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東西珍道中7

 今頃アルトさんが苦労してギルド「唐紅」に潜入しているであろう頃。

 わたくしはサウザンドさんに保護されていた女性の方々と賑やかな談笑をしていた。


「だからー、さっき扉の隙間から見たアルトくんって子はリバ可能だと思うんだ」

「結構裏組織系の設定とかでも輝きそうだけど、個人的には学校の不良として壁ドンしてほしい!あ、男子校でね!」

「ていうかさ、チドリくんって本当にこれでいいのハトリちゃん?かなり美形すぎて描いててときめきが止まらないんだけど!?」


 賑やかな談笑。ただし濃い女子トークであり、女子も集まれば男子がひく話題を盛んにするものだ。

 さながら女子高のようなゆるい空気の中で、わたくしは絵が上手いと皆から絶賛されている方の絵を見る。

 それはハトリさんの証言をもとに描かれたチドリさん予想図で、かなり美形に描かれているのにハトリさんはもっとカッコイイと、豊かな胸を揺らして腰に手を当てている。


 女性陣はそこで黄色い声を通り過ぎた血飛沫が飛び散りそうな大絶叫。ご飯美味しいと言わんばかりの食らいつき。

 外に出ればいつギルド「唐紅」に連れ去られるかわからない状況だというのに、平和な光景である。

 これもサウザンドさんが彼女達を守ろうと奮闘してくれたおかげだろう。今もソファの上で足を組みながら穏やかな眼差しでわたくし達を見守っている。


 ちなみにそんなサウザンドさんをお姉さまと慕って傍でかいがいしく尽くす女性も数名。

 多分サウザンドさんの色香は男女ともに魅了してしまうのだろう。フェロモンと言ってもいいかもしれない。

 わたくしも実はサウザンドさんに力強く抱かれたらコロリとそっちに行きそうな気配はするのだが、なるべくそうならないように肩を並べられる位置にいたいものだ。


 そんなわたくしの思考を他所にヒートアップしていく女性陣の妄想。

 まあ空想事は乙女の嗜み、白馬の王子様系よりは現実味があっていいことかもしれない。

 なによりこんな暗い状況でも大はしゃぎできるのだ、悪いことではないはず。


「つまりこの美形をアルトくんが助けに行き、だけど軍師サハラの手の中に落ちて、さらにはデットリーやその部下にあれやこれ!?」

「いやー!!もっと、もっと補給させてぇえええ!なんで投稿サイトとかないのよぉおお!!この世界の馬鹿野郎!!」

「そんなお嬢様方にこの万福屋フーマオ、白い紙と鉛筆のご提供及び製本作成の手引書などご用意させていただきました。なお値段はこちらに」


 悪いことではないはず。例えその白い紙にアルトさんが見たら顔が引きつりそうなことが描かれていても。


「買います!!さすがフーマオさんわかってる!!あ、フーマオさんはモデルにされたら嫌?」

「お金貰えるならモデルだろうがなんだろうがお受けいたしますよ。ちなみに製本して販売する際は是非とも万福屋に御品提供を」

「万福屋書店!?つまり同人誌販売も兼ねる猫耳店主!?ちょっとやばいぃいいいい!!」


 悪いことではないはず。例えフーマオさんが大好きなお金を稼ぐために自分の身を売っていたとしても。


「しかもコージくんとか乙女ゲームの親友ポジにいそうなタイプで、でもああいうのに限って他の男キャラと親密度高かったり」

「さっき鎧下の筋肉触らせてもらったら、意外と固い!でも顔真っ赤で可愛いんだけど、どうする?」

「はっ!?アルトくんが誘い、顔を真っ赤にしたコージくんはめくるめく薔薇園に突き落とされ」


 悪いことではないはず。例えコージさんが濃い女子トークに耐え切れず別室で腹を痛めて寝ていたとしても。


「えー!?それ私地雷なんだけど。だからさ、やっぱ万能なのは触手やモブだって!」

「触手とかアウトじゃん!お下劣じゃん、男とすること変わらないから面白くなーい」

「やっぱシチュエーションでそういった肉体関係は控えめな方が情緒があって」


 悪いことではないはず。例えわたくしの関係者全員が彼女達の妄想に巻き込まれても。


 いや、やっぱ悪いか。さすがにこれ以上は法律に引っかかる……ああ、そういえばこのゲームと現実が混ざった世界にはそういった法律はないのだった。

 だからといってあまりにもアルトさんが帰ってきた後わたくしを睨みそうな展開は気まずい。一応、頑張っているようだし。

 電話での対応はあれで良かっただろうか。一応仲間割れということで少しだけ演技したのだが。半分は本気だけど。


「ユーナちゃん、男体化とか女体化はいける?てか、してもいい?」

「やめてくださいな。それはさすがにわたくしも引きますわよ……というか現実でのゲームやアニメキャラでは駄目ですの?」

「ほら、そこは地雷カプとか……マイナージャンル乞食とか、その、ぶっちゃけそっちの方が地雷多くて」


 わたくしにはよくわからない専門用語の羅列に、一体彼女達はどんな修羅なのかと気になってしまう。

 しかしこれ以上アルトさん達を玩具にするのもあれですし、他のネタの提供をしなくては可哀想だ。主にコージさんとアルトさんが。

 必死に思い出そう。彼女達が今にも食いつきそうな感じの男性、あ、ジュオンさんは彼女持ちなので除外するとして……あ。


 冒険者トキナガ、トーキョーアンダーグラウンドでコロシアム無敗伝説の@バター、そして元凶の阿修羅。

 なんとなくこの三人は繋がっているのではないかと、ほのめかすように呟く。もちろん意味ないのに意味ありげな表情をして気を逸らす。

 しかも約二名は神、ギリシャ神話のクロノスであるトキナガとそのまんまの阿修羅だ。これは伝説や幻想大好き女子にはたまらない。


 そして@バターに関しては学生服を着ているのに両手鉈持ちの最強アバターである。

 意外と最強設定というのは男女問わずに人気なもので、あまりわたくしが知っている部分が少ないというのもミステリアスを増大させる。

 また学生服、というのは大人からすれば若い頃の青春であり、次第に萌ジャンルとして取り上げられるようになったパーツ。これならいけるはず。


 そして予想通りに濃い女子トークを交わしていた女性陣はわたくしを質問攻めにし、冒険者トキナガや@バターにそっくりの人相書きも完成させてしまう。

 もはや食事会やお茶会という和やかな雰囲気ではなく、宴、もしくは狩猟大成功後の村祭りのような半乱狂の騒ぎが広がる。

 なるほど、女子パワーの前では神様というのもこうも容易くネタにされるのか。恐れ入った。


「ぐへへへへぇ、男がなんぼのもんじゃーい!!デットリーだって受にしてみらぁっ!!」

「ヤクザ社会で生きる男がある日、舎弟に下剋上される!!いやでもデットリー受ないわ、ぎゃはははは!!」

「いやアタシはあり、だわ。でもそれより阿修羅受とか超滾るんですけどぉおおおおお!!」


 わたくしはそっと笑顔でその部屋を後にして、コージさんが寝ている部屋とは別の部屋に移動する。

 とりあえず今回だけは謝ろう阿修羅よ、でも原因はこの世界に無差別にプレイヤーを取り込んだそっちにあるから。

 受攻とか、薔薇とか、男同士とか、テンションのあまり奇声を上げる女性達のストレスを溜めさせたのは、阿修羅だから。


 だからわたくしは悪くないはず。落ち込んでいた彼女達が元気になるように話を提供しただけだ。

 予想以上に元気になりすぎてしまっただけだから。今はもうゾンビのようなうめき声を上げてネタを求めて彷徨ってるようだとか、そんなこと思ってないから。

 ちなみにあらかじめ一言添えるとしたら、女性全員はああではない。だが多くの女性はああなる可能性がある、とだけは言っておこう。


 さてアルトさんはどれくらいで戻るのだろうか。早くしないとアルトさん総受け本とかよくわからない本が発売されるかもしれない。

 そんな目に会いたくなければさっさと戻ってきてほしい。ちなみにハトリさんはあの世界には鈍く、ただ弟が褒められていることに歓喜しているだけだったりする。

 超絶美少女なのに中身が純真無垢すぎて、受攻ってなあにとか、リバカプってなあにとか、ことあるごとにわたくしに聞いてくるのだった。


 しかも綺麗な眼で、わたくしに期待の眼差しを向けて、ついでに気持ちのいい豊かな胸を体に押し付けて、子供のように無邪気に聞いてくるのだ。

 だからこうして別室に逃避……ではなく避難……じゃなくて移動して、アルトさんの連絡を待とう。それにしてもまさか軍師サハラがオカマだったとは。

 今頃さぞやアルトさんは面白、いえ大変なことだろうか。頑張って成果を遂げてほしい。ギルド「流星の旗」一番のいい男として。


 隣から聞こえてきた奇声の中に、アルトさんが聞いたら顔が青ざめそうなネタに称賛の拍手が送られていることを、わたくしは華麗に無視した。


 実は、ちょっと都会で流行りの同人誌に興味があったとか言えない。でもわたくしノマカプ派なので、あしからず。




 ★




 俺様アルトの背筋に言いようがない震えが走る。なんだか身の危険が別の場所で多発したおぞましさだ。

 とりあえず姫さんと女神さんは安全地帯な気はするが、それでもなんとなく戻りたくないような何かを感じる。

 しかしだからっていつまでも「唐紅」の本拠地にとどまりたくない。こちらでも身の危険を感じるからな。


 狐面を着けたままデットリーの部下と一緒にキョートの裏街ギオンを歩いている。

 俺様達アバターっていうのは現実の姿にゲームでのキャラクターの髪色などが反映される程度の姿だ。

 だからすれ違っても一目でゲームで一緒に遊んだ仲間とか、そんなことに気付くことはない。装備を見て、あの人かと疑問を持つくらいだ。


 俺様は姫さんと一緒に逃走したり、背中姿くらいしか相手に見せてない。相手も一回目は姫さんばかり見てただろうしな。

 そして逃げる時もなるべく顔を見せないように行動していた。だから狐面をつけているのは、醜い傷痕を隠すためと説明した。

 と言っても人目を惹くほどじゃないが、見てて気分を害する傷ということで説明を済ませた。あまり秘密にすると暴きたくなるのが人間だしな。


 今の俺はギルド「唐紅」の信用を得るために、表向き従っている状態だ。もちろんばれないように、ちゃんと汚い仕事もこなす。

 優秀でいい男の俺様はあとで裏切る相手だとしても、一応忠義は尽くすぜ。嘘の忠義だけどな。

 悪いが俺様の心を掻っ攫ったギルドはここじゃない。そして俺様は姫さん達を裏切らないと決めている。


 ただし姫さん達以上に面白い奴が現れたらその限りじゃない。だけど当分は大丈夫だろう。

 あんだけからかって面白い連中なんてそこら辺に転がっていないからな。そして俺様を受け入れる馬鹿もそこら辺にはいない。

 あのギルド「流星の旗」は俺様がいないとすーぐ騙されちまうだろうからな。やっぱりいい男の俺様大泥棒アルトが必要だろう。


 そうやって改めて自分の優秀さと必要さに陶酔しつつも、きちんと質問の受け答えを返す。

 例えば裏街ギオンでは復活する際は神輿。そして神輿は街を一周するように動いていて、好きなタイミングで外に出れる。

 だからもし狙っている相手にやられた時や、どうしても倒せない敵がいたら、その都度神輿でタイミングを見計らえと言われる。


 俺様は体育会系というよりは暴走族の舎弟みたいな元気のある礼儀正しい声で返事する。

 それだけで浅葱色を服の中に取り入れた男達、元悪徳ギルド「紅焔」の連中は嬉しそうに次を案内していく。

 いやー、脳筋はちょろいな。俺様としては大助かりだし、面倒見がいいから街の構造も思ったより早く完全把握できそうだ。


 碁盤を意識した街並みとして有名なキョート。それは裏街ギオンにも通じる話だ。

 細い小路や分岐点は多数あるが、大通りさえ覚えれば意外と楽な道筋だ。下手したらトーキョーよりも覚えやすい。

 祭りの出店はNPCが運営しているから、こちらから手を出すなと厳重注意される。出店に攻撃すると店主のNPCが攻撃してくるとか。


 そして裏街ギオンには裏街専用のルーム管轄施設「アパマン」があることも教えられた。

 昔ながらの妓楼みたいな館に入ったと思ったら、近未来な部屋が眼前に広がった時の俺様の心情は省略しよう。

 どうやら裏街と普通の街ではルームの借り方も変わっているらしい。意外といいことが聞けた。


 ついでにどうやってギルド「紅焔」は解散の申請を取り、新しいギルド「唐紅」を設立できたのかも尋ねとく。

 例えば俺様が所属するギルド「流星の旗」はゲーム時代からあったもので、その時は画面上のメニューに従って手続きしただけだ。

 今ではメニュー代わりのデバイスという携帯端末が手元にあるが、色々と仕様が変わっていて全ては把握していない。ぜひこの機会に情報を得たいからな。


 すると普通にギルド解散や結成申告も「アパマン」で受け付けてもらえることが発覚。管理のお姉さんが笑顔で説明を始める。


「はい。当方でギルドに関する案件も受付いたしております。ここ最近ではギルド「紅焔」と「唐獅子」の解散手続き、及び統合ギルド「唐紅」の手配をいたしました。もしわからないことがございましたら、ぜひとも来訪してください。アバター様の助けとなることが私達の生きがいでございます」


 綺麗な受付のお姉さんはそう言って和やかな笑顔を向け、俺様以外の男達は鼻息荒くして頬を染めている。

 現実でもそうは見れないような美人なんだが、確か俺様が覚えている限りじゃトーキョーの「アパマン」のお姉さんも同じ顔をしていた。

 ということはNPCってのは本当に没個性なんだろう。正直どこかで見た覚えのある顔ばかりなんだよな。


 目の前にいるお姉さんも昭和にいたエレベーターガールに近未来のデザインセンスを取り入れた、OLみたいな美人だ。

 美人だし服装も近未来エレベーターガールな感じだけど、これといった印象が残らない。なんか心に残らないと言った方がいいかもしれない。

 なんにせよ「アパマン」でギルドに関する情報は得られる、か。ならあとで猫にーちゃんにデバイスを使って電話で相談するか。


 もちろんばれないように、多少隠した暗号を使うけどな。なんだかんだで猫にーちゃんだけには連絡していいと許しは貰っている。

 それは姫さんや男前との電話で俺様が仲間割れの末に、ギルド「唐紅」に逃げ込んだという縮図が認知されているからだ。

 デットリーが俺様を脅そうと電話をかけまくった際に、猫にーちゃんにはあとで連絡すると伝えたという背景もある。


 ただし頻繁にかけては怪しまれるし、新入りの俺様が派手に動いて相手の気分を損ねたら潜入の意味がない。

 だから潜入中に猫にーちゃんに電話をするとしたら一、二回。デバイスも極力ポケットから出さない、操作しない。

 デバイスは情報の宝庫だ。これを使うだけであらゆる情報が手に入る、だからこそアバターはまず敵のデバイスを気にするはず。


 少なくとも俺様はデバイスを軽視するつもりはない。持ち物やギルド、個人情報からフレンドリストなどデバイスはゲームのメニュー以上の働きをする。

 財布と個人情報と持ち物鞄を詰め込んだ機能を持つ小型端末、それがキビシスデバイスだ。もし強敵に出会っても、これ一つ盗むだけで戦況を変えることも不可能じゃないと俺は睨んでいる。


 だからこそまたこのデバイスを没収されて好きに扱われてはいけない。ちなみに裏街ギオンに向かう前に荷物と金額の大半は男前と姫さんに預けてきた。

 他人のデバイスも操作さえできれば、なにしても平気な代物だからな。別に珍しい物は入れてないつもりだが、今この状況じゃなにが重要かわからない。


 今俺様を案内する男達は浅葱色を自慢げに見せびらかしている。それは力の誇示、日本の歴史を踏まえた上での顕示欲。

 この色が許されているのは「唐紅」の狂戦士デットリー、元悪徳ギルド「紅焔」のメンバー、そして軍師サハラ。

 提案者は軍師サハラ、俺様は姐さんと呼んでいる。とんだ食わせ者のオカマな奴とは昨日の夜、長い話に付き合わされた。




 ★




 ものの見事にギルド「唐紅」に潜入成功した俺様。デバイスで軽く確認すれば時間は夜のようだった。

 姐さんの下で働くという名目で入ったので、今は裏街ギオンのど真ん中にあるでかい娼館のようなギルドルーム、その中の一室にいる。

 と言っても地下深くて、デットリーが姐さんを拒絶しているような場所だ。無類の女好きのデットリーなら仕方ないかとも考える。


 そんなこと考えつつ、俺様は姐さんの後を特に考えずについて行って後悔しそうになった。


 姐さんは俺様を寝室前に案内し、早速回れ右をした俺様の前を塞ぐ匠さん。小さい体よりも長い金槌の先を俺様の喉元につきつけてくる。

 後生だから見逃してくれ、と思った。しかし匠さんの目は俺が予想していることとは違う光を湛えていた。

 寝室の壁を叩く姐さん。軽く叩いても音が鳴るはずなのに、壁は無音のまま動じない。


「カグツチの特別製さ。あちきのお気に入り。今夜は三人で語り合おうじゃないか」


 そう言って赤い唇を弧の形に描いて、俺様と匠さんを眺める姐さん。

 着ている白い軍服は昔の日本軍人みたいなデザインで、正直化粧とか口調が違えばかなりモテるだろうに。

 いやでもあのキャッチ―な性格でむしろ女性人気は高いかも。けど俺様としては、ねぇわ、だな。


 とりあえず逃げれそうにないし、三人ということは匠さんがいるから怪しい状況にはならない、はず。

 虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うしな。ただ藪蛇だったら最悪だけど、なにがあるかは確かめない限りは進まない。

 仕方ない、いざとなったら捨て身で逃げよう。我が身は大事だ、俺様は狐面の下を冷や汗だらけにしてその寝室に入った。




 着こなしていた軍服を崩して、化粧を軽く落とした姐さんは思ったよりも男前の顔だった。

 歌舞伎などの演劇で女形(おやま)をする役者みたいだ。特徴のない顔だからこそ、どんな化粧も映えるような顔立ちだ。

 仕草もさっきまでは凛とした歩き方だったのに、今は少し力が抜けたような姿だ。


「軍師サハラ。こう見えて役者の卵さ、といってもまだまだ新米だけどね」

「武器職人カグツチ。こっちは普通の会社員。婚活中、けど不作」

「……」


 さりげなーく紹介を二人で進めて、俺の身分も明かせと言っているようだ。

 別にばらしてもいいけど、敵か味方かわからない奴に素性を言うのも嫌なんだがな。

 そういえば姫さん達にもばらしてねぇな。というか、忘れてた。いやでも意外と平凡だぜ、俺様の素性。


 皆して付き合えば付き合うほど俺様の素性を疑うくらいには普通ないい男だぜ。

 ただちょっと優秀でいい男で大抵のことはこなせる、やっぱいい男なんだけどな。

 いやー、俺様ってば本当に自画自賛しても似合ういい男なんだよな。欠点ないのが欠点かもな、なんて。


 それにしても寝室という割には油紙に火を点けた燭台に畳の上に敷かれた布団。

 たったそれだけの部屋だ。地下にあるせいか少し湿っぽい気もするが、悪くはない。

 匠さんと俺様は畳の上に胡坐をかいており、姐さんは見本のように綺麗な正座だ。三人で小さな円を描いて、向かい合っている。


 さて、なんにせよこの流れで俺様だけ自己紹介しないのも変な話か。

 嘘を混ぜてもいいけどここでは本音を出した方がいいだろう。嘘よりも効率的な正直ってのはあるもんだ。

 嘘は疑われる。真実は疑いようがない。混ぜれば欺くことができる。使い分けってのは重要だ。


「大泥棒アルト。日本の男子高校生、彼女募集中」

「彼氏はどうだい?」

「年上は好きか?」


 なんでアウトゾーンまっしぐらな二人が俺様の恋人候補として名乗り上げるんだよ。

 とりあえず華麗に無視しよう。曖昧な笑いで乾いた笑い声だけを出し、目で先に進めろと伝える。

 姐さんは冗談が通じないねぇと笑い、匠さんは獲物を逃がした狩人みたいな不機嫌な顔を見せる。


「半端者、とりあえず話を進めようか。こっちの状況はそっちが思っているよりも複雑すぎるのでな」

「そうだねぇ。あちきが間違えちまったばかりに、酷い状況になっちまったからねぇ」


 油紙の上で揺らめく火に照らされた姐さんの顔は穏やかというには悲痛な色を漂わせる。

 さっきまでの堂々とした姿が嘘のような儚さだ。男相手にできればこんな単語は使いたくなかったけど、それ以外の語彙が思いつかなかった。

 時代劇でナレーションするような、すでに起こってしまった変えられない出来事を話すような声が姐さんの口から零れ出る。




 最初はあちきも驚いたのさ。普通にゲームやっていたと思ったら、こんな馬鹿げた世界で疑い合う。

 どこのアニメだと鼻で笑いたかったさ。ただもう経験しちまったものは仕方ない。とりあえず足場を作ろうと思ったのさ。

 カグツチと出会えたのは幸運だったよ。ゲームで見ていたのと同じ金槌を片手でぶん回していて、思わず笑ってしまったが、安心した。


 あちきはカグツチに声をかけてギルドを作って、一緒に過ごさないか声をかけたのさ。一人じゃ不安でね。

 ゲーム時代は無所属で気侭にやっていたから、知り合いはいても仲間と呼べる存在はいなかった。

 実際は役者の仕事で定期的なログインできないから、敬遠していたという情けない話でもあるんだけどね。新米でも忙しいのさ。


 カグツチは変な子だけど優しいからねぇ。あちきの誘いに乗ってくれた。その際に近くにいた何人かも声をかけてきたのさ。

 皆どうすればいいのかわからなかったのさ。迷惑じゃなければ同じギルドに入れてほしいと言われてね、あちきの方としても断る理由はなかったから受け入れたのさ。

 困った時はお互い様という日本人精神さ。支え合ってこんな理不尽な世界でも生きてみよう、って最初は無理して希望を見出したもんさ。


 アパマンでギルド設立の手続きをして、ギルド「唐獅子」なんてかっこつけた名前まで付けて、はしゃいでいたんだよねぇ。

 しかもギルドリーダーがあちきだよ。笑っちゃうわよねぇ、現実では主役一つ貰えないどころが、名前のある脇役すらできない裏方役者なのに。

 それでも、こんなあちきでも、頼ってもらえたのが嬉しくてねぇ。なんとかしようとはりきっていたのさ。


 カグツチがいてくれたおかげでルームアイテムや装備など、身の回りの品には不自由しなかった。

 あちきの軍師という職業ならモンスターの集団に囲まれても単体技を全体技として変化させられるから、戦闘も怖かったけど挑めたのさ。

 そうやって素材も集めたりして、あちき達の噂を聞いて頼ってくる人を受け入れて、いつの間にか膨れ上がちまったのさ。


 同時期に極悪ギルド「紅焔」が好き放題していたのも悪かったねぇ。皆して避難場所求めて、ギルド所属は「紅焔」か「唐獅子」か。

 いつの間にかそんな図式ができちまっていた。あちきは必死になりすぎて、そんな図式の構築を見逃していたのさ。


 気付けばキョートにいるプレイヤー達を二分する勢いの大型ギルド「唐獅子」なんて呼ばれちまってねぇ。


 あちきなんてカリスマ溢れるとか言われちまって苦笑いさ。ただ困っている人を受け入れただけなのに。

 気付いた時には知らないプレイヤーがあちきをリーダーと呼んで縋って来て、ギルド所属していない誰かにクエストを頼まれて。

 それでも頑張ってみようって、このゲームと現実が混ざった世界ならなんとかできるかもしれない、なんて考えたりして。


 そんな時に極悪ギルド「紅焔」を潰してほしいなんて言われて、あちきの方が押し潰されそうになった。

 ギルドの潰し方も知らない、不定期ログインの軽くゲームを楽しむライトユーザーのあちきはどうすればいいのかわからなかった。

 こう見えて頭は良い方だけど、そんなのゲームで、こんな世界でどう役立つのか見当もつかない。


 だけど頼まれたからには応えたいと思っちまったんだよねぇ。独断で引き受けて、考え無しに敵の本拠地に全員で突入なんかしちまった。

 正直パニック状態だったのかもねぇ。他に頼れる相手、仲間がいなかった。あちきの周囲にはあちきに頼るギルドメンバーだけしかいなかった。

 そんなメンバーもあちきを頼ってくれたから、あちきの提案である全員で敵の本拠地に行くことも否定しなかった。あちきが言うなら、って信じてくれてねぇ……涙が出そうだよ。


 あちきが全員で行こうって案に唯一反対してくれたのはカグツチだけだったねぇ。でもあちきは怖かったから、メンバーの助けが欲しいと押し切っちまったのさ。

 カグツチは優しい子だよ、本当。こんなあちきを今でも助けてくれて、あの時も反対したけどあちきを守るために一緒に来てくれた。

 本音を言えばね、カグツチだけでも巻き込まないように残していけばって、今更ながら何度も考えるくらい、優しい子だよ。


 飛んで火にいる夏の虫、ネギを背負った鴨、なんにせよあちきの馬鹿な判断を見過ごすほどギルド「紅焔」は優しくなかったねぇ。

 何人も、何十人も裏街ギオンで神輿に送られた。光の粒子となって消える刹那の、あちきに助けを求める顔がこびりついて離れない。

 あちき達は知らなかった。裏街では戦闘可能だったなんて。気付いたら地面に這い蹲って、デットリーを情けない顔で見上げているあちきだけが残ってた。


 カグツチは女だったからね、デットリーの腕の中に捕らわれていてねぇ。どうしようもなかった。

 きっとカグツチは殺されない、けど死ぬよりも酷い目に会うかもしれない。そしてあちきは確実に殺されるって、計算しなくてもすぐにわかった。

 計算する余裕なんてなかったけど、あちきは震える声でデットリーに交渉したのさ。カグツチの身の安全より、死ぬことが怖かったなんて情けない理由なんだけどね。


 あちきはなぜか実際の性格よりも誇張された噂が流れていた。それを利用してあちきを参謀にしないかって。

 今よりも効率的な人の捉え方や強弱の区別をつけた組織編制、その他諸々をあちきを使って組み立てないかって。

 最後には自分の口から信じられないような言葉も飛び出したもんさ。生きたいって、綺麗事だけじゃ駄目なんだって打ちのめされた気分さ。




 結果は見ての通り。あちきはメンバー全員を見捨てた非道のギルドリーダー、敵に魂を売った極悪人。

 さらにはギルド「唐紅」での参謀で、前よりも厄介な組織を作っちまった。おそらく、そう簡単には崩れない城にしてしまった。


 浅葱色を忠実な部下、元「紅焔」メンバーに着けようと提案したのはあちき。デットリーには誇示するためのシンボルって説明した。

 本当は違う。これは目印さ。こいつを殺せっていう、あちきのメッセージさ。だから元「唐獅子」のメンバーにはつけさせていない。

 ただし元「唐獅子」のメンバーでも尾を振ってデットリーに忠誠を誓った、あちきみたいな馬鹿者にはつけさせている。そうすれば浅葱色を付けていない子達はいざという時、そいつを見捨てられる。


 元「唐獅子」の子達はあちきの顔を見るたびに顔を歪ませる。でもそれが正しいのさ、あちきは取り返しのつかないことをした。

 罪滅ぼしにもならないけど、なるべくデットリーの傍で冗談のように誘惑するのも、あの子達の手出しを控えさせるためさ。でなければ、あんな下衆に笑顔など見せるものか。

 無類の女好きという性格のせいでいまいち効果が薄いのが痛いけどね。でもあちきの目が届く範囲で、汚れた手であの子達に触れ回るのは我慢ならない。


 ちなみにカグツチはあちきの補佐として、手を出したらあちきが無理矢理でもデットリーを襲う、性的な意味で、と脅しているから手が出せないのさ、あははは。

 カグツチには悪いことしたからねぇ。これも罪滅ぼしにはならないけど、カグツチは絶対に守りたいのさ。こんな馬鹿なあちきの傍にいてくれる、優しい子だから。

 今更綺麗ごとを抜かすな、っていう批判はごもっともさ。それでもこうしなければ、あちきは狂いそうなんだよ、自分の馬鹿さ加減に呆れてね。


 一番の予想外はPKKギルド「正統なる守護」のリーダーがキョートに仲間引き連れてきたことだね。

 最初はこれで処罰してもらえると喜んだけど、如何せん「唐紅」は膨れ上がりすぎた。「正統なる守護」のメンバーが少なかったのも痛い。

 おそらくリーダー以外のほぼ全員を捕えることができてしまった。女性プレイヤーを守るために「正統なる守護」が保守的な動きをしていたのも幸い中の不幸だった。


 あちきはデットリーを抑制するためにも、「正統なる守護」に味方することができなかった。これも間違いだったかもねぇ。

 結局あちきは保身のために動いて、キョートの全てを窮地に追い込んだ元凶さ。もう打つ手がないと思った矢先だった。

 神様からの贈り物みたいに、空から「正統なる守護」以外のギルドメンバーが落ちてきたのは、ね。




 俺様は狐面の裏で冷や汗をかく。どうりで姐さんの噂が定まらないと思った。

 噂が流れすぎて伝言ゲームみたいに本人像をあやふやにしていたのを、迂闊にも信じていたのも失態だな。

 なんてことない、軍師サハラという人間は普通の男だった。少しお人好しな性格の、一般人だ。


 考えてみれば猫にーちゃんやネッシーの話していたサハラという人物像も客観視や噂を混ぜ込んだものだ。

 それがあたかも主観、つまりは姐さんという人間だと思い込んでしまった。蓋を開ければ、ただの間違いを犯しただけの話だ。

 姐さんの間違い全てが噂と混ざって、また軍師という職業のせいで、全て姐さんの策略かもしれないと勘違いした。


 事件を間近で全て見ていた、元「唐獅子」メンバー全員が裏街ギオンで監禁されているのもマイナスに働いたな。

 おかげで俺様はここまできてやっと目の前にいる姐さんの特徴を掴めた。助けを乞いたくても、頼られ過ぎて声を出せなかった哀れな男だ。

 どことなくギルド「流星の旗」のギルドリーダーである男前に似ているな。頼られるとノーと言えないタイプなのだろう。


 ただ男前には俺様や姫さんがいる。ゲーム時代から一緒に戦ってきた仲間、という真面目堅物の男前が無条件で信じる俺様達が。

 アイツは疑うことを知らない。だから目の前にあるものを信じ、貫く。それは俺様や姫さんにはない強みであり、弱みでもある。

 もし俺様達と出会わないまま男前がこの世界で行動していたら、姐さんと同じ目に会っていたかもしれない。姫さんと初日から会っていてくれて良かった。


 しかし問題はそこじゃない。今姐さんは確実に俺様を見据えて、空から降ってきた「正統なる守護」以外のギルドメンバーと言った。

 それはつまり俺様の素性がばれている、しかも向けてくる視線から感じる意識として、俺様の演技がばれていいるようだ。

 役者と言っていたが、どうやら演じるという点では素人の俺様よりも数段上らしい。


「ちなみにあちきも必殺技の類として「下調べ」や「調査」ができるのさ。相手のステータスや所属くらい一発でお見通しさ」


「下調べ」はMAP把握や敵の体力などを調べる初歩的な技だ。それをさらに進化させたのが「調査」だ。

 特徴としては「下調べ」よりも少し時間がかかるが、より精密な情報を把握できる。装備の傾向も調べられるはずだ。

 さすが軍師という中級職業だ。情報で戦況を把握する、マイナーでトリッキーだが、使いこなせば恐ろしいほどの戦力に変わる。


「というか、半端者。優しい子と連呼しすぎだ。こっちは半端者より年上で、子じゃない」

「ああ、ごめんごめん。カグツチは優しい女性だねぇ、感謝してるよ、本当に」


 気が安らいだような穏やかな笑顔で匠さんに声をかける姐さん。明かりに照らされた横顔は思わず見入ってしまう色香があった。

 匠さんは何か言い返そうとして、思いつかなかったのかそっぽを向く。明かりのせいか、というラノベの主人公みたいな勘違いをいい男の俺様はしない。

 確実に匠さんの顔が赤い。もしかして姐さんについていったって、そういう方面の感情あるからですかねぇ、と詮索したくなる様子だ。


「なんにせよ、あちきは賭けに出てみようと思うんだよねぇ、ギルド「流星の旗」のアルト」

「一応裏切った設定なんだけど」

「デットリーの前ではそう演技させてあげるさ。とりあえず人の話をお聞き」


 笑顔を消して姐さんは真剣な顔を向けてくる。思わず佇まいを直して俺様も正座する。

 匠さんも同じように正座して、俺様に視線を向ける。おそらく二人にとって、最後の突破口が俺様達なのかもしれない。

 これ以上こんな複雑な状況が長引けば、悪化の一途を辿る。それを焼き切るような希望が欲しいのだろう。


 助けて、とか、救ってほしい、なんて言葉を姐さんは出すことができない。

 そんなのはもう手遅れだと自覚しているからだ。そんな言葉を吐けるような善人ではないと思い込んでいる。

 だからこそ挑むように、叛逆を企てる裏切り者の如き決意で力強く告げる。



「こんな馬鹿な喜劇を終わらせてほしい。誰も笑えない喜劇に意味なんてないからね」



 俺様はその言葉にただ頷いた。拒否できる空気ではなかったし、最初からそのつもりだ。

 二重の意味での裏切り者の咎を背負うと姐さんは気付いているだろう。「唐獅子」と「唐紅」の裏切者。

 そして始末のつけ方も決めているのだろう。殺意にも似た強い気配が俺様の背中をざわつかせる。


 この劇の終わりが予想できた俺様だが、なにも言わない。

 姐さんは間違いすぎて、その中でも覚悟を決めた強い意思が岩のように固く鎮座している。

 きっとそれは誰も動かせない。悲痛な顔をしている匠さんの顔を俺様は見なかった振りをした。



 ★



 姐さんの計らいのおかげで俺様はこうして潜入に大成功している。下っ端だから浅葱色は貰ってない。貰う気もないけど。

 今は本拠地である大きな妓楼の館のようなギルドルーム内を、先輩ということにしている男達に案内してもらっている。ギルドルームというよりはギルドハウスの規模だけどな。

 通りかかる女達の露出度が高い格好はデットリーの趣味だろう。中には腕とかで隠している照れ屋もいるが、あまり意味を為さない。


 女神さんなら超絶似合うだろうなと思いつつ、姫さんだったら悲惨すぎて目も当てられないと思って軽く笑う。

 なんせ胸の部分を強調するような衣装だからな。驚異的な胸囲の格差なんて馬鹿な洒落も思いついてしまうくらいだ。

 しかも姫さん肉付きが全体的に悪くて細いんだけど、そそられない細さなんだよな。男だったら女神さんが理想のナイスバディだろう。


 浅葱色を取り入れた連中が通りかかるたびに、浅葱色を持っていない者は怯えた目をしている。

 中には憎らしげに睨む者もいるが、反抗する気はないようだ。いつか誰か助けてくれる、と縋ることが前提の強気だ。

 なんて滑稽な強気なのだろうか。哀れすぎて笑いも起きねぇ。なんて面白くない場所と連中なのだろうか。


 姐さん一人が悪いわけじゃない。ああやって誰かに縋って、集まって、頼るしか能のない連中が引き起こした事態だな、これは。

 それを全部抱えちまって、姐さんも大変だな。なんとか匠さんがいるから精神的に安定しているようだが、時間の問題か。

 なんかこんな状況全てぶっ飛ばす馬鹿が見たいな。暴力的で破壊の限りを尽くすような、姫さんとかな。


 上級職である魔導士の姫さんは奥義魔法と呼ばれる逆転技を今は好きなだけ使える。

 ゲームと現実が混ざったせいで魔法の制限が変わり、長い呪文を言いきればそれだけでいい。


 トーキョーアンダーグラウンドで初めて目の当たりにしたこの世界での奥義魔法。俺が望んだ派手な技。

 正直興奮と歓喜で体全体が震えた。水流が敵を一切の慈悲なく洗い流す、獰猛な蛇が暴れ狂うような魔法。

 もう一度見たい、もっと姫さんが暴れる所が見たい、そう考えるだけで面白かった。だから俺様はギルド「流星の旗」が大好きだ。


 そして姫さんが活躍するにはそれに相応しい状況を用意しないとな。思う存分暴れる舞台を。

 いい男である俺様は確実にその舞台を用意する。姫さんが大暴れして、ギルド「流星の旗」が大活躍する最高の状況を。

 そのための下っ端作業や嘘、欺きくらいお茶の子さいさいってもんだ。精々俺様に利用されろよ、ギルド「唐紅」の皆さん。




 ギルドルーム案内の途中、厳重な鉄の扉が鎖まで巻かれて閉ざされているのを見つける。

 絶対に逃がしてたまるもんかという意思が露骨に見えるわかりやすい場所だ。

 先輩の立場である案内してくれる男達の言葉の切れ目を狙い、あの部屋はなんだと問う。


 すると少し言いにくそうに悩ましい表情をする男達。中にはできれば触れてほしくなかったとあからさまな顔をする。

 俺様も見当はつけている。どうせデットリーの我儘で作られた部屋なのだろう。そんなの潜入してから何度も遭遇した。

 デットリーはボスということで代表みたいな顔をしているが、我儘すぎてあまり部下の評判がよくない。正直姐さんの方が頼られているくらいだ。


 なんせ会えば食ってるか、女に手を出してるか、偉そうにしているか、嫌がらせのように女神さんのデバイスに通信をかけているようなもんだ。

 女神さんのデバイスはネッシーが預かっていると、ここに来る前に聞いていたが、その理由が痛いほどわかった。

 ストーカーのイタ電で女神さんが怖がって精神を病まないようにするための措置だったんだろう。ただ数回に一回は女神さんが通信に応じているらしいが。


 その理由もわかっている。デットリーは何回かは優しくねっとりとした話し方で接するが、何度も無視されると声を凄ませて脅してくるのだ。

 脅しの内容としては大切な弟がどうなってもいいのか、というものだ。そう言われたら女神さんも嫌でも応じるしかないだろう。

 無類の女好きと言う割に女神さんの執着が粘着質すぎて、男の俺様達から見ても気持ち悪いくらいだ。


 そして俺様はいまだ女神さんの弟、役者のチドリ、俺様は色男と呼んでいる奴を見つけていない。

 俺様達がキョートに来た時点で捕らわれていたギルド「流星の旗」のメンバーの一人でもある。まだ顔も拝んだことないが、女神さん曰く美形らしい。

 美形という情報を聞いてはしゃいだ姫さんを見て多少苛ついたが、今は関係のないことだな。


「あそこには入るなよ。デットリーさんが狙う女の大切なものが保管されているらしい」

「と言っても扉に鎖や鍵はカグツチさんのお手製で、鍵もデットリーさんが保管しているから無理な話だけどな」

「そうなんですか。教えてくれてありがとうございます!」


 俺様は元気のいい返事でこれ以上の詮索を中止にした。あまり食いついても不審がられるだけだ。

 先輩ということにしている男達の機嫌を損ねて、怪しまれるのも得策じゃないしな。潜入したからには誠心誠意を持って騙し通してやる。

 俺様は案内を続ける男達に付き従い、厳重な扉を完璧に意識から消した。何事もなかったように振舞う。



 で、大泥棒の優秀でいい男の俺様が扉の向こうに入るのを諦めるかっていうと、また別の話なんだけどな。

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