東西珍道中6
赤い寄木細工や明りの灯る提灯、賑やかな出店が夕焼け空の下で商売をしている。
黒と赤を中心としつつも和の演出を忘れない古風な木造家屋が立ち並び、座敷牢が外から眺めることもできるキョートの裏街、ギオン。
姫さんがここに来てたらさぞやはしゃいだだろうな。残念ながらここにいるのはギルド「流星の旗」一番のいい男且つ、できる男、俺様アルトなんだけどな。
とりあえず大型ギルド「唐紅」への潜入調査と街の構造把握なんだが、裏街にしては穏やかな様子だ。
トーキョーアンダーシティは破壊の跡だらけで荒れ果てていたのに、ギオンは正直キョートの街よりも活気があって、PK可能領域とは思えない。
確か現実の祇園も花街として栄えたらしく、歴史上でも疫病を悪霊の仕業としてそれを治めるために祭を続けてきた背景がある。
その痕跡を残すような華やかさと祭りの気配。トロッコから街に向かって落ちてきた時に聞こえた祭囃子もここからだな。
出店で焼きそばを焼いている兄ちゃんやお面を売る厳ついおっさんは、没個性な外見からNPC、しかも裏街にいるということは戦闘ができるNPCだな。
本来のNPCは戦闘しないんだが、裏街にいる奴は阿修羅の加護を受けることで再生を約束されている。だから攻撃したら思う存分倒せる仕様だ。
俺様は厳ついおっさんから狐のお面を買って、頭の横につける。忍者っぽい出で立ちに狐のお面で、職業大泥棒。中々雰囲気があるだろう。
ギオンに入る前に赤い門構えに衛兵のNPCに一度引き止められている。裏街ギオンもトーキョーアンダーシティみたいな仕組みだってな。
そこで俺様の姿は周囲に見られるようになり、何人か気付いた奴が俺様の後ろを歩いて様子見している。尾行にしてはバレバレだっつーの、全く。
大型ギルドというから期待してたのに、敵の質低いじゃねぇか。せっかく大暴れできると思ったのに拍子抜けだ。
襲ってこないのは裏街に入ればいつでも攻撃できるし、近くの建物に引きずり込めるという無駄な自信があるからだろうな。
俺様は足取りをふらつかせて、一瞬で横道に姿を消す。同時に「変わり身」という必殺技で俺様そっくりイケメン人形を召喚し、技の効果で姿を消す。
さっきまでの変な歩行も必殺技のために必要な動作で、さっそく俺様を追ってきた奴が横道で棒立ちになっている俺様人形に攻撃。
その間に姿が見えない俺様は攻撃を仕掛けた奴の横を堂々と、悠々自適に通り過ぎる。
さてさて、街の構造を下見してからギルド「唐紅」の本拠地に乗り込むか。優秀でいい男の俺様は無駄なことするつもりはないぜ。
★
ギオンの街を一周し、かなり広いことを知る。門は一つだけで、出るにも入るにもその門を通るしかないようだ。
それ以外は高くて分厚い壁のような赤の塀に囲まれており、その塀の上で俺様はつま先座りみたいな恰好で街を見下ろしている最中。試しに塀の向こう側に行こうとして見えないガラス壁にぶつかった。
どうやら裏街は指定の出入り口以外での侵入及び脱出を拒むようだ。つまりはその出入り口を見張っていれば怪しい奴や逃げる奴も見張れるわけだ。
俺様を追いかけてきた奴らもどうやらあの赤い門を見張っていたのだろう。それでも逃がした今、下の方で何人か走り回っているのを見かける。
塀の向こう側に逃げられないわけだから、塀の方には注意がこないようだ。休むくらいなら十分な足場と死角が得られる高さと厚みの壁に近い場所なのにな。
なんだっけ、つい最近流行したアニメの壁に似ているな。走り回っても余裕なほどの場所だ。ただし高さがあるから、特定の屋根と必殺技を使わないと登れなかったけどな。
俺様は頭の横につけていた狐面を改めて顔を隠すように装着する。別に顔や後ろ姿、服装などはすでに見られているわけだから、正体を隠す目的ではない。
むしろその逆。相手に印象付けるために派手な格好で派手に暴れるための準備だ。悪いが俺様はちまちまとした行動が嫌いなんでな。
首を何度か回して肩もほぐす。そして高層ビル十階分並の高い壁から、反動をつけて一気に下の建物へと落ちていく。
俺様達、アバターの体ってのは戦闘などでも不都合がないように重力が場面によって常に変化している。
その最たるものが跳躍だと俺様は思っている。思いっきり踏み込めばその分高く素早く跳んで、落ちていく時はゆっくりになる。
だからむしろ戦闘中は跳ぶことより落ちる時の速度を考えないと、ゆっくり落ちていく間に攻撃を受ける可能性がある。
実際姫さんもトーキョーアンダーシティで馬鹿に高く跳んで、ゆっくりと落ちていく最中で攻撃受けそうになってたしな。
でもいい男の俺様はそんなへまはしない。ちゃんとどうすれば落ちていく速度を操作できるか、ゆっくりと落ちていく時の対処方法など体に覚えさせた。
弾丸のように瓦屋根に着地し、崩壊しそうになる前に足を動かして屋根を伝って街中を走り抜ける。
瓦屋根が壊れて音を立てて崩れていくのを確認した何人かが俺様に向かって指を差す。やっぱりパフォーマンスは大袈裟な方がいい。
裏街の建物はPK可能領域だから壊れる。だからそれを利用して俺様は祭りで賑わう街道の様子を探る。
出店をしているNPCは興味ないのか、店が壊されないように警戒しているが攻撃してくる様子はない。
しかしデバイスを持ったアバター達は通信をしながら俺様を追いかけはじめる。今も一人馬鹿のように跳躍して俺様を攻撃しようとする剣士。
中距離武器の剣を持ってて、跳躍しても届かない。ゆっくりと落ちていく重力に逆らえず無防備になる剣士に向かって、腰から長銃が付属された剣を抜き取る。
まずは眉間に一発。空中で赤い液体が花咲くように広がるが、俺様はそういう情緒に関心ないからすぐに近付いて、腹を裂くように一閃。
まだHPが0にならないらしく、そのまま地面に落ちていこうとする剣士を足場に隣の屋根へ移動する。後ろではせっかく追いついたのに悔しそうな声を上げる男達。
今の剣士も後ろの奴らも服装の何処かに浅葱色を取り入れていた。つまりは元悪徳ギルド「紅焔」メンバーだな。
悪いけど男に尻追われて喜ぶ趣味はないんでな、挑発するように人差し指でこっちに来いとジェスチャーする。その間に片足で瓦屋根を軽く叩いとく。
お利口なほど挑発に乗った男共はすかさずまとめて俺様がいた場所へと跳んでくる。その間に逃走を再開。
着地して追いかけようとした男達は屋根を踏んだ瞬間に鳴り響いた音と光に驚いて、その場から一定時間動けなくなる。
あまり使ったことない必殺技「かんしゃく玉」だ。逃走用の技で、線香花火を数倍派手にした程度の技だ。それでも俺様が使えば存分に効果を発揮する。
狐面の下で俺様は笑い続けた。襲い掛かる敵を薙ぎ倒して、派手に活躍して、姫さん達に役立つ情報を集めていく。
このギオンの街全てが俺様を照らすスポットライトで、俺様が主役の舞台、独壇場だ。命の危機さえ今やシーンを盛り上げるスパイス。
何人かを教会送り、光の粒子にして消しながら街の様子を眺める。
トーキョーアンダーシティではコロシアムみたいな場所では教会とは違う蘇生施設があったからな。このギオンの街でも同じことがあるかもしれない。
一応キョートに向かう前にトーキョーアンダーシティで死んだらどこで蘇生されるか調べたら、コロシアム以外でもコロシアム内部の医務室で蘇生されていた。
さてキョートではどこから蘇生されるのかと思っていたら、祭囃子に紛れるようにハッピを着た祭り男みたいなNPC達が、野太い掛け声と共に神輿を担いで通りを過ぎ去っている。
神輿は両開きの扉がついた四角い箱に屋根や飾りをつけた金箔の代物で、一つや二つではない。数え途中で俺様は嫌な予感がして走る速度を上げる。
予想通り、神輿の中から両開きの扉を蹴り開いて、倒したはずの男達が襲ってきた。
裏街ギオンの蘇生施設が神輿ってどんな状況だと、心の中で文句を叫びつつ一つ情報を手に入れる。
そういえば祇園祭も御霊を鎮める類の祭りだったか。それか、それなのか、とオンラインゲーム「RINE-リンネ-」のちゃんぽんさを思い出す。
ゲーム時代からちゃんぽんと言われたゲームだが、ここまで再現しなくてもいいだろう。悪趣味な話だ。
なんにせよ大分派手に動いて、何人も倒した実力も見せたわけだからそろそろ本拠地に向かうか。
それにしてもお粗末な連中だな。集団で襲い掛かってチームワークでも見せてくれるかと思ったら、バラバラに攻撃して我先にと言わんばかりの特攻。
たまに味方に攻撃当てるわ、仲間割れも起こすわ、俺様の通り道では身内同士の戦闘がいくつも勃発している。
一番始末に負えないのは人手が足りないと、隠すべき本拠地から次々と姿を現した浅葱色を服に取り入れた連中。
おかげでギオンのど真ん中、一番大きい建物が本拠地とわかった。
花を売る絢爛豪華な娼館という風体の館で、緑色の屋根瓦のせいか特別な場所に見えた。
提灯が飾りのようにいくつも飾られ、中庭らしき広い場所には狂い咲きの桜、椿、梅、紅葉、銀杏、向日葵、菜の花、つつじ、と四季おりおりの植物が区分けされながらも勢ぞろいだ。
入り口は閂つきの大きな木製の門。門番のように槍を持った男二人が出入りを監視している。
赤い木の壁が明かりに照らされているのに、格子窓は一切ない。つまり内部の様子が窺えない、監禁するにはもってこいの場所だ。
俺様は躊躇いなく本拠地の中庭を取り囲む壁を飛び越えて、館内には入らず葉が生い茂る椿の影に身を隠す。
そこで「変わり身」の技を使い、またもやイケメン俺様人形を召喚。すぐに移動して紅葉の木の上に隠れる。
なんで紅葉かというと、俺様のミリタリージャケットや茶髪を考えると、そこが一番保護色となるし、意外と上には注意がいかないもんだからだ。
んで、後を追っかけてきた連中は俺様人形に騙され、館に侵入したぞと大慌て。まだ中には入ってないのに、迂闊な奴らだ。
狐面を外さないまま息を潜め続ける。中庭は隠れる場所が少ないと相手もわかっている、だから館内を探すだろう。
俺の姿は「変わり身」の効果で見えなくなっている。あとは騒ぎが収まりかけた頃に「忍び足」で音もなく侵入。
「ここまですれば自分の実力を目につけた敵が仲間にしようと誘いをかけてくる、って雰囲気だねぇ」
聞こえてきた声に俺は息を潜めていたのも忘れて、肩を動かして枝を揺らしてしまう。葉が数枚地面に落ちる。
下を見れば艶やかで濃厚な緑色の長髪、白い軍服を着て顔に薄く化粧をしている奴がいた。左腕の腕章は浅葱色。
そして見えないはずの俺が確実に見えているかのように、銀色の目を真っ直ぐと向けてくる。
「しかし、あちきの目は誤魔化せんよ。この軍師サハラ、ただ者じゃないんでねぇ」
いきなりの大物登場に、俺はバラエティ番組モノマネ大会でうっかりご本人登場の芸人の気持ちを味わった。
それ以上に驚くこともあったが、でもおかげで猫にーちゃんやネッシーのおかしな様子に合点がいく。
俺様は別に抵抗するつもりはなかったので、両手を上げて降参のジェスチャーしつつ地面に着地する。一応狐面は外さない。
相手も俺様の意図を汲んだのか、赤い紅をつけた唇を三日月のように弧を描かせる。
白い軍帽の位置を直しつつ、相手は集まってきた男達に手を出さないように片手で静止させている。手懐けているな。
「まずは名前と職業だ。某の狐くん、じゃ味気ないだろう?」
「大泥棒アルト。別に狐くんでも良いぜ、姐さん」
「おや?あちきを姐さんと呼ぶのかい?個人的には嬉しいが、目的のわからない小僧を懐に入れるほど優しくはないよ」
「目的は一つ。仲間にしてほしいだけだ。俺様は強い奴が大好きなんでね」
少しふざけた調子で首をわずかに動かした瞬間、首元に黒い鞘に収まった刀の切っ先を突きつけられる。
殺傷力はないが、喉くらいなら簡単に潰せる。少しでも怪しい動きをしたら容赦しないという威嚇だ。おー、怖い怖い。
「さ、サハラさん!!こんな奴追い出してしまいましょうや!」
「お黙り。こんな奴一人処理できないひよっこがなまを言うんじゃないよ」
抗議した下っ端らしき男を静かな声音で黙らせる。さすが俺様のネーミングセンス、今日も生かしているな。
でも名前通りと受け取ってもらっちゃ困るぜ。そんなのはつまらない話で、俺様はそんな話が大嫌いだからな。
ちなみに今回の名前の付け方はとしては「あ、ねぇわ、さん」からのあねさん、姐さんである。
★
後ろ手にとりあえず荒縄で軽い拘束をされ、左右と後ろを見張る男三人、という嬉しくない状況。これが美人だったら何一つ文句ないんだけどな。
目の前では姐さんが颯爽と歩いている。軍靴が木の床に敷かれた赤い絨毯の上を進んでいく。
最上階の大広間、赤と金という配色を蝋燭や提灯が明るく照らす。豪華な虎柄の絨毯の上には体の大きい男。
スキンヘッドに鮮やかな虎の刺青が施され、厳つい顔をさらに凶悪にしている。四角い顔で将棋の駒かと一瞬錯覚する。
棘のついた銀の鎧と黒革ジャケットを合わせた衣装で、とごろとごろ布地がダメージ仕様で千切れている。中学生が憧れそうな服だ。
盛り上がった筋肉が布地を押し上げているが、少し太った腹が浅葱色の腰ベルトからはみ出ているのに笑いそうになった。狐面つけたままで良かった。
おそらくこの体の大きい目の前で肉に齧り付いて俺様を見て怪訝な顔をしているのが、大型ギルド「唐紅」のリーダー、狂戦士デットリーだろう。
周囲には無理矢理笑顔を作っている取り巻きの男数人と、哀しそうな表情ながらもデットリーに寄り添っている女数名。
そいつらには浅葱色がない。無理矢理ギルドに入れられた元「唐獅子」メンバーだろう。区別がつきやすくて助かる。
姐さんは笑顔で近づくが、それ以上近付くなとデットリーは手振りで指示する。
するとしっかりと停止して、姐さんは恭しくお辞儀しつつ話し始める。
「デットリー、酒の晩酌はあちきが付き合ってあげるのに、なんでまた女を侍らせたんだい?」
「い、いいだろう!おいらは女が大好きなんだ!!それより後ろの男はなんだ!?女を連れてこずに男とか!!」
「あちきの趣味さ。いい男には目がなくてねぇ、もちろんデットリーもあちき好みの筋肉で惚れ惚れするけどね」
「ひぃっ、やめろ!全く……で、どうするんだ?」
姐さんの言葉に青ざめつつもデットリーは気を取り直して俺を品定めするように目を向ける。
噂では関西の族頭っぽいということだけど、むしろOBといった雰囲気だ。頭の刺青はゲームでのキャラメイクオプションにはない精巧さだ。
おそらく自前の刺青、族上がりのヤクザだな。虎柄の絨毯からすると、関西野球ファンでもあるんだろうな。
鋭い眼光で俺様を見ているが、あまりやる気は感じられない。今にも横にいる女の胸に目を向けそうだ。
そしてやはり視線を女に向けそうになった矢先、姐さんが手にしていた刀の鞘を軽く床にぶつける、小さいながらも体の芯に来る音が響く。
肩を震わせたデットリーはやむなく俺様達に目線を戻す。どうも姐さんは役者かなにかなのか、人の目線を操るのが上手い。
「こいつは大泥棒アルト。さっきまで街で暴れてた悪戯小僧さ。あまり聞かない職業だが、役に立ちそうな気配がある。あちきの配下にしたいのさ」
「ふんっ、好きにしろ。どうせ一人二人じゃこのギルドは揺らがん!おいらの天下だ!!がははっははは!!」
下品な笑い声を上げて有頂天を味わうデットリー。姫さんがこの場にいなくて良かった。いたら即座に燃やそうと暴れていただろうな。
でもそれはそれで見てみたかったかもな。ただすぐ教会送り、裏街ギオンじゃ神輿送りだ。神輿から憤慨して飛び出る姫さんも笑えそうだ。
「そうさ、デットリー。この街はお前の天下さ、そう簡単には崩れない」
「ああ。だが、こんなおいらでも手の届かない物ってのがある……」
「それはなんだい?」
「一目見た時からフォーリンラビュー!!!女神のような美しさの歌姫ハトリちゃん!!!」
狐面の下で俺様は吹き出しそうになった。やべぇ、こいつら予想以上に面白い、馬鹿という方面で。
でも確かに女神さん超美人だったな。横に侍らせたらかなり鼻高くできる類のいい女だ。中身は別としてな。
ネッシーも美人だったな。でもあっちは女にモテる感じの美人で、男は少し敬遠するタイプだな。
姫さん?ああ、あれは問題外だから。おそらくデットリーに渡しても返品される気がする。笑える。
女神さんのことを思い出して陶酔しているデットリー、それを咳払い一つで現実に引き戻す姐さん。
デットリーが不愉快そうな顔をするが、そんなのも気にせずに姐さんは俺様の胸ポケットからデバイスを取り出す。
光沢のない黒のデバイス、もちろん俺様のデバイスで、姐さんは操作してフレンドリストの一覧をデットリーに見せる。
「どうやらアルトは彼女とフレンドらしい。さらにこのユーナという名前も報告と照らし合わせると、この街に一緒に入った女じゃないかねぇ」
「うわー、やめろー」
俺様は若干棒読みで暗に連絡するなと伝える。しかしデットリーは女と聞いて躊躇なく姫さんへと通信を入れる。
数コール音後、通信の呼び出し音は途切れる。着信拒否、しかも手動の方法だ。哀れな視線がいくつか俺様に突き刺さる。
だがデットリーはめげずにもう一回姫さんに通信を試みる。すると今度は数コール音後に姫さんが応じた。
「ユーナちゃあん、おいらはキョートの街を支配するデットリーっていうんだけど、初めまして。んでこのデバイスは君のお友達から借りてかけてるんだけどぉ」
親しいキャバ嬢にねこなで声で対応するようなデットリーの口上は最後まで言えずに通信が切られる。
哀れむ視線が倍増した。姐さんも俺の方を振り向いて何をしたんだお前、と訴えるような表情を向けてくる。
普通は知り合いのデバイスから知らない奴が電話かけてきたら、持ち主が無事かどうか確認するはずなのに、それがないからな。
デットリーは三度目の正直というより、ちょっと必死な様子でかけ直す。
頭の中ではおそらくクールで冷たい印象の女性でも思い浮かべて熱を上げているのかもしれない。
またもや数コール音後、姫さんが電話に出たので今度は脅す方向でデットリーは強めの口調で言葉を出す。
「おいてめぇごらぁっ!!アルトとかいうガキを預かってんだぞ、仲間なんだろうがっ!?こいつがどうなってもいいのか、あぁん!?」
『いいですわよ。煮るなり焼くなり刻むなり、お好きにどうぞ』
デバイスのスピーカーから響く姫さんの平然で冷静な声を聞いて、さすがのデットリーも俺様に哀れみの目を向けてきた。
ヤクザのおっさんにそんな目を向けられるほど悪いことをしたつもりはないんだけどな、うん。さすが姫さん。
ちなみに左で俺様見張ってた奴が慰めるように肩に手を置いて来たが、やめてくれないか、そういうの。
「……本当に刻むけど、え?いいの?」
『なら二度と不埒な真似ができないように丹念に男性の急所を切り刻んで磨り潰して団子にしてもよろしくてよ。あ、その前に教会送りかしら?そうならないようにきちんといたぶってくださいな』
聞いていたデットリーを含む男全員が内股になる。女はあまり理解できないのか、とりあえず困惑の表情だけ浮かべている。
しかも姫さんの本当に怖いところは、あれが半ば演技じゃなくて本気が混じっているところだよな。男前が傍で聞いていたら青い顔をしていそうだ。超見たい。
とうとう右の見張りも涙ぐみながら俺様の肩に手を置いて来た。ああもう面倒だからそのまま肩でも揉んでくれ。
「なにか悩みあるならおっさんが話聞くぞ?」
『悩み……アルトさんがこの世に存在していることかしら。とにかく二度と目の前に現れるんじゃねぇ、ってお伝えくださいな。それでは』
通信が終わり、後ろの見張りはかなり同情したのか俺を拘束していた縄を少し緩めて痛みが発生しないようにしてくれた。
こいつらが悪人が良い人みたいな対応をしてくれるほど、どうやら俺様は姫さんに酷い扱いをされていると思われたらしい。打ち合わせ通りなんだけどな。
もし俺様から電話かかって来ても仲間割れしたように見せてくれ、って頼んでおいた結果だ。予想以上の効果に俺様号泣しそう。
ま、泣いたとしても嘘泣きだけどな。騙す欺くは俺様の得意分野なんでな、悪いね。
俺様は狐面をつけたまま顔を下に向けて、わざと肩を震わせつつ事情説明をする。嘘の説明だけど。
この街にきていきなり襲われたことについて仲間と喧嘩し、その際に姫さんが原因であることを主張したら怒られたこと。
それを皮切りにこの世界の鬱憤が爆発して、仲間割れ。俺様は追い出されるようにギオンに来た。
でもこのまま仲間になりたいと言っても、仲間を裏切ったと扱われそうだと思った。
だから実力を見せるように暴れて、大型ギルド「唐紅」に近づいた。今では忠誠を尽くすつもりでいる。
最後まで言い終えたあたりでデットリーはかなり俺様に同情してくれたようだ。それでも疑いは晴れないらしい。
「他の仲間は?赤色がついているのは何人がいるが……」
「コージってやつと、フーマオってやつ。でもフーマオはよくわかんねぇ」
フーマオっていう名前に少しだけ場がざわついた。もしかして猫にーちゃん有名人か。
だがここぞと言わんばかりにデットリーは笑い、順番に通信してやると意気込む。
ちょろいな、おっさん。そういうの嫌いじゃないぜ、扱いやすくて。
さっそく男前に電話をかけたらしい。ワンコールで出てきた男前の必死な声がスピーカーから聞こえてくる。
いや待て、確か男前は騙すとか演技できないから通信するなと打ち合わせしたはずだ。姫さん達は何をやっているんだ。
『アルトか!?今どこにいる!?』
「よぉ、兄ちゃん。この小僧の仲間なんだろう、ちょいっと取引を……」
『今ユーナくんが出刃包丁を片手に女性陣と一緒にどうやったらHPが0にならずに切り刻むこと出来るか相談していて、今にも私が実験台になりそうな状況なんだ!!しかも肉団子にしてスープで煮込む場合どうやったら臭みが取れるかお料理教室みたいな状況なのにまるで悪鬼の集会のような……』
デットリーが自ら通信を切った。姫さんやりすぎ、つーかさっきの演技じゃなかったのか、おい。
おい左の見張り、涙を流すな。多分今一番可哀想なのは俺様じゃなくて男前の方だから。地獄のお料理教室に付き合わされているのあっちだから。
しかし男前がかなり本気で姫さんに騙されたことにより、俺様の話に無駄に真に迫る信憑性が出てきた。悪い状況ではない、はず。
お次は猫にーちゃんか。こっちは少し複雑な打ち合わせしたから、なんとかなるだろう。
なによりかなり途中まであのよく回る口に翻弄されたからな。ただ余計なこと喋るなよ、と念じる。
『はい、こちら万福屋のフーマオです、ってアルトの旦那ですよね?』
「ああ、アルトの小僧はこちらで……」
『実はユーナのお嬢から出刃包丁だけではなく磨り潰すためのゴマすり棒とかも手配されていまして、代金はアルトの旦那に請求しろという話なんですが、よろしいですかね?少々都合が悪いようでしたらまたこちらから電話をかけなおしたいと思いますが、ご都合だけでもお聞かせ願いませんか?』
「……だとよ」
「あー、うん、後で俺様の方からかけなおす」
デットリーからの哀れむ視線がかなりウザかったが、打ち合わせ通りの返事をする。
ていうかなんで切り刻んで磨り潰す流れが綺麗に仕立て上がっているんだよ。本気なのか、本気でやるつもりか。
味方が一番恐ろしいかもしれない事態に、俺様でも男泣きしちゃうかもしれないぞ、畜生。
だけどこれで半分潜入に成功していることは伝えられたな。
デバイスが他人に操れることくらい大型ギルド「唐紅」でも判明してそうだからな。そこらへんも含めての打ち合わせをした。
例えば俺様以外の声で電話かかってきて俺様の声が最後まで出なかった場合は失敗してると思え、俺様が後でかけなおすと告げられた場合、多少成功している。
この後も電話できた場合に選ぶ言葉によって進行状況を伝えることができるように打ち合わせした。問題ないようだ。
大広間にいる全員から哀れみと同情、そして少しばかり温かい視線が送られる。そんな目で俺様を見るな。
★
軍師サハラ管轄の元、見習いとしての入会を認めるという扱いになった。
今は姐さんの背中を追いかけて館内を案内されているところだ。
生活に必要な施設はほぼ揃っている上に、プレイヤーショップに厨房、鍛冶場まで完備されていた。
娯楽としての賭博場や暇なときは鍛えるための道場、外観からは予想もできなかったほど地下にまで生活空間が広がっている。
その地下の最深部より二階上、隣の鍛冶場で振るわれる金槌の音が響く部屋が姐さんに与えられた部屋らしい。
中は広々としていて、一人で住むには贅沢すぎる広さの部屋。リビングと寝室だけらしく、リビングは軍人の司令室みたいだ。
執務机に適度なソファとテーブル、赤い絨毯の下は白の大理石、部屋のすみには軍旗やトロフィー、メダルが飾られている。
明らかに職人スキルで作らなければ手に入らない品々が、姐さんのギルドルームでもないのに揃っていた。
俺様は狐面をつけたままなので、狭い視界の中で何度も部屋を見渡して確認する。
一見豪華に見えるけど、こんなに地下深いところに部屋を配置されている、ということは姐さんはデットリーの信用を完全には得られていない。
まずこんなに地下深かったら逃げられない、さらには心理的に閉塞感や圧迫感を与える。つまりプレッシャーだ。
対してデットリーは開放的な最上階の部屋。もし腹心を置くなら近くに配属させるが、姐さんはそうじゃない。
浅葱色は与えていることから上位の存在として誇示しているが、本当には認められていない内部割れを目の当たりにした気分だ。
そう思っていたら隣の鍛冶場から響いていた金槌の音が止んで、代わりに姐さんと俺様がいる部屋の扉が開かれる。
入ってきたのは煤に汚れた女だった。薄桃色の髪も黒く染まり始めていて、昔の女学生みたいな両側三つ編みも所々焦げている気がする。
水中ゴーグルみたいな眼鏡を頭の上に移動させ、火で熱した鉄のような橙色の目を半眼にして不機嫌そうだ。
服装は味気のない黄色のツナギに、腹の下までチャックを下げた服下は素肌のみ。半乳見える素肌ツナギなのだが、胸が姫さんよりはあるが、かなり小さい部類で涙出る。
俺様がお椀サイズの胸に仮面の下で舌打ちしていることも気にせず、女は大股で姐さんに近付く。
その手には両手で振るうタイプの長柄の金槌。それを赤い絨毯が傷つくのも気にせず引き摺って進んでいく。
「カグツチ、丁度良かった。アンタに紹介したい新人が……」
「うっせーよ、この半端者。さっさと次の策を用意して大暴れさせるための道具作らせろ」
にこやかに俺様を紹介しようとした姐さんの傍にあった執務机に蹴りを入れるカグツチと呼ばれた女。
なんでこの世界にいる女共、約一部を除くが、こんなに大暴れ大好きなのだろうか。
姐さんはにこやかな表情を崩さないままとりあえず座りなよ、とカグツチをソファに座らせる。ついでに俺も真向いのソファに座る。
俺とカグツチの間にはテーブルがあり、その上に姐さんが茶菓子を並べていく。
ティーカップが明らかに上位生産スキルでしか作れない模様だ。ティーポットも同様だ。
一口飲んだらこんなに美味い茶があったのかと驚くほどだ。もしかして高スキルで作る家具は他の家具より性能が良くなるのか。
「どうだい、アルト。この茶器はカグツチが作ったものでねぇ、あちきのお気に入りさ」
「ふん。これくらい幾らでも作ってやる。それよりこっちの本業が武器職人だということを忘れたのか?」
「職業の中でも難易度の高い職人、しかもあらゆる武器を扱えなきゃ転生できない武器職人だったな、確か」
生産系職業というのは戦闘ではいまいち活躍しないが、その分生産においては一般職業よりも高い成果を見せる。
中級あたりで躓くプレイヤーはよく生産に手を出す。一般職業のままでも生産はできるが、専用職業でしか作れない武器や防具がある。
それが職人。ただしなるには多くの障害を乗り越えなくてはいけないので、大体は生産に手を出すけど職業は戦闘系のままというのが多い。
特に武器職人というのは特定の職業でしか扱えない武器のスキルを手に入れなければなれない、最高難易度と言われる職業だ。
防具はまだ魔法使いや盗賊など最初に選択できる六職業をこなし続ければ全部作れるようになる。アクセサリーなどの装飾系には制限がないので、装飾職人は圧倒的に多い。
家具はギルドルームなどを共有、もしくは個人ルームを所有しなければなれないが、それでも武器や防具に比べればお手軽だ。
例えば姫さんの髪についている蝶の髪飾り、男前が使っている盾や大剣、俺様の二刀など。
武器は盾も含めた様々な職業の特徴を表すほど、幅広い。そのため職人の中では武器職人はすでに匠のような扱いだ。
扱いに負けないほどのヘビーユーザーややり込み大好きな奴も多く、性格も真面目で頑固といったような奴が多いと聞く。
そこまで思い出した俺様は集まる視線にやっと気づく。
見れば姐さんだけでなくカグツチも少し驚いたようにこちらを見ている。
「詳しいな、お前。気に入ったぞ、こっちは武器職人のカグツチ、そっちは半端者のサハラ」
「いや、カグツチ……それはあちきがしたかった紹介なんだけどねぇ」
「どーも、匠さん」
そんでカグツチにもあだ名ということで、匠さんと柔らかい声で呼ぶ。
ちなみに本意としては「もう少し外見に意匠をこらした方がいいんじゃないのでしょうかお嬢さん」の略である。
俺様としてはその髪型なら紺色の田舎っぽいセーラー服を着てほしいところだ。リボンは赤で頼む。
「こっちは元「唐獅子」のメンバーだった。半端者はゲーム時代から変だったから付き合いがあるんだ」
「アンタに変って言われたくないわよぉ?」
「こっちは普通。ただ少し武器大好き女子というだけ。髪型も女の子、体も女の子」
「そういう意味じゃないんだけどねぇ。ま、あちきもこんな子で面白いから付き合いがあるんだけど」
そう言って姐さんは匠さんの頭を撫でるが、即座に払い除けられている。
ハンカチを歯噛みして悔しさを表現する姐さんだったが、匠さんは構わずにお茶菓子を食べ続けていく。
「こっちは29、半端者は年下。頭撫でられる覚えない」
「……今なんと?」
思わず聞き返してしまった。うっかり年下か同い年くらいの学生だと思っていた。
それくらい幼い体型というか顔立ちというか、なんにせよ三十代前には見えない。全く見えない。
姐さんは見た感じ二十代半ばっぽいけど、二十九よりは年下ということは外見通りの年齢でいいのだろう。
「だったら女子名乗るんじゃないわよぉっ!このロリ熟女!」
「うっさい半端者。そんな口調だから最初この世界で再会した時かなり怪しんだぞ」
途端に口喧嘩を始める俺様は早速姫さん達が恋しくなるわけだ。いわゆるホームシック。
ただでさえ厄介な状況に厄介なキャラ性の大人達、そして厄介な人質の件がいまだに解決の糸口すら見えない。
これから俺様はどうなるのだろうか、思わずラノベの主人公っぽいことを考えてしまう。
「いいもーん。あちきには腕の立ちそうないい男の子ゲットしたもんね!」
「相変わらず趣味の悪い。しかしそっちの趣味はもう少し違うはずじゃなかったか?」
「そうねぇ、もう少し男臭くて筋肉ついてて純情そうな若い子が良いけど…アルトも充分、可、よ!!」
俺様の脳裏に浮かぶ顔も今となっては少し懐かしく感じる。とりあえず身の危険を感じたらあいつを生贄にしよう。
何故か姐さんは俺に寄り添って腰に腕回したり、背中の筋肉を指先でなぞってくるわけだが、無視していく。
さてとそろそろ答え合わせといこうか。勘のいい奴はすでに気付いているだろうがな。
無類の女好きのデットリーが怯える。
俺様が「あ、ねぇわ、さん」というあだ名の付け方。
猫にーちゃんとネッシーの様子が姐さんを語る時少しおかしかったこと。
その他諸々合わせて答えを言おう。かなり簡単なことなんだけど。
軍師サハラはオカマだった、以上。
な、簡単な話で俺様が身の危険を感じるには十分な厄介な案件だろう。
確かに一人称や言葉遣いだけなら騙される。しかし外見が明らかに化粧した男なんだよ、大問題なんだよ。
そりゃあ趣味悪いって言われるだろうな。これで頭良いとか少し疑うぞ、と思うくらいだ。
もう少し情報集めて粘るつもりだけど、貞操の危機になったらすかさず逃げるからな、姫さん。
でも姫さんのところに帰っても肉団子にされる予感もあって、俺様なんだか大ピンチ背水の陣みたいな感じなんだが。
どっちが危険だろうか。身の振り方さえ考えれば意外と姐さんの元の方が安全かもしれない。
「アルト、後で一緒にじっくり話し合おうじゃないか、それはもうすみずみと、ねっとりと」
「半端者に付き合うと夜は長そうだ。いざとなったら天井の染みでも数えるがよい」
前言撤回。やっぱり肉団子の方がこの世界ではマシな方だ。復活システムありがとうよ、畜生。