東西珍道中3
トーキョーアンダーシティから新幹線の働きをするトロッコに乗って、匠の街キョートへ向かうわたくしことユーナ。
お供はギルド「流星の旗」リーダーのコージさんと、同じギルド仲間のアルトさん。
現実とゲームが混ざったこの世界ではいまだわからない法則がある。その基準についてアルトさんと話したところ、どうやらNPCが深く関わっているらしい、という推察まではできた。
しかしそれ以上は調べないと意味がないので、東から西へと突き進むトロッコに揺られて、途中トラブルや信じがたい光景や落下などを体験し、無傷とまではいかなかったが無事キョートに到着できた。
だけど祭囃子が聞こえたはずの街は今、とても不気味な静けさに包まれていた。一体、何が起きているのか、わたくし達は新しい街でどうやらトラブルに巻き込まれるだろう。
ただでさえ遠い阿修羅を殴るという目的がさらに遠ざかっている気はするが、四の五は言ってられないようだ。
★
わたくし達の目の前に立ったのは、明らかに柄が悪そうな男の三人組。一人は僧侶のようだが筋肉が盛り上がっているので一見プロレスラーかと思った。
もう一人は細身というには細すぎて頬もこけているガンマン、最後は侍という人気職業の男。キョートという街に合わせているのか、三人組は服装の一部に必ず浅葱色が入っている。
ちなみに浅葱色というのは歴史大好き女子憧れの新選組が羽織っていた服の色である。
わたくしとしては土方歳三や沖田総司に憧れる半面、斎藤一などの有名人にもスポットを当てて文明開化による軍服で戦う男性に魅力を感じたりする。
そんな歴史浪漫に浸っていたわたくしを眺める視線。三人ともミニスカートを凝視し、次に髪の長さを確認し、最終的な視線は胸に集まる。なんだかとても嫌な予感が。
三人はいきなり円陣を組んで小声で話し始めたが、アバターという肉体に入っているわたくし達には丸聞こえなのだが、わざとか。
「どう思う?あれ?」
「た、多分女子で間違いないはずだけど……でも前にほら、あいついたじゃん。超色っぽい雰囲気で女物の服着た男」
「あれはまじで驚いたよな。まだ外見が男だったからなんとかなったけど……で、あれが最近流行の男の娘か確認する方法をだな……」
わたくしの肩を抑えるのは二人。右にコージさん、左にアルトさん。
ここがPK禁止でなかったら即座に教会に送ってやったものを、命拾いしている。
だから、どうして、花盛り女子高生のわたくしが毎度毎度こんな扱いなのだろうか。もっと華やかで少女漫画のような待遇があっても罰は当たらないはずだろうに。
というか左肩を抑えているアルトさんの手が震えている。確実に笑っている、この野蛮猿が。絶対に後で覚えていてほしい。PKはしないが、ある程度の火傷や殴打跡を作らせてもらわなければ割に合わない。
石畳の道を偶然通りかかる人は他にいない。それでも突き刺さる視線を感じる。でも誰も出てこない辺り慣れているような、日常茶飯事のような雰囲気だ。
アルトさんも涙目で笑いつつ、様子を確認しているようだ。コージさんも警戒を顕わにしている。赤い木造家屋や暗褐色や木の温もりを感じる茶の建物などキョートは美しい街なのに、人がいないだけでこんなに寂しく感じるとは思わなかった。美しい色合いすら今は寒々しく見える。
「とりあえずいつも通り行くか」
「でもあれ男だとして持ち帰ってもサハラさん喜ばねぇよ。どっちかというと後ろの二人の方が……サハラさん好きそうじゃん」
「いやでもボスは女好きだし、男でもあんな貧相な体なら押さえつけとくには充分だろう」
「それもそうか。それにしても俺は貧乳ってもっと素晴らしい産物だと思ったけど、やっぱ二次元は別格だったんだな」
「確かに。ちょっとあれで女とか人生オワコン……」
前進して男三人組に拳を振り上げようとしたわたくしの腕を捕まえてコージさんとアルトさん二人は走り出す。宇宙人捕獲からの連行のような流れだが、実際はわたくしがPK禁止のルールを無視して攻撃しそうになったのを感じ取っての撤退、賢明なる英断である。
わたくしは盛大に舌打ちししつつ、二人に腕を解いてもらい、一緒に走って逃げ始める。男三人組は気付いたのか円陣を素早く終わらせて追いかけてきた。
わたくし達はこの街に先程到着したばかりなので、仕組みもわからないまま走っているせいか、たまに別れ道でばらばらになりそうになり、その度に誰かの進む方向に合わせるために止まってUターンするというタイムロスをしてしまう。
逆に三人組は街の仕組みを熟知しているらしく、追いかけてこないと思ったら脇道から急に飛び出して腕を伸ばしてくるので気が抜けない。
碁盤のように揃った道と言っても、わたくし達関東圏の人間からしたら関西の京都をモデルにした街など修学旅行以来である。覚えられるはずもなく、曲がり角がそこら中に存在する複雑な道達。
田舎だったら大道一本まっすぐで大体すむのに、なんでこんなややこしい作りなのか。ただし田舎の道は街灯がないあぜ道だったりするところは目を瞑ってほしい。
なんにせよ迷いながら逃げているわたくし達と、構造を理解して追いかけてくる三人組では分が悪すぎる。
アルトさんも必殺技を使おうにも必要動作をするタイムロスを気にして、先頭を走って三人一緒に同じ方向に行けるような道標役として脚を動かして、わたくしの背中を守るようにコージさんが一番後ろを走っている。
なにせ先程の会話から明らかに狙いが女性であるわたくしだ。女性として半信半疑な扱いというのは今のところ忘れよう。
大路地と小路が交差するような街並み、東西南北には門が有り、それに続くような仕組みの街らしいが、実際に走って見るとそんなに単純ではない。
小路は薄暗かったり、大路地は逆に広すぎて姿を隠せないなどの逃げるには不利すぎる。
アバターの肉体が身体能力向上、痛みに鈍い構造だとしても、疲労はたまっていく。なにより精神状態は元の世界と変わってない、焦る心がミスを犯しそうになる。
そんな時、足元に金貨が転がっているのを発見する。だからってこんな状況で拾うほどわたくし達は馬鹿ではないので無視する。
しかし追いかけてきた男達はあっさりと拾っていた。手の中に金貨を収めた瞬間、指の隙間から白い煙が噴出して金貨が爆発。辺り一帯の視界を覆う煙幕が発生する。
わたくし達は金貨を無視して走り続けていたので、すぐに煙の中から脱出できるが、三人組は煙幕発生の中心地にいたので抜け出すには時間がかかるだろう。アルトさんが今の金貨の現象に覚えがあるのか、周囲を急いで見回している。
すると曲がり角から鈴の鳴る音と手招くというには長すぎる袖が揺れているのを見つける。
アルトさんは少しだけ目つきをきつくしつつも、煙幕が薄れ始めたのを確認して袖が消えた方向に走り始める。
わたくし達もアルトさんの判断を信じて追いかける。鈴の音と揺れる袖はわたくし達を誘導するようにつかず離れずの距離で確認できた。
そして鈴の音が消えた先にあったのはプレイヤーショップらしきお店。暖簾と木造建築の由緒ある佇まいのような二階建て。お店名は「万福屋」とある。街に馴染むような古風ながらも、万の福という洒落た名前である。
三つの足音が近付いてくるのを感じ取り、わたくし達は後先考えずに店の中に入る。横開きの障子扉を入ってすぐさま閉めて、息を潜めて足音が消えるのを待つ。
最初は周辺を探していたようだが、いないとわかると音は遠ざかっていった。PK禁止の街でまさかこんな目に会うとは思っていなかった。流れ落ちる汗を拭いつつ、改めて飛び込んだ店の中を見回す。
古物商、いわゆる質屋のような静かな佇まいのお店には狸の置物や招き猫というルームアイテムや武器を飾る棚、薬草を吊り下げる梁、計算するための算盤などお店らしい内装だった。プレイヤーショップはギルドルームのように自分で飾りつけできるのだが、このお店の持ち主は街の雰囲気に合わせた素敵な感性の持ち主なのだろう。
そう思っていたら店の奥から鈴の鳴る音が聞こえたので、振り向けばわたくしより高いものの、百七十センチあるかどうかの青年が姿を現す。
人懐っこい猫のように目を細めた丸顔の青年だ。髪の毛は黒く、外向きにはねているショートより少し長い髪型。頭には紙袋の形に近い帽子、服は白を基調とした中華服とエプロン代わりの前掛けを組み合わせたような姿で、前掛けにはお店のマークなのか丸の中に万という漢字が赤の刺繍で描かれている。
先程から聞こえていた鈴の音は胸元にボタン代わりにつけている大きな鈴からだったようだ。青年が動くたびに軽快な音が鳴り響く。それにしても袖が長くてどこかの萌えキャラみたいな服装になっているのだが、そこはツッコミをいれたほうがいいのだろうか。
「いやぁ、災難でしたねお嬢に旦那方。ウチはキョートで店を構えているフーマオと申します」
和やかに自己紹介するフーマオさんは、身軽な動作でお辞儀して、近くにあった棚から人数分の茶器を取り出してお茶の用意を始める。湯呑と急須という徹底ぶりは個人的には好感が持てる。
自己紹介を先にされたのでは、こちらも自己紹介するしかない。わたくしとアルトさんは視線を交差し、次に二人揃ってコージさんに目を向ける。ギルド代表としてまとめて挨拶した方が手短に済む上に、コージさんがこの中で一番重要な存在と相手に印象付けられる。
これからもギルド単位で行動していく時にわたくしやアルトさんが目立って、コージさんが陰にあってはリーダーという本質が崩れてしまう。
その本質が崩れたらギルドというチーム体制は終わりを告げることになる。それだけは避けなくてはいけない。コージさんも理解してくれたのか、わたくし達よりも一歩前に出て、礼儀正しいお辞儀をして紹介を始める。
「助けていただきありがとうございます。私はギルド「流星の旗」リーダーのコージ。後ろの女性がユーナ、男性がアルトになります。同じギルド仲間としてトーキョーよりやってまいりました」
「これは丁寧にどうもです。しかしトーキョーですかい、御上りさんと出会うのはこれで二度目ですわ。あ、ウチの口調は気にせずに、色んな方言混じって今や何語がわからなくなってるんどすえー」
最後のどすえーは付け足したような京都弁だった。それにしてもよく喋る。どこで息遣いしているのかわからないほど舌も口も回って、お茶を入れつつも適当な話を続けている。
なんでも急須のお茶が尽きないおかげで買い出しの必要がないだとか、でもいつも熱々なので猫舌の自分には辛いだとか、ちなみに元の世界では猫舌ではなかったのに種族が猫人族なので猫舌になったらしいだとか言って帽子を取って髪の毛と同じ色の本物そっくりの猫耳を見せて動かしたりなど、忙しないのに軽快な動作なせいで一種のパフォーマンスのようだった。
あまりにも喋り続けるのでわたくし達は相槌を打つしかなく、圧倒され続けている。口を挟む余裕もなく、アルトさんでさえ完璧にペースを持っていかれている。
とりあえず店奥の生活スペースに案内され、畳の上にあるちゃぶ台の周囲に足を崩して座りながら、フーマオさんのお茶を飲みながら話を聞き続けている状況だ。
「そんで買い出しの必要がないと言っても籠ってばかりでは息が詰まりそうだし埃も溜まりそうだから空気を入れ替えたいのに外の連中がいるせいで窓も開けられない、と言ってもこんな街並みに家屋ですから障子窓なんですけどね、とそんなことより飾っていた来客用のお菓子もあるんですわ、羊羹に飴玉に酢昆布や生八つ橋って田舎のおばちゃんみたいなラインナップで申し訳ないんですけど、いやあウチ両足不自由な生活だった上に祖父母に育てられたもんですから感覚がどうしてもそっち寄りで、と、今は関係ない話でしたわそうそう外の奴らなんですけど、結構しつこいですから当分は外でない方がいいですよーっと、とと、お茶は熱いんでお気を付けくださいね」
どうでもいい話の中にたまに重要な物が見え隠れするせいか聞き続けるしかないのだが、さらりと深刻そうな事情を話されたりで対応に困る。
とりあえず頷いたり、簡単な返事をしたりして話を聞き続け、出来立てのお茶を飲みつつ、用意された和菓子を食べる。飾りつけのアイテムは無尽蔵なので、こういった時は遠慮する必要がないので便利だ。
しかも乾燥や傷みとも無縁で、羊羹はしっとりした触感に和やかな味わい、生八つ橋も柔らかい皮に餡子が包まれて美味しい。
わたくしもお婆ちゃんに育てられていたため、お菓子もこの類が多かったので懐かしさを感じる。コージさんも美味しそうに食べているが、アルトさんは渋い顔をしてお茶だけを飲み続けている。もしかしてインスタント系は好きでもこういった昔ながらのお菓子が苦手なタイプだろうか。
フーマオさんは息でお茶を冷まして、一口飲んで湯呑を静かにちゃぶ台の上に置く。
わずかな沈黙。それでも先に話し始めたのはフーマオさんだった。
「あ、あひゅかったです」
「冷ましといて火傷してんのかよ、猫にーちゃん」
もうすでにアルトさんの悪癖であるあだ名をつけられたフーマオさん。しかし今回はまともに聞こえるが、これもわたくしの蛙の姫様からきていることや、コージさんの男前が男臭さが前面に出過ぎているからきていることを考えると、ろくでもない気がする。
ちなみにトーキョーで知り合ったジュオンさんは、キャラがブレブレということでピンボケと名付けられている。片眼鏡とはいえ眼鏡なので初見では意味を間違えて捉えそうなあだ名ばかりである。
なんとなく推察すれば、おそらく猫にーちゃんというのは猫みたいなにーちゃんではなく、「21ちゃん」というオタクが集まる有名掲示板にいそうなわざと猫キャラを演じている人、的な意味で名づけていそうだ。おそらく間違っていない、気がする。
しかしフーマオさんは気に入ったのか、どうしてそうなったかは聞かずに素敵ですわーと喜んでいる。袖の中にある手を打ち鳴らして、胸元の鈴が揺れた。
軽快な音の中に金属音が聞こえたような気がするが、空耳だろうか。なにせ柏手と鈴の音とフーマオさんの声が混じって、どれだけ音があるのか判別が難しいのだ。
アルトさんは冷めた目で腰にある剣に密かに手を伸ばしている。
フーマオさんからは見えないが横にいるわたくしやコージさんは見えている。敵対心や警戒を抱くような相手には見えないが、アルトさんはなにかしらの判断をしているようだ。剣に手を伸ばしているが抜く様子はない。
フーマオさんが細めている目をわずかに覗かせる。金色の猫の瞳がアルトさんを見つめている。
「もしかして、ギルドルームでの行動は全て容認される、に警戒してます?」
そう言われてわたくし達は思い出す。例えPK禁止の街の中でもPK可能な場所がある。
それがギルドルーム、デバイスでルール確認の際に見ているので間違いない。全ての行動が容認されるということは監禁や拷問なども可能となり、おそらく他のプレイヤー達と会う時は最も警戒しなければいけない場所だ。
最初はプレイヤーショップに入っていたと思っていたが、今は店奥の生活スペース、つまりギルドルームに近い場所だ。
アルトさんはきっと最初からそれに気付いていた。もしかしてお茶しか飲まなかったのも、お菓子に毒があった時のためにわざと口にしなかったのか。どこまで計算して、気付いているのだろうか。
「こんな家猫みたいなウチを攻撃します?」
「そっちが攻撃してきたら、遠慮なくな。なにせ猫みたいに武器をその袖の中に隠し持ってんだろう」
もしかしてさっきのは空耳ではなく、本当に金属音だったのか。わたくし達からはフーマオさんの長い袖の中を見ることはできない。
フーマオさんの長く大きな袖はアルトさんが持っている苦無の形に似た短剣くらい隠せそうである。そしてアルトさんは大泥棒、という珍しい職業。その特性を生かした必殺技の「下調べ」をすでに済ませているかもしれない。
「下調べ」というのは相手のステータスやMAP把握などを可能にし、戦闘だけでなくありとあらゆる場面で活躍する技。
下級職業の盗賊でも覚えることができるが、それを生かすには十分な経験値が必要になってくる。例えば自分のレベルが相手のレベルより低い場合は失敗するのだ。
今はレベルの概念を調べるのは難しいが、それでもアルトさんは大泥棒という職業を得るためにありとあらゆる職業に生産スキルや魔法、必殺技を習得したので上級職を得たわたくし以上にあらゆる場面で活躍する。当然レベルも高かったので、おそらく「下調べ」は成功しているだろう。
「いやー、お招きしといてなんですけど、ほらウチひ弱な職業ですから」
「プレイヤーショップでの戦闘は認められてないけど、ルームの方に引きずり込めば自分が熟知したフィールドで叩けるってか」
「え、そうなのか?」
コージさんが間の抜けた声を出す。ショップでの戦闘は認められてない、それはわたくしも初めて聞く項目だが、アルトさんが相手にカマをかけた発言かひっかけの言葉かもしれない。
なにせ騙す、欺く、詐称する、など真面目なコージさんにはできない分野を得意とするのがアルトさんだ。やりすぎて自分すら信じきれなくなっている危うい面もあるが、わたくしとコージさんが信用しているとわかっていればいきなり爆発することもないだろう。
しかしコージさんの一言が相当気が抜けたのか、アルトさんが明らかに肩を脱力したように落とす。フーマオさんは呆けた表情をしているが、すぐにお腹を抱ええて笑い出し始めた。
「あははははは!コージの旦那、この状況でそれはないですよー。アルトの旦那がせっかくウチを騙そうと策を練っているのに!」
「そ、そうなのか!?」
「男前、ちょっと黙っててくれ」
警戒はとかないままアルトさんは絞り出すようにコージさんに対して呟く。それにしてもフーマオさんも中々鋭いのか、今明らかに自分を騙そうと策を練っているアルトさんに気付いていますよな発言をした。そんなことを言われてはアルトさんも次の手が打ちにくいだろう。
そのことをコージさんだけが気付いていない。真面目で堅物なところは好感が持てるし、察しは悪くないのにところどころ空気を読めない。人柄からくる天然なのだろううか、ある意味アルトさんの天敵になりえるかもしれない。
フーマオさんはひとしきり笑った後、袖の中から指の間に挟める矢じりに近い投擲武器をいくつもちゃぶ台の上に落としていく。
山になるほどの量を見て、わたくしはこれだけの武器を隠し持ったまま人懐っこい笑みを浮かべていたのかと驚愕する。フーマオさんは静かに頭を下げて、一切口にしていなかった和菓子を手に取って口の中に放り込む。
それはつまり毒はありませんよと意思表示する行動だ。もし毒を仕込んでいるなら自分で口にするのは自殺であり、全くの意味がない行動だからだ。
「いやー、試して申し訳ないです。でもウチの職業を理解しているアルトの旦那なら、わかるでしょう?」
「商人、特殊な職業柄、ゲーム内最弱なステータスと引き換えにあらゆる特権と専用技を覚える」
「さっすがアルトの旦那!おみそれしやした。あ、ユーナのお嬢やコージの旦那もすいません。なにせ今このキョートは一つのギルド支配が広がっている状況で、見知らぬ顔があると警戒するのが普通な状態なんですわ」
「ギルド支配?どういうことですの?」
「んー、どこから説明すればいいのか正直悩んでいるところです。なにせ一週間でこんな状況になった手腕が敵ながら天晴でございますから」
悩んでいると言っている割には声も口調も軽い。人懐っこい笑みも変わらないままで、お茶を飲んで一息つこうとして舌を火傷している。これが騙す演技なのか素なのか、判別が難しい相手だ。
オンラインゲーム「RINE-リンネ-」内で商人というのは下手したら戦闘職業よりも難しい上級者向けと言われている面もある。
というのも必ず対人関係が必要でギルド以上の倉庫管理にトレード仲介人など、相手の信用を得ることを前提に、人間関係のトラブルを処理できる能力や、相手に嫌悪を抱かせない言葉遣いなどが欠かせない。
しかも最弱ステータスということで戦闘面ではお邪魔虫と言われてしまう職業で、フィールドに出かける時もメンバー募集したいのに集まらないなど普通で、わたくしでしたらストレスが溜まってしまうと確信できるような内容だ。
代わりにあらゆる特典、プレイヤーショップ無料開店など、の利点を得る。また専用技もあるらしいが、確か聞いた話では全く戦闘に役に立たない逃走用の技が多いと聞いたような。
とまで思い出して、あの時道に落ちていた金貨を思い出す。あんなに人通りがなかったというのに、金貨が目立つところに、しかもわたくし達が逃げる方向に落ちていたというのは偶然にしてはできすぎている。
しかも拾った相手の手の中で爆発して、煙幕を広げたことを考えると……もしかしてあれが商人の専用技で、フーマオさんが仕掛けたものだろうか。
だからアルトさんが考え込むような仕草をしつつも、フーマオさんの導きに従ったのだろう。一応、助けてくれた相手と認識して三人組よりはまともと感じたのかもしれない。
「長い長いお話ですから、お菓子でも食べてゆっくり聞いてくださいな。このゲームと現実が混ざった世界に味を占めた者達の話を」
★
もう一週間以上も前の出来事なんですよね、この世界に巻き込まれたのは。ウチは昔の事故で両足不全ながらも祖父母の質屋経理を手伝いすることで生計を立てていた、一応大学生でしたわ。
あ、ちなみに奈良県です。どうも大阪とか京都生まれと勘違いされがちなんですけど、鹿煎餅が有名な奈良県でございます。
大学では経営を学び、家の手伝いしつつ、この御時勢で質屋というのは仕事があっても忙しいわけではないので、店番しつつゲームしていたんですよ。
いやー、夏の暑い日でかき氷のスプーンを咥えながらパソコンに向かって新アイテムの取引をしていたんですよ。すると新イベント「六道輪廻」で入手できる業というアイテムが市場に大量に流れ出たんですよ。
商人仲間のプレイヤーとチャットしつつ、アイテムの値段や相場を確認していました。最先端アイテムに敏感というセンスは商人に必要な力ですから。
大量に出ている割には値段が異様に高くて、でも初心者も参加できるイベントアイテムがこんなに高いのはおかしいと思いまして、とりあえず一つ手に入れて効果を確認しようと一番安い物を買い落したんですよ。
ただ手に入れた次の瞬間、なぜかゲームと現実が混ざったこの世界にいたわけなんですけど。
キョートで目覚めたウチは最初動けませんでした。阿修羅の語る内容や突飛な状況に驚いていたのもあるんですが、幼い頃から動かせなかった脚が動かせるという状況に馴染むまで時間がかかったもんです。
なのでプレイヤーが集められた広場のベンチに座ったまま、状況を眺めていました。酷い混乱でしたが、ウチの場合はそんな事情もあったので、冷静に傍観できました。
そして目の前で行われるプレイヤーの疑心暗鬼や世界の変化などを目の当たりにし、また座っている間は暇でしたのでデバイスを操作して時間を潰していました。
ウチは置物みたいに静かなまま座っていたので、混乱に巻き込まれることはございませんでした。
そして二日目くらいで自由に会話と動きを得たNPCに助けてもらい、覚束ない足取りでキョートの「アパマン」に向かいまして、自分のショップの位置を確定させて安住の場所を得たわけですね。
あ、ちなみにその親切なNPCのお嬢は隣の宿屋の娘さんで、これまた大和撫子を絵にしたような美しい、え?聞いてない?それは失礼しました。
とりあえずプレイヤーを信じると判断するのは難しかったので、NPCの力を借りて今のような動きを覚えることに専念しました。
アバターという肉体のおかげで数日の内には飛び跳ねたりすることも可能となりまして、宿屋の娘さん、あ、ツバキさんというんですけどね、その方にお礼も兼ねての街内散策と買い物に出かけたんですよ。
ウチは最弱なステータスの商人な上に体のハンデもありましたから、外のフィールドに出る気はなかったんですよ。
商人という職業柄、戦闘せずにリンを稼ぐ手段はありましたし、街の中はPKが禁止なので最弱ステータスと言っても一撃で死ぬような育て方はしてませんから、ちょっと綺麗なお姉さんとデート気分と浮かれて歩いていました。
しかし街は最初の頃より大分穏やか、というか静かになっていました。
多くの方が状況を把握できた、というには少し暗い雰囲気も感じられまして、ツバキさんに尋ねたところ二つのギルドが台頭して、多くのプレイヤーを率先しているのだと。
一つは裏街ギオンで好き勝手暴れてプレイヤーを浚う悪徳ギルド「紅焔」です。
もう一つはこんな時こそ団結が必要と演説してカリスマとリーダー性を発揮した「唐獅子」の二つです。
「紅焔」はギルドリーダーの狂戦士デットリーが無類の女好きで、それでも蛇の道は蛇と言いますか、同じような柄の悪い仲間を多く集めてプレイヤーをPKにならない程度に引っ張って、ギオンに足を踏み入れた途端に暴行してギルドルームに連れ去ると聞きました。
実際にツバキさんが隠れてと言った次の瞬間、目の前で女性プレイヤーが男三人組に連れていかれる所でした。
PK禁止ということはこちらも抵抗できないですし、ギオンから戦闘可能と言っても人数が違う上に、現実とゲームが混ざったこの世界で女性に武器を振り回して男三人を殺すというのは中々酷でございます。
だからといってウチらが助けるというには、あまりにも相手は数が多く、力を持っていました。
推測するに関西圏で幅を利かしていた暴走族などの不良集団が、リアルの友達を誘ってゲームをしていたのではないかとも捉えられます。
意外と多いんですよ、リアルの友達を誘って身内でわいわい楽しくゲームするプレイヤーというのは。一人でやるより楽しいですし、ギルド作成や仲間募集の際もある程度の手間が省けますしね。
おかげで街中はほぼ男性プレイヤー、女性プレイヤーはすぐに身を隠していました。
ちなみにNPCはギオンに入れませんので、対象にはならなかったそうですが、それでもあんな野蛮者がのさばっていることに不快を隠せない様子でした。
しかしウチ達プレイヤーはアバター様という上位の存在ですので、NPC達は抗議することもできません。
そこで多くのプレイヤーとNPCがクエストとしてもう一つのギルド「唐獅子」に依頼したのです。
「紅焔」を失くしてほしいと。
ギルドとして一度崩してしまえば、数という力を一時的に消失させることができ、一人一人の力はそれほど強くない様子でしたので、自分達で倒そうとしたのです。
「唐獅子」は「紅焔」から身を守るために入った者や、身の安全が欲しい女性プレイヤーなど、多くの者が所属していました。もちろんリーダーのカリスマ性に惹かれた者もいました。
ウチは元からギルド無所属のソロプレイヤーのような身でしたから、今更縋る気はございませんでしたが、それでもキョートに配置されたプレイヤーの半分は呑み込んでいたようです。
ギルド「唐獅子」のリーダー軍師のサハラさんは快く依頼を引き受けてくれました。
ちなみに軍師という職業は魔法や攻撃に秀でており、補助魔法で単体攻撃を全体攻撃に変化させることもできる中級職です。
そしてサハラさんは穏やかで麗しい容姿に鋭い知性を持っていたので、誰もが信頼を置いておりました。
そんなもの、この世界では何の役にも立たないことを突きつけられることを知らないまま。
圧力をかけるためにメンバー全員を引き連れてギオンに向かった「唐獅子」は見事クエストをこなしました。確かにギルド「紅焔」はその名前を消しました。しかしたったそれだけでございます。
「紅焔」と「唐獅子」は手を組んだのでございます。新生大型ギルド「唐紅」として、今まで以上に手が負えない存在に。
リーダーは狂戦士デットリー、補佐には軍師サハラ。そして二つのギルドに所属していたメンバーは融合することになりました。
本当は「唐獅子」内では融合に反対した者もいたようですが、そこは「紅焔」のメンバーによる暴力や制裁で黙殺された様子です。
ギオンに「唐獅子」のメンバー全てが向かったせいで、キョートに配置された半分以上のプレイヤーがギオンに滞在しております。中には監禁や無理矢理従っている者もいるかもしれませんが。
なんにせよキョート内のパワーバランスは崩れてしまい、残った無所属や他のギルドの者は手出しもできません。
そして「唐紅」は相も変わらずプレイヤーを連れ去ろうとキョートの街を巡回するのです。
刀を持って脅す新選組のように、しかし奴らには誠の精神も平和を維持しようとする志もございません。
今では誰もが外に出ることもできないまま、息を潜めて「唐紅」の支配からかろうじて逃げている状況です。
さらに厄介なのは今では女性プレイヤーだけでなく男性プレイヤーも連れ去られ始めているようです。
NPCには手を出していない様子ですが、このままではそれもいつまで持つか。外に逃げ出そうにもここは中級者の街、フィールドの敵もゲームと同じく少し手強いと噂されており、単身で他の街に向かうは無謀と言わざるをえません。
残った希望は同じようにこの世界に巻き込まれ、他の街に配置されたプレイヤーの方が訪ねてくることですが、それも絶望的でした。
なにせ外は「唐紅」のメンバーがプレイヤーを連れ去ろうと巡回しており、助けを求めようにもこんな状況では本当に信じられるか疑ってしまいます。
なによりおそらく多くの方が元の世界に戻ろうと奮闘していると推測できます。そんな中で他者を助けるなど酔狂の沙汰です。
そうして困っている最中、お嬢と旦那方が空から落ちてきて屋根に跳ね除けられたのを確認しました。
これはもう神ではなく仏様の助けではないかと思い、ウチはこっそりと外へ出て貴方達をこの店に招き、試した次第でございます。
どうか、お許しを。
★
予想していた以上に過酷な状況よりも、あの無様に屋根に跳ね除けられたのを見られていたことに顔を覆いたくなる。
アルトさんも苦虫を噛み潰したような顔をしているので、同じ気持ちなのだろう。しかしコージさんだけが男泣き寸前の顔で、唇を一文字の形にしている。目も潤んでいるし、おそらくこのキョートの状況に同情したのだろう。
そのサハラさん、先程の男三人組の会話から察するに男好きの女性だろう。でなければギルド「唐紅」になってから男性プレイヤーが連れ去られ始めたという部分が鮮明にならない。
なによりわたくしではなくてアルトさんやコージさんが趣味、という時点でわかる。もしかしてハーレムでも作る気なのかしら。
でも男の好み的に気は合いそうにない、ちなみにわたくしの好みは金髪碧眼系王子様みたいな男性がストライクである。
話し疲れたのかフーマオさんはお茶を飲んで、また舌を火傷したのか頭を色んな方向に揺らして堪えようとしている。
なぜ猫舌とわかっているのに熱いお茶を飲むのか。しかもルームアイテムの食糧に時間経過の概念は存在しないから、熱い物は熱いままである。少し息を吹きかければ冷めることもあるが、それだけである。
「うう、フーマオさんそんな辛い目に……」
「コージの旦那、これが嘘だったらどうします?」
感動して涙声のコージさんの言葉に対し、人懐っこい笑みで爆弾のような発言をするフーマオさん。
コージさんが呆気に取られて、石化したように動けなくなる。人を疑わないのはコージさんの美点ではあるが、弱点でもある。フーマオさんはそこを的確に突いてきた。
ただし残念ながらギルド「流星の旗」にはそんなリーダーに代わって充分に人を疑って疑って、自分自身すら信用してない問題児がいるので、フーマオさんの笑顔を崩すようにアルトさんが言葉を跳ね返す。
「そんな嘘ついて猫にーちゃんには得がねぇだろう。精々俺達の油断を誘うくらいだ、が、そんなのにひっかかってやるほど俺様は優しくねぇぜ」
「そうですね。重ね重ね試して申し訳ありません。でも、これくらいしないとウチですら呑み込まれそうな相手がこのキョートにおるんです。コージの旦那が良い人とわかって、ウチとしても少しばかりギルド「流星の旗」に興味湧きました」
「良かったですわね、コージさん。お手柄ですわ!」
「あ、ああ!」
さり気なくフォローしてコージさんが相手の言葉を信じる性格が歪まないようにする。そういう汚れ仕事はわたくしやアルトさんが行うので、コージさんは今まで通り人を信じる真っ直ぐな好青年として、リーダーに立ってほしいのだ。その信頼によってギルド「流星の旗」は堂々と進んでいける。
他ギルドの信頼も基本はコージさんの人柄から得ているようなもので、もしこれでアルトさんやわたくしのように人を疑うような性格に変貌してしまったら、信頼を損なってしまう。大損失過ぎて笑えない状況だ。
それに今の会話でコージさんの人柄を知ったフーマオさんが興味を持ったのはいい傾向だ。ある意味どんな策も壊す存在というのは愚直なまでの純真だとも言える。
ただしたまに身内にも被害が出る純真でもあるが、美徳な上に一度失ったら戻らない貴重な物であるため、コージさんはこのままでいてほしいものである。
「いやー、コージの旦那方は話に聞いていた通りの方達でしたよ」
「……話、に聞いてた?」
「ウチは試しはしましたけど、一回も嘘は言ってやせん。お金に誓ってもよろしいでござんす!ね、そうでしょう「正統なる守護」の頭領さん」
そう言ってフーマオさんは長い袖の中から金色に赤い丸の中に万のマークが描かれた模様付きのデバイスを取り出す。
その画面は通話中と書いてあり、見知った名前が表示されている。わたくしとコージさんは注目するように目の前に提示されたデバイスに近寄り、逆にアルトさんは嫌な思い出が刺激されたのかわずかに下がる。
PKを倒すという意味のPKKを目的としたギルド。その中でも有数の実力派、そしてアルトさんがPKをしまくっていた時代に制裁を与えたギルド「正統なる守護」、そのリーダーの名前はサウザンドさん。
職業は暗黒騎士、コージさんの聖騎士とは違って仲間を無視して攻撃をし続けることを目的とし、圧倒的な攻撃力は目を見張るものがある。そして鎧や盾装備で防御力も高く、力の鼓舞としての補助魔法や攻撃魔法を覚える、中級職業でソロプレイヤー憧れの存在。
「ウチはちゃんと最初の方で言いましたよ?御上りさんに会うのは、二回目、だって」
嘘を言わずにこちらを翻弄し続けたフーマオさん。
なぜだろうか、この世界で会う人物がどれもこれも一筋縄でいかない気がする。なにせあのジュオンさんでさえ、アルトさんを見抜いた社会人という立ち位置であったし、サウザンドさんに関してはゲーム時代に画面越しでお話、文字チャットをしたことがあるけど、一体どういう人物だろうか。
なんにせよフーマオさんの圧倒的な滑舌の中で出されていた重要な単語を聞きのがしたわたくしを、気が抜けていたと言わざるをえない。
20140828(仮)