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魔導士ユーナは止まらない7

 ゲームと現実が混ざったこの世界。時の神クロノスもとい冒険者トキナガが言うにはこの世界は進化を続けているらしい。


 その証として定型文しか話さなかったNPCとも意思を持った会話をすることができたのが、この世界にやって来てから二日目の朝のことだった。

 わたくしユーナは道具屋のお姉さんであるNPCとよく話した。するとそのお姉さんは自分の名前を名乗った。


 道具屋のお姉さんの名前はリリアン。パーマがかかった黒髪を作業しやすいようにポニーテールにしている、快活で気風の良いお姉さんだ。グラマラスというよりはスレンダーな体で、女性のわたくしから見て憧れるようなモデル体型だ。

 わたくしはリリアンに試しにこの住んでいる世界はなんという名前なのか聞いてみた。このままゲームと現実が混ざった世界と言い続けるのはやや辛いものがある。


「この世界はアース!そしてこの大陸名はジパングと言って、街の名前はトーキョーだよ、アバター様」

「ユーナでいいですわよ、リリアン」


 ゲームと現実が混ざったこの世界の名前は「アース」、そして大陸はいくつかあるらしく、わたくしがいる街トーキョーがある大陸名は「ジパング」らしい。

 相変わらずちゃんぽんな世界観である。この世界を作った三面六臂の阿修羅もオリジナルな地名を作るのは面倒だったのだろうか。


 リリアンやNPC達はわたくし達プレイヤー、この世界にやって来た者達をアバター様という。現にわたくし達の体はアバターと言って、ゲームで使っていたキャラの特徴が混じっている。

 わたくしも短い髪や平らな胸は現実通りなのだが、髪や目の色が紫色になっている。これはアバター設定でわたくしが使っていた魔導士ユーナの色がそうだったからだ。


 しかしリリアン達がわたくし達をアバター様というのは区別の意味があるらしい。詳しく聞けばNPCは普通の人間らしい。普通の人間の定義としてこの世界に来る前のわたくし達、ゲームで遊んでいたわたくし達と同じということだ。


 死んだら生き返ることはないし、ジャンプしても二階までの高さに跳ぶことはない、必殺技や魔法が使えるわけでもない、普通の人間。

 そんな普通の人間として生活するのがNPC。魔物を倒すために驚異的な身体能力と魔法や必殺技を扱い、あまつさえ何度も生き返るわたくし達はアバターという存在になる。

 NPCにとってアバターは上位の存在で、尊敬するべき人間だからアバター様と呼ぶらしい。一緒に暮らす頼りになる存在として認知している。


 だからNPCはわたくし達に魔物退治の依頼や採取の依頼、いわゆるクエストを頼むらしい。自分達では手の届かない場所にもアバターは向かうことができる上に魔物と戦える力を持つからだ。もちろんNPCもクエストクリアの報酬を用意している。


 ゲームと同じ仕様に思えるが、NPC達にとってはこれが現実なのだろう。

 ゲームと現実が混ざったこの世界は進化をし続けている。混ざり合ったまま少しずつ世界として機能し始めている。


 わたくしはリリアンから回復道具でもあるが、食べ物でもあるサンドイッチを買う。この世界ではアバターの肉体のおかげで痛覚や食欲などの生理現象が鈍くなっているためあまり必要ないのだが、気分的な問題でわたくしは朝食を定期的に食べたかったのだ。


 ゲームと現実が混ざった世界に来たからって、いきなり適応できるわけではない。わたくしはサンドイッチを頬張りながらさらにこの世界を知るためにゲーム上では初心者用の街、今では住処でもあるトーキョーの散策を始めた。



 ★


 赤い塔を中心とした街であるトーキョー。白い石で造られた建物が並ぶ。一見すれば高層ビルが立ち並ぶ東京の街にそっくりだが製造技術や建物に使われている素材からして、東京の街を中世の技術で作り上げたように見える。

 その街の東にある建物三階にギルド「流星の旗」のギルドルームがある。わたくしは今そこを拠点にこの世界で生活している。青空が広がるこの世界だが今のところ雨が降ったという話を聞いたことがない。だが雨風を凌げる寝床というのは精神的にも安心する。


 街ではプレイヤーがプレイヤーを攻撃するPKが禁止ではあるが、以前の経験により一発は攻撃が当てられることが判明している。その一発が即死の攻撃であれば教会に送られて蘇生する羽目になる。しかも所持金額半分と所持アイテム全てを奪われる。

 そんな状況だからこそ外で寝泊まりするのは落ち着かない。いつ襲われるかわからないからだ。


 わたくしは初心者用の草原、魔物がうろつくジユウガ丘に度々行きつつ、お金やアイテムを稼いではギルドルームに戻って金庫にある程度預ける生活を送っていた。万が一PKや死んだ時の保険であり、ゲームでも当たり前の行動である。


 ではわたくしがこのギルドルームの持ち主、ギルドリーダーであるかというと違う。

 ギルド「流星の旗」のリーダーはコージさんという聖騎士の男性だ。わたくしと同い年の人で、男臭そうな外見というと悪く聞こえるが清潔そうな短髪に精悍な顔立ちした人だ。その容姿もゲームと混ざっていたので灰色の髪と目をしていた。ゲームの時と同じようにこの世界にやって来たばかりのわたくしと行動を共にしてくれた。


 しかし今はいない。なぜなら宝玉天照を運よく手に入れて、元の世界に帰ったからだ。

 むしろ帰したというべきだろう…わたくしはコージさんを帰すために自分が使うと言いながら、アイテム使用対象をコージさんにして無理矢理帰したのだ。


 わたくしには目的がある。こんなふざけた世界を作り、わたくし達をアバターという肉体に縛り付けて戦い続けろと命じた阿修羅、あの三面六臂を殴るためだ。

 だからコージさんを帰した。わたくしにはお婆ちゃんしかいない、だがコージさんには二人のお兄さんと妹さん一人、そして両親がいる。父親と喧嘩中とも言っていたのでこの機にぜひ仲直りしていると良い。


 だがこの世界「アース」に戻ってこれるかは不明だ。私達は元の世界に戻る方法を知っていても、戻った後にこの世界にまたやってくる方法など知らないのだから。

 知っていても戻る稀有な人物はいないだろう。こんな馬鹿げた、いつ戻れるか不明な、さらには疑心暗鬼が広がる世界に好きこのんで戻ってきたいと喜ぶ人物はいないだろう。わたくしだって相応の理由がなければこの世界に戻りたいとは思わない。


 だからコージさんが戻ってくることはないだろう。優しくて堅物真面目の…あの良い人はきっと元の世界で日常を取り戻して、こんな世界のことを忘れて生活した方がいいに決まっている。



 ログハウスのような内装のギルドルーム。木の家具をコージさんが好んでいたから、自然とそんな部屋になった。もちろん他のギルドメンバーが置いた趣味の小物も多い。その中でも意外と役立ったのが御茶菓子付属のティーセットである。

 なんとこのティーセットのクッキーは無限に湧き出てくるし、紅茶も常に熱いまま無限に出てくる。ある意味食うには困らない状況なのである。

 どうも家具はほぼ無限の構造らしい。熱帯魚の水槽も餌をあげてないのに鮮やかな熱帯魚は元気なままだし、わたくしが飾ったカボチャのランタンも常に蝋燭が灯り続けている。

 しかしそれだけと言えばそれだけである。無限だからなんだと言うのだろうか。


 それよりも今はこの世界を少しでも知るため、そして阿修羅に対抗するためには仲間が必要なのだ。できればゲームの時遊んでいて面識の強いギルドメンバーがいい。

 彼らとはボイスチャットなどで交流もあるし、なによりわたくしと同じようにゲームをやり込んでいた者も多かった。もちろん初心者の子もいたが、それを含めて十数人はいた。と言っても事情でゲームができなくなって名前だけが在籍しているメンバーもいたが、それでも頼りになる数だ。


 しかしわたくしはコージさん以外にいまだギルドメンバーに会ってない。フレンドリストも薄い灰色の字で埋め尽くされている。出会ってないもしくは元の世界に戻ったゲーム上でのフレンド達はこのように表示される。これでは通話もメールもできないのだ。


「キビシスデバイス」はアイテム袋やフレンドリストの管理などしてくれる、ゲーム上でのメニュー機能を補うこの世界でのわたくし達の必須アイテムだ。外見はタッチパネル式の携帯電話で、わたくしのデバイスの色は紫。

 ギルドルームにいる時はこのデバイスでオプション機能からヘルプを確認してこの世界の情報を集めたり、設定などで使いやすいように操作している。


 それにしてもおそらくあのイベント、カルマを手に入れた初心者用の新イベント…確か「六道輪廻リクドウリンネ」と言ったか。あのイベントでわたくしを含めて参加していたメンバーは六人。つまり他に五人はギルドメンバーがこの世界に来ているはずなのだ。

 そして同じように街にやってきたと思うのだが、なんで誰とも一度も会わないのか…もしかしたら信用されてないのかもしれない。


 なにせ元の世界に戻るためのレアアイテム宝玉天照は常に三つしか存在しない。全員で戻ることはできない…つまり先に取った者勝ちである。すると奪い合いが始まり、PKの横行や脅迫や独占が始まるのは目に見えている。

 そんな状況で画面越しでしか話したことない相手と協力しろなど…無理な話だ。


 だからわたくしは仕方ないと思った。コージさんは良い人だったから信用できたし、真面目だから一緒に行動して安心できた。ただそちらの方が珍しかっただけなのだ。普通は今のような状況のことをいう。


 多くのプレイヤーが同じ目に遭っているのだ、グチグチ言っても仕方ない。


 わたくしはわたくしで行動するしかない。コージさんがいなくなった今、一人で止まらずに進み続けるしかない。

 わたくしは止まるわけにはいかない、阿修羅に対し一発殴るまで、止まりたくなかった。



 ★


 コージさんを元の世界に返して一週間。わたくしは魔物狩りをしていた。戦いの基本と体の動かし方やアイテム収集などを目的として。

 希望的観測を入れればギルドメンバーに偶然会う展開を望んでいたのも否定できない。だが今のところはギルドメンバーには会えてない。


 お馴染の戦闘用フィールドのジユウガ丘で魔物に出会う。凶暴な目つきした子供サイズの兎「ラボット」という魔物だ。わたくしは一応上級職の魔導士であるため、髪につけている蝶の形した黄金色の魔石で作った髪飾りから魔法を発動する。初心者用の魔物などゲームでは一撃で終わりだった。


 だがゲームと現実が混ざったこの世界では違う。魔法を使うには基本呪文が必要である。簡単な初歩魔法なら頭に念じるだけでいいが、魔物がその隙を与えてくれない。

 今の状況は一撃で倒せるはずの「ラボット」五体に周囲を取り囲まれて、攻撃を避けつつ呪文を唱えている。これだけの数だと一匹ずつ倒すより一斉に倒さなければ際限がないからだ。


 最初は遠くから攻撃していたのだが、後ろから迫っていた三体に気付かないまま接近を許してしまい、こんな状況になってしまった。


「キビシスデバイス」でステータスアイコンをタッチする。すぐにHPヒットポイントの画面が表示される。緑色の液体が入った試験官が横倒しになったような図が表示され、その液体が十分の一程減っていた。

 あまりダメージを受けてないし痛覚も鈍っているため動くのには問題がない。それでも向けられる殺意や攻撃的な視線に身が竦む。現実とゲームが混ざった弊害だ。ゲームでは味わうことがなかった、生々しい感覚にわたくしは足が震えていた。

 それでも止まるわけにはいかなかった。もう前線で戦ってわたくしを守ってくれていたコージさんはいない。かつてのギルドメンバーもいない、仲間もいない。わたくしは一人だけだ。


 だからこそ、怖気つく訳にはいかなかった。弱音なんて吐いてられない。


 黄金色の髪飾りから淡い光が文字となってわたくしを取り巻く。その文字を私は読み上げる、これが呪文詠唱。この世界での魔法発動だ。


「原始の雷鳴轟く真下に与えられた炎は我が身を焦がす!山すら燃やす神鳴りを聞け!!」


 呪文を一気に言い終える。恥ずかしいと戸惑ってなんかいられない、今は生きるか死ぬかだから。

 唱え終えてすぐにわたくしを中心に雷が円状に広がるように落ちてくる。ラボット達が雷の火花によって燃え上がり、断末魔を上げる暇もなく光の塵となって消えていく。残されたのは五つの金貨袋と三つのアイテムや素材が入ってる袋。それらはすぐにデバイスに自動的に収納されていく。

 前は自分で拾い上げてアイテム欄に追加していたが、デバイス設定によって自動収納するように変えたのだ。かなり便利なため重宝しているが、中身の確認はデバイスを見ないといけない。


 わたくしはさっそく胸ポケットからデバイスを取り出してアイテム欄を見るが、基本的なアイテムしかない。レアアイテムはもちろん、宝玉天照もない。


 コージさんは日頃の行いか、本当に運が良かったのだろう。あんなに早く手に入れられたのだから…やはりコージさんを元の世界に戻して良かった。でなければいつ戻れるかわかったものじゃない。


 いらない素材はリリアンの道具屋で換金してしまおう。そう思ってデバイスで直接ギルドルームに戻れる瞬間移動機能は使わず、歩いてトーキョーの街へと戻る。痛覚も疲労も鈍っているため何度も魔物と戦ったわりには足取りはしっかりしている。しかし心が疲れた。

 道具屋で換金した後は精神を休めるためにギルドルームで眠ろうと思った矢先、踏み出そうとした地面に弓矢が突き刺さった。わたくしは慌てて顔を上げて数メートル先に立っている男数人を目視する。


「よー、よー。大分稼いだんだろう?それ全部俺達に寄越してくれよー」

「お前魔導士なんだろう?一人きりなら全然怖くねーな」


 狩人らしき弓矢を構えた男に、ごろつきのような体格のいい戦士の男、もう一人は結界でダメージを減らす補助向きの職業である法術師の男だ。多勢に無勢である上に女一人に男三人とは…下種だ。

 こんなか弱い女性を足止めしてカツアゲとは哀れさをむしろ誘うが、それを表に出せるほどわたくしは余裕などなかった。


 なにせ相手の戦闘バランスが良すぎる。接近の戦士に中距離の狩人、そしてわたくしのダメージを軽減したり回復したりする法術師。ひきかえわたくしは遠距離のみの魔導士。戦士で隙なく攻撃しつつ狩人でわたくしを射止める。わたくしが反撃しても法術師が二人をフォローしてしまう。


 勝ち目は…正直薄い。


「しかしよー、お前、女だよな?」

「ありえねーほど胸ないけど女だよねー…?」

「ないわー、まじ絶望的な絶壁だわー…」


 なにかが切れた音がした。堪忍袋と言うよりは理性が切れた音かもしれない。


「…荒れ狂う熱砂の渦に巻き込まれて太陽は輝きを強くする!!余計なお世話ですわよこのド腐れどもがぁあああああああああああああ!!!!!!」


 最後の部分はわたくしの本音で呪文ではない。砂を巻き上げるような竜巻の中で摩擦された静電気により巨大な火の玉が出来上がり、三人に向かっていく。当たると思った瞬間、光り輝く硝子よりも薄い壁に邪魔された。


「我が身を守る神の盾!」


 短い呪文を法術師が呟いていた。わたくしの魔法はその壁にぶつかりながら次第に小さくなっていく。そして最後には消えてしまった。

 その間に戦士の男が斧を持ってわたくしに向かい走ってくる。その後ろでは狩人がこちらの心臓に弓矢を向けている。もう一度呪文を唱えている暇はない、巨大な斧の刃は嫌な輝きをわたくしの目に射し込んでくる。


 気付いたら目を瞑っていた。金属同士がぶつかり合うような甲高いながらも大きな音が響いた。








 …金属同士?わたくしはそんなの持ってないはずだ。





 おそるおそる瞼を上げて目の前にある輝く銀の鎧に目を奪われた。

 戦士の男が斧を巨大な盾に止められたことで狼狽し、数歩下がっていく。狩人が弓矢を放つがわたくしに届く前にこれまた巨大な大剣が細い弓矢を叩き折る。真っ二つに折られた矢は力なく地面に落ちた。

 わたくしは声を出そうと思ったが、上手な言葉が思いつかず口を何度も開閉していた。

 すると先に言われてしまった。








「待たせたな、ユーナくん」






 頑固で堅物で真面目で優しくて良い人、あと融通が利かない。ギルド「流星の旗」のギルドリーダーで、わたくしのフレンドであり仲間。ゲームの時もこの世界にやって来た時もすぐにわたくしと出会って、一緒に行動してくれた人。


 コージさんが戻って来た。このゲームと現実が混ざった世界から抜け出せたのに、また、戻って来た。


 そのことにわたくしは不謹慎ながらも、喜んでしまった。嬉しかった。

 しかしのんびりしている暇はなく、相手はすぐに体勢を立て直してまずはコージさんと狙いをつける。

 コージさんは巨大な盾を構えてわたくしを背にしながら力強く言う。


「ユーナくん、一発巨大な魔法を頼むぞ!!」

「ええ、任せてくださいコージさん!」


 両手で頬を軽く叩き、気合を入れ直す。そして頼まれた通り巨大な魔法を頭の中で念じ、魔宝石から零れ出てくる光の文字を長々と読み上げていく。

 その間にもコージさんは戦士の猛撃を盾で受け流しながら狩人が放った弓矢を叩き折っていく。反撃しても法術師がダメージを軽減するため、守りの体勢でわたくしをフォローしてくれている。

 聖騎士は神に誓って守るために攻守秀でた職業というゲーム設定で、近接系の職業として人気が強い。なにより仲間と戦う時に後衛を守る砦の役目として必要な必殺技や魔法を覚える。だから後衛の職業である魔法使いや狩人は聖騎士を頼りにする。


 わたくしはコージさんの守りを信じている、頼りにしている。だからこそ本当に、巨大な魔法を用意する。

 もしかしたらコージさんも巻き込むほどの魔法になるかもしれないが、その時はご愛嬌ということで許してほしい。


 代わりに絶対にあの法術師すら軽減しきれないほどの強力な魔法を見せよう。あの三人を再起不能にし、教会送りにした上で二度とわたくし達を襲わないと神に誓えるほど、むしろ後悔するほどの巨大魔法「破滅竜の吐息」を。





「ゆらゆらとゆらり、彼の者は破滅を導く竜として流れ星と共に落ちてきた者なり、そのアギトから漏れる吐息は太陽すら溶かしつくす火蜥蜴、我が名のもとにその吐息を汝に与えよう、破滅よ幸いなれ!!祝福あれ!!食らいなさいな!!!」





 人差し指を銃口に見立てて、戦士達三人に向ける。青い顔をした三人はわたくしの背後で地面から突き出るように登場した巨大な竜を見上げている。


 黒鋼で作ったような鱗の胴体に宝石をはめ込んだような獰猛な瞳、鉄の骨組みと皮で作り上げたような翼、なにより特筆するべきは全てを呑み込みそうな程の大きな顎。

 その口が開いて漏れ出たのは炎ではない。生暖かい黒い靄のような吐息。それが空気に触れて火花を放ち燃え上がっていき、黒い吐息はいつしか形を持って燃え上がる。吐息は火の蜥蜴のような姿で地面を高速で這いずり回る。這った地面は熱で溶けて赤く、マグマのように煮立っている。


 吐息は火蜥蜴へと姿を変えてどんどん大きくなり、何匹も生まれて迫ってくる。法術師が慌てて先程よりも強力そうな光の防護壁を作るが、大人を悠々と呑み込めるほど大きくなった火蜥蜴はその壁を呆気なく突き破る。


 そして三人の目の前で何匹もの巨大な火蜥蜴達が大口を開けて飛びかかり、その灼熱の体の中に三人を呑み込んでいく。


 金切り声が上がったと思った次の瞬間には、三人の体は燃え上がる火柱の中から消えていた。おそらく教会送りにされたのだろう。

 コージさんは上手く避けてくれたらしく、いつの間にかわたくしの横に移動していた。呆然と燃え続ける火柱を眺めているので、相当驚いたらしい。


「ゆ、ユーナくんの魔法は…すごいな」

「これゲームの頃からのわたくしのお気に入りですの。でもゲーム画面で見るよりカッコイイですわね!」


 私は自信満々な笑みでコージさんに言う。するとコージさんもつられて笑った。少しやりすぎだろうと苦笑しているが、無事にPKしに来た三人を倒すことができた。この魔法はとても呪文が長いので、コージさんいなかったらできなかった。

 だからこれはコージさんへ贈るお礼の炎。空まで届きそうな火柱はわたくしの背後に現れた竜の消失同時に一瞬で消え去る。残っていたのは三人組の合計所持金額半分とアイテム全てだ。自動的にそれらはわたくしのデバイスにあるアイテム欄に収納される。


 人を殺した罪悪感はあるが、正当防衛ということで、むしろざまあみろと思うことにした。胸のことで馬鹿にされたが、巨大魔法で燃やしたのでかなりスッキリした心持ちである。

 なによりコージさんにまた出会えたのが嬉しかったが、すぐに疑問が湧く。


「コージさんどうやって…いや、どうして戻って来たんですの!?」

「ユーナくんが止まれないように、私も譲れないものがあるからさ」

「…へ?」

「仲間を見捨てる男にはなりたくなかった。それだけだ」


 そう言ってコージさんは照れくさそうに笑った。何も言えずにわたくしは肩を落としつつ、とりあえずおかえりなさいとだけ告げた。



 ★


 落ち着いて話すためにわたくし達はギルドルームに戻った。コージさんは少しずつわたくしが混乱しないように話してくれた。



 コージさん曰く、元の世界に戻った時は夢から覚めたように座っていた椅子から転げ落ちたそうだ。落下する夢を見て跳ね起きたような感覚らしいが、傷一つなく自分の肉体に戻ったらしい。

 ゲーム画面ではイベント「六道輪廻」を終了した画面だったらしい。貰ったはずのアイテムカルマは画面から消えていて「転生おめでとう」と文字だけが表示されていたという。これで宝玉天照一つで元の世界に戻れることが証明された。


 コージさんはその後ニュースに注意しながら一日を過ごし、そして翌日の朝に流れた速報で被害人数やオンラインゲーム「RINE-リンネ-」の運営会社について知ることができたという。


 被害人数は確認されているだけで世界中で二十万人を軽く超す。前に百万プレイヤー達成記念イベントをしていたことを考えると、約五分の一以上の人数が阿修羅が作ったこの世界「アース」に巻き込まれたことになる。


 多くは魂が抜けたように昏睡状態で、病院に搬送されたが目覚める様子はないらしい。おそらくそのコージさんの体験した時間の中ではわたくしも病院に搬送されているのだろう。


 政府は異例の事態として身近な住人や家族の確認を急ぐとともに、オンラインゲーム「RINE-リンネ-」を運営しているゲーム会社JINDOにゲーム停止や原因追及をしようとしたらしい。

 らしい、というのはできなかったからだ。会社名は存在するし会社所在番地も確かに存在しているのに、警察が向かった場所にあったのは広い野原に古井戸があるだけの場所で、警察は全力で再捜査にあたっているということだ。


 架空会社が作ったあるはずのないオンラインゲームが「RINE-リンネ-」。コージさんはゲームをしていたため家族にはどこにも異常ないかと心配されたらしい。そこで生真面目で堅物なコージさんは家族に本当の、とても信じられないこの世界の話をしてしまったらしい。


「怒られなかったんですの?」

「呆れられたな。妹なんか途中寝てしまったよ」


 苦笑しつつコージさんは話を続けていく。運よく元の世界に戻ってきたが、またゲームと現実が混ざったこの世界に戻るということ。父親は大激怒して母親は大泣きの一世一代あるかないかの大喧嘩をしたらしい。なぜかコージさんは誇らしげだが、わたくしはどちらかというと怒った父親の方の味方だ。


 なぜ戻ってこれたのにまた危ない世界に首を突っ込むのか。普通の反応だ。大切な家族を持った親御さんならそれは当たり前だ。


 しかしコージさんは譲らないが、二人いる兄の内一番上の兄がどうやって戻るのか聞いたらしい。そこでコージさんはやっと戻り方というか行き方がわからないことに気付いたらしい。阿保なのだろうか、それとも天然なのだろうか。おそらく後者であろう。

 そこからは父親から考え無しと罵倒されて母親は安心していつもの生活に戻ろうと提案したらしい。本当だったらそこでコージさんはいつもの日常広がる普通な生活に戻れたはずなのだ。しかしそうならなかった。


 二人いる兄の内上から二番目の兄が余計なことを言わなければ。


「ゲームは停止されてなくてな…それで原因となったイベントをもう一度やればいいんじゃないかと…」

「…あーなるほどー…じゃないですわ!またあのイベントやりましたの!?」


 確かコージさんがオンラインゲーム「RINE-リンネ-」を始めたきっかけもその上から二番目の兄のはず。引き籠っていたコージさんに勧めた相手であるはず。確か優秀な兄二人で二番目は少し遊び人入ってると聞いたが、余計な方に頭を回してくれたものだ。

 おかげで折角コージさんが元の世界に戻れたというのに、こんな世界から切り離せたのに、一度その御尊顔を拝んでみたいものだ。そして一発拳を入れてやりたいものだ。


 しかしコージさんの話は続いた。そこで照れくさそうにというか言い辛そうに父親に殴られたけど謝ったらしい。思い通りの息子になれなかったけど、自分の道を行くために許してほしい、と言ったそうだ。

 すると父親は「そんなことが問題じゃないんだ。俺の思う通りの息子じゃなくてお前はお前の思う男になればいいが、家族に心配をかけるんだ。ただで行けると思うなよ」と言われて殴られたらしい。それ以降は気を付けるんだぞと一言だけ呟いて許可してくれたらしい。


 母親はそんな父親を信じられないような目で見ていたが、コージさんの必死の頼みと兄二人が補助してくれたおかげで納得させることができたらしい。


「一番上の兄にはそのシステムならどうせすぐに目覚めるんだろう、と言われてな。さすがだ…と感心したものだ」

「ああ…なるほど。確かにわたくし達が元に戻る時間はイベントをクリアした時の時間みたいですし」


 時の神クロノスもとい冒険者トキナガがそう説明していたし、コージさんも戻った時はイベントクリアした後だったらしい。つまりあちらの世界では一分も経ってないことになる。

 そのことにすぐ気付くとはどうやらコージさんの一番上の兄は冷静で頭が回るらしい。こちらは中々好感が持てる。


「二番目の兄には…その、からかわれたというか…ゲーム世界に好きな子残してきたから必死なんだよこいつ―、と母に言われてしまって…その、まぁ、当たっているんだが…」

「コージさん…好きな人いましたの?」

「…え?」


 わたくしは今までコージさんは不純異性交遊と疎遠というか奥手というか、あまり興味がないと思っていた。なにせ堅物を絵に描いたような典型的風紀委員タイプのような性格で、まさかゲーム内で好きな人ができる人とは思わなかった。

 しかしボイスチャットでギルドメンバー、特に女性と話す機会は多かったし、コージさんはギルドリーダーのため他のギルドにも顔が利く。その他のギルドの中にはゲーム内美少女集めたおふざけ集団もいるが、話した限りでは女性のギルドマスターも少なからずいた。


 きっとわたくしの知らないところで縁を深めた相手がいるのかもしれない。そうか、その人のために戻ってきたのなら全面的に納得がいく。まるで白馬の王子様のように颯爽と現れてその意中の相手をこの世界から助けるつもりなのだろう。

 コージさんも意外と隅に置けない相手だ。そしてここからわたくしはコージさんに意中の相手を誰か問いただし始める。


「わたくし気付きませんでしたわ。もしかして歌姫の職業でいつも派手な格好しているけど内心無邪気で無垢な…」

「いや、そっちじゃなくて私が好きなのは…」

「あ、もしかして吟遊詩人の職業でゆるふわ森ガールみたいな格好した中身もポヤポヤの…」

「ち、ちが…私が…」

「は!?もしかしてつい最近新しく入った声がとても可愛い初心者の職業格闘家の…」


 ここでコージさんが両手を上げてギブアップした。残念ながらコージさんが好きな相手を知ることはできなかった。だがわたくしはこれでも恋話大好き女子であるため次のチャンスを狙うとしよう。

 今はコージさんが戻ってきた経緯とそしてこちらの世界とあちらの世界の時間間隔について追及しなくては。


 コージさんは顔を赤らめつつどこか残念そうというか悟った顔で話を続けた。コージさんは様子見で元の世界を一週間過ごしたらしい。念のために身辺整理や家族との団らんにニュースの変化、他に戻った人が出てきた場合のタイムパラドックスの解明のためあえて時間を置いたらしい。

 そこでコージさんはニュースでオンラインゲーム「RINE-リンネ-」の登録者が増えているニュースを見たらしい。どうやら昏睡状態続出ニュースのせいで逆に注目が上がったり、どのような経緯で昏睡になるかの検証のため動いているらしい。


 もしかしたら阿修羅はそれも狙いに入れているのかもしれない。阿修羅はこのゲームと現実が混ざった世界「アース」を進化させたい。そのためにはわたくし達人間が必要。思惑通りになっていて腹が立つくらいだ。


 コージさんは一週間経ってオンラインゲーム「RINE-リンネ-」にログインして、イベント「六道輪廻」をクリアした。そしてアイテム習得画面でアイテム業の存在を確認した次の瞬間には、この世界「アース」の初心者用の街トーキョーにある広場に立っていたらしい。

 そこからギルドルームに戻ろうとした時にわたくしが使った魔法が見えて気になったらしく、駆けつけてくれたらしい。



 そして今に至る。コージさんが戻って一週間わたくしは一人だった。コージさんは一週間元の世界で過ごした。計算は合っている。

 どうやらこちらの世界で何日過ごしてもあちらでは瞬きほどの時間も経たないが、あちらで過ごした時間はこちらの世界に戻った際に反映されるらしい。ややこしい話だ。

 コージさんにこちらでは一週間が経ったことやNPCの変化、そしてギルドメンバーに誰とも会わなかったことを告げた。


「そうか…」

「とりあえず元の世界に戻れることは判明しましたし…きっと誰も掴んでない情報も収穫しました…次は…」


「仲間探しに他の街探索だな。確かキョートやナゴヤの街もあるし、もしこの世界が本当に進化しているのなら私達が知らない、というかゲーム上にも存在しなかった場所があるんじゃないだろうか?」


「そうですわね。とりあえずわたくし今日はもう疲れましたので眠らせていただきますわ。起きたらリリアンの店に一緒に行きましょう」

「うむ!そうだな……まて!!ユーナくん!!まだギルドルーム拡張してな…」


「つ・か・れ・ま・し・た・の!!文句があるならベルサイユまでいらっしゃいな!!!」


 疲れてやけくそになっていたわたくしは意味不明な決め台詞も追加しつつ、怒声を上げながらベットに入って一足先に眠る。どうせすぐに目覚めるだろうし、襲い掛かられても撃退する自信はあるし、なにより真面目で優しい、だが堅物なコージさんはそんなことしないと信用している。


 なのでわたくしはコージさんを差し置いて、夢の世界でわたくし好みのイケメンというか美青年と幸せなデートする。ちなみに余計なことながらわたくし好みの美青年はまさに美しいを体現したような金髪碧眼王子系や細身ながら髪がサラサラのモデル系だ。

 なので好感はモテるがコージさんみたいな男臭い系は好みではないのであしからず。


「…信用されているのだろうが………これは…男として情けないな…とほほ」


 なんかコージさんの声が聞こえた気がしたようなしなかったような、気のせいだろう。

20140828(改)

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