東西珍道中4
匠の街キョートに着いたらさっそく問題に巻き込まれるわ、男か女かどっちでしょうな疑いかけられるわ、試されるわ、見知った名前に出会うわ、なにより一番はキョートの街があるギルドに怯えて生活もままならないという状況。
もしかしてこのゲームと現実が混ざった世界を作った神の内の一人、元凶の阿修羅は疫病神でもこの世界に呼んでいるのだろうかと疑いたくなるほどだ。
絶対に阿修羅に会ったら殴ってやると誓いつつ、わたくし達を助けてくれた商人のフーマオさん。
彼が言うにはこの街に配置されたプレイヤーの半数が裏街ギオン、いわゆるPK可能領域の場所に集まっているらしい。
というのもプレイヤーを浚う悪徳ギルド「紅焔」、こんな時こそ団結しようと宣言して多くのプレイヤーをギルドに呑み込んだ「唐獅子」、この二つのギルドリーダーである「紅焔」の狂戦士デットリーと「唐獅子」の軍師サハラが手を組んでしまったらしい。
そうして結成された大型ギルド「唐紅」は数の力でキョートの街を脅かしているという。
反抗する者も力で黙らせているようで、キョート内のパワーバランスは大崩れ。立ち向かえる者がいないという。
そんな時にわたくし達が空からキョートに降ってきたせいで、否応がなく事件に巻き込まれている気がする。
ああ、こんなか弱い乙女であるわたくしがこの先無事でいられるのかどうか……って、ちょっと野蛮猿ことアルトさん、こっち指差して爆笑しないでほしい。
全く、コージさん共々裏街などのPK可能領域に入ったら手加減しない。乙女のミニスカートの中身を見た罪をわたくしは許さないのである。
★
フーマオさんは派手な金色に赤の模様付き、ちゃっかり自分の店のマーク模様、のデバイスに対して楽しそうに通話している。
話し相手はアルトさんがかつて最大の問題児時代、見境なくPKをしていた頃に関わったPKKギルド「正統なる守護」のリーダー、暗黒騎士サウザンドさん。ただでさえ攻撃的な職業なのに、強さに関しては対人ランキングに必ずランクインするほどの実力者。
色々あってアルトさんは現在わたくし達のギルド「流星の旗」所属しているが、そのことに関しても相手に忠誠を誓うというチャットを証拠記録として保管されている上に、「正統なる守護」のエース一人が監視役として「流星の旗」に加入した経歴もある。因縁深い、というか、親交深い、というべきか。
なんにせよ仲間とまではいかないが知り合い以上の関係である。友達かと言われたら、アルトさんの件があるのでそこも難しい話なのだが。
確かゲーム上でのグラフィックは赤髪の髭面、しかも髭が三つ編みという。ふくよかな体型と言えば聞こえはいいが、種族がドワーフというのもあって筋肉達磨、いえこれでは聞こえが悪い。
低身長ながらもしっかりとした体つきで恰幅の良い方、と訂正しよう。目は茶色で、褐色の肌にはいくつも傷をつけていたが、あれはキャラメイク時に選べるオプションでの刺青に近いものだった。
声は聞いたことないが、文字チャットでの喋り方が方言を混じらせた喋り方だったので、性別は不明。
しかし気風がいい人だった。深くは考えない、というよりは考えても仕方ない時は懐に飛び込んでみる、という挑戦家だった。自分よりレベルが高いPKを相手取る時もそうやって挑んでは勝ち星を上げる、個人的には好感が持てる相手だ。
ギルド「正統なる守護」の方針も初心者いじめやゲーム内の平穏を乱すPK狩り、という自警団に近いものだった。
たまにやり過ぎと思うところはあったが、それでも救われた者は多いだろうし、ゲーム内で自分は強いと酔っていた輩を表立って消してくれるのだから、裏でこそこそするギルドよりは正々堂々としていていた。
サウザンドさん自体もそういう裏でこそこそする暗殺系PKKギルドとは肌が合わないらしく、どんなに批判されようが自分の正しいことをするべきだと主張して、何回対人戦で相手を打ち負かしてきたか。
そんな風にゲームでも強かったので綺麗事だと馬鹿にする人がいたとしても、慕ってついて行く人が多い印象だった。
そうやって今ではもう遠く感じられるゲーム時代を思い出しつつ、アルトさんとコージさんを見る。
前者は顔色を見せないように体勢を変えているが、おそらく会いたくない相手上位なのだろうと予測をつける。
後者は頼れる人に会えるとそわそわしているので、日ごろの行いというのがどれほど大事か思い知らされる。
なにせアルトさんは強い部類に入るのに、集団での包囲網や的確な作戦、そしてリーダーの圧倒的な攻撃力をもって街から出られないように何度も彼を倒したギルドのリーダー。
しかも助かった理由がわたくし達のギルドに入ることを条件に大人しくなるといったものである。この条件を成立させるのにコージさんがサウザンドさんとのチャットで粘り強く交渉したという背景も。
そんな相手とこのゲームと現実が混ざった世界で顔を合わすのだ。気まずさが頂点にて輝く勢いである。
「はい、連絡終わりましてサウザンドの頭領が旦那達に会いたいと」
「俺様病欠で」
「却下ですわ」
「そうだぞ、アルト。折角のお招きを仮病で欠席など相手に失礼だろう」
コージさんの真面目な言葉にアルトさんは舌打ちする。やはり会いたくないのか、自業自得だというのに往生際の悪い。
フーマオさんはついてきてくださいと言って店の外へ出ていこうとする。確か今は「唐紅」のメンバーが巡回をしているのではなかったのか。今は外出しない方がいいと言った口はどこへ。
そんなわたくしの考えを見抜いたのか、それとも予想していたのか、フーマオさんは頼りない体躯を身軽に動かして振り向いてくる。
猫のように細められた目がわずかに開けられ、同じく猫のような口元が弧を描く。化かす類の動物がするような微笑み。怪しくも魅力的な表情。
「街中ではPKに該当する行為は禁止ですが、逃走や補助魔法などは黙認されているんですよ、ユーナのお嬢」
長く有り余った袖から出てきた細い腕、算盤を弾く際に綺麗な動きを見せるであろう長い指と整えられた爪、その手にて輝くのは金色の硬貨。
この世界で流通している貨幣のリンだが、フーマオさんが持っているとまるで別物に見えてくる。そういえばわたくしはあまり商人という職業に詳しくないのだが、武器は何なのだろうか。
フーマオさんを眺めても武器どころが防具らしいものすら身に着けてない。
魔法学校制服デザインのミニスカート姿のわたくしが言うのもあれなのだが、最弱ステータスの商人の服装としては正しいのかもしれないが、戦うにはあまりにも弱そうでもっと装備をつけたくなる姿だ。
背もあまり高くないし、肩幅も小さく、筋肉など一切見当たらない体型。髪や目の色はゲームのアバター姿が反映されるが、基本の身長や容姿は現実のものが反映されている。
だから両足不自由と言っていたのは本当だと思える体でこの無法地帯な世界で生き残れるのか不安になってしまう。けどそんな悲壮感を一つも感じさせないなにかをフーマオさんは持っている。
まだまだ未熟な女子高生であるわたくしでは予想もつかない雰囲気に、フーマオさんはとても馴染んでいた。
とりあえずコージさん達と一緒にフーマオさんの背中について行く。店の横開きの障子扉から顔を覗かせて、周囲に人影がないのを確認してから一気に走り出る。
先頭はもちろんフーマオさんで、わたくしの横にコージさん、殿をアルトさんが務める陣形のような隊列で走る。なにせ女子というだけで一番の狙いにされる世界なのだ。
男尊女卑という現実の中に当然のように鎮座していた常識をこの世界で壊さない限り、わたくしはどうしても守られる立場になってしまう。これも一つの課題。
わたくし確かにか弱い女子として素敵な男性に守られたいが、
それは現実での夢物語。今ゲームと現実が混ざり、男性女性という力の差異がないアバターという肉体で、誰かと一緒に冒険するならお荷物のような扱いはされたくない。
そんな扱いされるくらいなら暴れ牛として特攻役の方が少しましだ。少し、だが。
フーマオさんは街を熟知したような動きで速度は落とさないものの、わたくし達がついていきやすいスピードで疾走している。
時には建物の屋根を使って近道をする。なるほど、こんなに道が複雑なキョートでも、わたくし達の身体能力なら屋根の上まで跳べる。
そうすれば道の制限なく、目的地まで最短で向かえる。ゲーム時代でも屋根の上を走って最短ルートを辿ったことを思い出し、現実のように道に従わなくて済むという利便さに感心する。
しかしそうやって目立つ動きをすれば巡回している「唐紅」のメンバーに気付かれるわけで、早速さっきと違う三人組がこちらを見つけて大声でなにかを言いながら近づいてくる。
おそらく、止まれ、や、見つけたぞ、といった仲間に伝える類やこちらの動きを制限させるための声かけだ。
これでは目的地がばれてしまうのではないかと思ったが、フーマオさんが屋根の上で右足を軸に一回転し、長い袖を振り回す。
すると袖口から大量の金貨が零れ落ち、屋根に叩きつけられて地面へと流れていく。
金貨に目を眩ませた相手は無我夢中に拾い始めた。もう眼には金色しか映っていない様子で、わたくし達など眼中になかった。その隙にすぐその場から逃げ出す。
その後も何度か見つかったが、フーマオさんが弾いた金貨が煙幕になったり、袖口から金貨を零して走っている方向とは別の方向に道筋として置いていたり、金貨袋を積み上げて足をひっかけさせる罠にしたり、お金、お金、お金といった様子で相手を翻弄してしまう。
PKではないので教会へと強制転送するために攻撃してくる衛兵は姿を現さない。そして見えた目的地、ギルドルームやプレイヤーショップを管理する「アパマン」の施設に飛び込むように入る。
自動ドアは硝子なのですぐに外から見えない位置に体を隠す。続いて入ってくる姿はない。近未来な内装の「アパマン」は街と同じように静かで、電子音だけが鳴り響いていた。
アルトさんは愉快そうな顔でフーマオさんを眺めている。コージさんも少し驚いた様子で見ている。
なにせ彼の技がなければこんな風に逃げ通せるはずがなかった。わたくし達三人はどちらかというと攻撃的な方なので、逃走用の必殺技など身に着けてない。
コージさんの場合は攻撃的、というよりは仲間を見捨てて逃げ出すことはできない、といった理由だとは思うのだが。
「猫にーちゃん、あれ全部商人専用の技か?」
「ええ。商人は基本戦闘において役に立たないのですが、経験値を得るためにはバトルしなくてはいけない。素材も商品の一つですから、こればかりはどうにも。そこで商人は逃げる、交渉、買い取りといった必殺技を覚えるんです。武器は装備できない職業ですが、これらのおかげで繁盛はできる仕組みですわ」
「武器を装備できない!!?」
「なのに経験値を得る!?ど、どうやってやるんですの!?」
「それはもちろん、こ・れ」
お茶目な声でフーマオさんは袖の中から腕を出す。指の間には金貨が挟められており、人を惑わす輝きを放っている。
商人の武器、それは金貨だった。
バトルで絶対逃げられないはずのダンジョンボスから大量の金額を積むことで逃げれる必殺技というのも商人は覚える。
逃げ出す前に倒されたら終わりらしいが、それでも逃げることに成功したら通常よりは少ないながらも経験値が労せずして手に入るらしい。
他にも「交渉」では魔物に対し金額を渡すことで通常よりも格安に素材を手に入れたり、「買取」でレアドロップの武器を戦闘ではなく金貨で手に入れたり、トリッキーな必殺技で、商品を得て売買する。
便利なように見えて商人の必殺技には全てお金が絡むという。先程の逃走にもいくつかお金を使ったらしく、今の状態では商売もできないのでかなり厳しい状況だとフーマオさんは言う。
最弱ステータスなので魔物を倒してお金を稼ぐのは難しい。だからプレイヤーと円滑な商売をして、利益を得る。その利益で魔物に対しても買取や交渉で新たな商品を手に入れて、プレイヤーに売買してさらなる利益を得る。
わたくし達とは全く違うバトルシステム。対人戦というには些か趣向は違うが、ある意味最強のプレイヤー同士の戦いをしている。
なにせお金というのは最も人間の本性が現れる部位である。何を隠そう、わたくしもこの魔法学校制服のようなミニスカート服を手に入れる際にプレイヤーショップで値切りに値切った物なのだ。
それはもう相手の弁舌に負けてなるものかと市場の平均価格を見比べて、さらには課金アイテムをリンに変換した際の平均金額など、普段は使わない部分の思考をフル稼働させての交渉だ。
ちなみに結果的には手に入ったものの、相手の提示した金額で買い取ったので交渉戦では負けたことになる。それを日々繰り返すのが商人という職業だ。わたくしには絶対できない。
「今回の逃走で使ったお金は旦那方への先行投資ということで、ツケにしときますね」
「タダじゃねぇのかよ!?」
「当たり前ですよ。見返りのない商売の先は破滅ですから」
お金に関してのツッコミに対して、フーマオさんは細めていた目を厳しく吊り上げて強い口調で言い返す。
もしかしてお金に関しては結構厳しい人なのかもしれない。先程までの穏やかな雰囲気もお金の前では胡散霧消する、本当にお金とは人を狂わせるものなのだろう。勉強になった。
アルトさんは抜け目ねぇと呟きつつも反論しない。しかし先行投資、なんだろう嫌な予感がする。
そんなわたくしの考えはどこ吹く風のようにフーマオさんは「アパマン」の受付嬢と一言二言交わし、少しの待ち時間の後に一つの扉が現れる。
ルームナンバーは444、王道すぎる不吉な数字には苦笑いしか出てこない。しかしフーマオさんが手招きするので拒むことはできない。なによりこんな場所で立ち止まってられない。
フーマオさんが先に入り、次にコージさん、わたくし、アルトさんという順で入っていく。そしてわたくし達が全員入ったところで「アパマン」からは扉が消える。
そして何事もなかったように近未来のような内装の施設は通常営業に戻るのである。
扉の向こうは清潔な白の大理石と禍々しい黒の大理石が交互にはめ込まれた床と壁で、モダンなデザインになっている。目の前には白いテーブルと黒い革張りのソファ。
生活空間の部屋というよりは来客用の応接室といった様子だ。
フーマオさんが奥の一番豪華な回転椅子に座っている人物に話しかけている。こちらからは背もたれしか見えないのだが、おそらくサウザンドさんで間違いないだろう。
ゲーム画面でアバター越しで交流があったとはいえ、かなり緊張する。アルトさんなんか静かすぎて怖いくらいだ。
さり気なくコージさんの背に隠れるように立っているのは笑いを誘うところなのだが、本人は気付いていないようだ。それくらい苦手なのだろう。
回転椅子が名前の通り軸はそのままに回転して振り返る。そして言葉を失くす。
「よう。久しぶりじゃのう、流星の旗」
文字チャットの時と同じ方言が混じった言葉遣いで話しかけてきたサウザンドさん。
ゲームの時と変わらず焼けたような赤い髪に茶色の目、褐色の肌には縦横無尽の傷。その肌を隠さない露出も兼ね備えているが防御力の高い黒い鎧は艶やかに光っている。
しかしチャーミングな特徴の三つ編み髭がない。
コージさんは顎が外れそうなほど大きく口を開いているし、アルトさんはわたくしとコージさんの間から身を乗り出して凝視しており、わたくしは言葉が出てこないが思わず失礼ながらも指差してしまう。
「なんじゃあ?幽霊でも見たような顔をしとって。わしの顔がそんなに変か?」
「いやあ。かつてのサウザンドの頭領を見ていた旦那方ならそういう反応してくれると思ってましたわ」
頭に疑問符を浮かべるサウザンドさんとは反対にフーマオさんは何かを納得したように頷いている。
その顔が変と言われたらそんなことはない、むしろ美しい部類に入る容姿だ。だけど驚いたのはそこだけじゃない。それだけだったら今頃わたくしは浮かれて話しを進めていたに違いない。
そうじゃないからこんなにも動揺して言葉が出てこない。とりあえず目の前にある事実を頭の中で文字にしよう。
サウザンドさんは女性だった。しかも超絶グラマラスボディの。以上。
気を落ち着かせるために容姿をふんだんに眺める。
まずは燃えるように赤い髪は長く、ポニーテールにしている。それでも腰までの長さがあるので、現実でも相当の長髪だ。ストレートヘアで髪が短いわたくしには羨ましい髪なのだが、あまり手入れされている様子はない。しかしそれも雰囲気によく合っている。
勝気な瞳に筋の通った鼻、褐色の肌に色を添えるような赤い唇が女性でも鼓動が昂ぶるほどで、顔の輪郭も細長くてすっきりしている。
全体的に長い印象の手足、しかし胸は大きくて今にもシャツのボタンがはち切れそうなのを胸鎧で押しとどめているように見える。
くびれも絞ったように細く、臍を見せているがその形すら美しい。
胸と腰のバランスを保つようにお尻も大きいが形が綺麗なので問題ない上に、相乗効果で足の筋肉とバランスを併せ持って健康的な美脚が肌に張り付くようなズボンで視認できる。
長袖の白シャツと黒いズボン、それ以外は腕や脛を覆う黒い頑丈な鎧で守っている。女戦士というよりは女海賊といった方が的確かもしれない。
体中に走る傷さえ彼女の魅力を引き立てるだけで、何一つ損なうことのない、まさに完璧。それであの口調なのだから、それはもう驚くしかない。ちなみに声は強気な女性らしい張りのある大きな声だ。
立ち上がればアルトさんと同じくらいの身長に黒革ブーツのピンヒールが合わさり、わたくし達の中で一番背の高いコージさんを抜いてしまう。バレー部とかそういったスポーツをしていた筋肉や身長、そして雰囲気だ。
「それにしてもユーナ、おまはんはこんなに小さかったんか?わしの方がぶったまげたぞ?」
「サウザンドさん……」
「なんじゃあ?」
「生まれは長州とかそういう……あれですか?」
「いんや。生粋の江戸っ子じゃけぇ」
その会話に傍で聞いていたフーマオさんが吹き出す。
いやでも御上りさんと聞いていたからてっきりトーキョーからキョートに向かった人かと思ったら、こんな喋り方をするサウザンドさんがいたわけなのだから、わたくしの疑問はもっともだと思う。
確かに喋り方は現地の人が使うイントネーションと少し違うように思えるから、本や漫画を見て覚えた類の言葉かもしれない。
なんにせよ同じギルド以外の知り合いに出会ってまさかここまで驚愕するとは思わなかった。というか、アルトさん。わたくしとサウザンドさんの胸を交互に見比べないでほしい。
そう思っていたら肩に優しく手を乗せられる感触。振り向けばコージさんが力強く励ます視線で、穏やかな声音で言った。
「ユーナくん、貧乳はステータスというネット用語があってな!!」
「バッドステータスという概念を学んでから励ましなさいな、このど畜生ぅぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ギルドルームでの行動は全て容認される。
だから例えばわたくしがまずコージさんの鎧に蹴りを入れて壁までぶっ飛ばした後に魔法を連発してさらには奥義魔法と言われる上級職魔導士が扱える一発逆転を狙える威力の魔法をぶつけた挙句に気が治まらずに立ち上がったところを一本背負いしてKOまで追い込んだとしても、何も問題ないのだ。
アルトさんは冷静にデバイスでコージさんのHPを確認して、ギルドルームでの行為でHPは減ることがないという新法則を見つけていた。
ちなみにフーマオさんはわたくしの一連の動きに拍手し、サウザンドさんは大声で笑い続けている。最後にコージさんは生まれたての小鹿のような足で立ち上がり、小さく謝ってきた。
「すまない。だがユーナくん人間は中身だ、中身」
「わかりましたわ。今回はその言葉で許してあげますけど、次は容赦しませんからね」
「姫さんと男前、とりあえずネッシーとの話進めようぜ」
「そりゃわしのあだ名か?ゲーム時代は別のあだ名が……」
「アンタの今の姿の見て気が変わった」
アルトさんの悪癖のあだ名、しかも新しいあだ名をつけられたサウザンドさん。
わたくしが推測するに幻の生物という意味ではなく、アマゾネスのネスを少し形を変えて誤魔化していると思う。
もしかしたらアマさんやマゾさんという候補もあったが、それでは別の意味に捉えられがちということで一番無難なのを選んだのだろう。しかし今回はかなり迷ったのかセンスが酷い。
でもよくよく思い出してアルトさんのセンスは服装からしてあまり趣味が良いとは言えないので、通常営業だと無視することにした。下手に藪をつついて蛇どころが龍が出てきたら手に負えないわけである。
一暴れして大分サウザンドさんの違和感が薄れた頃には三人揃って黒の革張りのソファに座る。新品のような座り心地に、体が深く沈み込む感覚に病みつきになりそうだ。
高級品とわかる心地よさで、左から順にわたくし、コージさん、アルトさんと座っている。ギルド「流星の旗」はコージさんがリーダーだ。当然真ん中に座るべきで、そして話を進める立場になる。
サウザンドさんは長くて肉付きの良い脚を組んで、ゆったりとした様子で構えている。
女盗賊の首領と会話したらこういった雰囲気になるのかもしれないというほどの威厳と余裕、そして妖艶なのにたくましさを同時に感じて、これは男性だけでなく女性にもモテそうだと感じてしまう。
フーマオさんはお茶菓子を用意してテーブルの上に置いた後、サウザンドさんの計らいで別室の待機だ。
少し見回せばいくつも扉があるので、ギルドルームをかなり増設しているようだ。そういえばゲーム時代からメンバーごとの部屋を与えていたようだし、この世界に巻き込まれた段階で部屋がいくつもあったのだろう。
「改めて、私がギルド「流星の旗」のリーダー、聖騎士コージです。彼女が魔導士ユーナ、彼が大泥棒アルトです。その節はお世話になりました。私達はある目的で仲間を集めています。目的は阿修羅を殴ることです」
「殴る?倒すとかではなく?」
「はい。阿修羅を倒してもこの世界から脱出できるとは限りません。しかし私達は彼にケジメをつけさせたいのです」
「……発案者は?」
「ユーナくんです。私とアルトは彼女に協力するつもりです。阿修羅に近づくことでこの世界の謎に近付けると信じています」
コージさんは淀みなく礼儀正しい態度で話し続ける。背筋も真っ直ぐで、視線もしっかりとサウザンドさんを見据えている。邪な部分が一つもない、実直で真面目な姿。
こういった場面でコージさんはわたくしやアルトさんにはない力を発揮する。だからこそリーダーに相応しい。
自己紹介の際に職業と名前を繋げたのも素晴らしい。サウザンドさんはゲーム時代のわたくし達を知っているとはいえ、この世界に巻き込まれてからは慎重な行動をとっているように思える。
わたくし達とフーマオさんの会話をデバイスを使って聞いていたのが良い証拠だ。つまりゲーム時代と今ではわたくし達の行動指針や隠していた本性の表面化を怪しんでいる。
だからこそゲーム時代と自分達は変わってないと暗に告げるには職業と名前を繋げたのが正解なわけだ。
でもコージさんのことだから、おそらく無意識だろう。しかし意識して話すより相手を信頼させられる行動だ。
こちらの手をすぐに明かしたのもいい。これでサウザンドさんも今現在の行動をわたくし達に伝えやすくなっただろう。隠すことがないなら、素直に喋った方がお互いに得をする場合が多いからだ。
ただアルトさんはしかめっ面しているので、馬鹿正直に馬鹿な目的話しやがって、とか考えているのだろう。それとも他に気付いたことがあるのだろうか。
なんにせよサウザンドさんとの会話はコージさんに任せよう。コージさんは頭が良い方だし真面目すぎて不器用なところもあるが、察しもいい方だ。
前に聞いた話では現実の方でも発表や委員長な立場が慣れているといった雰囲気なので、こういった会議のような会話は向いている。
サウザンドさんは見た感じ、女子大生かOLのような年齢に見える。
大人っぽい雰囲気の中に存在する色香から、もしかしたらいわゆるバリバリキャリアウーマンという大人世界の方かもしれない。ギルドの、しかも人間関係が深く関わるPKKギルドのリーダーなわけで、現実でもそういった重要な役職で指示する立場の人な気もする。
そこまで考えてキャリアウーマンというよりは国際線のスチュワーデスとして働いていそうとも考える。
スチュワーデスは英語などの教養や非常事態に行動や的確な指示を送るといった判断力も試されるわけで、外見的には申し分ない容姿もしている。
でもあの言葉遣いを考えると、この思考は泥沼化しそうだ。
「阿修羅以外の神に、宝玉天照使用後の時間経過のシステム、その他諸々……よく集めよったな。そしてそれをわしに簡単に話していいもんじゃろうが?」
「私はサウザンドさんが正義感溢れる方と信じています。なによりゲーム時代にアルトに関することでお世話になった恩もあります」
「ほう……?」
「私は残念ながら疑うことを知りません。だからこそ、信じます。サウザンドさんが私達の味方であると」
真っ直ぐな瞳でコージさんが正直に全てを話し終えた。アルトさんはそこまで馬鹿正直に全部話すなよと頭抱えている。
さすがは全て疑うあまりに自分も信じられない男、今もサウザンドさんを疑って様子見していたのにコージさんに全てぶち壊されたようだ。でもそれがコージさんなのだから仕方ない。
わたくしとしてもそこは話さなくてもいいんじゃないかと思ったが、リーダー、つまり代表は彼だ。それを下のわたくし達が口出しして場を乱しては組織が保てない。
もしこれでサウザンドさんが敵に回ったとしてもわたくしとアルトさんが反撃すればいい。倒すのは難しいかもしれないが、いい勝負はできるだろう。
つまりはコージさんがどんなことをしてもわたくし達がフォローすれば問題ない。なによりコージさんの人柄は貴重な物だ。尊重しなくてはいけない。
サウザンドさんは少し考えた様子で視線をわたくしにずらす。おそらく先程のわたくし達の目的についてだ。
「ユーナ、正直に言うんじゃ。どうして阿修羅を殴りたい?得策ではないんじゃろう?」
「ええ。でも本気で正直に心根ぶちまけるとしたら、阿修羅が気に食わない、以上ですわ」
わたくしはサウザンドさんの力強い瞳に負けないようにはっきりと言い返す。
阿修羅を殴る理由などつけたそうと思えば幾らでもつけたせることはアルトさんと事前に会話済みである。だからこそ単純でシンプル、深い意味がないからこその揺ぎ無い信念を告げる。
阿修羅が何を考えてわたくし達を巻き込んだか知らない。もしかしたら善良な理由があるからこその行動かもしれないが、だからってわたくし達を翻弄させて無傷な上に高みの見物、という態度が気に食わない。
殴ることにどんな理由つけても結果は同じだ。むしろ複雑な理由をつけた方が後で面倒な思考戦争になる。それくらいなら馬鹿なほど単純な方がいい。思考一つでわたくしは立ち止まりたくない。
でもこれだけでサウザンドさんは見逃す様子はない。おそらくアルトさんとはあえてしなかった会話の先を出されるだろう。
「で、殴った後は?宝玉天照争奪戦でもするんか?」
「いえ、しませんわ」
「帰りたくないけぇ?」
「帰りたいですわ。でもわたくしよりも優先すべき人がいますの」
「例えば?」
「貴方ですわ、サウザンドさん」
目を背けずに言葉を出すのも止めずに思ったままを言う。やはり突かれた、阿修羅を殴った後の話。
結局阿修羅を殴れても元の世界には戻れない。この世界で生活し続けるのは阿修羅の思惑通り。
ならばどうするかという話になったら元の世界に戻るためのレアアイテム宝玉天照を手に入れるかどうかの話。そして手に入れるには他のプレイヤーとの争奪戦となる構図くらい誰でも思い浮かべられる。
ここからはわたくしの本心をぶつけていくしかない。綺麗事など言う気はないし、サウザンドさんを説得するつもりもない。言葉遊びをする気もない。
アルトさんとコージさんの視線を受けつつ、サウザンドさんの問いに答えていく。
「わしを帰したい?それで他のもんを犠牲にするんかのぅ?」
「いいえ、手に入れたら他の人に渡すだけですわ。わたくしは別にこの世界に最後まで残ってもいいですわ」
「そんで好き勝手暴れる気かえ?この世界はいい具合に無法地帯じゃけぇのぅ」
「違いますわ。わたくしか弱い乙女ですから寂しさで死ぬ前に帰るつもりですわ」
「ぶはっ!?か、かよわ……」
「わたくしは阿修羅を殴る。宝玉天照は他の必要な人に渡す。そして……全員の帰還を目指しますわ」
最後の言葉には自分自身でも驚く。自然と言葉に出てきた全員帰還。なんと無謀な話なのだろうか。
コージさんが驚いた眼でわたくしを見ているし、アルトさんも呆けて口を開けている。サウザンドさんも先程までの余裕が消え去った間抜けな顔でわたくしを凝視している。
でもわたくしはなんとなくすっきりしていた。
ずっと胸につかえていた棒が取れたような、一番の目標を見つけた気分だ。阿修羅を殴るのは通過地点、その先は巻き込まれた人間達の全員帰還。
なんと無謀で無茶で、あり得ない話のように聞こえるのに、胸が高鳴る。高揚していく気持ちが手に汗の玉を作る。
ゲームと現実が混ざったこの世界、今のわたくし達は目的もなく生きているだけのようだった。その場しのぎの目標を見つけて安堵していたようにも思える。
でもそれは叶えた先には何もなかった。そして次の目標を見つけては走り続けていた気がする。暗闇の中を走る感覚に似ている。
でも今は新たな目標が壁として現れた。高すぎて途中で挫折しそうになる壁なのに、乗り越えたいと挑みたくなる壁。思わず笑みがこぼれる。
「そう、ですわ。そうですわ、全員帰還!!これぞ一番阿修羅の鼻をあかせるではありませんか!!」
「ゆ、ユーナくん……?」
「もちろん殴りますわよ!そこはケジメですし!でも全員一度は帰還して安心するべきですわ、そうですわ!!わたくしこれがやりたかったんですわ!!」
思わず立ち上がってはしゃぐ。慌てるコージさんの手を取って上下に振る。明らかに怪しい人の行動である。
だけど考えてみれば阿修羅はこの世界に不本意ながら人間が必要で、それが全員帰ってしまえばさすがに悔しがるだろう。
ああ、あの三面六臂の苦渋に塗れた顔が見れるとしたら全力で挑んでやりたくなる。
それに元の世界に帰りたかった人はハッピーエンドだし、この世界に未練がある人はコージさんのようにもう一度イベントをこなして戻ってくるだけだ。そんな人は二度目は自力で宝玉天照を探せばいい。
なんにせよ全員を一度元の世界に帰還させる。
阿修羅の理不尽から解放し、その先は自分達の意思でどっちの世界で生きるか選べばいい、阿修羅の意思など無視だ。
決めた、もう決めてしまった。巻き込まれたアバター全員を一度は帰還させる。そのためにわたくしは立ち止まらない。
誰かのためではない、わたくしのわがままだが、それでも大きな目標、夢だ。
その夢に向かって全力で走る。障害などぶち壊していこう、今のわたくしにはその力がある。ならば有効活用するべきだ。
「くっ、ははは、ははははははは!!姫さん本気か?大真面目か!?」
「当たり前ですわ!阿修羅も殴るし、プレイヤーを全員一度は帰還させる!最高ですわ!!」
「あひゃひゃひゃひゃ!!!いいな、それ、阿保過ぎて俺様も協力したくなっちまう!あはははははは!」
「コージさんは?どうします?反対してくれてもいいのですよ?」
「う、うむ……悪くない、と私は思う。ぜひ協力させてくれ」
ずっと手を上下に振られていただけでなく、途中で浮かれてステップを踏むわたくしに付き合ってダンスにもならない動きに付き合っていたコージさんは戸惑いつつも笑って賛同してくれる、やはりいい人だ。アルトさんは笑い続けている、相当ツボに入ったらしく当分は収まりそうにない。
浮かれていたわたくしの耳に別の笑い声が入ってきた。声がした方を見ればサウザンドさんも肩を震わせている。そして堪え切れなくなったのかアルトさん以上の声で大笑いをし始めた。
「なんて無茶なんじゃ、おんどれらは!そんなこと目の前で堂々と言われたらわしは……参加するしかないじゃろう!!」
「サウザンドさん!ということは……」
「ああ、コージの馬鹿正直さとユーナの意思に惚れた!!今はまだわし個人で悪いが、ギルド「流星の旗」の目的に協力しようぞ!!」
「あれ?俺様には惚れてくれないの?」
「おまはんはマイナスからのスタートじゃけぇ。少しは気張りぃや」
そうやって会議らしい会話は大笑いの広がる馬鹿話に広がり、収拾がつかなくなった頃にフーマオさんが静かに現れて声をかけてくる。
どうやらずっと聞いていたらしく、サウザンドさんのように肩を震わせて口元を隠している。
それにしても鈴の音一つ立てずに現れたので、もしかしてそういう歩行方法も身に着けているのだろうか。中々侮れない御仁である。
「ご歓談中申し訳ないんですけど、阿修羅殴打にしろ、全員帰還にしろ、まずは解決しなければいけない問題があるかと」
「あ、そうじゃけぇ。この問題を解決しないとわしもギルドルームから離れられん」
「どういうことですの?」
「キョートの様子を見たじゃろう?ここの問題を差し置いておくほどわしは寛容じゃないけぇ。PKする輩も気に食わんが、今の状況はそれ以上。だが奴らには集団による力、それにわしのギルドメンバーを捕虜として捕えている上に、知恵のある厄介な奴もおるけぇのぅ」
サウザンドさんが先程までの大笑いしていた快活な笑みを消して、厳しい目つきの怖い表情になる。
美人で身長が高いこともあってかなりの迫力だ。極道の姐さん、といった映画などメディア媒体の知識しかないが、そういった恐ろしい雰囲気だ。
なんとなく例えが賊や極道と出てくるあたり、もしかしたら男共を従える実力を持った女性なのかもしれない。
なんにせよギルドリーダーといった肩書がコージさん以上に似合い、思わず従いたくなる魅力も感じるので、意外と人柄というのはゲームに反映されるかもしれない。
そういえばゲーム時代はサウザンドさんをずんぐりむっくなおっさんだと思っていた。そういうキャラメイクしていたから、つい。
サウザンドさんは真面目な顔でわたくし達に対し振り向く。気迫で気圧されそうになるほどの、真剣な姿だ。
「コージ、ユーナ、アルト、悪いが全員わしに手を貸してほしい。一人二人で解決する問題じゃないけぇ、少しでも戦力が欲しいんじゃ」
「わかりました。もちろん喜んで協力します」
「男前、せめてもう少し報酬の話とか……」
「アルトさん」
「へーへー、黙ればいいでござんしょうね」
意地汚い話をしようとしたアルトさんを黙らせる。こういった時はコージさんの対応がサウザンドさんのような方には効果抜群なのだ。
もちろんアルトさんもわかっているだろうが、それでも今のアイテム事情からするとがめつきたい気持ちは少しだけ分かる。なのでおそらくこれは伏線。アルトさんはこういった汚い計算が大好きらしい。
コージさんが気前よく受けた矢先、相手も少し申し訳ない気持ちになっている。そこを汚れ役としてつついたのだ。
でもここで誰かがアルトさんを咎めなければ常識外れになってしまう、そこの役目がわたくしとなるわけで、なんだか申し訳ない。
あとでたまにはアルトさんを労う必要が……と思ったが今までの失礼な行動を思い出すと、必要ない話だ。
だけどアルトさんの狙い通り、フーマオさんが商人らしい提案をしてきた。
「報酬ならウチが用意しますよ。ウチとサウザンドのお嬢連名でのプレイヤークエストとしてギルド「流星の旗」に依頼する形でございます。あとで羊皮紙に書面として整えますのでご覧くださいな。また旦那達に会わせたい方、大型ギルド「唐紅」にて旦那達の知り合いが捕まっているようですから、それの説明もしますね」
「なんだよ報酬があるんじゃ……え?」
「フーマオさん、今そのよく回る口でさらりと凄いこと言いませんでした?」
「もしかしてプレイヤークエストに関する羊皮紙にて内容を書くという一連の作業のことですか?」
「その後!わ、私達の知り合い……しかも少なくとも一人捕まってるって……え、サウザンドさん!?」
「なんじゃぁ、説明し忘れとったか?ギルド「流星の旗」メンバー二人はキョートにおるけぇ」
ずっと会えなかった同じギルド仲間。それを探していたわたくし達には朗報で、もう片方は悪報だ。
メンバーが二人、しかも片方がプレイヤーを浚う大型ギルド「唐紅」に掴まっているという事実。
驚くしかなく、驚愕続きにわたくしはもう何が来ても驚かない精神を身に着けようと決めた。