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東西珍道中2

 例えば壮大な冒険譚があるとする。冒険あり、笑いあり、涙ありの雄大な物語。その物語においておそらく一番盛り上がるのは戦闘や決戦の場面だろう。

 手に汗握る展開こそ多くの人を惹きつけるものだ。


 では逆に盛り下がるのはどこだろうか。世界観を膨らませるとはいえ説明部分や冒険者達が乗り物に乗ってのんびりしている場面ではないだろうか。


 わたくしはそんな展開ばかりの物語は飽きてしまう。しかし人生とはままならないもので、今わたくし達はまさしく乗り物にのんびり乗って状況把握のための説明会話をするのである。


 しかしその乗り物は新幹線並みの速度で不安定な線路の上を走る、屋根のないトロッコのことなのだが。


 ちなみにジェットコースターよろしくな360度回転レール付きの、遠心力がなかったら真っ逆さまに落ちるような状況付きである。


 ★



 地下世界であるトーキョーアンダーシティの壁穴へ進む線路の上を走るトロッコの一つ。

 ジュオンさんの協力によって手に入れた情報交換掲示板の地図。そこからおおよその方角でキョートへ向かっているトロッコは一つで、そのトロッコにわたくしとアルトさん、絶叫系が苦手すぎて動けないコージさんが乗っている。

 いつもの好青年の笑顔はこの新幹線並みの速さで走るトロッコにぶつかる風に飛ばされたらしく、今は青い顔でトロッコ内部にあった安全紐にしがみついているざまである。全く情けない。


 わたくし達はアバターというこのゲームと現実が混ざった世界において強化された肉体を持っている。新幹線並みの速さを持つトロッコに乗っていても、自転車を乗る時と変わらない感覚なのだが、どうも線路の上を走る高速な乗り物という時点でコージさんはアウトらしい。


 さらにこの線路が地面の上に設置された強固な物ならまだよかったのかもしれないが、残念ながら蛇のように蛇行しているうえに、空中に浮かぶ歪んだレールなのだ。

 さらには一回転する仕組みや速度で切れた線路の上を飛び越す仕掛けまで存在している。ちょっとした命がけのアトラクションであり、この線路を作った人物は悪趣味であろう。


 とりあえず震えるコージさんを放置して、わたくしとアルトさんは暇を持て余しながら状況の確認をとる。


「ゲーム上でのキャラメイク時に決めた種族が反映されるんでしたっけ?」

「そうそう。俺様や男前、姫さん達はあんまり変わらないから気付かなかったかもしれないけどな」


 オンラインゲーム「RINE-リンネ-」はキャラメイクで容姿や種族、職業を決める。種族によって得意な分野があるのだが、最初はあまり差異はない。

 しかしこのゲームには転生といった仕組みがあり、それを行うことにより容姿や新種族選択に職業変更などできるのだ。ベテランプレイヤーの中には吸血鬼というマニアックな種族を選んでいるものだ。


 わたくしの場合は魔法攻撃が強くなるエルフ系統種族のハイエルフを選んでいるが、容姿は少し耳が尖っているくらいで人間と変わらない。

 その耳も短い髪の中に隠れているので滅多に表に出ない。試しに触ってみたら、確かに少し尖っているかもしれない。

 多くは標準的な人間種族を選ぶが、中には猫のような容姿や鳥のような翼を得て、ゲーム上でも特殊な移動ができる種族は存在する。


「前にアンダーシティで姫さんを襲った奴に翼で飛んでいた奴いただろ?あんな風に反映されているんだ」


 わたくしは思い出して納得する。確かにあの時は翼を持っている人がいて攻撃された。ファンタジーな世界観なので違和感を持つのが遅れたが、あれはゲーム上で遊んでいた設定が反映された結果か。

 ということは猫耳が生えている人どころが、猫の顔になっている人もいるのだろう。顔を洗うのが大変そうではある。


 すると次に気になるのはジュオンさんが言っていた裏街である。トーキョーアンダーシティのようにゲーム上には存在しなかった街が、この世界では当たり前のように存在している。そして裏街では戦闘、つまりPKが許可されている。


 PKすれば相手の所持金やアイテムを奪える。元の世界に戻るには宝玉天照ホウギョクアマテラスというアイテムが必要なのだ。だから今ではPKというのはあまりにも当たり前に横行している。


 そしてそれを楽しんでいる輩もいる。嘆かわしい話だが、これが現実である。


「キョートの裏街はギオンって言うらしい。ピンボケおっさんが調べた資料の中に書いてあった」

「わたくしにもその資料を見せてくださいな」


 アルトさんから受け取った資料を風で飛ばされないように掴みながら眺める。どうやら情報交換掲示板が盗まれる前に書き込んだ人物がいるようで、次回アップデートで実装されるはずだった新エリア、という話だ。


 オンラインゲームとは増築を繰り返す建物のようにフィールドや新エリアを増やしていく。もちろんモンスターや新職業解放も同様であるが、それらを更新することをアップデートという。


 次回アップデートではPK可能領域の拡大、趣向を凝らして裏街という街での戦闘を可能とする大型アップデートある。トーキョーはトーキョーアンダーシティ、これから向かうキョートはギオンなど、モデルとなった主要都市に馴染み深い名称になっているようだ。

 しかし名前だけで詳しいことは書かれていない。他にも細々とした内容が書かれているが、まだ確認できていない事柄なので本当かどうかはわからない。


 ただ天候の追加及び天候限定クエストの増設は少し気になった。そろそろ二週間近くこのゲームと現実が混ざった世界にきて、いまだ晴れしか体験できてない。

 それでも周囲は変化を続けている、冒険者トキナガはこう言った。わたくし達人間というかアバターがこの世界の常識を変えていくのだと。代表的な例はNPC。定型文しか話さなかった彼らは今やこの世界の紛うことなき住人。


 それならばそろそろ雨とか降るかもしれない。わたくしはギルドに所属していて本当に良かった。ギルドにはギルドルームという、メンバーしか利用できない部屋がある。その部屋があるおかげで雨風は凌げるし、襲われる心配もなく適度な睡眠や休息を得られる。

 そう考えるとキョートでは寝泊まりできる場所があるといいと思わず不安になる。ゲーム時代には一応回復目的で誰でも利用できる宿屋なるものがあったが、ギルドルームが手に入ってからご無沙汰である。


 とりあえずアルトさんに資料を返しつつ、速度を緩めないトロッコに揺られて流れていく風景を見る。今はトンネルみたいな薄暗くて細長い穴を進行している最中。


 たまに看板らしきものを見かける。まるで駅の表札みたいな、文字が書かれて吊り下げられている板だ。新幹線並みの速度の中でもわたくしはその看板の文字を読むことができた。


 わたくし達元ゲームプレイヤー達はアバターという肉体に魂を結び付けられた存在で、あらゆる身体能力の向上などが取り上げられる。

 平和な国日本でゲームしていた身としては、元々運動は得意でなかった方なのでありがたいが、まだまだ限界がわからないので慣れそうにない。


「そうそう、そんで俺様気になってたことが一つ判明したんだけど、建物の倒壊境界を知りたくないか?」

「倒壊境界?」

「要はどこの建物や木は倒れて、どこのが倒れないどころが傷一つつかないかってこと」


 そういえばフィールドの樹木は倒して生産用の素材にすることができたり、トーキョーアンダーシティでは建物が壊れていたし、実はアルトさんと出会った時に魔法を使って倒壊させた記憶がある。

 しかし本来トーキョーで確認したことではあるが、建物は壊れないはず。コージさんに出会った時に胸のことを指摘されてフレンド用のスキンシップモーションは適応されるのか、どこまでがPKと判断されるかでぶっ飛ばした覚えがある。


 結果としてはコージさんがぶつかったはずの建物は傷一つついていなかった。そう思い出せばアルトさんの疑問はもっともだ。これではまるで統一されていない、ならば境界を作るしかない。


「俺様の結論はNPCが平和に住む場所は建物が壊れない、だ。樹木も同様な」

「NPC……」

「阿修羅はどうやらNPCが大事らしい。裏街で戦った奴らだって蘇るお約束をつけられてるしな」


 アルトさんは人の悪い笑みを浮かべて自信満々に述べる。


 阿修羅というのは三面六臂のわたくし達をこの世界に縛り付けた張本人、いや張本神かしら?なんにせよ阿修羅は同じ神仲間の、それでもわたくし達のようにアバターとなって遊んでいる冒険者トキナガが言うには目的があるらしい。


 だからNPCはわたくし達の影響を受けて流暢に喋り始めて、戦闘用のNPCだって阿修羅を崇めれば再生を約束され、街中ではNPCはわたくし達が一撃入れても死なない上に、基本街中はPKを禁止しているから一撃入れることができてもすぐに教会に送られてしまう。って、あれ?確かによくよく変化やルールを振り返ってみればNPCに関することが多いような気がする。


 わたくしがよく知っている道具屋のリリアンという方もNPCだ。彼女のおかげでわたくし達はアバターという上位の存在だと言われ、クエストも頼まれたりする。

 なぜならNPCは危ない場所、つまり裏街や戦闘できるフィールドには出れないからだ。安全な街の中でわたくし達の助けをしつつ、自分達の生活を維持している。


 でもそれも考えればおかしい。街の間を移動せず、つまりは交易や荷物運びなどは全部わたくし達アバターがいなければ成り立たない生活をしている。

 道具屋やギルドルームの手配をしてくれる施設「アパマン」、アンダーシティにあったコロシアムなどはNPCで成り立っている。だが危ないことは全てわたくし達任せ。つまり無意識に命の危機から逃れている。生きるために。


「建物が壊れたらさ、中にいる俺様達だけでなくNPCも死んじまうだろう?木が倒れても同じことだけど」

「ということはやはり、阿修羅の目的にNPCがいる?」

「そこまではわからないけどよ、俺様達が見つけたルールっていうのにはNPCが深く関わっていると考えてもいいと思うぜ」


 わたくしの目的は阿修羅を殴ること。どんな理由があるにせよケジメはつけるべきだし、なによりわたくし自身が阿修羅を殴りたいのだ単純に。だから例えNPC関係で成し遂げたいことがあったとしても、手加減をするつもりはない。

 それでも気になってしまう、どうしてこんな世界に人間達を巻き込んだのか。


 現実とゲームが混ざり合って変化し続ける世界アース。その大陸ジパングの中にあるトーキョーの街で目覚めたわたくし。

 最初は不安で仕方がなかったが、今は慣れていくことが不安になる。魔法の呪文を唱えることすら普通になってしまったし、こっちでの常識を元の世界に戻れた時に持ち込まないように気をつけなくてはいけない。


 アルトさんはいまだ震えているコージさんを見て、呆れた目をしている。わたくしとしてもアバターという肉体に入っている以上、ある程度のことには対応できると思うので立ち直ってほしい所である。


 そんなこんなで話していたら、一瞬トロッコがマグマ煮え滾る火口の上に作られた浮いたレールの上を通り過ぎた。熱気が肌を刺したが、すぐに薄暗いトンネルを突き進むので顔を撫でる風が熱気をどこかへと連れ去ってしまう。

 前言撤回、アバターの肉体だとしてもさすがにマグマは無理だ。熱気で流れる汗とは違う種類の汗が背中を伝った。


「あとさ、重力のことだけど……あれって俺様達の体だけに適応されると考えた方がいいかもな」

「そうですの?武器が軽いのも跳躍後にゆっくり落ちるのもわたくし達の体というより重力が軽いからではなく?」


「もし重力自体が軽いなら林檎だって俺達と同じようにゆっくり落ちるし、NPCも同じくらい跳べるはず。だけどそうじゃない、ってことは俺様達の肉体が特別ってことだよ、姫さん。もし俺様が建物倒壊に巻き込まれた場合、壁に押されて普通の重力と同じように落ちて潰されるだろな。だから室内で戦闘する場合は気を付けること、今は裏街があるからな」


 なるほど、と思わず感心してしまう。周囲の重力事情はわたくし達が元いた世界と確かに変わらない。物は普通に重さに比例して落ちるし、NPC達は普通の跳躍や歩行をしている。

 もし世界自体の重力が違うなら、これら全ての光景が元の世界と違っていなければならない。


 アルトさんって本当に物事をよく見ていて、気付かない場所まで気付くようだ。ジュオンさんは彼を軽口ですら計算していると言っていたが、こうやって新しい法則やルールを見つけてくるあたり頭の回転はこの中で一番かもしれない。ただし性格が最悪なことを考えると、利点だけではないことを痛感するのだが。

 まさに百害あって千利ある男。問題を沢山持っているのに、それを感じさせないほどの手腕はもう感服するしかない。


「……今の看板、ショウナン海って書いてあった。湘南の海ってところか?」

「確かフィールド名でしたわね。でもヨコハマという看板は見ませんでしたわ」


 看板には日本地図や土地名として聞いたことがある名前をゲーム用に変えている物ばかりだが、なぜか主要都市以外にも存在する街の名前を見かけない。


 例えば神奈川付近の有名スポットをモデルにしたフィールド名はあるのに、モデルとなった街の横浜は通り過ぎている気がする。

 あまり土地勘に詳しくない田舎女子高生のわたくしが言うのも微妙な線だが。ただしアルトさんがわざわざ話題に出したところを考えると、違和感があながち間違ってないと思っていいだろう。


 コージさんは青い顔のまま顔を上げないので会話に参加できていない。情けない人だが、信頼関係においては一番安心できる人で、真面目で頑固で融通が利かないが、ギルドリーダーとしての人柄や統率力を思い出すと馬鹿にはできない。

 なにせ信頼や人柄に関していえばわたくしは惜しくも負けて、アルトさんだと完敗だろう。


 トロッコはたまに地上に出たりする。生い茂った雑木林の中、荒れ果てた地面、一見ジャングルのように熱帯の空気と臭いが襲う植物園、時には流れ落ちる滝の中へと飛び込んでいく。それでも一切速度を落とさないまま、どんな動力で仕組みなのかもわからないままトロッコに乗り続ける。


 一瞬よぎった看板に見えた文字には思わず背筋を震わす。アオキガハラ樹海、それは確か自殺の名所で富士山が近くにある怖い場所。わたくしは気付かれないように顔を背ける。


「……姫さん、アンタの後ろに髪の長い女が!!」

「いやぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」


 アルトさんの言葉を遮るように大声を上げて思わず後ろに向かって呪文詠唱無しの魔法の炎を飛ばす。

 壁が一部崩れた音があっという間に小さくなり、風を切る音だけが残る。わたくしは俯いたまま、無言でいる。アルトさんは笑いで肩を震わしている、この野蛮猿、確信犯だ。


 おそらく同じように看板を見てわたくしの様子に気付いたのだろう。確かに周囲をよく見ている、しかしそれがプラスに動くわけではない。


 わたくしの唯一苦手な物は幽霊の類。昔の話だが友達に連れられて無理矢理入らされたお化け屋敷では大暴れしたことがあるほど、苦手なのだ。

 これで叫び声を上げて動けなくなるなら女子力満点なのだが、わたくしの場合は暴れてしまうのだ。攻撃的になると思っていただければいい。おかげで幽霊バスターという不名誉なあだ名が小学校の頃についてしまい、さらなるトラウマへと転がり落ちていったのだ。


 本当に幽霊だけは苦手なのだ。昔から身近にいて、これ以上はなにも聞かないでほしい。


「姫さん」

「なんですの、野蛮猿」

「俺様が悪かった」


 何故か普通に謝られた、しかもあのアルトさんが。わたくしは顔を上げて一体どうしたのだ、風邪とか奇病の類にでもかかったのかと心配する。

 そういえばこの世界では熱が出たりするのだろうか。そこも調べていかなければならないことを思い出しつつ、目の前でわたくしを見ているであろうはずのアルトさんの顔を眺める。


 しかし予想とは外れてアルトさんはトロッコが通り過ぎた後ろを眺めている。その顔は真剣そのもので、口元は笑みを作っているが多少焦っているように見える。そして少しずつ近づく羽音にわたくしはアルトさんが振り返っている方向に目を向ける。


 わたくしが崩したであろう壁はもう見えない。遠くなっただけではなく、闇のように黒くて先が見えないような生き物の塊がこちらへと向かって来ている。蝙蝠、おそらく状態異常を起こす牙を持つ魔物の「コロバット」の群れ。


 わたくし達は回復要員がいない三人パーティーで、しかも今はトロッコの上に乗っている。しかも細長いトンネルの中を高速で進んでおり、どこへいくかも判明していない不安定な状態。明らかにバトルに適さないというのに、敵は待ってくれそうにない。


「いやー、さっきの音で刺激しちまったらしい。おら、男前、バトル開始」


 いまだに四つん這いで震えているコージさんの鎧を蹴るアルトさん。

 頭が天井にぶつからないように中腰で立ち上がった彼は銃がついている長剣の方を腰から抜き出して、片手で狙いをつけないまま撃つ。

 トンネルの狭い上下を埋め尽くすほどの敵数。狙いをつける暇があったら撃った方が落とせると判断したのだろう。そしてその通り、適当に撃った銃弾で数匹のコロバットがレールの上へと落ちて、光の粒子になる。


 落ちた金貨袋やアイテムはアルトさんのデバイスに自動収納されているらしく、アルトさんのミリタリージャケットの胸辺りから拾得音が何回も流れている。

 わたくしも参戦しようと立ち上がろうとして、目の前で迫ってくる異変に慌てて、アルトさんに声をかける。


「アルトさんかがんで!!」

「あん?なんっでぼごぉあ!!?」


 わたくしの忠告虚しく、アルトさんは狭まったトンネルの天井に頭を打ち付けてしまう。傍から見てても明らかに痛いとわかる音と崩れた天井の音。

 そしてレールの上に転がってしまうアルトさんの中距離用の武器はあっという間にコロバットの群れの中に消えてしまう。


 痛覚が鈍っているとはいえ、かなりの衝撃があったのだろう。アルトさんは頭を抑えたまま立ち上がれそうにないし、狭まった天上では背の高いコージさんやアルトさんが中腰で立ち上がることも難しい。ならば背の低いわたくしが立つしかないか。


 わたくしが立ちあがると頭すれすれに土の壁が迫る。風が短い紫の髪を乱して、ミニスカートも揺れてしまうが気にしていられない。敵は目の前、戦えるのはわたくしだけ、それ全てがわたくしが止まる理由にはならない。上級職の魔導士として、例え一人になってもわたくしは戦う力がある。


「荒れ狂う熱砂の渦に巻き込まれて太陽は輝きを強くする!二人とも、目を閉じてなさい!!」


 砂を巻き込んで竜巻が静電気を発生させ、渦の中には暗闇の中では眩しいほど輝く火の玉がコロバットの群れを崩していく。甲高い悲鳴と光の粒子があっという間に遠ざかっていく。


 魔法の余波でトロッコはさらに速度を上げていく。さすがに立ってられないわたくしは座り込む。一段階上がったスピードでトロッコは光が射し込む出口へと止まらずに突き進む。吹き抜けた爽やかな風は、祭囃子に近い音を耳に届けてくる。


 空を飛ぶようにレールは雲の上を進んでいる。信じられない光景だったが、わたくしは聞こえてきた祭囃子に惹かれてレールの遥か真下を眺めるために身を乗り出す。

 赤い木造家屋に暗褐色の建物、日本らしい花が咲き乱れる街並みはゲームで見た覚えがある。


「アルトさん、コージさん!!飛び降りないと乗り過ごしますわ!!」

「まじかよ、そういう仕様かよ!?コージ、先陣を斬れ!!」

「え、なんのことぉおおおおおおおおおおおおお!!?」


 アルトさんはトロッコの安全紐にしがみついていてずっと状況を把握していなかったコージさんを、アバターによって上がった身体能力を駆使して持ち上げて落とした。真っ逆さまに。


 悲鳴を上げながら落ちていくコージさんの後を追うようにアルトさん、そしてわたくしも飛び降りる。雲を突き抜けた先に広がる美しい街並み、匠の街キョート。その街の横に広がる華やかな街には覚えがなかったが、おそらくあれが裏街ギオンか。

 祭囃子の音はそこから聞こえてきているようだ。わたくしは一応スカートの裾を手で押さえるが、あまり意味は為していない。それくらい落ちていく風圧は激しく、コージさんは悲鳴を上げつつも両手で目を押さえていることから、見えたなと確信する。あとで裏街でぶっ飛ばそうかな、とわたくしの心には邪な思いが。


 アルトさんは見上げてこないが、嫌な予感はする。前なんかトーキョーアンダーシティでは慰謝料請求やらなんやら言われたので、少しでも見ていたらぶっ飛ばすだけでは物足りないので急所を狙おう、そうしよう。


 落ちていく時間は長く、わたくし達の体は落ちていく時重力が軽くなったようにゆっくりと落ちていくのだが、それでもこの高度はかなり危険な気がする。


「アルトさん、着地の方法は?」

「あるわけないだろう。ノープラン!」

「……な、なんだとぉっ!?」


 わたくしが尋ね、アルトさんが返事し、コージさんがリアクションする。まるで流れ作業のような綺麗な会話のキャッチボールだが、状況はデッドボールである。


 まさかこんなことで教会送り、一回死ぬなんて馬鹿なこと起きないだろうか。わたくしは補助魔法は使えないし、アルトさんが浮くような魔法や必殺技を持っているかわからないし、コージさんに関してはそんな余裕など見当たらない。

 段々と近付く落ち着く渋い色合いの屋根が壁のように迫ってくる。もしかして突き破ってしまうかも。


「姫さん、建物倒壊境界のこと忘れたのか?」

「ああ、NPCが住む場所は絶対に壊れない法則ですわね」


「つまり俺達は突き破った屋根の瓦礫がクッションになることなく、あの屋根に跳ね除けられてダメージ全部返ってくるわけだ」


「それはそれは……絶対絶命じゃないですの!!?こ、こうなったら魔法で軽減……」

「一番基本のPKに該当する行為は即教会送りだぜ」

「ああ、そうでした!!?誰ですの、この法則作ったの!?阿修羅でしたわ、あの大馬鹿神!!!」

「ゆ、ユーナくん、手で頭を抑えるとスカートが……」

「見てんじゃありませんわよぉおおおおおおおおおお!!!」


 そんな会話をしていたら屋根にあっという間にぶつかって、跳ね除けられたわたくし達は無様な格好で地面に転がり倒れる。

 規則正しく舗装された石畳の道には誰一人いなくて良かった。痛みが鈍くなっているとはいえ、さすがに衝撃全部返ってきたのもあって立ち上がるのが少し辛かった。デバイスを手にしてHPの項目を確認すれば、やはり少し減っている。地味にショックだ。


 コージさんは精神的な疲労や真面目な性格が災いしての諸々で大の字で寝そべったままだ。

 アルトさんはデバイスの中から予備武器の長剣を取り出して、腰に差している。すぐにミリタリージャケットに隠れて見えなくなってしまうが、いつでも戦える準備をしておく辺り抜け目ない。


 それにしてもキョートは中級者の街で、プレイヤーショップがあるからもっと賑わっていると思っていたのに、アバターどころがNPCの姿すら見当たらない。

 閑古鳥が鳴くどころが、鳴き声上げることすら恐れているかのような不気味な静かさだ。まだ混乱は続いているはずなのに、誰も歩いていない、状況確認してないとは、明らかにおかしい。


「姫さん、男前、用心しろよ」

「ええ。ほら、コージさん寝てないで……」

「私は何も見てないぞ、ユーナくん。白かったとかそんなアレ的なのは」

「後で覚えていやがれですわ。いいから立ち上がりなさいな!!」


 馬鹿正直に口を滑らせるコージさんを脅しつつ、体制整えるように指示する。横を見ればアルトさんが呆れたように肩を落としている。


 そろそろミニスカートやめようと考えたが、胸や髪などの外見要素のせいで女子かどうか疑われることがあるので、数少ない女子の証明を捨てるのは嫌である。

 一応お婆ちゃんに女らしい一人称と口調を教えて貰って、それを実践しているのになぜこうも女子扱いされないのか。悩ましいところである。でもこれはこれで悩める乙女みたいで、素敵かもしれない。


 鎧についた埃を落とすコージさんと周囲を注意深く見まわすアルトさん。わたくしも服の折れなどを直しつつ、建物の影や小路を見る。

 確かに静かなのだが、なんというか息を潜ませた静かさのような気味悪さを感じる。誰かがこちらを用心している気もする。トーキョーでも感じた怯えているような、様子を眺めている視線がここにもある。


 そういえばトロッコで何時間乗っていたのか。暗いトンネルが長かったせいか感覚が鈍っている。デバイスで時間だけでも確認しようとした矢先、わたくし達の前を立つ人影があった。


20140828(改)

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