表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21

魔導士ユーナは止まらない5

 ゲームと現実が混ざったこの世界でわかったこと、眠ればある程度体力回復できること。

 まず睡眠できるのも驚いたが、思い返せば確かベット出す前にわたくしユーナは欠伸をしていた。ということは眠気があるということだ。


 そして胸ポケットにしまっていたゲーム上ではメニューとして扱えた機能を携帯端末にした「キビシスデバイス」でHPヒットポイントの項目を見る。


 タッチパネル式の携帯電話を模したデバイスのおかげで操作しやすい。


 ステータスアイコンをタッチして画面を変えれば、フレンド登録しているコージさんのステータスも見ることができた。するとコージさんのHPステータスバーが満タンになっている。


 ステータスバーというのは横になった試験管のようなもので、満タンの時は中にある緑色の液体が隙間なく埋められている図に似ている。

 これが半分以下になると黄色の液体に変わり、四分の一になると赤色に変わるのがゲームの時のシステムであった。しかも赤色になると音が鳴る仕組みでもある。


 まだステータスバーが赤色になったことはないが、やはり赤色になると音が鳴るのだろうか…できればデバイスに着信が届いたというレベルにしてほしい。

 間違っても肉体から音楽が鳴り出すという仕組みは止めてほしい。


 そして起きてわかったこと、その二。生理現象があるということ。つまりお手洗いに行きたいのだ。わかりやすく言い変えるならトイレである。


 しかし痛覚が鈍っていると「キビシスデバイス」を触っててわかったが、どうやら空腹や眠気や生理現象というのも鈍くなっているらしい。

 かなり早くに寝たと思ったら、まだ日の出前なのがギルドルームに付属されている窓から見える暗い空模様で理解できた。デバイスを操作したら設定というアイコンで時計機能というのを見つけたのでそれを起動する。


 すると深夜二時とある。まだ夜じゃないかと驚くほどである。それなのに眠気はなく、むしろスッキリしている。

 さらに言えばお腹も空いてない。この世界に来てから半日は経つだろうが、口にしたのはクッキー一枚のみ。それなのに全く空腹感が襲ってこない。

 そして起きてからやっとトイレに行きたいと感じることができた。それでもあと数時間は我慢できそうなくらいの僅かな感覚だ。


 しかしわたくしもこう見えて女性。生理現象を我慢して後ではしたないことになるのは勘弁してほしい。


 なのでギルドルーム内のトイレに行こうとして数歩歩いて立ち止まる。


 ギルドルームは基本ゲームのまま家具が配置されていて、部屋数も今のところ一室である。玄関というべきドアが一つあるが、それ以外にドアは見当たらないし、風呂やお手洗いに通じる通路やドアは影一つない。壁に金庫の蓋はあるが、そんなの今は何の役にも立たない。


 ゲームと現実が混ざったこの世界では、中途半端に日常をゲームの常識が邪魔してくる。つまり現時点でトイレが存在しないのだ。

 わたくしはただ溜息を零すしかなかった。



 ★


 起きればもう一つ反対側に配置されていたベットがある。それはフレンドのコージさんが使っていたベットだが、今は布団しか残ってない。どうやらわたくしより早く目覚めて出かけたらしい。


 コージさんは生真面目で優しい、悪く言えば堅物で融通の利かない人である。わたくしと同じ部屋で眠るのも恥ずかしがる程で、ギルドルーム拡張に必要な資金集めの魔物狩りをしたくらいだ。

 わたくしが所属しているギルド「流星の旗」のギルドリーダーでもあるコージさん。ゲームで遊んでいた頃は初期から仲良くなった方である。


 そしてもう一人…腐れ縁というか、仲良くなったというか喧嘩している内に打ち解けあってしまった初期からの知り合いがいる。

 その方もギルド「流星の旗」に所属しており、一応フレンドではある。わたくしとこの世界に来てしまう原因となったイベントで一緒に戦っていた仲間でもある。


 初心者へのフォローも上手いし、ボイスチャットでも明るいながらも少々痛い…いわゆる黒歴史的な発言連発の変なあだ名をつける人として、一見盛り上げ役の憎まれ役も同時に買う変な人だった。そのボイスチャットでは確か男の声だったはず。


 ちなみにわたくしは最初のコージさんと彼との三人によるボイスチャットにて緊張して変な声を出してしまった。コージさんは優しく笑って落ち着いてと言ってくれたのに対し、あの男はこう言った。


 潰れた蛙みてぇ。女声だし蛙の姫様…姫さんなんてどうよ?


 それ以来、彼はわたくしを姫さんと呼んでいる。皮肉交じりの最大の嫌味を含んだあだ名である。


 しかし初めて出会った人達はわたくしの一人称もあってか、性格に合わせたあだ名をつけてくれると勘違いして彼にあだ名を求め、そして後悔するのだ。ある意味ギルド「流星の旗」の通過儀礼である。

 ちなみにコージさんは彼に男前と呼ばれていた。理由は、男が前面に出てき過ぎて男くせぇ、からの男前である。彼のネーミングセンスはそんな最大の皮肉と嫌味が混じったものなのだ。

 しかしそんな彼も悪いところばかりではない。


 オンラインゲーム「RINE-リンネ-」は転生を繰り返して上級職に変更したり、むしろ多くの職業に手を付けて魔法が使えるガンマン、マジックガンナーという新しい職業を開発することもできる。

 わたくしのように魔法使い一本気で推し進めて魔導士になるタイプもいるが、彼は多くの職業に手を付けて珍しい職業を手に入れるタイプだった。


 彼は本当に多くの職業を手にしてやり込んでいたらしく、回復魔法から攻撃魔法に補助技から必殺技に生産系のスキルも多数習得していた。そのため彼は戦闘においてとても頼りになる。だからこそあのイベントでも初心者のフォローやアドバイスをしてもらえるように一緒に戦ってもらったのだ。


 わたくしは寝る前にこの世界を作った阿修羅に反旗を翻すと決めた。そのためには仲間が必要で、できるならゲームで一緒に遊んでいたギルドメンバーの仲間を集めたいと宣言した。

 不本意だが、最初に集めるとしたらそんな万能な彼がいい。性格は悪いが、頼りになるのだ。


 しかしフレンドやギルドメンバーに連絡を取るには一度出会うしかないようだ。「キビシスデバイス」のフレンドリストに載っている名前はコージさん以外全て灰色に書かれている。

 コージさんだけは赤色で、これは連絡可能を示している。


 ゲームでもログアウトした、つまり進行形でゲームで遊んでいない人の名前は灰色に書かれていた。昨日もコージさんと会うまではコージさんの名前も灰色だった。しかし出会ってから常に赤色である。


 わたくしは試しにコージさんの名前をタッチする。するとメール機能と電話機能が使えるらしい。このデバイスは見た目も携帯電話だが、機能も携帯電話に近いらしい。

 このゲームと現実が混ざった世界を知るにはこのデバイスは必要不可欠だ。


 わたくしはコージさんが今どうしているか知るために電話を選択する。すると数コール音経った後に慌てたようなコージさんの声がデバイスから聞こえてきた。


『ユーナくん?何かあったのか』

「いえ。起きたらコージさんがいなかったので一応安全確認と電話機能の調子を確かめてみようかと」


『ああ、なるほど。普通の携帯電話と変わらないようだ。電話に出る際に画面に相手のフレンド名も表示されるし、音質もクリアだ。実は今ジユウガ丘の先にあるトウカイ洞穴にいるのだが、電波は関係ないらしい。かなり奥深くまで来たのに…っとと』


「コージさん、もしかして戦闘中ですの?」


『ああ、仲間を集めるのだろう?それなら遠出も必要になってくるだろうし、女性用の部屋拡張も必要だからな。危険と判断したらすぐにギルドルームに戻るため、ユーナくんも街で情報を集めてくれ。それでは』


 そう言ってコージさんは通話を終わらせた。真面目で優しいコージさん。わたくしが勢いで言った言葉を受け入れて一緒に進んでくれる。

 紳士的と言えばいいのか、わたくしに危険が及ばないように街での活動を任せてくれる。本当に良い人すぎて、わたくしは逆に心配してしまう。詐欺とかに会わないといいのだが。


 それでもそんなコージさんだからわたくしは疑心暗鬼で戦い続けなければいけない世界で彼を信用することができるし、安心して一緒にいられるのだ。

 最初に会ったのがコージさんで良かった。本当に良かった。


 間違ってもわたくしに皮肉たっぷりのあだ名をつけた彼に会わなくて良かった。彼の場合は信用できない、絶対に。




 なにせ彼との出会いはゲーム内でわたくしとコージさんに向かってPKを仕掛けてきたのが始まりなのだから。


 ★


 明るくなってからわたくしはギルドルームの扉から外に出る。ギルドルームは初心者用の街トーキョーに立ち並ぶビルの一つ。東側にあるコンクリートに似た白い石壁の建物内三階にある。


 扉の先にはエレベーターに似た四角い部屋が一つ。白い床に緑色に光る丸い台座がある。よくゲームで見るテレポート装置に似ている。

 どうやら他の階やギルドルームに侵入できない仕組みなのだろう。


 わたくしが台座の上に立つと、緑色の光が目の前に広がって白くなったと思えばビルの入り口であるドアが前に。台座の上から見回せばその入り口ドア以外は変わった様子はない。

 なんの圧力も負荷もなく移動する、この瞬間移動にはまだ慣れそうにはないと思いつつ、台座から降りて入り口に向かう。ドアは自動ドアだった、やはり現実とゲームが混ざっているらしい。


 外に出ればいまだ混乱が続いているが、大分静かになったような気がする。しかし不気味なほどの静かさだ。誰も口を開いてないのに目だけが光って通りかかる人物を注視するのだ。


 しかもNPCには目を向けてない。明らかにプレイヤー、つまりこの世界に巻き込まれた現実の人間達だけを見ている。


 わたくしはその目線が嫌で小走りに街を歩く。でもどこにいても目線があるように感じて居心地が悪い。

 するとわたくしは昨日何度も話しかけて同じ答えしか返ってこないのを確認したNPCにぶつかる。つい癖というか日本人の文化として謝ってしまう。


「これはアバター様。昨日は何度も話しかけてくれてありがとうございます。お急ぎなのでしょう?お気になさらず!」


 驚いて立ち止まるわたくしを他所に、流暢に喋ったNPCは人間のように滑らかに歩いてどこかへ去ってしまう。


 昨日、そう半日前までは何度話しかけても同じ言葉しか返ってこなかった。そう確認した。

 それなのにあのNPCは今、わたくしに向かって意思があるように話しかけてきて、さらにはアバター様と呼んだ。昨日とは明らかに違うNPCの些細な変化に、わたくしは世界レベルで大きく変わったと感じてしまった。



 また少し歩くと、今度は阿修羅が立体映像でわたくし達に戦い続けろと命じた広場にやってきた。中央広場でもあるこの場所には噴水もあり、わたくしはここで自分の容姿を確認した場所でもある。


 しかしここも昨日と変化していて、広場の端に仮設トイレのようなボックスがあるのだ。何人か既に並んでおり、さらにはそのボックスについて説明している男がいる。


 緑色のポンチョを着た男で、左目の下には泣き黒子がある。柔和そうな笑みを浮かべている、年齢は十六くらいの少年だ。しかしそんな彼に何人か怒声を飛ばしている。さらには攻撃しようとする者もいるが、教会送りにされるとわかって動きを止めていたりする。

 わたくしも何か情報を得ようと彼に近づく。


「ん?やあ、こんにちはお嬢さん。僕はトキナガという名前の冒険者の一人さ!」

「こんにちは。わたくしはユーナと申しますの…あの、このボックスや貴方は一体…」


 笑顔でわたくしに話しかけてくれたトキナガは肩まで伸ばした緑色の髪を指先でいじっている。同じように緑色の目は少し困った色を浮かべている。

 さらに受け答えからしてNPCではなさそうだが、だからといってこの世界に巻き込まれたプレイヤーにも見えない。


 なぜなら彼はあまりにも余裕な笑みでわたくし達を見ている。大変だろうけど頑張ってね、といった視線でわたくし達を見ているのだ。


「これは仮設トイレ。阿修羅ったらこの世界をあまりにも未完全なまま作り上げたから細かい所まで補正が間に合ってなくてね…おかげで僕まで使い走りだよ!酷いよね」

「あ、阿修羅って貴方…」


「ん?ああ、紹介不足だったね。では改めて、僕はこの世界を作るのに協力した神様の一人。ギリシャ神話に名を連ねる時の神クロノス…だけど、今はこの世界で遊ぶ冒険者トキナガ…って、どうだい?」


 理解が追い付かない。神様…こんなにも人間らしくてフレンドリーで阿修羅と一緒にこんな馬鹿げた世界を作った神の一人。しかもギリシャ神話と言えば世界的にも有名な複数神による物語大系じゃないか。


 トキナガは笑顔でわたくしを見ている。その笑顔に拳を入れたくなるも、ギルドルームやフィールドではないこの街で、暴力行為はPKと認識されてしまう。

 PKになると教会送り、つまり一回死んでしまう。それだけは避けておきたい。


 昨日コージさんで実践した、ゲーム内でもあったフレンド同士によるスキンシップモーションの殴るは、まだフレンドではないトキナガには通じない。

 わたくしは呼吸を落ち着かせて他に聞きたいことがあったので、そちらを尋ねることにした。


「この世界が未完全とはどういうことですの?」

「君はこの世界がゲームと現実が混ざった世界と認識してるよね…でも今はゲームでの常識が多く適用されてる」

「ええ。おかげで日常生活に支障が出そうですわ」


「でもね、この世界は人間を取り込むことによって進化する…NPCが人間のように話し出して生活するし、少しずつ君達が現実と思ってる常識が適用される場面が多くなる…あ、もちろんゲームならではの動きやすさはそのままだけどね」


 トキナガは愉快そうにわたくしを見ている。もしかしてわたくしを試しているのだろうか。

 わたくし以外にもトキナガの話を聞いていた方達は反応は様々で、頭を抱える人、馬鹿らしいと去っていく人、続きを聞こうと姿勢を正している人など。


 わたくしはもちろん聞き続ける。しかしその前にわたくしはトキナガの話を聞いて整理や推理をしなくてはいけない。

 でないときっとこの世界に振り回され続ける。それだけはぜったに嫌だ。


「…阿修羅は君達を戦い続けさせて、この世界に長く留まらせたいんだ。そのために世界創生として異教神話ごっちゃ混ぜに神を三神集めた。それぞれこの世界でのシステムを管理していて、僕は時の神らしく朝と夜の区別など行っているよ…他にも細々したの扱っているけど、君達にとって一番はあれかな?」


 そう言ってトキナガが指差したのは教会。わたくしはここで推理する。

 教会は死んだわたくし達が再度復活するために必要な建物で、あれが正常にというのも変だが、動いているため死ぬことはない。ペナルティはいくつもあるが、あれのおかげで死の恐怖が薄くなっていると言ってもいい。


 ではなぜ時の神があの教会を管理するのか。わたくしは今まで二回、プレイヤーが死ぬところを見た。

 一つは阿修羅の立体映像に石を投げた者、もう一つはわたくしを街中で襲ってきた者。彼らは光の粒子となって消えたと思ったら教会で復活して飛び出してきた。


 そう、わたくし達はアバターという肉体に魂を結び付けられた存在で、死ぬ時はその肉体が一瞬滅んでいるのだ。

 でも教会で復活すれば肉体は元通りになっている。ということは、トキナガの役目は…


「アバターの肉体時間を巻き戻している、ということですの?」


「ユーナちゃん、大正解。そう、僕は君達の肉体であるアバターの管理もしているんだ。その肉体は衰えないし、成長しない代わりに死なないし、その肉体が消滅しても僕が時間を巻き戻せば、君達の魂は冥府に向かわずにまた生き返る。いわゆる…不老不死だね。あはは、気持ち悪い!」


「……ええ、本当に」


 トキナガによってわたくし達の肉体は死なないし衰えない。成長もしないし何度も生き返る。それはきっと尊いことではない。

 もし人間で本当に不老不死がいたら化け物扱いされるだろう。

 そしてわたくし達はこの世界では化け物だ。


「あともう一つ大きなこともしているけど…それは君達が宝玉天照ホウギョクアマテラスを手に入れて現実に戻ってからのお楽しみだ」

「…わたくし、大正解しましたから少しは教えてくれません?」


「ユーナちゃん、おねだり上手だねぇ。いいよ、僕は阿修羅みたいに固いのは嫌いだし、この世界で君達と一緒に冒険して遊びたいからね。実はさ…君達の現実での時間は止まっているんだ。ラノベや漫画のオチでもある、戻ったら何一つ変わっていなくて夢だったんじゃないか、とか言うあれ」


「…つまり、わたくしが戻ったらゲームしたままの体勢で戻ることになるのかしら?」

「そうだよ。だから君達は現実なんか気にせずこの世界で楽しめばいいのさ!逆に戻った方が危ないかもね…」


 宝玉天照は現実に戻るためのレアアイテム。個数はおそらく少なくて、全員が一斉に戻れるとは思えない。

 なにより奪い合いや独占なども考えられるので、戻る人数は本当に絞られてくる。すると運よく戻れた人間はゲームしたままの体勢で目覚めるだろう。


 そこから時間が動き出すとして、戻れなかった人達はどうなるのだろうか…魂が抜けた状態を昏睡状態と仮定するなら、それが大勢となって、ゲームによる一斉意識昏倒事件となるのではないのだろうか。だとすると…


「もしかして大事件からの生存者として扱われる?一斉昏倒事件として扱われる中で重大人物として…」


「ユーナちゃんは良く頭が回るねぇ。そうだよー、戻った人達の時間は進むから戻ってない人達は昏倒扱いさ…もちろんこれも色々ギミック仕掛けてるから使い方によっては面白いことも起こせるよ。ユーナちゃんはどう考える?」


 わたくしはさらに頭を回す。


 例えばコージさんがわたくしより先に目覚めたとする、三日経過しても戻れてないわたくしは昏倒扱いだろう。

 しかしコージさんがいなくなって数日この世界で過ごしたわたくしが運よく宝玉天照を手に入れて、現実に戻れたとしたらわたくしはコージさんと同じ時間に目覚めることになる。

 つまり未来が変わる、コージさんが知っている三日間昏倒扱いだったわたくしが、目覚めていることに変化している。


「時間修正というか…わたくしこの手の説明苦手なのですけど、タイムパラドックスとも言えば良いのかしら?」

「ふむふむ。ユーナちゃんは冷静だね。じゃあ出血大サービスだ!!さらに役立つ情報を教えてあげよう!!宝玉天照は一つ手に入れば現実に帰れるよ!!」


 わたくしだけでなくいつの間にかさらに集まった群衆に騒めきが広がる。

 阿修羅は宝玉天照を説明しながら一本腕で指を三つ上げていた。だからわたくしは三つ無ければ戻れないと…勝手に勘違いしていた。迂闊だった。


 阿修羅はそんなこと一言も言っていない。ただわたくし達の目の前でジェスチャーしただけだ。ではそのジェスチャーにはどんな意味が込められているのか…わたくしはトキナガの次の言葉を待つ。


「しかし宝玉天照は常に三つしかこの世界に存在しない…現実に戻れば一つ消費するけど、すぐに三つになるよう生産されるんだ…だから誰かが三つすべて独占して、誰も手の届かない所に保管すると………誰も戻れないよ、この世界で永遠に戦い続けるのさ」


 それは恐ろしい話だった。希望が見出せたと思った瞬間に谷底に突き落とされたような感じだ。


 つまり全員が平等に一つずつ手に入れて使い続ければ、いつかは全員現実に帰れるのだ。昏倒事件も何もなかったことになる。だけどそんなに上手くいくのだろうか。

 きっとこの世界に味を占めて、手に入れても使わずにこの世界で生きていこうとする者もいるのではないだろうか。


 ギルドルームの金庫に入れてしまえばギルドメンバー以外手が出せなくなる。もし誰かが三つ独占したら、その独占を元に無茶な要求や命令をし放題、独裁とも言うべき状況が始まる。

 なんでこんなにもこの世界は一向に好転しないのだろうか。


「それでさ、皆。こんなところで呑気にしてていいの?」


 笑顔を消して真顔で諭すように言うトキナガ。集まっていた人々は少しずつ慌てて散らばっていく。こんな訳分からない世界には誰だって長居したくない。いつ弱者と強者が別れるかわからない世界は不安でしかない。


 わたくしだってこのままは嫌だ。でも帰りたいんじゃない。

 あの阿修羅を…こんな世界にわたくし達を縛り付けたあの三面六臂を、殴りたい。

 だからわたくしはトキナガにこんな申し出を試みる。


「トキナガも冒険者で遊ぶということは…プレイヤーとして参加するということですの?」

「そうだよ。君達みたいに魔物倒したり、ギルドとかフレンド作って遊んだりするんだ!ほら、神様も色々退屈だからさ…」

「…ではわたくしとフレンドになりません?わたくしも当分はこの世界で生きていくつもりですから」


 トキナガは虚を突かれたように目を大きく見開いてわたくしのことを眺めた後、吹き出すように大笑いし始めた。

 まさかあそこまで話してこんな申し出する人間がいるとは思っていなくて可笑しいのだろう。

 ひとしきり大笑いした後、ポケットから緑色のデバイスを操作してわたくしにウインクする。


「いいよ、ユーナちゃん面白そうだし…なにより阿修羅殴りたそうな顔しているのが個人的にはツボったね。あ、個人じゃなくて個神?まぁいいや、気軽に呼んでくれていいよ、じゃあねー」


 そう言って重力をほぼ感じさせない跳躍をしてトキナガは去っていった。何人か去るトキナガを追う姿が見えたがわたくしは無視した。


 おそらくフィールドへ出た瞬間に締めあげて拷問したり、PKする予定なのだろう。しかし相手はプレイヤーと同じように遊ぶと言っても神で、しかもわたくし達の復活システムを管理しているという。迂闊に手を出すのは自殺行為だと思う。


 それ以前に倒せる相手かもわからないのに手を出すのは考え無しすぎる。どうなってもわたくしは関係ない。

 胸ポケットから「キビシスデバイス」を取り出す。するとメールボックスに「フレンド申込み」という題名のメールが来ている。開けば「トキナガとフレンドになりますか、YES/NO」の簡単な内容。


 わたくしは迷わずにYESを選び、フレンドリストに赤い文字で書かれたトキナガの名前を確認してから胸ポケットにデバイスをしまった。



 そしてもう一度街を歩くことにした。この世界は進化している…人間によって。


 その言葉の真意を掴むためにもわたくしは立ち止まっている余裕はなかった。



 ★


 街を歩いてトキナガ以外の情報が得られないままわたくしはギルドルームに戻る。三度目の瞬間移動に関してはもう何も言うまい。圧力や負荷もない移動も三度味わえば日常のように感じてしまう。


 ギルドルームがある建物の入り口の設置された丸い台座から移動したため、目の前にはギルドルームのドア。その取っ手に手をかけて、ただいまと家に帰ってきたような調子で入る。

 するとコージさんが律儀におかえりと言ってきた。どうやら先に帰っていたらしいが、その割には落ち着きがなく挙動不審の行動にわたくしは違和感を感じる。


「…ゆ、ユーナくん落ち着いて聞いてくれ…クールだ、クールダウンして冷ややかに…」

「コージさんが落ち着いてくださいな。なにがありましたの?」


 コージさんはクールダウンと言っていたが本人は冷や汗だらけのまま、握っていた右拳をわたくしの前に出してきた。






「これだ」






 わたくしは目を疑う。疑うしかなかったというか、確かこれはまだ一度しか見ていないが限りなく本物に見えた。


 宝玉天照ホウギョクアマテラス


 コージさんは虹色に輝くレアアイテムを握り締めて苦悩した顔でいる。わたくしも同じ顔をした。

20140828(改)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ