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東西珍道中9

 乾いた咳と共に重い瞼をこじ開ける。色味のない灰色の壁に畳が敷かれた床。閉塞感を与えるのは太くて重い鎖の群れ。

 与えられた布は埃で汚れ、裸の必要な部分しか隠さない。ゲームと現実が混ざったこの世界に引きずり込まれた際に着ていた服は、ない。

 というのも女物で、俺が着るには少し見苦しいからな、と自嘲するのは中級職業で役者をやっているチドリ、本名は鏡千鳥。


 双子の姉である鏡羽鳥とゲームをしていたら、こんな状況に。と頭の中で整理するのも何百回目だろうか。数えるのも疲れているので、実際の数よりも多めに感じているかもしれない。

 なにせ一ヶ月近く監禁されているようだ。外の光が確認できないため、時間感覚が鈍っている。だがこの部屋に最後にやって来た男がそう言っていた、まだ遠い出来事ではない。

 鎖で雁字搦めに縛られた体を動かす。上体を起こすことはできるが、それ以上の歩行や動作はできそうにない。


 冷たい壁に寄りかかって、痛む体や喉を忘れようと思い出を引きずり出す。と言っても大体は双子の姉と遊んだことや喧嘩したことばかりなんだがな。

 昔から姉はいたって普通の女の子で、虫を見せれば泣くし、ホラードキュメンタリーを見て悲鳴を上げては布団で一緒に寝ようと言うし、おやつも俺が食べているのを見れば半分こしようと提案するし。

 好きな男の子が他に好きな子ができたと聞けば落ち込むし、恋愛映画を見ては顔を真っ赤にするし、困った人を見かけたら何度も視線を送ってはなにもできないまま終わるし。


 フォローする俺の身にもなってくれ。一番困ったのは成長して中学二年になる頃に成熟した体を持っているのに感性が子供のままなところだ。

 頼むから洗濯物の下着を俺の洗濯物と分類するくらいの常識を持ってほしい、が、気付かないんだよ、あのピュアニブチン。挙句の果てには姉権限やらで口うるさいの禁止と言い出す始末だ。

 高校生になったというのに心配が尽きないせいで、いつも一緒に行動してしまう俺も甘いと言わざるをえない。周囲から仲良すぎだとからかわれ続けている。


 彼氏の一人でもできれば俺の負担も軽減されるんだが、まさかオンラインゲームで知り合った女の子に夢中になったこともあり、交際経験0という奇跡的な存在に。

 近寄る男は姉の豊満な体を見て下心ばかりを膨らませた奴ばかりで、俺が何度虫除けしたか。今もあの体のせいで変な男に付きまとわれているしな、男性恐怖症にならないか心配だ。

 しかもあんな恵まれた外見しておいて、大事なのは中身だとかで変な口調を無理やりつけたりしているし。今も誰かに馬鹿にされていないだろうか。


 どうも俺達の家系は容姿に恵まれているらしく、確かドイツ人と結婚した叔母さんの息子達も美形だとか聞いたな。しかもそっちも双子だったか、ああでも一人は行方不明だったとも。

 そんな美形一家の中で生まれた地味な俺は、ひたすらに姉が心配だ。デットリーだったか、あの将棋顔のヤクザが姉に付きまとっている。しかもギルドを膨らませて、かなりの暴力を実行できる方法を手に入れたようだ。

 ゲーム時代に所属していたギルド「流星の旗」のメンバーが数人、同じようにこの世界に来ているはず。そいつらが姉を見つけて、保護してくれようと働いてくれていることを願う。


 ただし大泥棒アルトとかいった奴は信用できない。ゲーム時代から胡散臭い奴だったからな。リーダーの聖騎士コージか同じ女性である魔導士ユーナ辺りが良いな。

 もう一人の女性は新人プレイヤーだったし、もう一人の男は寡黙な仕事人というイメージが強く、よくわからないことしかわからない。

 魔導士ユーナの方なら姉が夢中になっていたこともあるし、なにより馬鹿正直で熱血猪突猛進系な性格だった覚えがある。彼女が姉を見つけてくれるのが一番いいな。


 聖騎士コージはいい奴なんだが、このゲームと現実が混ざった上に疑い合うような世界では淘汰されやすいタイプだ。疑うことを知らないような実直な性格で、画面越しとはいえ好感が持てるというのは珍しい。

 大泥棒アルトはむしろこの世界では嫌な方面に輝きそうでな。真っ向からぶつかる存在がいれば歯止めもきくだろうが、そうでなければ一番危ない所まで足を踏み入れていくだろう。

 やはり消去法として魔導士ユーナが一番頼れそうだ。顔も見たことないのに、なんでこんなに安らぐのだろうか。


 やはり姉が慕う人物だからだろう。子供の感性なもんだがら、怪しい物には敏感だ。無意識に安全な物を見定めるから、良好な流れや人物に出会う。

 引き寄せる体質なのだろう。ただ美しい外見なせいで怪しい物が近寄ってくるという難儀なところもあるが、自分から危険な物にぶつかることはない。

 なにより普通と自覚している性格も功を奏して、危ない時は無闇に動かず堪えていることができる。それが姉としてはコンプレックスだろうが、俺としてはそれでいいと太鼓判を押したいくらいだ。


 危険は弟である俺が引き受ける。だから姉には明るい道を進んでほしい。そして大事にしてくれる伴侶を見つけて幸せになってくれたら、思う存分拍手を送ろう。

 あと姉の無邪気な性格に悪影響な知識はなるべく遠ざけたいと思う。別に過保護なわけじゃなく、世の中には身に着けていい知識とそうでない知識があるわけで、姉に判断を任せるには荷が重いから俺が止む無く引き受けているわけだ。


 なんで年頃の男子が思い浮かべるのが双子の姉ばかりなのか。我が身ながら悲しくなってきた。


「……っひゅ、ごほっ、げぼぉっ!!」


 独り言を試しに呟こうとして、息を詰まらせて咳き込む。気を紛らわす思い出も冷静な思考によって終了してしまう。

 冷たい部屋の中で思考を繰り返すこの時間は続く。いつ終わるかわからない。体は壊れないが、精神は少しずつ削れている。体に圧し掛かる鎖が硬質な音を立てて、凍りついていくようだ。

 外の光も音も届かない部屋で俺は再度瞼を閉じる。ただひたすら姉の無事だけを祈る。




 ★




「飽きてきましたわ」


 唐突に魔導士ユーナくんが雨降る街をこっそり窓から覗きながら呟いた。それを眺めていた私、聖騎士コージが痛む腹を押さえながら聞いてしまった。

 日本にある京都をモデルにした匠の街キョートは薄暗い雲から小さな雨粒を落とし続けている。静かな空気が冷えていき、気分が落ち着くのだが、ユーナくんにはそれが耐えられないらしい。

 今も短い紫の髪を指先で丸め、様子を見ている。どうやら湿気で髪の毛の調子が悪いのが気に入らないらしい。さすが女性だ、細やかな身だしなみへの気遣いである。


 現在私とユーナくんはギルド「流星の旗」のメンバーとして、キョートで起きているプレイヤー同士の疑心暗鬼を晴らすためのプレイヤークエストを受けている。

 そのためもう一人のギルドメンバーである大泥棒アルトが潜入調査という名目で、悪徳ギルド「唐紅」に潜り込んでいる。性格には難ありだが、とても頼りになる有能な男だ。

 街の道を形作る石畳を雨粒が打ち鳴らし、一種の清涼音楽が流れているようだった。しかし本当に注目すべきところはそこではない。


 私達はオンラインゲーム「RINE-リンネ-」という世界観の中に放り込まれたゲームプレイヤー達で、そのゲームでは天気変更というシステムはなかった。

 多くはゲームシステム通りに動いているはずの世界だが、プレイヤー達の常識を取り込んで少しずつ変化するとは聞いていた。さらにまだ未実装のアップデート内容も反映されているという疑いもあった。


 天気変更システムは未実装のアップデート内容に含まれていたはず。大型アップデートとして、多くのプレイヤー達が知らないはずの情報だ。

 それをなぜ知っているかと言われたら、ゲーム内掲示板と呼ばれたプレイヤー同士が好きに書き込めるシステムがあった。それはこの世界に放り込まれた時点で裏街と呼ばれる場所へ運び込まれ、情報として売られているらしい。

 誰が書き込んだかわからないが、その掲示板に未実装のシステムが書かれていたらしい。私達はそれを偶然手に入れたので、知っているわけだ。


 しかし当然ながら多くのプレイヤーは知らないわけで、現在PKKギルド「正統なる守護」が所有する、隠れ家として活動しているギルドルーム内に保護された女性プレイヤーの多くが久しぶりの雨に見入っている。

 なぜ女性プレイヤーが多いか。それは悪徳ギルド「唐紅」のリーダーが無類の女性好きで、手当たり次第に自分のギルドルームがあるPK可能領域である裏街ギオンにさらっているという状況のせいだ。

 簡単に言うと女性を集め、抵抗する男性は捕え、難を逃れた者達がPKKギルド「正統なる守護」のギルドルームに隠れているという図式である。


 ちなみにPKとは同じプレイヤーを倒すプレイヤーキラーの略称で、そのPKを倒すことを目的としたのがPKK、プレイヤーキラーキラーということだ。

 PKは悪いマナーなのだが違法ではない。しかし可能領域と不可領域が存在する。悪徳ギルド「唐紅」は可能領域である裏街に本拠地を持っている。

 現在PKKギルド「正統なる守護」のギルドルームは匠の街キョートの中にある。出ていきなり戦闘ということはないが、街中に出れば追われてしまうのは目に見えていた。


 デットリーの命令で奴の部下がまるで新撰組気取りで街中を見回り、知らないプレイヤーを見つけてはギオンへ追い込んでいく。

 何回かギルドルームから見ることしかできなかったが、新しく街にやって来たプレイヤーが逃げ回っていた。難儀な話だ。

 私は男性だが外に出るとこを見られた場合、ギルドルームの場所が敵にばれてしまう可能性が高い。特に私は鎧の音や体格から目立ちやすい。


 例え何を背負っていないとしても、私一人では立ち向かえないだろう。数の暴力に屈するしかないことが、悔しい。

 キョートの人口半分を呑み込んだギルドだ。その半数以上はデットリーに嫌々従っているとしても、私達の味方になるとは限らない。

 敵の敵は味方とは限らない。それくらい幼稚園の子供だって知っている。それを心苦しいと感じる私の心は、子供よりも幼いようだ。


 この世界に放り込まれて一ヶ月が過ぎた。一ヶ月も嘘みたいに晴れやかな日が続いたというのに、私達はゲーム世界の常識に慣れるのが必要で、現実の常識を頭の外に出していた。

 そこに優しく響き渡る雨の音に思い出してしまう。家族と過ごした日々、楽しかった学校生活、辛いことも多いが充実した日常。誰かを疑って武器を持つ必要がない人生。

 背後で小さなすすり泣きが聞こえて来た。気丈に保ってきた精神が限界に近くなった猫耳の女性プレイヤーが涙と共に言葉を零す。


「帰りたいにゃ……」


 いや意外と大丈夫かもしれない。ちゃんと語尾にゲーム時代から引き継いでいるキャラ性を忘れていない。しかしその言葉が呼び水となって、他の女性も泣き始めてしまう。

 女性は他人に感情移入や同情しやすいと聞いていたが、たった一つの泣き言がここまで波紋を呼ぶとは思わず、気付いたら部屋中の女性が俯いて泣いたり抱き合ったりしている。

 さっきまで男性同士の恋愛を描いた同人誌作成をしていた人々とは思えない。腹が痛む原因である紙を目の前に、私はどうしようかと少し考え込む。


 しかし女性の慰め方など知らない。下手なことを言って金切り声をあげられたら、この人数相手に勝てない。一人でも勝てない自信がある。

 ジョークを言って空気を和ます、というのも性格上無理がある提案だ。だからと言って激昂して黙らすのは乱暴なやり方で、論外だ。

 女性が泣くのを見るのは辛い。胸元に引き寄せる、という大胆行動は知らぬ女性にできるほど器用な性格ではないし、この人数は無理があった。


 そんな中、ユーナくんだけは泣き言も漏らさずに空を見上げている。紫色の瞳は力強く、こういった状況でも輝きを失うことはない。

 静かに立ち上がると同時に仕方ないといった様子で、泣く女性達に振り向いて仁王立ちする。細い体なのだが、妙にその姿が様になる。


「帰るのはまだ無理ですわ。でもこの現状を打破するため、わたくしの仲間が動いていますわ。もうしばらく辛抱してくださいな」

「で、でもユーナちゃん。本当にギルドを潰すってできるのかにゃあ?また結成されたら、面倒だにゃ」

「心配しないでくださいな。わたくしに一つ考えがありますから」


 そう言って満面の笑みを浮かべたユーナくんは、作り上げた拳を天井に掲げて言い放つ。


「二度と立ち上がれないように奴の心を完膚なきまでに叩き潰しますから」


 零れる涙も引っ込む勢いの大胆発言。同時に恐ろしさと本気を感じさせる、自信溢れる声。

 敵ながら同情してしまう。ユーナくんはこうなったら止まらない。上級職の魔導士という持ち味を存分に生かして大暴れするだろう。

 そのための舞台をアルトが整えている。私にできることはこの二人が心配なく進めるように、ギルドリーダーとして誠実でいることだ。


 というかユーナくん、実は本気でこの状況に飽きて苛立ってきているのだな。天に掲げた拳に青筋が浮かんでいるあたり、相当鬱憤が溜まっているのだろう。

 そんな勇ましい姿を赤らめた頬をしながら見上げるのが、ギルド「流星の旗」のメンバーであるハトリくん。大変麗しい女性なので、まるで英雄へ祈る聖女のようだ。

 ユーナくんの力強い言葉に、女性達は顔を見合わせて泣くのを止める。しかし暗い雰囲気までは払拭されなかった。


「どーも、万福屋フーマオからお嬢方にとびっきりの情報を仕入れてきましたよ」


 部屋の様子とは裏腹に底抜けに明るい声でギルドルームに入ってきたフーマオさん。本当に嬉しそうな顔をしている。

 まるで難航した商談を潜り抜け、思わぬおこぼれが貰えたかのようだ。ずっと状況を眺めていたPKKギルド「正統なる守護」のリーダーであるサウザンドさんが立ち上がって、話を聞きに行く。

 するとサウザンドさんまで明るい笑顔になり、勢いよくフーマオさんの背中を労うために強く叩く。その拍子でフーマオさんが部屋の中を転がる。


 転がったフーマオさんはすぐに立ち上がると、もっと褒めて頂けると嬉しいと続ける。商人魂たくましいフーマオさんにしては珍しい光景だ。

 普段から珍しい商品の仕入れなどをしているが、あからさまに褒めてくださいと言うことはない。それが今回は違う。

 一体何事かと部屋中の視線が二人に集まっていく。それに臆さずサウザンドさんは戦に挑む女武将のごとく、力強い問いを投げかける。


「この中に新ギルド創立を企てたい者はおらんか?いるならばすぐさま挙手するけぇ!」


 あまりの力強い発声に数人の腰が引けてしまった。それでも何人かが手を上げ、先程泣き始めた猫耳の女性も怖々と手を上げている。

 サウザンドさんは一番近くにいた猫耳の女性を抱き上げ、いきなり外に出ていこうとするので悲鳴が上がるわ、フーマオさんが必死に止めるわで部屋の中は騒然となった。

 説明をしてから行動しましょう、というフーマオさんの一言によりサウザンドさんは足を止め、そうだったと半泣きの猫耳女性を降ろす。


 一応同じ女性なのだが、サウザンドさんはたくましさと女性らしさを両立させた女性な上に、アバターという肉体のため男性すら担げるだろう。

 か弱そうな猫耳女性である彼女も、小さな体ながら同じアバターという肉体のため持ち上げられるだろう。というかこの世界に引き込まれた全員が同じアバターという肉体なので、可能となっている。

 ちなみに猫耳女性はニャゴロンさんと名乗っており、三毛猫を意識したような愛らしい茶色と黒をあしらえた斑の髪色に緑色の目をしている。キャラ性のため語尾に、にゃ、をつけている。


「ニャゴロン!おまはんが鍵じゃ!こればかりはコージ達には頼れん!」

「そ、そんなに大きなことなのですかにゃ!?や、やっぱ辞退してもいいかにゃあ……」

「大丈夫じゃ!いつも同人誌作成で控えめながらも皆の先頭を突っ走り、様々なネタを提供する、腐女子中の腐女子で貴腐人、とまで呼ばれるおまはんならできる!!」

「ぎにゃあああああああああああ!!腐女子の目の前で腐女子と呼ばないでぇええええ!!でも萌が滾るのは仕方のないことなのですぅううううううううううう!!」


 全く説明がされないまま、ニャゴロンさんをリーダーとした同人誌作成専用ギルドを設立するという流れが始まった。

 ちなみに私は若干ニャゴロンさんが苦手である。小柄で愛らしい人なのだが、彼女の手にかかれば私とアルトが薔薇園で言葉に出すのもおぞましい状況の同人誌を作り上げるのは容易いらしい。

 絵もプロ並みに上手く、ネタも豊富で、マナーもきちんとしており、身だしなみも整えている。そのため貴腐人らしい。ちなみに造語だそうだ。


 なんにせよそろそろ事態が進むらしい。薄暗い雲が少しずつ散っていき、太陽の光が濡れた街を照らし始めた。



 ★




 今日もデットリーがやって来て、一通りチドリを殴って部屋から出ていった。扉の裏に隠れていた俺様に気付いた奴に対し、騒ぐなと指を口元にあてて知らせる。

 不定期に部屋を訪ねているデットリーだが、今日訪れたのは運が良かった。大泥棒などが使える必殺技「忍び足」で足音を消し、部屋に入ったところを素早く近づいて隠れた。

 周囲に人がいないのも確認している。試しに部屋の中から外へ必殺技の「聞き耳」で情報を集めるが、騒ぎ始める様子はない。


「その趣味の悪い服……アルト、か?」

「初対面で最初の一言がそれかよ。ま、本物の俺様はゲームのキャラメイクで作った人相よりイケメンだろう?な、色男」

「その呼び方と一人称……本当にアルトだな。っひゅ、げほっ!!あー……素直に喜べないほど素のお前が胡散臭い顔をしている」

「助けてやらねぇぞ、おい。せっかく女神さんが無事で、男前と姫さんが一緒にいることを教えに来てやったのによぉ」


 女神さん、という俺様特有の呼び名を聞いて、色男は顔を上げる。殴られて憔悴している割に、ムカつくことに、俺様よりもイケメンだ。というか美青年。

 ゲーム時代は小学生みたいなキャラメイクしていた癖に生意気な野郎だ。姫さんに会わせる前に顔をへこまそうと思ったが、アバターという肉体だとすぐ回復して元に戻るから殴り損だな。

 とりあえず鎖に絡まれて動けない色男の背中あたりに用意した包みを置き、ばれないように隠しとく。明らかに疑いの視線で俺様を見ている。男に見つめられても全く嬉しくない。


「姉貴は無事なんだな?しかもお前は近くにいないんだな?良かった」

「俺様の信用度ってどうなってんだよ。全裸に近い色男のために服を用意してやった優くていい男なのに」

「その包みは服か。そこは助かる。ありがとう。だが一体何がどうなっているんだ。俺は全く外の様子がわからないんだ」

「長く話している暇はない。とりあえず三日後、このギルドをぶっ潰す。盛大に盛り上げてくれよ、中級職業である役者のチドリちゃん☆」


 明らかに小馬鹿にした言い方と、女神さんが弟を呼ぶ時の呼び方を真似したら、色男はあっという間に不機嫌そのものになった。

 まだまだ元気じゃないか。これなら三日後も大丈夫そうだ。さすが仕事ができるギルド「流星の旗」で一番のいい男である俺様。味方の士気上げもお手の物ってな。

 埃っぽい部屋に飽きてきた俺様は鍵がかかった扉の前に立つ。後ろで色男が開けられるのかと疑う目をこちらに向けている気配がする。


 おいおいおい、俺様を誰だと思ってんだよ。大泥棒という中級職業という特性を活かすのに十分な実力を持ったいい男なんだぜ。

 これくらいの扉を難なく開けた上に誰にもばれない方法くらい十個は持ってんだよ。今回はその中でも古典的な方法を見せてやろうじゃないか。

 俺様は息を大きく吸い込んで、必殺技「声真似」を使用してからギルドホーム中に響き渡る声を出す。


「きゃああああああああ!!チドリちゃん、やっとみつけたぁああああん!!会いたかったわぁぁああん!!」


 自分で出しといて鳥肌が立つ。軽く振り向けば、色男も体中に鳥肌を立たせており、化け物を見る目でこちらを見ている。

 ゲーム時代では戦闘中にモンスターの声を真似することで、威嚇して相手の動きを止めるために使用した技だが、ゲームと現実が混じった今ではこんな使い方もできる。

 なんにせよ女神さんの声を真似たからには、絶対にこの部屋にやってくるやつを俺様は知っている。近づくデカい足音を確認し、扉の裏に隠れる。


 勢いよく開いた扉に押し潰されたが、頑丈なアバターの肉体なら耐えられる。興奮した鼻息を吹きだしながら、デットリーが鍵を片手に部屋中を見回す。

 そして鎖で動けない色男に近づいて、今の声は女神さんの物だろうと問い詰め始める。狼狽する色男の視線を受けて、俺様はデットリーの背中越しから笑顔で手を振って逃げ去る。

 ある程度離れたところで、俺を囮にして逃げやがったなぁあああああ、という色男の叫びが聞こえて来た。悪いね、こういう性分なんでな。


 逃げたという単語を聞いてデットリーがギルドホーム中を探せと、部下達に命じる。俺様はそれに従うフリをして動き回ればいい。

 全員がデバイス片手にすぐ連絡を取れるように走り回る。メニューやフレンドと通話ができる小型携帯電話みたいな道具はこういう時本当に便利だな。

 俺様は連絡する動作をして、実際は全く違う場所に電話をかける。こんだけ慌ただしい中では俺様の声はかき消されるだろう。


『こちらフーマオです。アルトの旦那、決まりましたか?』

「ああ。三日後で頼む。ついでに俺様の予想は当たっていたか?」

『はい。こちらの常識が浸透する世界、つまりはこちらが提示した案は受け入れてもらえることが可能。少々時間はかかりましたが、問題なく通りました』

「姫さん達の話聞いてから、薄々そうなんじゃないかと思っていたんだ。じゃあ、そっちについてはあとよろしく」


 通話を終えて俺様はデバイスを胸ポケットに入れてしまう。これ以上の通話は怪しまれると判断したからだ。

 姫さんから聞いた話、この世界を作り上げた神様とやらはまだ整えて終えてない内に、俺様達をこの世界に引き込んだということ。

 だから最初はお手洗いや風呂場も用意されておらす、アパマンという施設でNPCに相談することで解決した。


 悪徳ギルド「唐紅」に潜入して、アパマンではギルド関係も取り扱っているということを聞いた時点で、阿修羅達はプレイヤーの窓口をアパマンのNPCに設定したらしいとふんでいた。

 それよりも前にいい男である俺様は、猫にーちゃんにアパマンで交渉できないか、商人根性を見せてくれとあらかじめ頼んでいた。

 用件はもちろん、ギルドを潰す際と後の措置についてだ。少しずつこちらの常識を取り込む世界、それならば常識を押し付ければ変えられる物があるということだ。


 ゲーム時代から決まっている物や、明らかに倫理から外れた物は受け入れてもらえないだろう。だがNPCの平和に必要なら、受け入れてもらえると確信していた。

 なにせこの世界に存在するルールを当てはめていくと、NPCに危害が及ばないような措置を施されている。そこを抑えた点でごり押しすればいい。

 猫にーちゃんなら自由に動き回れるし、商人として交渉ごとは得意だからな。予想通りにいってよかった。


 さっきまで降っていた雨が嘘のように、眩しい太陽が街全体を照らす。あと少しでこの街を苛む問題は終わりを迎える。

 姫さんがド派手に活躍してくれるはずだ。そのための準備と舞台は整えた。あとは姐さんと匠さんに決行日だけを伝えといてやろう。

 心の準備があの二人には必要だ。ケジメをつけるために、あの二人は断頭台に昇る処刑人と罪人の役割を請け負わなければいけない。


 予想していたことだし、必要なことだとも知っている。俺様は姫さんみたいに駄々をこねるタイプでもないから、見届けてやるつもりだ。

 本当に馬鹿な話だよな。ゲームの世界に巻き込まれて、頑張ろうとして空振りに終わって、それでも残される者達のために残酷な贈り物をしようだなんて。

 なんでそこまで他人に尽くせるのか。デットリーみたいに自分勝手に生きれる道もあるのに、自責の道しか選べない不器用な奴だよ、姐さん。




 妓楼のようなギルドホームの喧騒が終わり、静かな夜が赤い空を塗り替えていく。灯篭の明りが街中に浮かび始める。

 俺様は姐さんの部屋で二人に三日後だと伝えた。それ以上は対策も何も伝えていない。俺様は心の底から人を信じることができないからだ。

 むしろ信じたくない。裏切られた時が一番辛いことを知っている。子供時代に散々経験した、クソジジイのせいでな。


 もし俺様が詳細を二人に話して、姫さんが暴れるための舞台を台無しにされたらせっかくの苦労が水の泡となる。

 二人も日にちだけを聞いて納得してくれたし、問題はないだろう。あとは時を待つだけの身となったわけだ。

 匠さんが精神統一したいからと姐さんの部屋隣にある鍛冶場へと向かう。金槌を引きずる音がどこか頼りない。


 姐さんは落ち着いた様子で苦笑している。顔の前に落ちた髪が陰を作り、姐さんの美丈夫を曇らせる。

 俺様達はアバターという肉体を持っており、死んでも教会で復活できる。ただし死ぬ時は普段軽減されてるはずの痛みが、復活する瞬間生々しく襲ってくるという。

 腸を切り裂かれて死んだら、復活する時その痛みが襲ってくると思えばいい。俺様はそんな死に方だけは絶対しないつもりだ。


 しかし覚悟を決めた姐さんは、その痛みを想像したとしても顔に出すことはない。現実の世界では役者らしいが、表情作りが上手い。

 それでも漂う空気が一段と重くなっている。この点ではまだまだ甘いと思わざるをえない。死に不安を感じない演技をしろ、ってのも酷な話だけどな。

 姐さんは顔を上げて、軽く一礼した後に俺様にありがとうと伝えてきた。礼を言われるようなことはなに一つしてない。


 だが俺様にはお礼を受け取ることしかできない。事情を知ってしまった俺様も残される側なのだ。

 姫さんだったらこんな時は殴ってしまうのだろうか。そんなことせずに立ち上がって進みなさい、と怒るのだろうか。

 どんなに考えても姫さんはここにいない。事情も知らない。だから俺様自身ができることをするしかないわけだ。


 それでも姫さんがいたら、と思うのは俺様もまだ青いのかもしれないな。恥ずかしい話だ。






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