしていますの!?いいから急いで追いかけて奪還しますわよ!!!」

「えー?コージ姫救出とかテンション上がるどころが急降下して奈落なんだけど」

「その点に関してはわたくしも同じですけど、見捨てるのはわたくしの美学に反しますの!!いいから言うこと聞きなさい野蛮猿!」

「へーへー。姫さんに従いますよ、っと」


 そしてわたくしとアルトさんはトーキョーアンダーシティの中央、天空樹スカイツリーの下にある闘技場、コロシアムに向かうのであった。


 あらやだ、この言い方も終わりっぽいので、改めて。


 コージさん救出のためわたくし達はコロシアムへ乗り込むのであった。しかしコージ姫救出は確かにテンションが上がらない。なんとも残念な内容であるが、わたくしは気にしないことに一生懸命務めたのであった。

20140828(改)

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