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東西珍道中5

 キョートに来てから色々あり過ぎてどこから話せばいいのか戸惑う程度には驚きの連続。コージさんの顎がいつか外れそうな心配も出てきていた。


 とりあえず一番重要なことは今のキョートの現状を変革。そしてギルド「正統なる守護」のリーダーサウザンドさんが告げた重大事実。

 かつての仲間、ギルド「流星の旗」のメンバーが二人もキョートにいるという新事実。


 問題はその内一人が大型ギルド「唐紅」に掴まっているという。これはもう完璧火中の栗を拾う流れだ。


 詳しい話はこれからフーマオさんとサウザンドさんがしてくれるらしいが、一体誰がこのキョートにいるのか。

 新しい出会いにときめくにはこの世界は異様すぎるので、早く物事を解決及び進めていき、阿修羅を殴ろう。絶対に殴ろう。


 ……そういえば三面六臂な阿修羅だが、なんで腕と顔だけ多いのか。殴る箇所によって連続コンボ発生とか、ゲームらしい仕様とかあったら燃え上がるのだが。


 いくらゲームと現実が混ざった世界でも、それは夢見すぎな話か。

 ちなみに冗談でアルトさんに伝えたら、音ゲーかと言われた。ならば壮大なBGMの同時押しが必要になりそうな曲だとさらに話が脱線したのは言うまでもない。



 ★


 サウザンドさん達が相手の準備が整うのを待ってくれと告げて数分、アルトさんが急にこんなことを言い出した。


「もしかしてさ、キョートにいるのって色男と女神さんじゃねぇ?」


 そのあだ名は覚えがある。自称姉弟の二人に対しアルトさんがつけた恒例の名前である。ちなみにこれの由来も酷い。

 二人は同時にゲームを始め、同時にギルド「流星の旗」に入り、同時に強くなっていく。どこまでも揃っていた二人なのであながち姉弟という話は嘘ではないかもしれない。

 ただしゲーム上での会話と行動を見ての判断なので、信用性はそんなに高くない。


 色男と名付けられたのは弟であるチドリさん。おかっぱ頭に和風の神子服を着た小学生くらいの少年で、中級職業の役者という一風変わったバトルスタイルの職業の人である。

 役者は戦闘中に「お色直し」をすることで、服装と共に各種ステータスを強化したり状態異常を無効化し、刀や鉄扇などを装備して戦うアタッカーである。

 ちなみに色男というあだ名は、色っぽくてやばい男、の色男である。確かに時たま声や仕草がすごく色っぽい方だったが。


 女神さんと名付けられたのは姉であるハトリさん。こちらもおかっぱ頭に和風の神子服を着た小学生くらいの少女。中級職業の歌姫という、こちらも変わったバトルスタイルの人だ。

 歌姫は魔法や物理を含めた一切の攻撃ができない。代わりにあらゆる補助魔法や回復に関しては目を見張るものがあり、技ごとに専用音楽が流れる職業なので一緒に戦っていて楽しいフォロー型である。

 女神というあだ名は神子さんというにはあまりにもな女、からの女神さんである。確かにちょっと派手な人ではあったけどあまりにもな言い草である。


 しかしあの二人はどこかちぐはぐとしていた気がする。あべこべ、でこぼこ、なんにせよ違和感があった。


 例えばチドリさんは役者として戦う時はすごく派手な演出の技を使ったり、動きや行動も一秒だって止まってられないような無邪気な雰囲気。

 なのにボイスチャットになると大人っぽくて落ち着いた声で聞き役に回っていた。しかも結構いい声で、発音も滑らかで素敵だった覚えがある。


 逆にハトリさんは歌姫として戦う時は堅実な戦い方でどの技が一番最適か見極めつつ、全体を見渡して行動する様子だ。

 それがボイスチャットでははしゃぐ、笑う、恋バナにすぐに飛びつく女性の声で、よく弟のチドリさんに窘められていた。でもチドリさんと同じ素敵な声をしていて、声楽部かなにかで練習しているのかと思うほどの声だ。


 戦闘の仕方とボイスチャットでの声と言動が逆なのだ。でもゲームすると人格変わる人もいるから、一概に違うとは言えない。

 なのでこの違和感は抱えたまま出すことはなかった。それでも本当に変わった二人である。


 他にもよくチドリさんの方が上、兄なんじゃないか、本当に姉弟なのか、など疑問が飛び交ったがその度に二人は誤魔化していた。

 そんな二人を思い出して、なんでアルトさんはこの二人がキョートにいると考えたのだろうか。


「キョートに二人、つまり同じ関西圏に住んでいた。なら自称とはいえ姉弟名乗っていたんだ、同じ地域にいると考えるのが妥当だろう」

「それだけですの?」

「あと前に修学旅行の話で盛り上がった時、京都土産に詳しかった」


 わたくしが覚えていないところまでよく覚えていると思わず感心してしまう。確かにギルド内でのボイスチャットでそんな話になって、色んな人の意見や思い出話が飛び交ったということは覚えている。

 しかし詳しいことやそれ以上は会話の切り替えが早かったり、色んな人の声が混じるボイスチャットは文字として表示されないので聞き取れなかった部分もある。

 でもアルトさんのことだから、実はそれ以上に思い当たる節がありそうだ。横目で視線を送れば、意地悪そうな笑みが浮かんでいる。


「片方捕まっているって言ってただろ?そんでもう片方がここにいる、逃げずにな。こんな異世界騒動でそんな風に他人には気をかけない。かけるとしたら……」

「身内、ということだな」

「男前、正解。そんで掴まってるのは姉の女神さんだろうなー、ただでさえギルド女成分はよりにもよって姫さんなのに、男所帯だけ増えるとか地獄絵図だろ」

「野蛮猿、ここがギルドルームということをその脳味噌は忘れたのかしら?」


 指を鳴らして脅すが、アルトさんはどこ吹く風でコージ姫助けるよりはマシか、とかつてトーキョーアンダーシティでの一件を持ちだす。

 あの時はコージさんがグラマラスな女性に抗えずにさらわれて、険悪な空気しか生めないわたくしとアルトさんコンビが助けるためにコロシアムに挑んだ、というものだ。


 コロシアムではジュオンさんに出会ったり、@バターという謎のプレイヤーを見つけたりと盛りだくさんだったが、今では少し昔のように、いや感じられないか。

 そういえばジュオンさんは今頃トーキョーアンダーシティで切磋琢磨しているのだろうか。大好きな彼女さんについては号泣し、かと思えばアルトさんすら翻弄する大人の一面を見せた社会人。

 キョートの一件を済ませたら顔を見なくては。また号泣していたら厄介だからである。


 そんな風に時間を潰していたら、フーマオさんがこちらですとギルドルーム内の多数ある扉の内、黒い扉の前へと連れてくる。

 木の扉を黒く塗っているようだが、光沢のせいか頑丈そうに見える。その扉を軽くノックしてコージさんが声をかける。


「私はコージ。サウザンドさんとフーマオさんの案内で来たのだが、一体誰がっぱっぶぅ!!?」


 礼儀正しい挨拶の途中で外開きの扉が勢いよく開いてコージさんをルーム内の壁まで吹っ飛ばす。

 わたくしは壁にぶつかったコージさんが崩れ落ちるのを目視できないまま、目の前に広がる肌色と柔らかい感触に混乱する。

 なんだか水袋の中に低反発枕がある感じの、表現するのが難しいがとにかくひたすら柔らかいのだが、気持ちいい心地よさを提供する肌色の何か。


 それをわたくしは知っているが、ある意味一番縁遠いもの、ふくよかで豊満ながらも形の整った、巨乳。





「やーん!!ユーナちゃん、その髪色ユーナちゃんよねん!?ずっとずっとずっと会いたかったのよーん!!」




 透き通るような声なのに独特な話し方。わたくしはこれをボイスチャットで聞いている。でも何かがおかしい。

 顔を抑えつけられて巨乳の中に埋没させられていたが、そこから抜け出して改めて抱きついてきた相手の容姿を確かめる。


 金が輝く長髪は流しているが、邪魔にならないように簪で一部まとめている。潤んだ青緑の目は長い睫毛の影の中でも煌めいている。

 白い肌は吸い付くような感触で、張りがある。だけどわたくしと同い年くらいの、女性。同い年くらいでここまでの美女がいると嫉妬するのも馬鹿らしいほどの美しさ。

 服装は和の神子服を少し大胆に布面積を少なくした、踊り子のような華やかさも併用した様子。確かこれはゲーム画面上では歌姫の女装備だったはず。


 ということはこの目の前にいるわたくしよりも少し背の高い美女は、ゲーム上では幼いあどけない感じの少女の姿をしていた、ハトリさんのはず。


 ハトリさんはわたくしに抱きついたまま美しい顔を涙で濡らし続けている。なんだか大型犬に遊んでとせがまれている気分なのだが、どうしよう。

 でもなんだろう、なにかがおかしい。そうだバトルスタイルと目の前のハトリさんと、今のキョートでは女性が先にさらわれているという状況。


 なぜハトリさんではなく、弟の方のチドリさんが捕まっているのだろうか、この違和感は一体。


「うっ、うっ……聞いてよん、ユーナちゃん。アタシとチドリちゃんね、このゲームが混じった変な世界でね……」


 そして語られたのは頭がややこしくなるような話だった。




 ハトリさんとチドリさんは普通の高校生、ただ普通と違うのは二卵性双生児だということ。

 誰が見ても見分けがつく双子、判別できる容姿、反対の性別、真逆な性格。そんな二人の姉弟。

 色々違うが姉弟仲は良好でいつも一緒に生活していたのだが、普通の双子のように間違えられたりしないのが面白くなかったらしい。


 そこでオンラインゲーム「RINE-リンネ-」でほぼ同じ容姿のアバターで、取り換えっこして遊ぶことにしたらしい。


 ハトリさんは輝く金髪おかっぱ頭の少女で歌姫、チドリさんは少しくすんだ金のおかっぱ頭の少年で役者。

 ただしバトル中は遊んでいる機体を変えて、ハトリさんは役者チドリさんとして行動、チドリさんは歌姫ハトリさんとして行動する。

 そしてボイスチャットでは機体を元に戻して性別に違和感を持たれないように、それでも戦闘での取り換えっこでわたくし達が不思議がるのを面白がっていたという。


 ゲーム上では頻繁に変えて遊んでいたらしく、あの新イベント「六道輪廻」でも同じように取り替えていたらしい。


 そしてアイテムを手に入れた瞬間、二人はこのキョートにいたという。ただし衣装が逆だったとか。

 つまりハトリさんは役者の男服を着ていて、チドリさんは歌姫の女服を着ているという状態。

 混乱しながらも服装をそのままに状況を把握しようとしてデバイスを見ていたら、職業は二人共最初に自分が設定していた物らしい。


 つまりハトリさんは歌姫の職業で役者の男装、チドリさんは役者の職業で歌姫の女装、もう聞いていてすでにこんがらがっている。


 しかしそれはシステム側も同じだったのか、二人の目の前に冒険者トキナガという男が来たらしい。すごく聞き覚えがある、というか知っている。

 この世界を作り上げた神達の内の一人で、世界初期設定状態で不足している要素や混濁した状況把握のために動いているとトキナガは言ったらしい。

 そして二人の職業と服装が違うことについて詳しく聞きに来たらしく、二人は怪しみつつも事情を話したらしい。


 するとトキナガは、機体を取り換えて遊んでいたから服装だけが変わったようだ。でも職業はそのままということはそのシステム維持担当はヴィシュヌの分野、と告げたようだ。


 そして服装を変えれば特に問題ないと言い残して消え去ったらしい。相変わらず自由な神だ。そして何気なく重要な話をしていったな。

 とりあえずそこは置いといて、二人は混乱している最中動き辛い服装を変えようと着替える場所を探そうと街中を歩いていたらしい。


 そこで現れる悪徳ギルドであり今は無き「紅焔」のリーダー狂戦士デットリー。無類の女好きの彼はハトリさんに目をつけたようだ。


 ハトリさんほどの美女ならデットリーでなくても襲ってきそうだが、なんという運の悪さ。しかも詳しく聞けば男性用の服装が大きくてかなり肌蹴てたらしい。

 アルトさんなんか想像して鼻の下を伸ばしてるし、コージさんは壁に吹っ飛ばされたまま動かないしで、もう頼りない殿方ばかりだ。


 なんにせよすでに仲間を集めて悪さをしていたギルド「紅焔」に追いかけられ、チドリさんが自分を犠牲にハトリさんを逃がしてくれたらしい。

 カッコいいチドリさんを想像しようとしたが、そういえば女装姿のままかと思うと想像するのは少し止めた方がいいかもしれない。顔を見たことないチドリさんのためにも。


 そして逃げ込んだ先がキョートの宿屋で、そこの看板娘のNPCが定型文しか話さなかったらしいが、泊めてもらう選択肢で一日目は乗り切ったらしい。

 しかし二日目あたりから相手もしつこく街中でハトリさんを探していたらしく、看板娘のツバキさんも変化によって自由な言葉を話せるようになったことから、別の場所へと避難させてくれた。

 宿屋の看板娘ツバキさんと知り合いになったプレイヤーショップを持っている、フーマオさん。そこに一時匿ってもらったとか。


 そして女性用の歌姫の服装をツケで買い、匿うのは好意で無料にしてもらったらしいが、それでもデットリーは諦めない上に勢力を拡大。

 一時は多くのプレイヤーが所属した「唐獅子」に入ったらどうだと勧められたらしいが、ギルド「流星の旗」が好きだからと丁寧に断ったらしい。

 ハトリさんのその判断は正しかったようで、その直後に「紅焔」と「唐獅子」は統合。大型ギルド「唐紅」として多くのプレイヤーが裏街ギオンに連れていかれた。


 しかし反対に静かに行動していたのが、PKKギルド「正統なる守護」のサウザンドさん。何人かギルド仲間を集めてキョートまで来たらしく、その噂は怯えていた人達の間で瞬く間に広まったらしい。

 名前に覚えがあったハトリさんはフーマオさんに仲介人になってもらい、相談をしたらしい。そこでサウザンドさんは仲間の方々と協力して残ったキョートの女性プレイヤーを集めて保護することにしたようだ。


 もちろんハトリさんも保護されて、今このギルドルームで生活しているとのこと。それでも保護しようと走り回っていたサウザンドさんの仲間が捕まったり、その騒動で連れていかれた女性プレイヤーもいたとか。


 そして今大型ギルド「唐紅」は「正統なる守護」に圧力をかけているらしい。

 まだギルドルームは知られてないらしいが、街中で降伏を求める大声のデモに捕まえた仲間がどうなってもいいのかという脅し。

 ハトリさんに対しても弟の身がどうなってもいいのかや、サウザンドさん個人への中傷と絶えないらしい。





 そこまで聞いてわたくしは拳に力が入るのを感じた。

 力ってそうやって使うものではないだろう。こんな風に美しい女性を泣かしていいものではないだろう。

 サウザンドさんなんか中傷を受けていると一言も言わなかったし、感じさせなかった。でもきっと仲間のことを案じている。

 だってサウザンドさんはそういう人。先頭に立って後ろにいる相手を心配させない、強い人。ゲーム時代からそうだった。


 そんなサウザンドさんがわたくし達について疑うほど、今の状況を打開する策を慎重に探している。

 わたくし達に助けを求めてきたのも、きっと外に出てこのギルドルームがばれて、保護した女性達が犠牲になるのを防ぐため。

 怒りで頭が沸騰しそうになる。なにがゲームと現実が混ざった世界だ、なにが戦い続ける世界だ。


 わたくしはこんな横暴を絶対に許さない。


「ユーナちゃん、どうしよう……チドリちゃん、チドリちゃんがいなかったらアタシ……」

「おーい、男前。そろそろ立ち上がれ。姫さんの啖呵が見れるだろうからよ」

「と、いうことは……」


「コージさん、アルトさん、大型だろうが何だろうがギルド「唐紅」をぶっ潰しますわよ!!!」


 見つけた。阿修羅殴るとか全員帰還とかその前に絶対潰す相手。女性の恐ろしさを骨の髄まで叩き込んでやる相手を。

 考えてみればこんな状況を招いたのは現実の悪しき常識、男尊女卑。だったらこの件で是非ともそれをひっくり返してやろうではないか。

 女という名前を聞いただけで震え上がるような恐怖の事件として、大暴れする。古風に言えば喧嘩上等、だ。



 ★


「正統なる守護」のギルドルーム、応接室のような部屋でサウザンドさんはゆったりと回転椅子に座っている。その傍らにはフーマオさんが立っている。

 わたくし達はハトリさんも入れて四人、ソファーに座る。左からハトリさん、わたくし、コージさん、アルトさんという順だ。

 さすがに四人でソファーに座るのは少々厳しく、またコージさんをなるべく真ん中にしたいので、ハトリさんもわたくしに抱きついたまま離れないので、二人より添って一人半のように座っている。


 フーマオさんがサウザンドさんと共同の元、作成したクエスト用の羊皮紙がコージさんに渡される。

 ゲーム時代はNPCだけでなくプレイヤー側からもクエストという難題が出されていた。もちろん受けるのは自由だが、プレイヤークエストの場合は報酬と内容が見合ってないことが多々あった。

 例えば高難易度ダンジョンのボスを一緒に倒す、だけど報酬はちんけな素材一つ。おかげでプレイヤークエストはシステム上だけの存在のようにあまり見向きされていなかった。


 しかし今この世界ではプレイヤー同士が助け合えるシステムというのは便利かもしれない。

 例えば別の街に向かうためにパーティーを組みたいといった場合、こういったクエストを相手に渡して頼めばいいのだ。

 それも報酬次第だが、この世界に巻き込まれた時からわたくし達のゲーム時代でのアイテムや金額はほぼ消失していた。今はどんな素材でもお金でも手に入れたいのだ。


 改めてフーマオさんから渡された羊皮紙に書かれたクエスト内容を見る。

 リリアンからクエストを受けた時と同じような箇条書きであるが、この上なくわかりやすい。


 依頼:大型ギルド「唐紅」の消失

 依頼主:「正統なる守護」リーダーサウザンド、「万福屋」店主フーマオ連名

 内容:キョートで好き勝手している大型ギルド「唐紅」の名目上だけではない事実上の消失をお願いします

 クリア条件:ギルド「唐紅」の消失、リーダーデットリーを教会送り、メンバーの解放

 失敗条件:クエストを受けたメンバー全員が「唐紅」に捕まる

 報酬:金額十万リン、ハトリさんのツケ免除、「正統なる守護」の「流星の旗」全面協力、「万福屋」店主フーマオのギルド加入


 最後まで眺めて、隅々まで眺めて、漏らしがないか再度確認し、目をこすって紙の上に視線を走らせる。

 そしてやはり見間違いではない、報酬の項目に書かれた一番最後の部分。全くこちらとしては対応準備できていない内容。

 コージさんがまたもや顎が外れそうなほど口を開いており、アルトさんは見定めるような目をフーマオさんに向けている。


「猫にーちゃん、ソロとして活動とか言ってなかったか?いまさら縋る気もないとか」

「ええ。言いましたわぁ。本当はサウザンドさんからお誘いもあったんですが、ウチ自身が決めました」


 真意が読めない笑顔でフーマオさんはアルトさんの視線を真っ向から受けている。

 ちなみにハトリさんはわたくしに抱きついて羊皮紙を眺めて、そういえば忘れてたと自分の服を見ている。

 男性服でこちらの世界に巻き込まれたハトリさんは、ツケでフーマオさんに服を貰っていたのだ。しかも外に出れない状況なので、返済の目途が立たないオマケ付き。


 ハトリさんによく似合うデザインのその服は明らかに課金用装備、つまりリンで買うとすると膨大な値段になる。

 それをクエスト一つで完済させる、というと太っ腹に聞こえるが内容がかなり厳しい。まずギルドの事実上消失、という内容だ。

 つまり名前だけでなく、今後デットリー達が同じようなギルドを形成して悪さをしないようにする、完全鎮圧をしろということだ。


 このゲームと現実が混ざった世界ではわたくし達は死なない。つまり生きている限り何度でもやり直すことができる。

 善人だけでなく悪人もやり直すことができる、残酷なほど公平なシステム。デットリーも何度も生き返る。

 異世界に巻き込まれて一日目で女性を襲う馬鹿な輩に対して、どういった手が有効だろうか。わたくしとしてはあまり荒事が得意ではないので困ってしまう。


 田舎女子高生のわたくしは不良とは縁遠い存在のか弱い少女だったもので。ええ、か弱い、これ重要。


「おいこれ、デットリーだけを教会送りでいいのか?確か軍師サハラとかいう奴も一枚噛んでるだろう」

「そうです。私達が聞いた話ではその……彼女?も原因の一つではないかと」


 コージさんの疑問符付きの二人称にサウザンドさんが肩を揺らした。しかしすぐに何か思い当ったのか、苦渋の表情をしている。

 サハラさんという方は聞いた話では彼女?が「唐紅」としてギルド二つを合併させ、そこから男性プレイヤーも連れ去っているということ。

 でも以前では今こそ団結するべきだとカリスマと端正な容姿で人を集めたとかで、前後の行動が急変しているようにも思える。

 もしかして最初から強大な力を手に入れるために嘘をついて人を集めた、悪人の類なのか。まだまだ謎が多い人でもある。


 フーマオさんは口元を長い袖で隠しながら、若干震え声ながらも舌を回していく。


「実はウチ達も判断しかねているのがその軍師なんですわ。旦那達は最初に襲ってきた相手が衣服の何処かに浅葱色を入れているのは見ましたか?」

「はい。新選組の色なので土地柄にあやかってのものかと考えてます。もしくはカラーギャングのような自己顕示、及び仲間意識の増強のためかと」

「実はあれ、元「紅焔」メンバーだけがつけている、幹部の証みたいなんですよ。こちらも情報不足なので簡単にしか説明できないんですけど」


 コージさんの答えに対しフーマオさんは少し困った顔をする。どうやら本当に情報が足りてないようだ。

 なにせもし十分な情報があればそれだけで商談ができる、という感情がフーマオさんの背中から痛いほど伝わってくる。さすが商人、鋼の商売根性だ。


 フーマオさんが適当な紙にピラミッド型、つまり内部の組織図に近い勢力図を簡単に描いていく。

 一番上にデットリー、二番目にサハラ、三番目に元「紅焔」メンバー、四番目に元「唐獅子」メンバー、五番目は捕虜その他とある。

 そして浅葱色を衣服に入れているメンバーは上から三番目まで、つまり元からの原因に当たる相手だけがつけているということだ。


 上の身分の者がつけている、ということは確かに幹部の証のような特別を示す証拠になる。

 またわたくし達から見れば、無理矢理従わされている元「唐獅子」メンバーと見分けがつきやすい、ということだ。


 なぜ全員につけないのだろう。団結力を強めるなら同じものを身に着けた方が明らかな違いが出るのに。

 簡単に言えば高校の文化祭でクラスTシャツを作るクラスと、そうでないクラスでは勢いが違うに似ている。

 しかも見分けがつく、ということは倒すべき相手が明確で巻き込むことないに繋がる。


「前に話した通り、サハラの軍師は聡明な人でした。というか……あのキャラ性で多くの人を集めるのですから、本当に頭のいい人なのでしょう」

「キャラ性?」

「しかしギルドを合体させてからの行動がなんというか、頭のいい人にしては穴が多いと言いますか……」

「男を集めるのはまぁ趣味かと見過ごせるけぇ。しかし浅葱色による区別を含めた物事がわしでも気づくほどの違和感じゃ」

「趣味?」

「なんにせよじゃ、一番の原因はデットリー。この撃破に専念してほしいということじゃけんのぉ」


 コージさんの疑問は解決されることなく、わたくし達はサハラさんに対して特徴が掴めなかった。

 ただ話している間サウザンドさんとフーマオさんがひたすら肩や声を震わせていたのが気になる。気になるが、もう何が来ても驚かないことにした。

 ハトリさんはなぜか表情を見せないように明後日の方向を向いているが、気にしないことにした。


 それにしてもこうやって聞いていても本当に情報が少ない。できれば相手の人数の規模やギオンという街の仕組みについてい知りたい。

 わたくしやハトリさんは女性だから捕まる可能性が大きい、というかハトリさんは確実に捕まる。コージさんは真面目な性格だが、情報集めにはあまり向いてなさそうだ。

 つまりは捕まることなく相手の懐に潜入出来て、嘘や騙しでのらりくらり相手を翻弄する、簡単なようで難しい役割をこなせる人材。


 一人しかいない。そしてその一人にギルド「流星の旗」の視線は集まる。


「……へいへい。俺様が情報集めてきてやるよ」



 ★



 アルトさんが簡単な打ち合わせをしてから外へと散歩するような足取りで出ていく。もちろん大泥棒という職業を最大限に生かした、相手に気付かれない出入りなのだが。

 打ち合わせの段階でアルトさんはほぼ戻れないことを示唆していた。もちろんわたくし達も理解していたから、了承した。

 情報の受け取りは逃走に優れたフーマオさんに協力してもらうことに。しかし過度の接触は控えるため、合言葉を決めてアルトさんとフーマオさんがフレンド登録をして、デバイスで連絡できるようにする。


「フーマオは前からわしがスカウトしたいと思っていた奴じゃ。役に立つことは間違いないけぇ」

「前からってゲーム時代からですか?そんなにお二人は長い付き合いを?」


「いやいや。そんな御大層なもんじゃないですよ。ただ質流しと言いますか、洗い落としと言いますか、サウザンドのお嬢が運営するギルドはPKKですから相手のアイテムを大量に奪える。でも抱えきれない装備やアイテム、素材などをこちらで後腐れないように処理していた、という営利関係の構築が形成されていたようなもんです。でも常連みたいなもので、親交はありましたね」


「こいつは口も回る、頭も回る、でも嘘つかない商売じゃけぇ。商人ランキングなんてものがあったら、トップランカーだったじゃろうに」


 ゲーム時代からの交流があったわたくし達を疑っていたサウザンドさんがここまで信頼するのだから、本当にそうなのだろう。

 思い返しても確かに良く回る口に、こちらを翻弄する手腕、でも話したことには今のところ一切嘘が見当たらない。

 フーマオさんはサウザンドさんに褒められて、少しだけ嬉しそうに謙遜する。静かに一礼する姿は由緒ある店の当主がするように丁寧だった。


「金勘定は厳しいが嘘つかない、物を見る目もある、ギルドショップを任せるならフーマオが一番じゃ」

「ギルドショップ、そういえば「流星の旗」にはなかったけど、どうしてん?」


 ハトリさんが思い出したように純粋で無垢な瞳で尋ねてくる。わたくしとコージさんは気難しい顔をする。

 ああ懐かしのゲーム時代。アルトさんから始まるギルド「流星の旗」波乱の日々。それを思い出すと少し涙が出てきそうだ。

 しかもその涙は喜怒哀楽が混ざりすぎて形容の仕方を見失った、複雑すぎてもう涙の滴と表現するだけでいいじゃないかという類のものだ。


「アルトさんが……問題を起こしまくってて……」

「あとあれだ。ヤシロもそこらへんの見る目が厳しくて……」

「ヤシロちゃん!?ワンちゃんの子よねん?身長大きいけど犬耳の子!」


 子供のような無邪気な笑顔を見せるハトリさんとは対照に、わたくしとコージさんの顔からみるみる表情が消えていく。

 そしてヤシロさんという名前にサウザンドさんが懐かしいものを聞いたと言わんばかりの笑みを見せる。


 元PKKギルド「正統なる守護」のエースにして、ギルド「流星の旗」四番目のメンバー、暗殺スナイパーのヤシロさん。

 茶色の髪に同じ色の犬耳をつけた狼人ロウジン族で、金色の目で狙った獲物は逃がさないような、一言で例えるならストイックな人だ。


 大きな身長で動き回り、相手の急所を狙ってクリティカルを出しては確実にHPを削ることに特化していた後衛アタッカー。

 またトラップなども仕掛けるのが上手で、相手に狙われないように物陰に潜んだり、常に移動を繰り返していたので俊敏なイメージがある。


 そういえば今は一体どうしているだろうか。確か彼も新イベント「六道輪廻」に参加していた一人だ。

 確実にこちらの世界に巻き込まれたと思うが、しかししっかりしていた彼なら一人でなんとかやっていそうなイメージもある。


 心配なのはもう一人の新人の子だ。まだオンラインゲーム「RINE-リンネ-」に慣れてない矢先の、漫画のような出来事に疑心暗鬼の状況。

 声もボイスチャットで聞いた限り可愛い女の子の声だった。キョートでこうでは、他も同じ状況かもしれない。大丈夫だろうか。


「ヤシロなら当分は一人で生きていけるじゃろう。なんせあやつはわしの従妹やけんのぉ」

「……え!?」


「オンラインゲームを身内集めて始めることも多いと言うじゃろう?わしの場合はゲームを始めて大分経った後にちょっと悩んどったヤシロを誘ったんじゃ。そしたらめきめき強くなってギルドエースけぇ、そりゃもうびっくりしたわい。あやつは強か男けぇ、神経も太いしサバイバル経験もあるしで、当分は他を優先しても構わん」


 サウザンドさんは回転椅子の背もたれに寄りかかって昔話をするように安心した様子で言う。どうやら本当に現実での知り合いで、大丈夫なのだろう。

 もしかして一族郎党で豪胆な家系なのだろうか。美しくて妖艶なサウザンドさんがこんなにも肝が据わっているのだ。もしかしてヤシロさんもサウザンドさんに似た美形青年という可能性も。

 美形青年ヤシロさん、しかも犬耳付き。すごく見たいし、会ってみたいが、お言葉に甘えてまずはキョート、次に新人の子を探しに行こう。


「ユーナちゃん、美形好き?」

「ええ、わたくし金髪碧眼系王子様がドストライクですが、美形の好青年なら大体問題はありませんわ」


 ハトリさんに急に好みについて聞かれたので驚いたが、わたくしは淀みなく答える。なぜならわたくし好みには激しい方だから。

 乙女の憧れ金髪碧眼美形、現実にはいないとわかっていても夢見るのは自由だ。ちなみにあまりムキムキは好みではない。でも細マッチョは可。

 論外は胸筋で乳首動かせる男性だ。宴会での一発芸にしか利用できないよくわからない動きが苦手なのだ。


 美しいハトリさんは自分の金髪を見て、胸を見て、近くに鏡がないかを探して、見つからずに項垂れている。

 そして桃色の唇に指を当てて深く考え込んでいるが、一体何をしているのだろうか。わたくしの好みを聞いた反応としては些か不可解だ。

 でもハトリさんが男だったら確実にわたくしの好みドストライクだろうな、とそんなあり得ない考えに浸ってしまう。


 なにせ金髪碧眼に透き通るような白い肌、モデルのような身長に均衡の取れた体、無邪気で無垢な性格で、大型犬のように懐いてくる。

 顔も整っていて、これで化粧している様子がないので、化粧したら絶世の美女というレベルだ。

 男性だったら腰砕けになるプロポーションの体。本当にあらゆる言葉で絶賛したいほどである。


「ユーナちゃん、アタシのことどう思う?」

「え、あ、すごく美人で恐縮してしまうくらいですわ。もし男性に生まれていたら是非とも付き合いたいと声に出したいくらいですわ」

「ほ、本当に!?嘘じゃないわよねん!?」

「え、ええ」


 両手を握られて綺麗な顔面が目前まで迫ってきたので、思わず圧倒されて腰が引けてしまう。

 すると背中にコージさんの銀鎧がわずかに当たる。少しだけ振り向けば耳を赤くしてあらぬ方向を眺めている。

 おそらくわたくし達の方に目を向けるとハトリさんの露出が多い服から覗く胸の深い谷間が見えてしまうから、遠慮しているのだろう。


 コージさんのそういうとこ嫌いではない。むしろ好感が持てる。アルトさんだったら存分に眺めていたかと思うと腹が立つ。

 わたくしは自分の胸にある絶壁を見て、個人差個人差と何度も心の中で呟く。せ、成長していけばいつかわたくしだって。


「う~!嬉しい!アタシ、ユーナちゃん大好き!」

「ハトリさんったら、出会ったばかりでそんなこと軽々しく言っちゃっていいんですの?」

「いいもん!だってアタシはユーナちゃんの噂を聞いて「流星の旗」に入ったんだもん!」

「う、噂って……まさか……」

「ギルド「流星の旗」にいる豪語の魔導士ユーナちゃんって!!」


 わたくしの顔は赤くを通り越して真っ青になる。それは消し去りたいわたくしの異名。

 発端はアルトさんに対する百害あって千利ある男になれということから。その後も色んな交流の中で啖呵を切った覚えがある。

 それを積み重ねていく内にいつの間に豪語の魔導士と言われるように。本当に密やかな噂なのに、どうしてか少しだけ広まっていたのだ。


 期待に輝くハトリさんの目を前にすると否定することができないし、嘘ではない。

 わたくしはもう泣きたい心地で、その異名を甘んじて受け入れる。一体誰が言いだした名前なのか。

 林檎色に頬を染めたハトリさんは憧れの先輩を目の前にした少女のようにはしゃぐ。


「だからチドリちゃんも連れてギルドに入ったのよん!もしユーナちゃんの噂がなかったら二人っきりでいたわん!」

「……そ、そうですの」

「あ、そうだ。チドリちゃんも身内の目から見てもかなりの美形よん」

「その話詳しく!!」


 わたくしの先程まで落ち込んでいた気分は、ハトリさんのささやかな一言で消し飛ぶ。

 今度は逆にわたくしがハトリさんに押しせまる勢いで身を乗り出す。ハトリさんの顔が林檎を超えてトマトのように真っ赤になっている。

 そんなわたくし達のやりとりを見て、サウザンドさんとフーマオさんが戯れる猫を見る目をしつつ、朗らかな会話をする。


「なんか目が潤いますねぇ。サウザンドのお嬢もあそこに混ざったらどうでしょう?」

「遠慮しとくわ。わしが入っても雰囲気を壊すだけじゃしなぁ」

「……まぁ、豊満な果実に挟まれた板っぽいですね……誰がとは言いませんが」

「それよりコージ、いい加減首を元に戻さんと痛めるぞい?」

「し、しかし女性の胸に目を向けるわけには……」

「胸じゃなくて顔でも腰でも別のを見ればいいじゃろうに。固い男じゃのぅ」


 これからアルトさんに迫る危機も知らず、わたくし達は和やかな空気の中にいた。


 危機と言ってもわたくしから見れば大したものではないのだが、アルトさんにとっては危機、というだけの話なのだが。





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